17.地獄のティラミ砂漠

 アリシアたち一行がイモホップ国、ティラミ砂漠に足を踏み入れて15日目。

 頭上の日は他国よりも強く照らし、砂地や岩場を焼き、歩けども歩けども湖はおろか木影ひとつ見当たらなかった。

 夜は打って変わり極寒の風が吹き、歩む者達の気力体力を蝕んでいった。

 そんな地獄の様な砂漠で、彼女らは重くなった足を無理やり引き摺りながら、砂地を一歩一歩踏みしめていた。

「あづい……」頬がゲッソリと痩せこけた炎使いのヴレイズが目の下を真っ暗にしながら呟き、腰の水筒に手を伸ばした。

「お前、本当に炎使いなんだよな?」ラスティーがうんざりしたような顔を向けながら彼から水筒を取り上げる。「今日の分は夜までお預けだ」

「そんな! 死んでしまいますよぉう……」いつものように噛みつく力もなく、ヴレイズは泣きそうな顔で俯いた。

 そんな彼を見てアリシアが自分の水筒を手渡した。

「あたしは大丈夫だから、飲んでいいよ」と、笑顔を向ける。

「いいのか……?」

「いつも助けられているからね」

「それはお互いさまだ……ありがたく甘えさせてもらう」と、一口分含み、笑顔を取り戻して返す。

「ねぇエレン、水使いの魔法でどうにかできないかな……?」アリシアが彼女の顔色を窺いながら問う。

 それに対してエレンはヴレイズ以上に顔色を悪くしながら答えた。

「そ、そんな事ができたら今頃わたしゃこの国の救世主ですよ……空気が乾きすぎて水は集められないし、私の力じゃ水脈を探す事もできません……水は大切にお願いします……」弱り切った彼女を察し、アリシアは残った自分の水を彼女に全部飲ませた。

「アリシアは大丈夫なのかよ?」ラスティーが心配そうに問うと、彼女はいつもと変わらぬ顔を見せた。

「昔、数日飲まず食わずでいられる訓練をしたから大丈夫だよ。砂漠を旅するのは初めてで少しまいるけど、心配しないで」と、足元をちょろちょろ走るデザートリザード(砂蜥蜴)にナイフを投げて命中させ、掴み取り血を啜る。

「いったいどんな人が鍛えたんだ? 会ってみたいな」と、アリシアから砂蜥蜴を受け取り、真似するように血を啜り、顔を歪めた。「グェ! 慣れない事はマネしないべきか……」



 更に10日後、事件が起きる。

 彼女たちの水が尽きたのだった。

「やばいな、予定では昨日の内にサンドゥ村に着くはずだったが……」コンパスと地図を片手に頭を掻くラスティー。

 ヴレイズとエレンは杖に体重を預けながら死人の様な顔でラスティーを見た。

「だ、だずげでくへぇ……」

「さ、砂漠を舐めていました……」

「まずいね……」アリシアは余った自分の水を2人に全部飲ませ、鞄の中身を確認し、悩む様に表情を歪ませた。「ラスティーは平気?」

「平気とは言えないな……」彼は過去に何度か砂漠を旅した経験があり、多少歩き方を熟知している。そんな彼でも苦笑いを浮かべながら心底参っていた。

 なぜなら今日までに数度の砂嵐に襲われ、その度に風魔法で4人を守っていた。その為、体力を削られており、さらに水も2日前から飲んでいなかった。

「今度また砂嵐がきたら、もう風で守れないかもな……」

「大丈夫、テントを張ればやり過ごせるよ! それに……ん?!」殺気を感じ取り、目を鋭く光らせ、ナイフを構える。

「敵か?!」魔力の温存の為、風の警戒網を張らずにいた為、慌ててボウガンを構える。

 ヴレイズとエレンも身構えようとするも、身体に力が入らず砂に顔から倒れ込み、力尽きてしまう。

「ラスティーは2人を援護して! あたしがなんとかする!」



 彼らが旅しているこの西ティラミ砂漠には、ヴェノムリザード(猛毒蜥蜴)という体長2メートルほどある大きな蜥蜴が群れを成していた。爪や牙はナイフのように鋭く、尾先からは鋭い骨が突き出ており、それを使った不意打ちが得意だった。

 名前にもある通り、この蜥蜴は喉の奥から猛毒を吐き出し、獲物を弱らせるのがこいつらの得意戦術である。

 別名、砂漠のギャングと恐れられており、6匹チームで行動し、獲物を見つけると作戦を立て、戦術的に襲ってくるのが得意だった。

 そんなサンドゥ村の戦士も恐れるほど狡猾な蜥蜴たちが今、アリシア達に狙いを定めて瞳を光らせ、口から毒を滴らせていた。



 アリシアは正面の猛毒蜥蜴に狙いを定め、弓を構え、矢先を光らせていた。眼前の3匹はその場を動かず、ギャアギャアと鳴きながら警戒するように大きな頭を右左に動かしていた。

 矢を放とうとした瞬間、アリシアの頭にゾクリとした不気味な予感が過る。矢を納め、目を閉じて耳を澄ませる。耳障りな猛毒蜥蜴の泣き声に邪魔され、頭の中の映像がかき乱されるが、必死になって『嫌な予感』の正体を探っていく。

 予感の先に猛毒蜥蜴の影を見つけ、その方向へ双眼鏡を向けると、別の3匹がラスティー達の方へと猛然と走っていた。

 アリシアは慌てた様に目を見開き、矢を放とうと構えるが、背後から自分がマークしていた蜥蜴たちが音もなく近づいてきていた。



「くそ!」ボウガンの矢を放ったラスティーは次の熱貫通矢を装填しながら歯を剥きだした。

 1発目に放った矢は1匹の鼻先に命中し脳天を貫通したが、残りの2匹は怯む様子は見せず、彼の鼻先まで近づいていた。

 もう1発の矢が間に合い、見事に仕留めるが、残った猛毒蜥蜴が飛びかかるのを阻止することができず、押し倒されてしまうラスティー。瞬時にナイフで牙を止めるが、前脚の爪が腹に食い込み、激痛に表情が歪む。

「離れろ!」風の衝撃波を放ち、押し返そうとするも魔力が足りず、蜥蜴は怯む様子も見せず爪を引き抜き、肉を数グラムえぐり取る。血の生臭い匂いが辺りに漂い、蜥蜴は興奮した様に毒混じりの涎を垂らした。

「汚ねぇなこの……野郎がぁぁ!」渾身の力を込め押し返し、急いで立ち上がる。だが、蜥蜴の涎が顔に付いたのか、彼の視界が徐々にぼやけ始める。

「ぐっ……」脚を踏みしめ、首を振って正気を保とうと顔を叩く。牙と爪、どちらがきても対応できるよう身構え、息を整えようとする。

 次の瞬間、右肩に爆ぜるような衝撃が走り、あまりの激痛にナイフを落としてしまう。なんと、背後に回り込んだヴェノムリザードの尾が肩を貫いていた。

「ぐあぁ!!」乾いた砂にドロリとした血が染み込んでいく。

 相手はその怯みを逃さず、首を仰け反らせ自慢の毒を噴きかけた。

 ラスティーはそれをモロに喰らう形となり、顔、傷口に黄色い毒が入り込む。

「あ! がぁ……っ」膝をつき、前のめりに倒れるラスティー。

 勝ち誇ったように蜥蜴はゆっくりと彼に近づき、後ろ足で蹴りころがし、先ほど抉った腹に舌を這わせる。血を味わい、舌なめずりしながら満足そうに喉をカラカラと鳴らす。

 ラスティーは自分が何をされているのかもわからず、白目を剥き、泡をボコボコと噴き散らしていた。目も耳も効かず、闇の中で焼けるような痛みに悶絶する。

 猛毒蜥蜴は大口を開き、彼の腹に牙を突き立てようと狙いを定めた。

 その瞬間、頭にガツンと何かが当たり、動きが止まる。糸が切れた様に前のめりに倒れこみ、血をドクドクと流し始める。蜥蜴の頭にはクロガネのナイフが突き刺さっていた。

「間に合った……?」服をズタズタに引き裂かれ、息を大きく荒げたアリシアは急いでラスティーに駆け寄り、優しく抱き起した。

「大丈夫! あたし間に合った?!」

「ぐ……ぁ……ま゛に゛あ゛っだ……」いつもの様な余裕の笑みを見せようと必死になって頬を緩めようとするが、安心したのかぐったりと頭を横たえた。

「……間に合ったとはいえないな……」肩を落として下唇を噛むアリシア。

 彼女は悲しむ間もなく、急いで鞄をひっくり返し、万一に備えていた物を次々と取り出した。



 その日の夜、アリシアは寝袋に詰めたヴレイズとエレンに薬草と猛毒蜥蜴の血を調合した即席栄養剤を飲ませた。不味いのか顔を歪めゴホゴホと喉を鳴らす2人。

 彼らは脱水症状を起こし、寒そうにカタカタと震えていた。

「ゴメンね、これしかなくて……」テントの外は極寒の砂嵐が吹き荒れていた。

 次にラスティーの容態を確認する。本来ならエレンが手当てしているところだが、頼みの彼女は昏睡し、さらに治療に使える水も殆どなかった。

 彼女は仕留めたヴェノムリザードの内臓から抗毒エキスを絞り出し、ニコル村で調達した解毒草と混ぜ合わせてラスティーに飲ませた。腹と肩の傷を消毒して縫合し、前もって作っていた薬草を染み込ませた包帯を巻く。そして緊急用に残したヒールウォーターの小瓶の中身を彼に少しずつ飲ませた。

「……参ったなぁ……」残った薬草を自分の傷に使い、包帯を巻き、焼いたヴェノムリザードの肉を齧る。

 流石のアリシアも疲れてしまい、眠気に襲われたが、3人を放っといて眠るわけにもいかず、彼女は夜通しで辺りの警戒を続けた。



 次の日。

 アリシアはロープで寝袋を3人分縛り、ダウンした3人を引き摺っていた。

「つぎ襲われたら終わりだな……」眠気覚ましのガラシの実を齧り、ブンブンと首を振る。猛毒蜥蜴の肉を食べ、力をつけるも気力が付いていかず、足の重さが増していく。

 少しずつ目が霞み、オアシスの幻影が見える様になり、笑いがこみ上げていくアリシア。ぼんやりした頭の中で誰かが自分の名前を呼ぶような声が響く。

「おじさん……あたし、まだまだだね……」ついには仰向けに倒れ、目を閉じてしまう。

 


 何者かの足音がし、影が3つ自分を見下ろす。

「……まぼろし……?」

 3つの影は自分に何かセリフを投げかけていたが、霧がかかったように聞き取れなかった。

 3つの影は何か話し合い、頷くと寝袋に詰めた3人の方へ歩いていった。

「やめて……みんなには……手を出さないで……」錆びついたように軋む腕を上げ、必死で助けを乞うアリシア。

 ひとりが振り返り、彼女の方へ向かい鞄の中に手を入れる。

 彼女の前に差し出された物は……。

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