10.ホロルの森の巨大熊を狩れ! 決着編
「……一体どういう事だ?」目の前で起こる不思議な現象に、我が目を疑うラスティー。驚きながらもポーチから止血剤を取り出し、アリシアの傷の処置をおこなった。
「んぐっ……うぅ……」眼前の戦いを見る余裕もなく、傷の痛みを堪える。背中にはアーマーベアの背甲を2枚重ねて仕込んでいたが、それらは無残にも引き裂かれていた。
だがもし、仕込んでいなかったら彼女は間違いなく、死んでいた。
「くそ、回復魔法をもっと早く勉強しておけば……」痛みに喘ぐ彼女に気を使いながら背中に傷薬を染み込ませた布を押し当てる。おかげで血は止まったが、傷口は村の若者と同じように雑菌に侵され変色を始めていた。
ヴレイズは森に遠慮することなく炎を撒き散らし、はぐれの怒りに油を注いでいた。相手の猛進を炎で遮り、跳んで回り込んではまた火炎を浴びせる。
はぐれは炎の熱さに弱る素振りを見せず、殺気で満ち溢れた瞳を彼に向けていた。木陰で隠れるアリシアとラスティーには目を向けず、完全に己の食欲を忘れ、ヴレイズを引き裂く事しか頭になかった。
「怖ぇ怖ぇ……だが、こんなもんじゃ足りねぇな」余裕の表情を覗かせ、炎をケープの様に操り、はぐれを誘う。
さらにエキサイトし、ケープに突進するはぐれ。次第に突進を止めずに図体の割に小回りを利かせ、段々と速度を増していく。森の木々をなぎ倒してUターンをし、憎き炎の主目掛けて牙を唸らせる。
「そらどうした! こんなもんじゃないだろう!!」額に汗を滲ませながら炎を巧みに操り、はぐれの猪突を捌く。
「何か狙ってやがるな?」狩場から少し離れた場所までアリシアを運び、茂みから顔を覗かせるラスティー。ヴレイズの不思議な炎はさておき、相手を挑発しながらも全く渾身の一撃を放とうとしない不自然さに気付き、首を傾げた。
しばらく観察し、ヴレイズが欲しがるものに勘付いたラスティーは、微かに使える風を彼の耳元まで飛ばした。
『おい、ヴレイズ。次の突進でヤツが最高速度に達した瞬間……飛べ! いいな!』とだけ伝え、狩場周辺の風を操るのを止める。
「一瞬だけだ、頼むぞ!」
「いきなり無茶ぶりすんなぁぁぁ!!」ラスティーのメッセージを受け取った瞬間、はぐれがUターンしてヴレイズ目掛け、涎を振り乱しながら牙を光らせた。
彼は炎のケープを右腕に収束させ、いつも以上に炎を赤く光らせた。
はぐれが彼の間合いの一歩手前まで来た瞬間、ラスティーの瞳が光る。
「いまだぁぁぁぁぁぁ!!」
ラスティーが右腕を唸らせる。
彼の合図と共にヴレイズは炎で壁を作り、それに向かって勢いよく飛び、右腕を構える。それと同時に彼の背後から突風が吹き荒れ、彼の背中を強く押した。
ぐんと速度が上がったヴレイズはまるで矢の様にはぐれに向かって飛び、巨大な頭の脳天目掛けて拳を振り抜いた。
はぐれは眼前の炎から飛び出てきたヴレイズに不意を突かれ、首を差し出す形となっていた。
「おぅらぁぁぁぁぁぁぁ!!」
まるで巨大槌で鋼を叩き割る様な音が森に響き渡り、はぐれの突進がガクンとスピードを落とす。
「……無理か」ラスティーが無念の表情で呟く。
はぐれの頭頂には小さな皹が入っただけで、致命傷には至っていなかった。
だがヴレイズは殴った勢いで身体を1回転させ、左腕で逆手に握ったクロガネのナイフを振りおろしていた。
「もういっぱぁぁぁぁぁぁぁっつ!!」
小さな皹にナイフを滑り込ませる。その一撃は頭殻で止まることなく脳天を貫き、絶対急所である脳の奥深くまで届いた。
「やりやがった!」安堵の笑みが噴き溢すラスティーだったが、その表情が固まる。
はぐれの突進は止まったが、頭に走る激痛に耐え兼ねて暴れはじめたのだった。
だが、ヴレイズは相手の暴走に怯まずナイフを握り続けていた。そして何故か不敵な笑みを零し、左腕に火花を弾けさせる。
「くたばれやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ナイフを握った左腕から先ほどよりも激しい炎が立ち上り、その全てがナイフの刃へ集中する。炎が静まり返った瞬間、はぐれの眼と口から先ほどの炎がまるで火炎放射の様に噴き出した。
「え、えげつねぇぇ……」地獄絵図を目の当たりにし、表情を青くするラスティー。
はぐれは、しばらく火を噴きながら暴れたが、口から黒い煙がモクモクと噴き出すと、まるで糸が切れた様にガクンと首を垂れ、地面に激突し地響きを上げた。
「はぁっはぁっはぁっ!!」目を剥き、肩で息をしながら、山のように大きな骸に身体を預け、崩れ落ちるヴレイズ。
しばらく沈黙が流れ、ホロルの森に鳥の歌声が帰ってくる。
「おい、大丈夫か、ヴレイズ?」
「不思議だ、生きてる……俺、何をやったんだ? どんなバカをやったんだ?!」興奮が冷めないのか瞳を血走らせながらラスティーのいる場所へヨロヨロと歩み寄る。
「お前のお陰で俺たちも生きているよ。ありがとうな」
「そうか、よかった。その、ありがとな。ナイスサポート」左手でサムズアップを作って汗まみれの笑顔をむける。
「あれしかできなかった自分が不甲斐ないよ。ところで……」
「なんだ?」
「右手……大丈夫か?」このセリフの後、再び森の鳥たちが飛び立つほどの悲鳴が響き渡る事となった。
「ひぃっ! ひぃぃ!! もっと優しくぅ!」村に帰ってきた3人は村医者の家で治療を受けていた。
「思い出すなぁ~肉叩きで腕と脚を潰す拷問をやったりやられたりしたっけ……」昔の事を頭に過らせながらヴレイズのイカれた右拳骨を整える。
「マフィアってろくなモンじゃないな!」
「そうだな。自分でやっていてそう思ったよ。で、訊きたいんだが」
「なんだ?」
「狩りの時に見せたあの炎、なんだ? 初めて見たぞ?」
ヴレイズははぐれに向かって散々炎を撒き散らしたが、森の木はおろか草原の草一本燃える事はなかった。だが、はぐれの堅殻は薄黒く焦がしていた。
「……サンサ族って聞いたことあるか?」
「サンサ? 火の一族で、13年前に滅ぼされたっていう……まさかお前」
「そう、その村の生き残りだ」痛みを堪えながら、寂しそうに口にする。
「……なるほど。その一族の特別な力がさっきの……」
「燃やす物を選ぶ炎、だ」得意げに微笑み、火の玉を作って見せる。
「そんな便利な技があるなら最初から使えよ~」
「今日、使い方を理解したんだ。これから活躍させて貰うよ」
「期待しているぜ、っと」医療器具で骨を固定し終わり、包帯が巻き終わる。
「いでっ」
ヴレイズの治療が終わる頃、隣の部屋ではアリシアが傷の痛みに苦しんでいた。服を脱いでうつ伏せになり、村の医者に抗菌薬を塗って貰っていた。
彼女の傷はとても大きく、このまま数日処置をしないと背中の肉が腐って崩れ落ちると医者が口にした。
「ぐうぅぅ……」目の下を黒くさせ、額を床に打ち付ける。悲鳴を上げる元気も無いのか、声が小さく響いた。
「これはダメだ……魔法医に診せんと」
「だい、じょうぶ……」アリシアは鞄からナイフを取り出し、医者に渡した。
「これ、火で炙ってくれる? 変色した傷に押し当てて欲しいんだけど……」
「君は覚悟があるのかい……?」驚いたように目を向け、心配をする様な表情を覗かせる。
「前にもやった事あるから、多分平気……死ぬほど痛いのは嫌だけどね」そう口にしながら小さな木の板を取り出し、布を巻き付けて口に入れ、奥歯で噛みしめた。
「やって」
「待ってくれ」隣の部屋からヴレイズが入ってくる。アリシアの隣に座り、彼女の傷の具合を診る。
「俺にやらせてくれ……俺なら上手くできるはずだ。いいか? アリシア」
「……優しくお願い」気を使うように冗談めいた口調で言ったが、口の木の板は取ろうとしなかった。
ヴレイズは左腕に炎を滲ませ、彼女の傷口を優しく撫で始めた。
アリシアは強く目を瞑ったが、背中に感じる優しさに安心し、身体の力を抜いた。表情を緩ませ、咥えた木の板を取り出す。
「あったか~い……」涙が頬をつたう。
「雑菌だけを焼いているんだ。安心してくれ」左腕に炙られた変色した肉はみるみると消え失せ、痛々しい傷口だけが残った。
「ほぉ~これなら安心して縫合ができるな。素晴らしい!」村医者は早速、針に糸を通し準備を進めた。
「ありがとう……なんか、何度も助けられてるね、あたし」
「気にしないでくれ。仲間だろ?」
その後、ヴレイズは村長の息子の胸に溜まった雑菌も優しく焼き払い、村長に大変感謝された。更に3人ははぐれの討伐成功により、村全体からまるで英雄の様なもてなしを受け、宴の席が設けられた。
「ん~悪くないねぇ~」ラスティーはアーマーベアの肝を肴に村自慢の酒を啜った。
「ねぇ見てみて! はぐれの大爪で作った特製ベアークローだよ!!」村の加工場で作った自慢のクローを腕に嵌め、ナイフ片手に構えてみせる。そのクローはクロガネのナイフに負けず劣らずの鋭さをしていた。
アリシアは満足した表情で装備を片付け、ご馳走をよく噛んで食べた。
「俺たち怪我人だもんな。俺も酒が飲みたいなぁ……」と、アーマーベアの肉に齧りつく。
「う~ん、いい歯ごたえ。アリシアの下処理に村自慢のスパイスに焼き加減……」と、もう一口。「サイコー」
皆が寝静まった朝方、ラスティーはひとり村の門まで向かい、新聞配達に来た若者に声をかけていた。1ゼルを手渡し、大きな束から一部手に取る。
村中央のたき火で湯を沸かしながら皆の旅支度の準備を済ませ、紅茶をカップに注いだ。
「ん~朝の一杯。マフィアの朝は早いんだぜ。なんてな」自嘲気味に笑いながら新聞を開き、目を落とす。
その瞬間、カップをひっくり返して立ち上がる。
見出しには『亡国の王、ジェイソン・ランペリアス2世、死去』と、記されていた。
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