9.ホロルの森の巨大熊を狩れ! バトル編

「ここ! ここに落とし穴を掘ろう!」生き生きとした表情のアリシアが地図を片手に指示を飛ばす。彼女が手にするそれには、この狩場を中心とした森の見取り図が記されていた。

 彼女の見つけ出した狩場は森の数百メートル奥にある地図の中央にあった。邪魔者が入らないようにラスティーは狩場の四隅に御香を置く。

「僕も手伝うよ!」

「僕も!」

「わたしも!」

 村から手伝いとして若者と子供が3人ついてきていた。若者は手伝いと呼ぶより、アリシア達3人が逃げないようにする為の見張り役だった。

「邪魔だけはしないように」若者は騒ぐ子供たちを宥め、切り株に座るよう指示した。

 ここまで大した活躍をしていないヴレイズがシャベルを手に取り、早速穴を掘ろうとするが、そこへラスティーが前に出る。

「穴は俺に任せろ。俺は元マフィア、だぜ?」右腕に魔力を込め、小さな真空波の竜巻を作り、ドリルの様に穴を掘り進めていく。

「すげっ……って、マフィアと穴とどういう関係が?」

「懐かしいな……裏切り者の処刑前によく掘ったっけ……くくく」顔に影を作り、悪い表情を浮かべるラスティー。あっという間に深さ5メートルの穴が出来上がり、そこから更に竜巻を器用に操って大きく広げる。

「うぅわっ……」邪悪な彼から一歩距離を置き、ヴレイズは村人から頂いてきた藁を子供たちに配る。「これを穴に被せてくれ。落ちないように気を付けてな」

「は~い!」子供たちは3人、元気よく返事して藁を両手いっぱいに持ち、完成した穴に被せた。更に上に土を被せはじめる。その間にラスティーは予備として別の落とし穴を掘り始めていた。

「ヴレイズ、あそこの木を切ってくれる? 一緒に丸太の罠を作ろう」アリシアは楽しそうな横顔を向けながら、地図を畳んで彼の手を引っ張った。



 お天道様が真上に来る頃、全ての罠を設置し終える。

「できたよ~」子供たちは泥だらけの笑顔をアリシアに向けた。

「よくできました! 休憩しようか!」笑顔で答え、1人ずつ頭をワシャワシャと撫でる。

 するといつの間にか若者がバスケットを片手に現れた。

「差し入れです」中からサンドイッチが顔を覗かせた。焼きたての香ばしい匂いがふんわりと立ち上り、腹を空かせた者たちの鼻を擽った。「手を拭いてから食べて下さいね」

「ありがたいな」ラスティーは水で濡らした布で顔と手を拭き、差し入れに齧りついた。

 皆はその場に腰を下ろし、紅茶の入った水筒を片手に久々のパンに舌鼓を鳴らした。

「焼きたてのパンのサンドイッチとは贅沢だな。紅茶がよく合う事!」ラスティーは得意げに自分の調達した紅茶を味わい、手に着いたパンカスを払った。

「みんな食べ終わって一息ついたら、ここに『はぐれ』を招待するからね。準備はぬかりなく」アリシアも頬を緩ませながらひと口ふた口と食べる。

 ヴレイズは早々と食べ終わり、木陰に座り込みながら手の中で火の玉を転がしていた。

「わぁお兄ちゃん、炎使いなの?」珍しいモノ見たさに子供のひとりが寄ってくる。

「珍しいか?」

「うん。うちの村に炎使いとか、魔法が得意な人は殆どいないから……魔法の勉強より狩りや森の勉強ばっかだし……つまんないよ」と、可愛らしく頬を膨らませる。

「触ってみるか?」悪戯気な表情で火の玉を近づけてみるヴレイズ。

「え? 火傷しないの?」おそるおそる手を差し出す。

「俺の炎は特別なんだ」火の玉をふわりと子供に手渡して見せる。

「わ! あったかいなぁ~凄いやお兄ちゃん! 燃やせるものを選べる炎使いなんて聞いたことないや!」

「燃やせるものを選ぶ……?」子供の何気ない言葉を深く飲み込む。

「だってそうでしょ? 燃やしたいものは燃やして、燃やしたくない、傷つけたくないものには優しいんだ。こんな炎は見たことないよ!」興奮して友達2人を呼び、ヴレイズの燃やさずの炎を見せる。

「わぁ~綺麗!」

「俺も炎使いになりたいなぁ~」

「……燃やすものを選ぶ炎、か……」ヴレイズはまるで初めて目の当たりにしたかのような瞳で自分が出した火の玉を子供たちと一緒に眺めた。

「ヴレ~イズ~! 作戦会議するから早く来て~」遠くでランチを食べ終わったアリシアが手招きした。

「行かなきゃ」彼は子供たちの惜しむような眼差しを前にしながら火の玉を吹き消した。



「で……俺はまた囮か」ヴレイズはあからさまに嫌そうな表情を作った。

「仕方ないでしょう? あたしは待ち伏せ担当だし、ラスティーは風の調整で手を離せないし」

「ボウガンで援護ならできる。役に立てば、の話だがな」ラスティーは街から持ってきた対大型獣用ボウガン『ビーストキラー02(熱貫通矢対応)』を片手に笑って見せた。

「わかった……安心して囮になりますよ」下唇を突き出し、ムスッとした渋顔になる。

「そんなむくれないでよぉ~これ、貸すからさ」と、クロガネのナイフを手渡した。「もう1本あるから大丈夫」

 ヴレイズは苦笑いしながら礼を口にし、渡されたナイフをブーツに仕込んだ。

「で、アリシア。デカブツはどこにいるんだ?」

「ここから北の穴倉の中。寝息からして想像より大きい。それに人間の血の臭いが香っていたから、そいつで間違いない」

「よし。早速おれが風で招待状を送るからヴレイズは落とし穴から200メートル向こう側で待機してくれ。アリシアは振り子罠の位置に。で……」ラスティーは目を輝かせる3人の子供を見た。

「あの、ここはもうすぐ修羅場になるんでお引き取りを……」と、アリシアは若者に促し子供たちを無理やり村へ返してもらう。子供たちはいやだいやだと駄々を捏ねながら若者に引っ張られていった。

「よし、はじめるぞ!」



「はぁ……囮っつっても何をすればいいんだ? 葉っぱつけて踊るのか? ったく」狩り開始から数分、持ち場に着いたヴレイズはブツクサと文句を垂れていた。

 木漏れ日に顔を向け、背筋を伸ばして唸ると、鼻を甘ったるい匂いが通過する。

「これがアーマーベアのフェロモンの匂いか……臭いと思ったが香水っぽいというか……」と、正面を向くと遠くから木々をなぎ倒す地響きが鳴った。大地が揺れ、森の小動物が反対方向へ奔り、鳥たちが一斉に飛び立つ。

「な、なんかヤバそう……」冷や汗が背中を一気に濡らし、額の汗が鼻先へ下り、雫がポタリと落ちた瞬間……。

 ヴレイズの身体ほどあるアーマーベアの頭が姿を現した。そこから前足、身体と全身を覗かせ、ヴレイズと目が合うと後ろ足を踏ん張り巨躯を起こす。

 この『はぐれ』は通常個体とは比べ物にならないほど巨大であり、もはや熊ではなく地獄の魔物と呼んでも差し支えないほど禍々しい外見をしていた。

「ど、どうも……」恐怖で全身を滝汗でぐっしょり濡らしたヴレイズが小さく声を出した瞬間……。



「こら! ダメでしょ! これは遊びじゃないんだから早く帰りなさい!!」アリシアは2人の男の子を目の前に本気で怒鳴りつけていた。

 子供たちははぐれを一目見たいと好奇心を躍らせながら狩場にこっそりと戻ってきていたが、鼻と耳の効くアリシアにすぐにばれてしまっていた。

「やだい! 一目だけみたいんだい!」

「見たら帰るよぉ! 約束!」

「ダメ! 狩りを甘く見るなって教わらなかった? 殴るよ~!」

「暴力反対~」

「いいって言うまで帰らないか……ら、」

 子供たちの異変に気付き、振り返るアリシア。その先で鼻水を振り乱し全速力で駆けるヴレイズと、それを追い掛ける地獄からの使者が目に入った。

 子供たちは、はぐれの外見と迫力を目にし恐怖で声も出ず、腰が抜け、股間から湯気を立てていた。

「早く逃げて!」アリシアが一喝するも、泣き出してしまい、全く動こうとしなかった。「くそ!」

「助けて助けて助けて助けて!!」ヴレイズは尻先三寸ではぐれの噛みつきを避け、落とし穴を飛び越した。同時にはぐれは右前脚をガクンと落とし、ねっとりした唾を飛ばしながら雄叫びを上げた。

「ヴレイズ! 子供たちを村へ返してあげて! あとはあたしが!」と、同時に投げナイフを一閃させて振り子の罠を起動させる。

 ヴレイズは二つ返事で了解し、子供たちを肩に抱えて走っていった。

「くそ、これだから子供はなぁ……」木の上でラスティーが深い溜息を吐きながらも風の操作に集中する。フェロモンの風を狩場に閉じ込め、周囲を御香で包み込む。フェロモンを放つたいまつは、とっくに消していたが、その匂いは凄まじく、あと1時間はこの場に残る為、彼は風の調整に集中しなければならなかった。

「あとは頼むぞ、アリシア」

 起動した丸太の振り子罠が、はぐれの横っ面にクリーンヒットする。だが穴に嵌った右前脚を抜こうともがき続け、ものの4秒で落とし穴から抜け出してしまった。

 だが、4秒もあればアリシアには十分だった。

 彼女は素早くはぐれの背甲へよじ登り、うなじを刺せる体勢を作りナイフを構える。

「そりゃあぁ!!」クロガネのナイフは、はぐれのうなじの堅殻を問題なく貫き、根元まで深く突き刺さった。

「呆気なかったな」ラスティーは安堵の表情を浮かべたが、アリシアは腕に異変を感じ取り、顔を青くさせていた。

「やばい……ナイフが脳に届かない!! こいつデカすぎる!!」一生懸命にナイフを引き抜き、角度を変えてもう一度刺そうと構えるも、はぐれの強烈な一振りで空高く飛ばされてしまう。木の枝に捕まるも、大木ごと薙ぎ倒し、目の色を変えてアリシアに襲い掛かった。



「はぁはぁはぁ……頼むよぉ……もぅ」森を抜け、子供たちを優しく下ろす。

「ごべんばざぅいぃぃぃぃぃぃ!!」大泣きする2人を責められず、ヴレイズは優しく彼らを抱き寄せて背中を叩いて宥めた。

「大丈夫だから。あのお姉ちゃん強いから、安心してくれ……お? もう1人いなかったか? あの女の子。あの子だけ村に残ったのか?」子供たちは3人組だったので不思議でならないように首を傾げる。

「そういえばあいつ、どこ行ったんだ?」

「一緒に隠れてたのに……まだ狩場にいるよ!!」

「なんだって?!」



「くっ! 正攻法じゃ歯が立たない! こうなったら脳天を狙うしか……でももう1つの落とし穴に嵌められるか?」はぐれの上腕による薙ぎ払いとタックルを上手く捌きながら、保険で作ったもうひとつの落とし穴に誘導する。

たとえ、はぐれが学習しても引っかかれば数瞬の怯みが生まれ、そこを突けば確実に狩れると彼女はふんでいた。

 アリシアは大きく後ろへ落とし穴を飛び越した。はぐれは舌を振り乱して彼女に迫ったが、彼女の不自然な後ろ跳びを見て鼻を動かし、前足で地面を踏み鳴らす。すると土と藁が穴へと吸い込まれてしまった。

「ちくしょう!」

「おい! 一旦退こう! 作戦を変えて出直した方がいい!!」ラスティーが大声を上げる。

「そうだね! 今のままじゃ狩り切れない!」アリシアは腕に魔力を込め、光を放とうと腕を突き出した。

 しかし、はぐれはアリシアには見向きもせず別の方を向いていた。

「……? なに?」アリシアもはぐれが見る方へ視線を向ける。

 そこには恐怖で身体が凍り付いた女の子が茂みの中で腰を抜かしていた。

「あっ」アリシアが口を開くと、食欲旺盛なはぐれが子供の下へ奔り寄った。食べにくい餌より目先の餌へ向かうのが、空腹時のアーマーベアの特徴であった。

 女の子は悲鳴を上げ、目を瞑る。

 はぐれは左前腕を天高く上げ、獲物目掛けて振りおろした。

 固い果物を切る音が響き、茂みを赤く染め上げる。


「大丈夫?」


 恐怖で震える女の子の目の前に、アリシアが覆い被さる様に屈んでいた。

「怪我はない?」先ほどまでの鬼の表情はどこへやら、まるで子供をあやす母親の様な表情を見せていた。

「うん……」

「じゃあ逃げて。振り返っちゃだめだよ? いい?」

「うん。ごめんなさい……」まだ涙を滲ませていたが、彼女の言った通りに踵を返して一目散に逃げていった。

「んぐっ……」安堵の微笑みと共に苦悶の声を漏らした。背後の憎き敵に目を向けようとした瞬間、次の一撃が彼女の左わき腹に炸裂し、20メートル向こう側の大岩まですっ飛ばされ、叩き付けられる。

「ぐはっ! ゲホッ! ぶはっ……」殴られた肋骨はへし折れ、引き裂かれた背中からは血が滝のように流れ、地面に生臭い紅溜りを作った。

 霞む瞳をはぐれに向ける。息も絶え絶えとわかっているのか、はぐれは立ち上がり、まるで楽しむかのようにアリシアにじりじりと迫っていた。

「やらせるかよ!」ラスティーは歯を剥きだし、ボウガンの熱貫通矢を連射しながら木を降り、左腕に魔力を集中させようと構えた。だが、狩場の風を保つのに魔力の殆どを使ってしまっているため、そよ風程度しか起こせなかった。

「くそぉ!!」ひたすらボウガンを打ち、ナイフを投げるもすべて頑強な堅殻に弾かれてしまう。

 アリシアは必死で身体を動かそうともがいたが、背中の焼けるような激痛と脇腹の鈍痛でろくに動けず、唯一無事の右腕に魔力を溜めるも集中できず、最後っ屁の光すらまともに撃てずにいた。

「……殺される……」はぐれが前足を振り上げ、彼女はあきらめた様に瞼を閉じた。

 次の瞬間、目の前の化け物は激しい咆哮を上げながら後ずさった。

 ヴレイズが火炎片手に立っていた。


「調子に乗るなよ熊公……」


 先ほどのビビり顔は露ほども見せず、殺気を瞳から滲ませる。

「ひ、ひはだめだって……」力の抜けきった声を出すアリシア。

「いいや、ここはヴレイズに任せる! ただし加減はしろよ。火事は御免だ」ラスティーはアリシアに駆け寄り傷の具合を診た。

「いいや加減はしない。大丈夫だ。見てろよ!」彼の瞳には炎と自信が滾っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る