11.傷だらけの旅

 ホロル村から歩き始めて3日目。国境を越えてフラッダに着いたばかりのアリシア達一行は、いきなり窮地に立たされていた。

 ボゴグ岩場を抜けようとした時、とある盗賊団の襲撃に遭ったのである。その数はざっと32名。

 その内、半数はヴレイズの火炎で尻を焦がして逃げていったが、彼自身の右腕は未だに完治しておらず、万全に戦うことができずにいた。

 更にアリシアは左肋骨を3本、さらに背中には大きな引っ掻き傷が痛々しく残っており、弓もクローも使えず、ナイフで自衛するのが精いっぱいだった。

 そしてラスティーは……。

「おいラスティー! 危ねぇぞ!」危うく大剣で真っ二つにされそうになった彼をヴレイズが助ける。「どうしたんだよ?! らしくないぞ!」と、左腕に炎を込めようと構えるが、弱々しい火花とカスれた炎しか出ず、冷や汗を掻く。

眼前の盗賊たちがニヤリと笑う。

「やばい、魔力が切れそうだ! 少したんま!!」そんな願いを聞き入れる程、盗賊団は甘くなかった。無数の矢と槍が彼に襲い掛かる。

「くそ!!」ラスティーは突風で矢を横から薙ぎ飛ばし、槍を真空波で切り裂く。怯む相手にボウガンを撃ち込み、落ちている剣を拾い、胴払いをきめる。

「おい! 妙なポリシーはこの際忘れてさ。真空波で連中を追っ払ってくれよ!」

「うるせぇ! 俺はそんな事に風は使わないんだよ!」ラスティーは歯を剥きだしながら懐の投げナイフを一瞬で盗賊の額に突き立てた。

 そこからラスティーは次から次へと、流れるように敵の得物を奪っては、それで突き、切り裂き、抉った。武器が無くなると相手の手を取って投げ飛ばし、腕をもぎ取る勢いで関節からへし折り、首を踏み砕く。

「えぐいな……」ヴレイズが呟く。

「ぎゃあぁ!!」アリシアが痛みのあまり大声を上げる。盗賊に背中が弱点と悟られ、傷を蹴り飛ばされたのだった。上着に血の染みが大きく滲む。「うぐぅ……」折れた肋骨の激痛で左腕も動かせず、反撃もままならない状態だった。

 調子に乗った盗賊が指笛を吹くと、遠くからウルフソルジャーが5匹、牙を光らせながら猛然とアリシアに向かってきた。

「あいつ、ブリーダーか?!」隣の盗賊を刺殺しそのナイフを、指笛を吹く盗賊に向かって投げる。見事、喉に命中はしたがウルフソルジャーは走るのを止めなかった。

「アリシア!!」少し回復した魔力で火炎玉を作り、勢いよく飛ばすが1匹にしか命中しなかった。

「んぐっ!」アリシアはなんとか右腕を動かし、ナイフを投げ、もう1匹を仕留める。

 残り3匹。

 そこへ風に乗って急行したラスティーがアリシアの前に立ち、途中で拾った大剣で飛びかかってきた2匹を横真っ二つにする。

 辺りは生臭い煙で覆われたが、残った1匹が血霧を潜り抜け、彼の肘に喰らいつき、首をぶんぶんと振り乱した。

「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」痛みに顔を歪めながらも、冷静に鼻を殴りつけて怯ませ、手にしていた大剣で斬り潰す。そのまま武器を手放して尻餅をつくラスティー。

 戦い始めて5分も経ってはいなかったが、見事3人は盗賊団の襲撃から生き残った。

「なぁ……大丈夫か?」息を荒げ、左腕の噛み傷の具合を診ながら2人に問う。

「傷口開いちゃった……」苦しそうにアリシアが答えた。

「俺は完全に魔力切れだ……半日休まないと炎は使えないな」

「もうすぐ魔法医のいるカルミンの街だ。地図によると残り20キロ弱……行こう」ラスティーは腕の傷を押さえながら踵を返すと、ヴレイズが彼の肩を掴んだ。

「おい! 俺たちはもうボロボロで早く魔法医に診せなきゃロクに旅も続けられない。だが、ここで休まなきゃ街に着く前にくたばっちまいそうだ! なぁ……俺はともかく、アリシアは休ませてあげたいんだ。お前も怪我をしただろ? な? 今日はここでキャンプしようぜ」

「……ちっ」苛立った表情を覗かせたラスティーは、その場にドカリと座り込み、荷物を広げて自分の治療を始めた。

 ヴレイズはフンと鼻でため息を吐き、アリシアの隣に座った。

「包帯を変えよう。大丈夫か?」

「背中も痛いけど、肋骨も相当だね……まるで生き物が蠢いているみたい……まともに治療できないし厄介だなぁこりゃ」珍しく弱り果てた表情を向ける。

「……ラスティーのヤツ、なんか村を出てから様子がおかしいな」訝しげに小さくなったラスティーの背中を見つめながらアリシアの治療を始めた。



 その夜、軽い夕食を済ませた3人は、明日朝早く出発できるように早めに寝る準備を始めていた。

「ラスティー」ヴレイズが彼の隣に座る。

「なんだ」顔も目も向けず、煙草を咥え、煙で返事をする。

「今日は珍しくヘマしたな」普段なら、ラスティーは半径1キロ以内を風で探り、野獣や盗賊が潜んでないかチェックしていた。旅を始めて1カ月と少し、一度もミスをしなかった彼だが今回、初めてミスをしたのだった。

「俺だって人間だ。たまにドジを踏むさ」

「まぁそうだが……」他に訊ねたいことがあるヴレイズだったが、言い出せずに口をムズムズさせる。

「ねぇラスティー。ちょっといい?」寝袋に包まったままアリシアが口を開いた。

「明日でいいか? 頭が冴えて寝れなくなる」

「ひとつだけ! なんで、真空波で戦わないの? 今日のウルフソルジャーは真空波でどうにでもなったと思うんだけど?」と、小首を傾げる。

「……言っただろ? そんな野蛮な風の使い方をしたくないだけだって」

「いや、仲間を守る為ならポリシーを曲げるだろ? 少しはよ!」ヴレイズも続く。

 ラスティーは屁理屈で言い返そうとしたが、2人の表情を見て眉を下げ、頭をポリポリと掻いた。

「……参ったな。白状するよ。昔、父さんに連れられて狩りに出掛けたんだ。

その時から俺は、風魔法が得意で、よく真空波で草を刈っていた。

 その自慢の技で獲物を仕留めようと思い、一匹のハゲウサギ(禿兎)を切り裂いたんだ。見事、袈裟斬りで心臓を一撃だった……

 だが、俺は風越しにハゲウサギの筋肉を、内臓を切り裂く感触を感じ取ったんだ。そして、鼓動と息が止まる音を聞いた。真空波のたった一撃で全てを感じ取り、五感にへばり付いたんだ。

 その日から俺は3日間、何も食べられず、眠る事も出来なかった……。

 それから俺は、真空波で生き物を切る事が出来なくなったんだ」

「繊細な風なんだね……」アリシアは上目遣いでラスティーの悲しげな表情を眺めた。

「トラウマってやつか」

「そうだ。わかったか? 今でも生き物相手に使おうとすると吐き気がするんだ。だから……そこんとこよろしくな」苦い表情をみせながらも二カッと笑って見せ、煙草をたき火に投げ捨てた。「明日早いんだ。早く寝ろよ」

「おぅ……」

「うん……」たき火を消し、寝袋に潜り込むアリシア。

「いや、俺が聞きたかったのはこの話じゃなかったんだけどな……まぁいいか」煮え切らないような声を出しながらヴレイズも瞼を閉じた。



「たったひとりに国を滅ぼされたってェ? 情けないオヤジだな!」

「滅ぶべくして滅びたんだよ! あんなふやけた大国、消えて当然だ!」

「なんだい? 汚いガキだねぇ! 物乞いなら店の裏に回んな!」

 闇の中で泣きべそをかく金髪の少年。

 少年は父や周りの者から賢くなれと、強くなれと言われ続け、あらゆる感情を押し殺して文武に励んだ。

 だが、回りからの誹謗中傷、罵詈雑言、欲の皮の突っ張った人間たちからの魔の手に怯え逃げ惑い続け、少年の心は今にも崩れそうになっていた。

 闇の中で涙を流す少年。

 彼の目の前に、ボロボロになりながらも悠然とした態度をとる父の姿が浮かび上がった。


「わかった、もういい……お前はお前の生きたいように生きろ。無理強いはしない」


 傷だらけの笑顔を見せる父。少年に背中を向け、胸を張って闇の向こう側へ歩いて行ってしまった。

 少年は滝のように涙を流し、父の背を追ったが、追いつくことはできず、独りぼっちで闇の中に取り残されてしまった。



「ぅわぁあぁ!!!」汗だくになって起き上り、辺りを見回すラスティー。今にも心臓が飛び出しそうに音を立て、大きく息が荒れる。

「大丈夫?」アリシアが重たそうに近づき、彼の目の前に座る。

「お、俺は……おれ……はぁ……嫌な夢をみただけだ」いつもの様に冷静な表情を作ろうと顔を叩くも、目の下の闇だけは拭え切れていなかった。

「寝言で『おっぱい揉みてぇ~』って言っていたぞ」ヴレイズが水筒の水を啜りながら口にする。

「はぁ? お、俺がぁ??」目を見開き、表情が固まる。

「冗談だよ! いつもからかわれているから、そのお返しだ」

「は、はは……準備を急ぐぞ」ヴレイズの冗談も焼け石に水だったか、また昨日の様な暗い顔に曇り、立ち上がる。

「『おっぱい揉てぇ~』って言っていたのはあんたでしょ。このおっぱい星人」アリシアが口にした瞬間、ヴレイズの表情が固まった。

「いつ?」声が裏返る。

「一昨日」白い目で真っ赤な顔を覗き込む。「ヴレイズみたいな人のこと、『童貞』っていうんだっけ?」

 この言葉を耳にし、ヴレイズはアリシアに真顔の顔をズイっと近づけた。

「いいか。二度と俺の事を、童貞と、呼ぶんじゃねぇ」

「ご、ごめん。童貞ってどういう意味?」

 このやり取りを目にし、ラスティーは堪えきれずクスリと笑った。

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