21.パイレーツ&ギガ・シャーク 

「ヴレイズぅ~」

「んぅ?」夜明け前になり、アリシアが毛布を片手に見張り台に上ってくる。マストの上の方は派手に揺れるが、彼女は血色良い顔で笑っていた。

「大丈夫なのか?」

「うん、エレンの回復魔法が効いてきたみたい」

 アリシアは毛布をヴレイズの肩にかけ、隣に寄り添った。

「明け方は寒いね~」と、口にするとヴレイズは彼女を毛布で包み込んだ。

「俺は平気だよ。なにせ炎使いなもんで」

「そっか」

 しばらく2人は地平線を眺めながら身体を船の揺れに任せた。

「……船旅も悪くないね」寂しそうな瞳に海の色を映す。

「楽しみにしていたのに、残念だったな」

 貨物船に乗り込む前、アリシアは初めての船旅で何をしようかと上機嫌に語っていた。その矢先で船酔いになり、今迄ずっと調子を悪くしていたのだ。

「……ねぇヴレイズ。向こうに着いたら何したい?」

「何……って、パレリアで、」

「ラスティーじゃなくて、ヴレイズが何をしたいか!」彼女は彼に顔を向け、真面目な顔を見せた。

「俺?」

「そう! 昼間にコテンパンに言われていたでしょ? 余計なお世話かもしれないけどさ、ヴレイズは自分のやりたい事、すべき事を見つけるべきだと思うよ」

 彼女の声に耳を傾け、ヴレイズは彼女の蒼い瞳を覗く。キラキラと輝く水晶の様な目だった。そこに自分の悩んだ顔が映り、目を背ける。

「徹夜で考えていたよ。でも、わからないんだ。何をすればいいか。その……強いて言うなら復讐、なんだが……」

「旅を始める前は何を目標にしていたの?」

 ヴレイズは賞金稼ぎの街ジャンキーウルフでの堕落した生活を思い出し、頭を掻いた。

「情けない話、なんとなく生きてきただけだな、俺……復讐相手も壁が高い所か雲の上の存在だしな……」

「雲の上? その村を焼いた男って一体何者なの?」

「そいつは、ん?」ヴレイズの瞳に一隻の船影が映る。はるか遠くの地平線の一粒の影だったが、帆が広がった瞬間、こちらへ急接近する。

「海賊船だ」双眼鏡を覗いていたアリシアが呟き、ヴレイズに手渡した。

「あれは『ゾッグ伯爵の憂鬱号』だ。イモホップの港の手配書に書いてあったな。て、ことは乗っているのは『ヌーランド・グリーン提督』賞金30000ゼルだ。う!」提督の名が頭に出た瞬間、首筋に寒さを感じ、背後に双眼鏡を向けた。

 彼の嫌な予感は的中、2隻の船が接近し、徐々に勝鬨が大きくなる。

「やばい、囲まれてる!」彼は急いで備え付けの鐘を鳴らし、大声で叫んだ。


「海賊船だぁ~~~~~~~~!!!」


 この声が船上に響いた瞬間、乗組員たちが一斉に甲板上に集まり辺りを見回した。

「もうあんなに近づいてきているじゃないか!!」

「何故早く知らせなかった!!」

「くそ! もう終わりだ! 囲まれている!!」

 慌てふためく彼らに目もくれず、ラスティーが船底から上がってくる。



 髑髏の旗を自慢げに掲げ、ヌーランド提督は大きく息を吸い、眼前の遠くで騒ぐ貨物船に向かって大声を出した。


「おはよう諸君!! 俺様はこのバイス海の主であるヌーランド・グリーン提督だ!! この瞬間、お前らの積んでる貨物、金品、ついでに乗組員全員、俺の物だぁ!!! 大人しく投降するなら手荒なマネはしないが……もし、抵抗するなら……」


 提督が右腕を掲げて合図をし、見張り台の戦闘員が風魔法で2隻の船に合図を送る。

 すると3隻の海賊船の新型カノン砲『ヘル・ドラグーン』が火を噴いた。放たれた数発の砲弾はアリシア達の乗る貨物船を掠めて海に着弾し、噴火したような水飛沫をあげる。

 このカノン砲は魔王軍で作られた長距離用なので、旧式カノンや魔法攻撃の射程外からでも余裕で届いた。ただ他のカノン砲より重いので、船の速度は落ちる。

「わかるな?! 俺なら白旗を振るがな! 1分以内に返答しろぉ!!」

この言葉を合図に3隻の海賊船の乗組員たちは、まるで勝ち名乗りするように大声で笑い出し、歌って踊り始めた。



 水飛沫が甲板に降り注ぎ、乗組員たちは濡れ鼠になっていた。

「揺れる揺れる揺れるぅぅぅ!! おうぇっぷ!」アリシアの顔色が思い出したように青く変色し、口を手で塞ぐ。

「あら、長続きしませんね~では、この水を飲んで下さい」エレンが今度は薄紅色のヒールウォーターを手に湧かせ、彼女の目の前に差し出した。

「今飲んだら吐くから! てぇかあたしで実験してない?!」

「いいえ~別に~♪」

「んなことやってる場合か!」ヴレイズは彼女らにツッコミながら腕に炎を纏わせ、狙いを定める。「くそ、ここからじゃ届かないな……」

「連中の必勝パターンだってな。さて、どうするか」言葉にわりに落ち着いているラスティーは提督の乗る海賊船を眺める。

「おい、策はないのか?」

「用心棒たちよぉ、このために雇ったんだぞ! なんとかしろぉ!!」

「荷をむざむざ渡して堪るか!!」

 船員たちは各々の思いの内を声に出しながら、アリシア達を取り囲んだ。

「プランAはどうかな~」ラスティーは腕を真上に掲げ、風を操り遥か遠くの海賊船3隻を探った。帆にマスト、甲板、船底とくまなく風で撫でまわし船の状態を確認し、目を光らせる。

「プランAでいこう」頬を緩ませ、ヴレイズの隣に近づいた。

「なぁ、お前の炎は何処まで届く? あの小さめの海賊船だ」と、右舷の遠くに見える小ぶりの海賊船を指さす。

「ん……頑張っても、おしいとこ手前までだな……だが威力はかなり落ちるぞ」

「俺の風と合わせたらどうだ?」

「届くと思うが……どうするんだ?」

「よし、炎と魔力を練って破壊力を集中させて思い切り飛ばせ。お前ならできる!」

「はぁ?! 俺、火球作りに自身ないぞ?」ヴレイズは慌てた顔をラスティーに向けて訴えた。

「赤熱拳を遠くに飛ばすイメージでやるんだ。大丈夫、お前ならできる!」

「急な無茶ぶりをすんな! プランAを考えた時に相談してくれ!」

「今、考え付いたのがプランAだ!」

「因みにプランBはどういう策なんだ?!」

「出たとこ勝負で頑張る!」

「それ策じゃないだろ!!」

「しょうがないだろ! ヌーランド提督の包囲は必勝パターンなんだからよ! それを簡単に打破できると思うな!!」

「逆ギレすんなぁ!」

 2人は船員たちの視線をよそに口喧嘩を激しくさせ、回りの不安を呷った。

 すると、顔を青くさせたアリシアが前に出て双眼鏡を覗き込みながら弓に矢を番えた。

「……亀裂ってアレだね」と、サンドゥ村の村長から譲り受けた合成弓で矢を放った。彼女を中心に鉄製弦が小さな波紋を放ち、飛んでいった矢は空気を貫きながら衝撃波を発生させ、海を切り裂いた。アリシアの狙った亀裂に矢が突き刺った瞬間、轟音と共に水飛沫が上がり、海賊船がガクンと傾く。

 海賊たちの笑い声がどよめきに変わり、やがてバランスを崩した船が一気に横転する。

「おぉ、流石……万全な体調で撃ちたかったなぁ……うっぷぅ」

「すっげっ……」ヴレイズとラスティーは目を真ん丸にさせ、沈没しゆく船とアリシアを交互に見た。

「あ……これを機に逃げるぞ!! 船長、包囲の隙を抜けてください!」ラスティーが元気よく声を上げると、船長は「うむ」と、頷き乗組員たちに指示を飛ばした。

 帆を張り、舵を両手でがっしりと掴んで海賊たちに負けじと、鬨の声を上げる。

「いくぞぉぉぉぉぉぉ!!」船長の掛け声と共にラスティーと乗組員の風使い3人が帆へ強風を送り、スピードを上げた。

 ヌーランド提督はカトラスを片手に激を飛ばし、カノン砲が無数の咆哮を上げる。

 貨物船の周りに水柱が上がり、右へ左へと大きく揺らした。

「揺らさないでぇぇ……」アリシアは顔を緑色に変え、泣きそうになりながらエレンにしがみ付いた。

「私を頼りにされても……」

「ヴレイズ! 目晦ましを頼む!!」

「おう!」彼は海上に向かって炎を放ち、霧を発生させ貨物船をすっぽりと覆い隠した。

 これを合図に貨物船はグングンとスピードを上げ、敵の持つカノン砲の射程範囲から遠ざかっていく。

「よし! ここまでくれば……」船長がほっと胸をなでおろし、舵を強く握った手の力を緩めた。



「ふざけるなぁ! 俺の必勝戦法が破れてなるものか! いいか、意地でもあの貨物船を沈めるぞ!」ヌーランド提督は顔を真っ赤にさせ、手にしたマスケット銃を上空に発砲した。

「でも提督……向こうの風使いの方が優秀で追いつけませんよぉ!」

「『伯爵のつるぎ号』は沈没……『ライトクロウ号』では追いつけません」

「こりゃ無理っすね」

 すると、最後に口を開いた船員をもう一丁のマスケットで撃ち殺し、カトラスを遠く離ゆく貨物船へ向けた。

「ここで連中に逃げられると俺の名が汚れるんだよ! てめぇら俺に泥を投げ付ける気か?! えぇ? 次に死にたいやつぁどいつだ!!」

「でも、どうやって追いつくんです?!」

「俺たちの船を軽くするんだ! 荷に大砲、重い物は全部捨てて船を軽くするんだぁ!!」

「それじゃあ大砲で追撃ができませんが?」

「横に付けて乗り込んじまえばこっちのもんだ! いいからやれぇい!!!」



 提督の怒声を合図に乗組員たちは震えあがり、掛け声とともに物資、大砲に酒樽を次々と海へ捨てていき、ぐんぐんと速度を増していく。

 この『ゾッグ伯爵の憂鬱号』はスピードに特化した強襲型の船だった。身軽になったこの海賊船に、荷を多く積んだ貨物船が勝てるハズもなく、距離が縮まり、ついには鼻先まで追いついてしまう。



「どうするんだ、ラスティー? 乗り込まれちまうぞ?」次の指示を待ちながら腕に炎を纏わせたヴレイズが問いかける。

「こいつぁ予想外だ……船長、ここの船員は戦えるのか?」この言葉に船長は表情を雲らせ、冷や汗を掻いた。

「剣とモリ、『海で死ぬ覚悟』はあるが、『海賊と一戦交える覚悟』は残念ながら……」

「乗り込まれたらヤバいな……大砲は使えるか?」周りの船員に問うが、みな浮かない顔をしていた。

「さっきの水柱で火薬が濡れて……」

「くそぉ……」流石のラスティーも頭を抱え、急速接近する海賊船を睨み付ける。

 すると、エレンにしがみ付いていたアリシアが目を瞑り、耳を澄ませた。


「……何か、くる……」


「何が来るんです?」エレンが小首を傾げると、アリシアはヨロヨロと手すりに近づき、海へ顔を向けた。

「海中からバカデカいのが……うわ!!」

 アリシアが驚き顔を引いた瞬間、巨大な顎が姿を見せる。巨人の大剣の様な背びれに地獄の番犬の様な大牙、そして無感情な真っ白い瞳。海中から現れた巨体が貨物船の上空を舞った。

「サメ?」アリシアは恐怖で身体を硬直させた。

 だが船長と船員たちは声を揃えて大声を出した。


「海神様だ!!!」


 彼らの言う海神様は大きな口をバックリと開き、『ゾッグ伯爵の憂鬱号』を瓦礫ひとつ残さず一飲みにした。着水の瞬間、今迄で一番大きな水柱がこの世の終わりを思わせる轟音と共に上がる。船長は急いで舵をとり、波にのまれて横転しないよう乗組員たちに指示を出し、流石の連携を見せて態勢を立て直した。

「うわっぷ!! あれギガ・シャークじゃねぇか!! あれが海神様の正体か?!」ラスティーは海を旋回する背びれを指さしながら口にした。

「こ、怖ェぇ……怪物じゃねぇか……」尻餅をつくヴレイズ。

「あ、あれは流石に狩ろうとは思わないな……エレン? エレーーン!」アリシアは足元で泡を吹いて白目を剥いたエレンを揺さぶった。

「……俺たちは襲われない、よな? よな! よねぇ!!」ヴレイズは半泣きでラスティーの肩を強く叩き、揺さぶった。

「知らねぇよ! 海神様の気分次第だろ!」

 波を切り裂く背びれは、しばらく海を右往左往したが、何を満足したのか静かに沈み、尾ビレを覗かせ、深い海へ潜っていった。

「た、助かったぁ……」船員一同、安堵のため息を吐き、胸を撫で下ろした。



 無限に続く青い海。深く潜っていくにつれて光は薄れ、やがて真っ暗闇がギガ・シャークを包み込んだ。鮫は目的地があるのか、まっすぐ一心不乱に泳ぎ続けた。

 周りの魚たちは猛スピードを出す鮫を避けたが、その避け方に恐怖の色は無い。

 やがて淡い青光が出迎え、鮫の巨大さに比肩するほど大きな人影が手を伸ばした。

「お掃除してきたの? ご苦労様」と、鮫の鼻の頭を擽る。ギガ・シャーク機嫌よさそうに手に擦り寄り、背ビレを撫でるようせがむ。

「はいはい、ここがいいの? ん?」青い光を放つ巨大な人影は、まるで子犬とじゃれる様に背ビレに触れ、楽しげに笑いかけた。

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