8.ホロルの森の巨大熊を狩れ! 依頼編

 数日後、彼らは国境付近にある小さな村に辿り着いていた。草木生い茂り、立派な畑や家畜小屋などが立ち並ぶ、立派な村だった。

 彼らが門を潜ろうとすると、村人たちが笑顔で出迎える。

「ようこそ旅人たち! ここはホロル村です! ゆっくりしていって下さい!」元気の良い声が3人を包みこむ。

「やっと心休まりそうだな。お言葉に甘えて……」ヴレイズは気の抜けた表情で伸びをしたが、ラスティーが彼の脇腹を肘で小突いた。

「まだ気を抜くな……まず村長に挨拶をしよう」彼の表情は村人の笑顔に答えるように緩んでいたが、旅の道中よりも警戒心の厳しい声色を使っていた。

「なんでだよ? 村人は武器も構えてないじゃないか」いぶかしげな表情でヴレイズが小声を出すが、今度はアリシアが耳打ちする。

「あれは油断させるための罠だよ。家の影で矢を番えているのが4人、槍を構えているのが8人潜んでいる。いきなり襲ってこないって事は、こちらの様子を窺っているみたいね」

「……なんでわかるんだ? 耳、良すぎだろ」

「あたしも前、訪問者相手には、こういうもてなし方をやっていたよ。旅人を装った盗賊かもしれないしね」

「それに、おたくら2人は賞金首だからな。それ目当てなのかもしれないぞ」

「だったらいきなり襲って来るだろ?」

「だから事情を村長さんに聞きに行くんだよ。それとなく、な」と、ラスティーとアリシアは油断したような表情を装いながらも歩みを進めた。

「流石は元マフィアと狩人だな」元ギルドハンターのヴレイズは感心しながらも悔しそうな表情を覗かせ2人の後を追った。



 村長のいる家へ向かった3人は、案内されるがまま椅子に腰掛けていた。目の前で茶が湯気を立てる。正面に髭を蓄えた村長が腰を下ろし、パイプを咥えた。

「村に来て早々、何の用かね? 一番にここにくるとは珍しい旅人さんだ」

 ヴレイズは村長と2人の表情を交互に窺った。自分からは何も問えず、茶を啜ろうと湯呑を手に取る。

「この村で何かトラブルでも起きました?」アリシアが口を開く。

 村長は「なぜそれを知っている」と言わんばかりに驚きの表情を作った。

「血の臭いがしますね。それに獣臭……」

「村人の表情に少しぎこちなさを感じましたが、俺たちをもてなす余裕がないんじゃないですか?」ラスティーも彼女に続いて口を開く。

 村長は彼らをしばらく睨んだが、アリシアとラスティーの目を見て、観念したように眉を下げた。

「よくわかりましたな……そうです。困ったことがありまして……」重そうに腰を上げ、3人に2階へ付いて来るように合図をする。



 ついていった先の寝室には、1人の若者が苦しそうにベッドの中で唸っていた。村長の奥さんが困り果てた顔で、彼の額を布で拭う。村長が布団をめくると、若者の胸に血で滲んだ包帯が巻かれていた。

「傷を診せて貰ってもよろしいですか?」ラスティーが問うと、村長は黙って頷き包帯をハサミで切り取る。若者の胸は大きく引き裂かれ、傷口は濁ったような色をしていた。

「化膿しているね……ちゃんと消毒はしたんですか?」アリシアが問うと、村長は黙って頷いた。「セッシュの葉で作った抗菌薬を塗ったみたいですね。でもあまり効果がないみたい……この場合は火で焼かなきゃ」

「火は! 火だけはやめてぇ!」若者は顔を押さえ苦しそうに唸り散らした。

「なぜ? 火にトラウマでも?」ヴレイズが問うと、村長が口を開いた。

「村医者も同じ治療法を口にしたが、そんな軽々しく傷に火を押し当てるなんてできんわ……昔、それが原因でショック死したものもおるしのぉ……」

「はぁ……それにしても大きな傷だなぁ」アリシアは眉を下げながら、若者に新しい包帯を巻くのを手伝った。

「何にやられたんですか?」ラスティーが問う。

「アーマーべアじゃ。それも『はぐれ』の」

「はぐれ?」3人が口を揃える。

「このホロルの森にはアーマーベアが多く生息しておってな。繁殖期になるとツガイができ、その中で一際大きな雄の個体が森の守り神であるボス・アーマーベアとなる

 だが、ツガイになり損ねた1頭。そいつが性欲を持て余してストレスで暴食し、八つ当たりを始める。そこで我々の村の狩人がそいつを狩って森のバランスを保つんじゃが……去年、はぐれを借り損なってしまったのじゃ。

 その去年のはぐれが冬眠から目を覚まし、一際大きくなって暴れておるんじゃ……森のバランスを崩す程に……。

 で……昨日、腕っこきの狩人を4人向かわせたんじゃが……3人殺され、わしの息子であるこいつが重傷を負って戻ってきたんじゃ」

「獣の爪は毒の様な雑菌の塊ですからね。治療は難しいはずだ。この村に魔法医はいないんですか?」ラスティーが問うと、村長は苦しそうに首を振った。

「国境の向こう側に大きな街があって、そこの魔法医に診せたいんじゃが……金が無くてのぉ……村医者はお手上げだと……」弱った表情を覗かせながらパイプを吹かす。

「腕っこき4人でも倒せないんだったら、ギルドにでも依頼しなきゃ……」ヴレイズは呟きながら、自分がハンター時代にこの仕事ならどのくらいの報酬だったか思い出してみる。答えは20000ゼルだった。「こいつぁ大金だ」

「なぁ旅人さん。力を貸してはくれんかな?」村長と奥さんが3人の前に立ち、表情を窺うように覗き込んだ。

「……やばそうだ」ヴレイズは家の外からただならぬ殺気を感じ取り、冷や汗を掻いた。自分たちの首を金に換える気だと思い込み、用心のため、腕に魔力を溜める。

「あたしたちに任せて下さい! 熊退治なんて朝飯前です!」アリシアは胸を叩いてにこりと笑った。ラスティーも調子を合わせるように微笑む。

「え? 腕っこき4人で敵わない鎧熊だろ?! 大丈夫かよ!」慌てて声を荒げるヴレイズ。そんな彼の尻をラスティーが抓った。

「困り果てた村人たちを敵に回すよりマシ、だろ」



「村長、どうしましょうか?」話し合いのあと、3人の見えない場所で村人が村長に耳打ちしていた。「寝静まったら、あの2人を?」

「いや、どうするのかわからんがはぐれ狩りをしてくれるそうじゃ。その結果次第、じゃな」

「連中の骸がまともに残ればいいんですけどね」

「こんな話、できるだけしたくないのぉ……助けてくれると言っている若者達を金に換える、か」苦しそうな表情で唸る村長。

「ですが、このままだと森の秩序が……森が終われば、この村も終わりです。その為にも心を鬼にしなければ」

「そうじゃな……じゃが、13000ゼルじゃろ? ギルドへの依頼料か息子か……厳しい選択じゃのぉ……」遠くで火を囲む3人を眺めながらパイプを逆さにし、火を落とした。



「話によると、あたし達が狩ったアーマーベアの3回りくらい大きいみたいね。通常個体の堅甲は黒だけど、はぐれは黒紫で、腕の棘は伸びてブレードみたいになっているんだって。爪の威力も相当みたいよ。息子さんはアーマーベアの一番固い背甲を胸当てに装備していたらしいけど、紙みたいに引き裂かれてあんな傷を……」と、アリシアは口を結び、茶を啜った。

「作戦はどうする? なんでもアーマーベアは賢くて、一度経験した罠は簡単に避けるらしい。因みに4人の狩人の作戦は『ハチミツで誘い出し、爆薬で怯ませて矢を射かけ、槍で腹を突いた』らしいが……ビクともしなかったってな。アリシア、勝ち目はあるのか?」ラスティーは煙草の煙を吐きながら問うた。

 会話に付いていけないヴレイズは、2人の顔を交互に見ながら黙って話を聞いていた。

「あたしが通常個体を解体して気付いたのは、アーマーベアの弱点は『脳天』か『うなじ』って事。ここの堅甲は少し薄くて、クロガネのナイフなら突き通せるはず。狙うなら、うなじだね。脳天は頭殻を貫けても、勢いが殺されて頭蓋骨で止められると思う。うなじからなら絶対急所である脳を抉れるよ」

「問題はどう弱点を突くか、かな?」ヴレイズも話に入ろうと身を乗り出す。

「そうね……あたしが明け方前にでも森を下見して、いい狩場を見つけるから、そこにどんな罠を貼るか、だね。ついでにはぐれの住処も探っておく」

「仕掛けるなら落とし穴だろ。身体のバランスを少しでも崩せれば、隙を突くのは容易だ。問題はどうおびき寄せるか……」ラスティーは唸りながら吸い終わった煙草をたき火へ放り投げ、新しい煙草を巻く。

「やっぱ餌を撒けばいいんじゃないか?」ヴレイズが指を立てるが、ラスティーが彼の後頭部を軽く叩く。

「あほ、一度使ったプランは二度も通用しないって言っただろ?」

「これを使おう」アリシアは得意げにバッグから小瓶を取り出した。

「アーマーベアのフェロモンだよ。これを乾いた木に沁み込ませて燃やすと、すんごい臭いが広がってアーマーベアが寄ってくるんだって」

 このセリフにヴレイズが顔を歪めながら思わず口を開いた。

「ちょっとまてよ! それを使ったら本命だけじゃなく、他の熊も寄ってくるんじゃないか? 狩りどころじゃなくなるぞ?」そんな彼をラスティーが自信満々の顔で制した。

「俺に任せろ。風を操って、はぐれのみを狙えば問題ないはずだ」

「でも狩場に他のアーマーベアが来るかも……」

「それは大丈夫。この村では特殊な御香を使っていてね、これのお陰で村はアーマーベアの襲撃を防いでいるらしいんだよね。たぶん熊が嫌がる臭いなんだよ。これを上手く使えば……」

「よし、俺が風で2つのにおいを操って狩場を整えてやる!」

 ラスティーは胸を張ったが、ヴレイズは心配そうな表情を覗かせた。

「そんな器用な事ができるのかよ?」

「おう、任せとけ。だが、風での援護ができなくなるな……そこはヴレイズに任せるぞ。アリシアは狩りに、ヤツの弱点に集中してくれ」

「うん! 任せて! あ、そうだ。ヴレイズ」アリシアは元気な顔を少し暗くさせる。

「何?」

「絶対に、炎は、使わない事!!」アリシアとラスティーは声を揃えた。

「お、おぅ……」

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