14.クラス4との遭遇
カルミンの街を出て1週間、アリシア達はあれから何事もなく旅を続けていた。目指すは砂漠の入り口にあるニコル村。
この日も夕日が落ち、彼らはたき火を囲んでいた。
本日の夕飯当番はアリシアだったので、先ほど狩った火炎鳥を焼いていた。
「はぁ……久々に水浴びしたいなぁ~」アリシアが不満げに呟く。
「ここら辺の湖はサーベルヒポリトン(牙カバ)の縄張りだからな。不用意には近づけないな」ヴレイズが眉を下げる。
このサーベルヒポリトンはアーマーベアと違い温厚な魔物だが、縄張りを荒らすような真似をすれば死ぬまで追いかけられる、とアリシアは彼らに解説した。
しかも皮膚が分厚く、大砲の弾を喰らってもビクともせず、ハンパな魔法攻撃も寄せ付けない程タフだという話だった。彼女は今の装備では狩り切れないと判断し、やむなくカバ狩りを諦めていた。
「この先の村がそのカバに悩まされてなきゃいいんだがな」ラスティーがアーマーベアを狩った時の事を思い出し、口元を苦くさせる。
「サーベルヒポリトンの群れに『はぐれ』みたいな暴れん坊は出ないみたいよ。クイーンっていう、バカでかいのはいるみたいだけど、温厚で他種族の縄張りを尊重するから、おいそれと襲ってこないみたいよ」
「なんでも知っているのですね~アリシアさんは」感心するようにエレンが手を叩く。そんな彼女に向かってアリシアは少し弱ったように頭を掻いた。
「その『さん』をつけるの、やめない? 仲間なんだからさ。それにエレンの方が年上なんだし……」
「性分なもので。それより、水浴びがしたいといいましたね?」
「うん……」
すると、エレンは両腕に魔力を込め、大気中の水分を集め、風呂一杯分の琥珀色に輝く水の塊を作り出した。
「ヒールウォーター・バス、です。心身の傷と疲労を癒す、私の得意技です。呼吸器に水が入っても、その水が肺に酸素を運ぶので遠慮なく入ってください。私の力では一人分しか作れませんが……遠慮せずお入りください」
「えぇ! こ、ここで入るのぉ?」アリシアは横目でスケベ2人を覗き、苦み走った表情を作り、身震いした。
「服を着たまま入っても大丈夫ですよ。終わったら私が魔法で水分を飛ばしますから」
このセリフを耳にし、アリシアは笑顔で水の塊に飛び込み、スケベ2人は顔に大きな影を落とした。
「やばい……一生この中で過ごしていたい……んぅぅう~♪」トロけた顔のまま脱力し、水に身を任せるアリシア。
「俺たちの旅の癒しが……スパイスが……」
「もう少しでアリシアの警戒網を突破する策が出来上がったのになぁ……」旅の道中、何度か彼女の水浴び姿を覗こうと2人は試行錯誤していたが、結局一度も彼女の無邪気な水浴び姿を拝むことはできなかった。
「本当に男って生き物は……あ、アリシアさん。そのヒールウォーター・バスは一回につき1000ゼル頂きます」
これを聞き、アリシアは目を点にし、エレンの顔を無表情で静かに睨んだ。
「冗談ですよ♪」
4人が夕飯を楽しんでいる頃、その3キロ北側で何者かが右腕に雷を纏いながら笑っていた。
彼の目の前には鼻息を荒くしたサーベルヒポリトンが突進の態勢になり、殺気を放っていた。
「僕が……この僕が、雷の賢者になるんだ!」辺りの闇夜が一瞬、昼間の様に照らされ、稲光が周辺を跳ねまわる。草原に火が点き、木に雷光が直撃して火花を上げながら倒れる。
1頭のサーベルヒポリトンが瞳を血走らせながら咆哮すると、雷使いは自信たっぷりの笑みを作った。
「君は生贄になるんだよ……ありがたく思いたまえ」
青年は雷神が如き暴れ狂う雷を腕に纏い、正面を猛然と直進してくる魔物へ向かって己の矛を放った。
この激震は夕飯を食べる4人に風となって届いた。
「大気が震えた?」鼻をヒクヒクさせながらアリシアが首を傾げる。
「1キロ圏内に不審な者はいないな……なんだったんだ?」風を読みながらラスティーが答える。
「うちらには関係ないだろ」ヴレイズは呑気に大好物の火炎鳥を骨ごとがっつき、満足そうに笑った。
「さ、明日にはニコル村ですから、早く寝ちゃいましょう」エレンは行儀よく食べ終わり、ナプキンで口を拭った。
次の日のお昼前。4人はニコル村の門をくぐり、広場を見回していた。砂漠へ向けて旅支度に寄る者が多い故か、他の村より活気があり、店が多く並んでいた。通りは村人と観光客でごった返しになっていた。
「大丈夫だ。手配書はここまで回ってきてないみたいだ」風で探りを入れていたラスティーが安心した様に肩を落とす。
「じゃあ買い出しに行きましょう! あたしは武具屋で弓をみてくる!」アリシアは一足先に広場の武具屋へと走って行ってしまった。
「活発ですね! 私は書物を読みに村長の家にでもお邪魔しましょうか……」エレンは村の一番大きな家を探しに向かった。
「お! 俺も村長さんの家に行こうかね。情報を仕入れたいからな。じゃ、ヴレイズ。買い出しは任せた!」と、彼はエレンを追って行ってしまった。
「なんだよ! 俺だって色々! ……いや、特にないな。アリシア~」ヴレイズは人混みの中に消えていった彼女を探しながら店を物色して回った。
「えぇ~ここにも合成弓は置いてないのぉ~!」落胆したような声を出すアリシア。
「そんな玄人も使いこなせない弓はここではなぁ……まぁ他の商品もみてくれよ! ウチにしか置いてない武具もあるからさ。このナイフはどうだい?」店主が手元に飾られていた鉈の様に大きいナイフを取り出した。
「どれどれ~」アリシアが身を乗り出すと、背後から何者かがヌッと現れ、彼女の前へ横入りした。
「見せてくれ」青年は店主からナイフを奪うように取り、輝きをチェックした。「こんな物じゃあダメだな。この店一番の武器を見せてくれ」と、店主の足元へ投げ捨てる。
この青年の態度にアリシアは膨れ面を作り、彼の肩をむんずと掴んだ。
「ちょっと! あたしが先に見てたんだよ! それにこのナイフは中々の一品だよ! それをぞんざいに扱ってぇ!!」
彼女の怒り顔を前に青年はため息を吐き、右腕に魔力を込め青白く光らせた。
「うるさいよ、君」と、アリシアの顔に稲妻を走らせ村中に響くような破裂音を轟かせる。
「ぎゃあぁ!!!」巨人に殴られたような衝撃が顔面を襲い、堪らず倒れ込む。目から血が涙の様にドロリと滴り落ち、額が黒く焼け焦げていた。
「どうしたアリシア!!」騒ぎを聞きつけてヴレイズが彼女を抱き起す。
稲妻を手の中へ納めた青年は彼女に見向きもせず踵を返し、店主に最高の武器を出すようにと催促した。
ヴレイズはアリシアの容態を確認し、額に血管を浮き上がらせる。
「お前か?! お前がやったのか!!」腕に激しい火花を弾けさせる。
「だったらなんだというんだね? 僕を殴るのかい? そんな貧相な……」青年は両腕から上半身にかけて青白い稲妻を滲ませ、武具屋と周辺の雑貨屋などの建物を激しく揺らす。
「魔力で!!」
青年は瞳を青く光らせ、右腕を突き出し稲妻の刃を作り出した。
「なんだ!? この魔力は! お、お前まさか……?!」
「お前呼ばわりするのかい? クラス4であるこのビリアルド・ボディヴァ様に向かって!」彼はヴレイズを見下ろしながら高らかに言い放ち、自慢げに天に向かって刃を飛ばした。すると上空で雷が炸裂し、巨大な青白い花が咲く。
「由緒正しい貴族であり、才能あふれるクラス4の雷使いであり、雷の賢者候補の一人にまで選ばれたこの僕に向かってそんな口の利き方をするのかい?」
「くっ……そぉ…」無念に表情を歪ませ、腕から力を抜くヴレイズ。
「わかったら、その汚い目で僕を睨むのはやめたまえ」勝ち誇った顔で踵を返すビリアルド。店主が用意した銀色に輝くナイフを奪い取る。「まぁまぁマシかな?」
アリシアは瞼を痙攣させながら首をグラグラと動かし、手で辺りをまさぐった。
「参ったな……なんも見えないや……」
「何だって!」
「ふふっ、よかったじゃあないか! 最後に拝んだのがこの僕の顔で」店主に金を投げ渡し、ビリアルドは高笑いしながら宿屋の方へ向かっていった。
「あの野郎ぉ……」
ラスティー達と合流したアリシアは、早速エレンに傷の具合を診て貰っていた。
「治るかなぁ?」心配そうに声を震わすアリシア。
エレンは、最初は驚いていたが、アリシアの眼球を水で丁寧に診断し、安堵の息を漏らした。
「視神経が焼けているけど、目は潰れていませんから大丈夫」と、特製の包帯を取り出しアリシアの目を覆う。「視力が戻って全快するまで3日、ですね」
「頼もしいなぁ~エレン」ラスティーは煙草に火を点け、安心した様に煙を吐いた。
「悪い、俺が付いてれば……」申し訳なさで心苦しくしたヴレイズは俯き、アリシアは「大丈夫だよ」と、微笑みかけた。
「お前がついていても、いや……全員揃っていても、どうにもできないな……なんせクラス4なんだろ? その雷使いは」ラスティーが口にし、紫煙を燻らせる。
「くらすふぉーって何?」アリシアが問う。
「魔法使いのランクの最上位だ。俺とヴレイズはクラス3、エレンとアリシアはクラス2だ。
クラス2は生活で便利に感じる程度の魔法が扱えて、クラス3は戦闘に利用できるほど強力な魔法が使えるって感じだ。
ん? そうなるとアリシアもクラス3か……」
「ねぇ、クラス4はどれだけ強い魔法使いなの?」
すると、今度はヴレイズが答えるように前に出た。
「俺たちの身体には魔石って魔法を使うための力が備わっているんだ。使える魔力は才能や努力で伸びるが、一度に使える魔法には限界があるんだ。
だが、クラス4はその限界が、ないんだ。
どうやって修行したかはわからないが、その限界を取っ払い、技量の、想像力のままに魔法を放つ連中のことを『クラス4』と……そしてその上で全てを極めた連中の事を『賢者』と呼ぶんだ」
「賢者……相当強いんだろうね」アリシアが口にすると、ラスティーが煙を吐きながら呆れる様な言い方で答えた。
「強いってモンじゃねぇよ。一国の軍事力に匹敵する戦争抑止の使者と呼ばれる程の化け物だ。半年前に雷の賢者が退位したって聞いたが……なるほど、奴が後釜候補ってわけか。ビリアルド・ボディヴァ……ボディヴァ家と言えばノースマン大陸西側で魔王からまだ侵略されていないチョスコって国の貴族だな」ラスティーの何気ない言葉にエレンが「まぁ」と声を上げる。
「よく知っていますね~」
「俺は毎日、情報を食って生活しているもんでね」
アリシアは彼らの話を聞いてうんうんと頷いていたが、悔しそうに唸り地面を踏み鳴らした。
「あったまくるなぁ! あんな奴にいいようにされてさ! 何が貴族だ! あいつのいる宿には絶対に泊まらないから!」
「でも、この村にはあの宿しかないんだぜ?」ヴレイズが彼女を宥めようと肩を叩く。
「じゃあ、どこかの家にお邪魔しよう! ご馳走してくださいってさ!」アリシアは荷物を片手にひとり歩き出し、鼻をクンクンさせながら民家から漂う匂いを嗅いだ。
「あ! このおウチ、カレーだ! ここでご厄介になろう!」
「……あれ? 目は見えないんじゃなかったっけ?」何事もないように歩くアリシアを眺めながら3人は声を揃え、首を傾げた。
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