19.呪いはいつもパワープレイ
砂漠の環境に慣れてきたアリシアは、鼻歌を歌いながら軽やかな足取りでピラミッドへ向かっていた。細長い骨をナイフで削り、一息噴きかけて満足そうにうなずく。
太陽が頭上近くの昼前の方角に向かう頃、目標のピラミッドに辿り着く。今まで見てきた建物の中で一番大きく目を剥いて見上げる。見事な三角形に感嘆のため息を吐き、手を合わせて一礼するアリシア。
入口にイモホップ国の王家の紋章が刻まれており、衛士の様な堀の深い大男の彫像が2体、アリシアを出迎えた。
彼女は頭に乗せたターバンを取り、日よけのマントを脱いでいつもの姿を見せる。
「さて、行きますか!」
勇ましい顔で闇へ足を運び、指先から光を淡く放つ。。
すると、出迎える様にヴェノムリザードが2頭、眼前に現れ、威嚇するように喉を鳴らした。背後にも1頭付き、尻尾の先をアリシアの背に向ける。
だが、すぐに襲い掛かる事はなかった。鼻をヒクヒクさせ、揃って3頭が首を傾げる。
その理由はアリシアの匂いにあった。彼女の首からある小袋がお守りの様にぶら下がっていた。その中には昨日仕留めた猛毒蜥蜴の『臭い』が詰まっていた。
「……♪」アリシアはニっと笑い、先ほど削っていた骨を咥え、ゆっくりと息を吹き込んだ。すると、ヴェノムリザードの鳴き声が鳴り響いた。
驚いたように猛毒蜥蜴は声を荒げ、歯をカチカチと鳴らし、納得いかないようにアリシアを睨み付けた。
アリシアは胸を張り、堂々としながらまた笛を吹いた。
ヴェノムリザードはクンクンと鼻を鳴らし、アリシアの立ち姿を舐めるように眺め、仲間と会話するように鳴き合う。
更にダメ押しにと、リュックから道具屋で調達した生肉を取り出し、放り投げる。猛毒蜥蜴たちは涎を垂らし、肉の方へと駆けて行った。あとに続こうとする1頭がアリシアの方へ向き直り、喉を鳴らして闇の方へと去っていく。
「予習通りだね。さて、行きますか~」
本番はこれからだと気合を入れ、躊躇なく闇の中へ炎ひとつ掲げながら、奥へと向かった。
「アリシアはどこ行ったんだ?」ラスティーは昼飯を口へ運びながらヴレイズに尋ねた。
「なんか朝早くから出て行ったな。いつもみたいに調達しているんじゃないか?」すっかり元気になった彼は、食欲が戻ったのか大口を開けて飯をがっついていた。
「まぁ彼女の事だから心配ないだろうな」
「まだ頭が痛みますね……」テントから出てきたエレンがラスティーの隣に座り、オアシスの水を一口飲む。
「体調はどうかね?」彼らの背後から村長が近づいてくる。
「お気遣いをどうも……明日には旅立てそうです。しかし、厄介な話ですね。そのお宝をもってこいとは……」村の悩みのことはラスティーも耳にしていた。
「迷惑な話だよ。私は、宝は墓に眠らせておくべきだと思うのだが……」
「だけど見てみたいよな。呪いで守られた宝ってなんかロマンを感じるよな」ヴレイズが口にすると、エレンが前に出た。
「その『呪い』とは、いったいどんな代物なのです?」
「なんでも、蘇生魔法研究の副産物らしい」村長はパイプを取り出し、草を詰めて火を点けた。
「蘇生魔法研究……もしや属性は大地ですか?」エレンが問うと村長は頷き煙を吐いた。
「蘇生魔法って本当に存在するのか?」ヴレイズが目を剥きながら問うた。
この世界には蘇生魔法が3つ存在した。水の『奇跡の聖水』、風の『天使の息吹』、そして炎の『転生の炎』である。
これらの魔法を世界で使いこなせる術士は殆どおらず、もしこれらの魔法を使いこなせれば一国の救世主になれた。
だが、水と風の蘇生魔法を使いこなせるものは世界でもごく僅かしかおらず、炎に関しては使える人間は現在存在しないとまで言われている。
「30年前に起きたボスコピア国の事件の報を聞き、その内容に恐れた研究者たちが研究を止めたそうだ。下手をすればネクロマンサーの汚名を被る事になるからな」
「ネクロマンサー?」ヴレイズがまた首を傾げる。
ラスティーが言うには、ボスコピアで起きたゾンビ騒動で首都や近隣の村々が壊滅し、その原因が大地の蘇生魔法研究だったらしい。
この事件が原因でネクロマンサーの使う魔法はククリス国魔法学会で禁止され、ネクロマンサーは忌み嫌われる事になった。
「ってことは呪いの正体は、大地の蘇生魔法の失敗作……ってわけか」
「そんなもの、恐ろしくて近づきたくもないんだが……宝を持ってくるには、その呪いと対峙しなければならなくてな……」苦しそうに村長はため息を吐き、パイプの灰を落とした。
「そうか。よくそんな場所で成人の儀をやっていたもんだな」呆れた様に口にするラスティー。
「成人の儀?」ヴレイズは何かを思い出したかのように口を開いた。
「どうしました?」
「アリシアが朝早く、『成人の儀に行ってくる』って言っていたんだが……まさか」
「え?!」
「空気が重たいな……」光を片手に呟くアリシア。手を打ち鳴らし、反響音を察知して頭の中にピラミッドの地図を描く。
「複雑な造りだな……まるで迷路だね」歩みながら辺りを見回す。
足元には人骨がいくつも転がり、ネズミや蜘蛛がちょろちょろしていた。歩く度に埃が舞い、彼女の鼻をくすぐる。
人骨の中の数名は、出口を探すように腕を伸ばして息絶えていた。
「何かから逃げていたみたい……ヘックシ!」と、さらに奥へ向かう。
宝のある棺へ向かう道中、金貨のつまった石棺を目の当たりにするアリシア。沢山ある中の1枚を手に取り、ポケットに仕舞う。
「お宝はこの先か……」辺りのかび臭さに表情を歪め、奥から漂う物々しい気配を感じながらも更に濃い闇へと脚を運ぶ。
曲がりくねった通路をしばらく進むと、大きな部屋に出て、目標の棺に辿り着く。
回りにいくつも棺が立て掛けられ、中央に黄金飾りの立派な棺が置かれていた。頭上には棺を見下ろすように3メートルほどあるイモホップ国の戦士を模った石像が置かれていた。
アリシアは目を輝かせ、重たい蓋をずり落とす。すると、中から綺麗に着飾ったミイラが出迎えた。手には杖、脇に剣と弓が備えられている。
「これか……」弓を手に取り、具合を確認する。玄も純金製だったのでがっかりするように肩にかけた。
「使えないのか~」とため息を吐きながら杖を掴んで引き抜く。
すると、ガコっと音が響き、砂埃がパラパラと頭上から落ち始める。部屋中が揺れ動き、地面にひびが入る。
「これが呪い? 何が出る!?」冷や汗を掻きながらも杖をリュックに挿し、回りの棺からミイラが飛び出てこないか警戒する。
すると背後で何者かの気配がチラつき、アリシアの頭を突かんだ。
「い?」正体が何かもわからず頭上へと投げ飛ばされ、高い天井に叩き付けられ、ボトリと落下する。
「いてて……なんなの?!」指先の光を向けると、そこには戦士の石像が凛々しく仁王立ちし、アリシアを睨み付けながら足を一歩前に出していた。石膏だと思われる肌に皹が入り、中から腐った筋肉が覗く。
「これが呪い?」驚くように目を見開き、ナイフとクローを構えるアリシア。
戦士の石像は略奪者を血の通ってない瞳で見下し、静かに拳を構えて振り下ろした。
「今の地響きは……?」足元でピクリと揺れた小石を見てラスティーが眉をひそめる。
村を出たヴレイズ達はピラミッドへ向けて重たい脚を前へ進めていた。うだるような暑さと未だ慣れない砂地に足を取られながらヨタヨタと歩くヴレイズとエレン。
「何故に1人で行ったのでしょう? 成人の儀なら立会人が必要でしょうに……」
「それを口実に村の宝を取りに行ったんじゃないか? あの御人好し!」舌を出しながら杖をつき、腰の曲がった老人の様に歩む2人。
そんな彼らをよそにラスティーは小さく見えるピラミッドを睨みながら歯痒そうな表情をしていた。
「もし呪いに辿り着いたなら、1人じゃ危ない……」
「うわわわわ、うわぁ~!!!」ピラミッド内をアリシアはまるでネズミの様にちょろちょろと逃げ回っていた。背後から3メートルの巨人が大股で彼女を追いながら拳を振るい、邪魔な装飾品や柱をなぎ倒し、近場の棺を掴んで投げつける。
「宝を守る呪いのクセに! 罰当たり~!!」と、振り向きざまに矢を2発放ち、呪いの戦士の肩と膝を射抜く。
だが、全くひるむことなく戦士は歩みを止めずに彼女の背を睨みながら拳を振るった。ピラミッド全体が揺れる程の衝撃を放ち、地面に地割れができる。
「そんな事をすると、守るものがなくなるぞ!!」歯を剥きながらまた矢を3発放つ。
アリシアの放ったそれは戦士の両目と額に命中したが、石膏が剥がれ落ちるだけで、効いている様子はなかった。
暗い物陰に隠れても、高い場所へ逃げても戦士はアリシアの場所が手に取る様にわかるのか直ぐに見つけ出し、巨大な拳を振るった。
「くっ! 出口は何処だ!!」頭を整理し、先ほど作った脳内地図で自分のいる場所を確認する。手を叩いて音波を出し、共鳴音と地図を照らし合わせ、冷や汗を滝の様に流す。
来たばかりの時と、宝を取った後でピラミッドの内部構造が変わっており、彼女はグルグルと同じ場所を行ったり来たりしていたのだった。なんと出口へ向かう道は閉ざされていた。
「二重の呪いとは恐れ入ったね……」
自嘲気味に笑うアリシアにはお構いなしに拳を振るう巨大戦士。その攻撃は一発も彼女に当たる事はなかったが、もし当たればこのピラミッドにきたトレジャーハンター達の仲間入りになるのは確実だった。
「しょうがない……全部あんたのせいだからね!!」皹の入った壁の前に立ち、挑発するアリシア。戦士は壁に一発、もう一発と拳を叩き付けた。
すると、壁に大穴があき、小さな光が出迎える。
「よし! ダメ押し!!」と、ポーチから小瓶を取り出し戦士に向かって投げつける。その中身はツンとした臭いを漂わせた。
その匂いを嗅ぎつけたピラミッド中のヴェノムリザードが巨大戦士の周りに群がり始める。
アリシアが笛を吹くと、それを合図に一斉に蜥蜴たちは戦士に飛びかかり、その巨体を埋め尽くし、押し倒した。
「ありがとね♪ あたしブリーダーになれるかも」ご機嫌な声を出しながら出口の光を目指すアリシア。
すると、背後から猛毒蜥蜴の断末魔が響く。
彼女が振り返ると、引きちぎられた蜥蜴の頭が飛んでくる。血と毒液が辺りに散らばり、肉片が地面を埋め尽くす。
戦士の顔は石膏が全て剥がれ落ち、中から腐った筋肉に覆われた髑髏が姿を現し、ヴェノムリザードの首を噛み千切って投げ捨てた。
敵に恐れて逃げていく蜥蜴たち。
呪いの戦士は体中の石膏をふるい落とし、地面に散らばった蜥蜴の肉片と体液を啜りだした。すると、3メートルあった体はみるみる大きくなり、腐った筋肉が膨らんで強靭に作り替わり、飛び出た骨が槍の様に尖る。
禍々しく姿を変えた呪いの戦士は瞳を赤くギラつかせ、ここにきて初めて耳を引き裂くほどの咆哮を発した。
辺りはすっかり日が落ち、砂漠に冬がやって来る。
「やっとマシになったか」ヴレイズはマントを脱ぎ捨て、寒そうに震えるエレンに渡した。
「あ、ありがとうございます……」気温の変化についていけないエレンはマントに包まり丸くなる。
「それにしても今の咆哮はなんだよ?!」ラスティーは煙草に火を点けようとオイルライターに手を伸ばす。
その瞬間、出口からアリシアが必死な形相をつくりながら姿を現した。砂漠にダイブし、受け身を取りながら弓を構える。
「来るよ!!!」
「何が?」3人が声を揃えた瞬間、ピラミッドの入り口が爆発するように吹き飛び、中から悍ましい姿をしたゾンビとも悪魔ともとれる様な化け物が姿を現した。
「宝を守る呪いの戦士って聞いたんだけど……禍々しすぎるだろ!!」ヴレイズが腕に炎を纏いながら口にする。
「逃げている途中に色々あってね……」
「来るぞ!!」ラスティーもボウガン片手に構える。
「私はお邪魔にならないよう、隠れていますね」エレンはマントに包まり、転がる様に前線から後退する。
3人を目の前にして戦士は大きな顎を開き、砂漠に木霊するような雄叫びを上げ、襲い掛かった。
その日の真夜中。4人は誰一人欠けることなく村に帰還した。
「意外とアッサリ倒せたな」拍子抜けだったのか、ヴレイズが機嫌のいい声を出す。
「ゾンビは火に弱いと聞いたが、まさかあんなに効くとは思わなかった……」
開戦の瞬間、ヴレイズの放った炎が戦士の筋肉に着火し燃え広がり、ラスティーの煽り風の助けもあり、数瞬で呪いの化け物は消し炭に成り果てたのである。
「弱点を突けば、脆く崩れるのですね~勉強になりました」戦いを思い出しながらエレンが口にする。
アリシアは足早に村長のいるテントへ向かい、黄金の弓と杖を彼に手渡した。
「なんと礼を言えば良いか……」驚きを隠せず、膝をついて頭を下げる村長と戦士2人。
「いえいえ、あたしが成人であると証明して頂ければ」と、金貨を取り出す。
「これを取って来ればいいんですよね? このあとどうすれば?」
「……大事に持っていなさい。これで君は立派な成人だ」にこりと笑う村長。
「ぶっちゃけ俺たち10人分だな」
「だな」戦士2人は己の不甲斐なさに眉を下げながら口にした。
すると、村長はテント内に飾られていた弓を手に取り、差し出した。
「私が若い頃に使っていた弓だ。君なら使いこなせるだろう」
「え? いいんですか?!」アリシアは目を輝かせ、その弓を手に取った。
「鉄製弦だ! 待ちに待った合成弓だ!! わぁい!!」嬉しさのあまり村長の目の前で弓の調整を始める。弦の具合とバランスを手に覚えさせ、弦を引く。
「まさかあっさりそれを引くとは……」
「驚きだ」重たすぎる鉄製弦を引けなかった戦士2人が声を揃える。
「力で引くんじゃないの! 心で引くの!」
翌日、アリシア達は村を後にし、イモホップ港へ向かった。村の人たちは3日で辿り着くと言ったが、日中のヴレイズとエレンの様子を見てラスティーは5日かかると踏んでいた。
「アリシア~何であんな無茶な事をしたんだ?」汗だくのヴレイズが彼女の隣で足を揃える。
「う~ん……わかんないな」首を傾げ、笑うアリシア。
「誤魔化すなよ。あんなこと、わかんないってだけでやろうとは思わないだろ?」
「ヴレイズはどうなの? 困っている村を目の前にして、助けようとは思わない?」
「う……ん……思えない、な……」ヴレイズは複雑そうに表情を歪め、アリシアから目を背けた。
「なんで?」
「俺の村が焼かれた時、誰も助けてくれなかったからな……」
「誰も助けてくれなかったから自分も助けないって言うの?」
「いや……その……」
「なに? 他に何か理由があるの?」少々苛立ち気味に問いかけるアリシア。
「……言いたくない……」仲間たちの最後尾に移動し、俯くヴレイズ。
そんな彼を見て、ラスティーはエレンに小声で問いかけた。
「なぁ先生。ヴレイズの心を読んだことあるか?」
「先生はやめてください。……始めてお会いした時に少し……」
「何が見えた?」
この問いにエレンは何か考える様に俯き、ラスティーの耳元で囁いた。
「凄まじい復讐心です……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます