18.ピラミッドと成人の儀

 目を覚ます。

 アリシアは口の中のジャリジャリしたものを吐き出しながら身体を起こし、傷を摩った。新しい包帯だと気づき、重たい腰を上げる。

「運がよかった……な」

 6時間前、例の影に差しだされた物は一杯の水だった。アリシアはその水筒に夢中になってしゃぶりつき、緊張の糸が切れて、現在まで気を失っていたのだった。

 そんな彼女は今、目的地だったサンドゥ村のテントの中にいた。

 この村の中央にはオアシスがあり、背の高い木が何本も生えており、外の砂漠が地獄ならまさに楽園の様な村だった。

「もう平気なのかい?」テントの住人が彼女の背後に立ち、優しく声かける。

「みんなは、どこに?」慌てた様に冷や汗を掻く。

「よっぽど大切な仲間なんだね。隣のテントで治療を受けているよ」

 この言葉を聞き、数日振りに顔に微笑みが戻る。

 彼女は深々と礼を口にし、急いで3人の下へ向かった。



 ヴレイズとエレンは脱水症状と熱中症を起こし未だに昏睡し、村の水使いの魔法医の治療を受けていた。

ラスティーも治療を施してもらい、今は椅子に腰掛けて、松葉杖片手に煙草を吸っていた。

「ここで煙草を吸っていいの?」テントに入りながらアリシアが微笑み混じに問うと、ラスティーは笑い返した。

「俺のはダメって言われて、村長から渡された薬草を巻いて吸っているんだ。煙に解毒作用があるってな。アリシアの応急処置のお陰で助かった。ありがとよ」

「……よかった、無事で……」



 3人の無事を確認したアリシアは村長のテントへ向かい、涙を堪えながら頭を下げていた。アリシア達は見回りに来ていた村長と村の戦士たち2人によって助けられたのだった。

「気になさらないで。いつもは行き倒れや猛毒蜥蜴に食い散らかされた仏ばかりだったから……間に合うのは珍しい。ゆっくり休んでくれたまえ」と、頬を緩めながらラスティーが吸っていた薬草を詰めたパイプを吸い、緑色の煙を吐く。

「ありがとうございます……」

「客人は珍しい故、持て成し方が不器用かもしれんが、そこのところは勘弁してくれ」村長の隣で腕を組んでいる村の戦士が口にし、テントを出て行く。

「羽休めが出来れば十分です」

「で、あなた達はなぜ砂漠を旅していたんだい? 行先はイモホップ城かい?」

 アリシアは自分たちの旅の目的や目的地のイモホップ港について話す。

「魔王討伐……今の時代、珍しいのぉ……『勇者の時代』は10年前に終わったと聞いたが……」

「勇者の時代?」

「魔王討伐を掲げておいて、この時代を知らないのかい? まぁ知らない方がいいかもしれんが……」苦そうな表情でパイプの灰を落とし、咳払いをする。

「あとでラスティーに訊いてみようかな……」

「勇者か……我が村には今こそ、その勇者が必要なんだが……力になってはくれんか?」

「あたしなんかがお手伝いできれば……」



 村長はアリシアに村の悩みを長々と話した。

 短くすると、内容はこうだった。

 この国の王であるイモホップ13世が3か月前に死去し、跡を継いだ14世がこの村にある命令を下したのである。

 この村の北に5キロ向かった場所にピラミッドがあり、その奥深くに置かれる黄金の弓と杖を取って来いと言うのである。

 それはイモホップ3世の宝であり、彼の遺体と共に王家の墓であるピラミッドに長く眠り続け、先代や先々代より前の王たちはこの宝を尊重した。

 だが即位した14世は、宝は国民の目の届く場所にあるべきだと説き、元々墓守の村であるこのサンドゥ村の村長に宝を取ってくるよう命令したのである。

 だが、問題があった。

 ピラミッドにはヴェノムリザードが巣を作っており、更に奥には古の呪術魔法が施され、宝や王の寝床を守っていた。

 過去に何人ものトレジャーハンターや盗賊たちがピラミッドにロマンを携えて入っていったが、生きて出たものはいないらしく、例え墓守である村長や村の戦士たちがピラミッドへ入っても命の保証は無いという。



「昔は……まぁ200年程前だが、ピラミッドを試練の場として成人の儀を行っていたが……今は危険すぎてなぁ……」

「成人の儀??」アリシアは首を傾げながら村長の話に耳を傾けた。

「うむ、ピラミッドの奥にある金貨を一枚取ってくる、というものだ。その金貨の更に向こうに黄金の弓と杖があるらしい。昔は気軽に入れたが、今はヴェノムリザードがおるし、奥の『呪い』が怖くてなぁ」

「もし、その黄金を取ってこれなかったら、この村はどうなるんです?」この言葉に村長は苦しそうに唸りながらパイプの煙を吸い、アリシアの目を上目使いで見た。

「取り潰されるような事はないが、いざ戦争になったら王は、この村をどう扱うことやら……こんな時代だしな……」

「そうですか……」

「いや、疲れ果てた村の訪問者にこんな話をしては酷だな。忘れてくれ。しかし、魔王に挑むと口にするならば、いい試練になると思ってな」

「はい……」アリシアは考え込むような顔をしながら村長にもう一言だけ礼を口にし、テントを後にした。



 その夜、昏睡から目を覚ましたヴレイズとエレン、そしてラスティーとたき火を囲んでいた。目を覚ました2人は己の不甲斐なさに冴えない顔をして俯いていた。

「迷惑をかけた……」

「申し訳ありません……」

「気にしないでくれ。俺も初めて砂漠を旅した時は、父さんの背中に甘えたしな……」オアシスの水を飲み下し、痛むのか腹の傷を軽く押さえる。「しばらくこの村の厄介になろう。もうすぐ港だが、慌てず騒がず、村を出るのは十分体調を整えてからだ」

 しばらくして村の者から食事をご馳走になり、アリシア達は暖かい持て成しに頭を下げながら、久々のまともな夜を堪能した。



「ねぇみんな」アリシアは食後の茶を啜りながら問うた。「成人の儀って知ってる?」

「成人の儀? あぁ……国によりけりだよな」ラスティーはエレンの治療を受けながら答えた。

「私は16の頃、魔法医学校で慎ましく……」苦い思い出を頭に過らせながら答えた。彼女は学校にいい思い出は無い様子で、すぐに口を閉じ、治療に専念した。

「俺は4歳の頃だ。親が起こした炎に身をさらすんだ」

「変なの! ってか大丈夫なのかよ、その儀式!」ラスティーが声を上げるとヴレイズが歯を剥いて睨み付けた。

「火の一族だからな! ほっとけ!」

「そうかそうか。俺は18の頃だ。っつっても夜通し仲間と酒飲んだだけだがな」

「そうなんだぁ……」アリシアは寂しそうに口にし、夜空を眺めた。

「アリシアは、成人の儀は……」ヴレイズが問うと、アリシアは口をへの字に曲げた。

「やる前にその……うん……」何も言えず、辛そうに膝に顔をうずめる。

「そっか……」



 その頃、村長のテント内で戦士3人と村長との会議が行われていた。

「で、お主らでも無理かね……?」村長は村の戦士に問いながら苦しそうな表情で唸った。

「ピラミッドの内部は迷宮です。宝に辿り着けても無事帰れる保証はありません」

「行きも帰りも猛毒蜥蜴の襲撃に遭うでしょうし、いくら我々の身体に抗体ができていてもあの数を相手にするのは……」

「それに『呪い』についても……何の策もなしに行くのはあまりに無謀」

 3人はそれぞれの考えを村長に向けながら、いい案を考えようと頭を捻った。

 唸り声とため息がテント内を満たし、村長が煙を重たく吐き出す。

「持ってこれなければ、色々と令が下るだろう……兵糧、武具、兵力……全て差し出せと言うやもしれん。

 西は血の気の多い国が多く、南は大陸の東半分近くが闇の瘴気で満ちており、土地を奪い合っている……それに北にはあの魔王だ。

 いずれにしろ近々、我が国にも火が飛んでくるだろう。その時の為、なんとしても……」

 戦士たち3人は深く相槌を打ったが、また腕を組み、唸る事しかできなかった。

 アリシアはそんな彼らの会話をテントの外で聴き、密かに頷きながら道具屋の方へ走って行った。



 朝日が昇り、砂漠に熱風が吹き始める頃。

 アリシアは3人よりも早く起き、村で調達した装備を整えていた。ナイフとクロー、矢先の一本一本を丁寧に研磨し、満足そうに微笑む。

 ブーツの紐をギュッと結び、肩当てと胸当てを装備し、道具ポーチを腰に備える。治療薬や3日分の食料を確認し、テントを出る。

「ん? アリシア、早くからどこいくんだ?」眠気眼でアリシアの背に声をかけるヴレイズ。

「ちょっと成人の儀に♪」

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