7.炎のなやみ

「だぁからあれ程、火だけは使うなっていったじゃないっすかぁ!!」珍しくアリシアが額に血管を浮き上がらせていた。

「ご、ごめん、なさい……」ヴレイズは反省するように弱り、素直に謝っていた。頬には一筋の血が滲んでいた。

「ひゃ~アリシアの言うとおりだったな。危ないところだった」ラスティーは感心するように腕を組みながらアーマーベアの亡骸を見下ろす。

 彼女らは数分前までアーマーベアと一戦交えていた。

 アリシア曰く「この熊は火を見ると激しくエキサイトし、手が付けられなくなる」とのことだったが、ヴレイズがうっかり腕に火を灯してしまったおかげでラスティーの作戦は潰れてしまったのだった。

 危うくヴレイズは頬を巨大な爪に持っていかれそうになり、アリシアの助けとラスティーの風のサポートで辛勝したのだった。

「まぁ、ヴレイズが無事でよかったよ。さ、肉がダメにならないうちに解体しちゃお。手伝ってね」アリシアは馴れた手つきでアーマーベアの堅甲を剥がし、皮をはぎ、肉を捌きながら内臓を傷つけないように丁寧に抜き取る。

「逞しいなぁ~野生動物相手の策はアリシアに立てて貰った方がいいな、こりゃ」彼女の生き生きとした表情を見ながらラスティーが口にする。

「で、彼女に比べてお前はなんなんだよ。昨日もウルフソルジャー(軍隊狼)相手に必要以上の炎で焼き払って肉と毛皮を台無しにした揚句、草原を丸坊主にしやがってよぉ」熊の体液でベタついた手でヴレイズを小突く。

「うるせぇなぁ! 昨日のヤツぁ12頭もいたじゃないかよ! 2人を守るために俺ぁ……」

「必死なのはいいが、加減知らずなんだよ。魔法はもっとうまく使え! 俺みたいにな」

「誰がお前なんか手本にするかよ! ろくに真空波も出さないくせに!」

「あんな野蛮な技、俺が使うとでも?」

「スカしてんじゃねぇよ!」

「2人とも手を動かす!!」言い合う2人にアリシアが一喝。2人は押し黙り、作業を淡々と進めた。



 日が落ちかけ、3人は歩みを止め、荷物を解きキャンプの支度を始めた。

「今日は俺がご馳走するぞ。トマトとミートボールのシチューだ」ラスティーはリュックから野菜と肉を取り出し、小さな真空波で一口サイズに切り、鍋に入れていく。

「あたしは荷物の整理と道具の手入れでもしようかな~矢が尽きたから新しいのを作らなきゃ」アリシアは先ほどのアーマーベアの素材を並べ、ひとつひとつをチェックし始めた。

「じゃあ俺は……」ヴレイズもバッグを置いて中身をかき混ぜたが、特にやる事が見つからず、表情を曇らせる。

「なぁアリシア、手伝おうか?」

「ヴレイズは休んでいていいよ~」アリシアは彼には目も向けず、お気に入りのクロガネのナイフを磨き、輝き具合をチェックしていた。

「お、おう……」彼女から離れ、今度は綺麗に洗った手でミートボールを捏ねながら切ったトマトを鍋に入れるラスティーに近づく。

「なんか手伝うか? 料理するなら火でも点けようか?」

「いい。火加減は自分で見たいし。やる事ないなら、ここら辺りを見回ってこいよ。魔物の巣でもあったら敵わないからな」

「……おう」ヴレイズは肩を落とし、夕日に照らされながらとぼとぼと周辺の見回りへと向かった。



 彼が帰ってくる頃にはすっかり夜が更け、2人は一足先に夕飯を食べながら談笑していた。

「んまいね~このシチュー!」

「レストランで野郎どもの飯60人分を1人で用意していたからな。我ながら美味いもんだ」

「……ただいま」ヴレイズは元気なく口にし、アリシアの隣に座った。

「おう、おかえり! 遅かったじゃねぇかよ!」

「ヴレイズ! このシチュ―すんごく美味いよ! アツアツのうちに食べよ!」アリシアは木の皿とスプーンを取り出し、シチューをなみなみと注いで彼に手渡した。

「あぁ、ありがとう」ヴレイズは曇った表情を明るくさせ、シチューを啜った。

「近くに綺麗な湖があった。調べたけど人食いの獣はいないみたいだった」ミートボールを口へ頬張り、熱そうに湯気を吐き出す。

「本当! じゃあ久しぶりに水浴びでもしようかな~この数日は濡らした布で身体を拭くだけだったからね~」アリシアは喜びを表情に滲ませ、シチューのお替りをした。

「みずあび……」ヴレイズとラスティーは小声で口を揃え、瞳を光らせた。



 夕飯を済ませると、アリシアは早速タオル片手に湖の方へスキップしていった。その様子を確認すると、ヴレイズはラスティーの方へ歩み寄った。

「どうする? 覗きにいくだろ?」小声で耳打ちするも、ラスティーは耳障りそうに彼を遠ざけた。

「悪いが、俺は明日の準備で忙しいんだ。それに女の裸なんて俺は見慣れている。俺を誰だと思っているんだ? 泣く子も黙る元マフィアだぜ?」

「でもよぉ~アリシアが水浴びするんだぜ? 覗くのが礼儀だろ?」

「どんな礼儀だ? 俺は興味ないから1人でいってこい」

「意外とノリが悪いんだな……」ヴレイズは首を傾げながらアリシアの向かう湖へとゆっくり向かう。

 ヴレイズが遠くまで行くのを確認すると、ラスティーはニヘラァと笑みを浮かべ、腰を上げた。



「覗くのにいい場所は……そこだそこだ」ヴレイズは見晴らしのいい特等席を見つけ、身体に納まりのいい茂みへ忍び足で近づく。

「アリシアは、いないな……茂みで服を脱いでいるのかな?」スケベ心を胸に一歩一歩、覗きのポイントへと脚を踏み入れる。

 すると、彼の脚元で弾けた音を立て、強烈な何かが噛みついた。

「うんぎゃあぁぁぁ!!」堪らず声を上げ、しゃがみこみ、激痛の走る脚を見る。

 そこにはトラバサミががっちりと彼の脚に噛みついていた。

「ちょ、ちょ! いつの間にこんなぁ!」そんなヴレイズの背後でいつのまにやら、アリシアが仁王立ちして笑っていた。

「はっはっは~絶景のポイントに迷わずくるなんて甘いなぁ~」

「トラバサミってお前! やり過ぎだろう!」ヴレイズが痛みを堪えながら噛みつくも、アリシアは涼しい表情をしていた。

「乙女の裸を視姦しようと企む、あんたにいわれたくないわ。大丈夫。怪我しないように調整してあるから」と、トラバサミを解除し、彼の目を塞ぎ両手を後ろ手に縛った。

「生殺しかよ!」視界を奪われたヴレイズが声を上げる。

「で? ラスティーは? あいつも来ているんでしょ?」声のトーンを落として凄味を効かせるアリシア。

「いや、あいつは興味ないって……」

「ふぅ~ん……」アリシアは耳を澄ませ、鼻を効かせる。警戒しながら湖に近づき、タオルを肩にかけ、上着のボタンに指をかける。

 すると、近くの木の上から不自然な音が響き、彼女の耳に届く。

「そこだぁ!!」気配の方へ向かって腕を向け、瞳を焼き焦がす程の光を放った。

「ぎゃぁおおぅ! 目がぁ!」暗闇に慣れた目が仇となり、ラスティーは堪らず顔を押さえ、木の枝からボトリと落ちた。

「はいはい、あんたらは仲良く肩を並べてなさい」未だに目のダメージを引き摺る彼を無理やり引き摺り、ヴレイズの隣に縛って並べる。

 やっとスケベたちの眼から解放されたアリシアはスルリと装備と衣服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿で湖に頭から飛び込んだ。

「ぷはぁ! ひゃっほぉう!!」無邪気にぱちゃぱちゃと音をたて、久々の湖の心地よさを体全身で堪能した。



「俺を囮にしたな」むくれた顔でヴレイズが呟く。

「敵を騙すにはまず味方からってね」失敗した割には上機嫌に笑う。「それにしてもよ、お前……これからやっていけるのか?」

「何の話だよ」

「俺たち3人の中でお前だけ、その……身の振り方ってぇの? わかってないんじゃないかって思ってさ」ラスティーは心配そうな声色で話した。

「どうせ俺は炎だけだよ」

「俺の言ったセリフ、まだ気にしているのか?」

 図星だったようで表情を歪めながら俯くヴレイズ。

 彼は生まれてこの方、炎で全てを解決してきた。これからもそのつもりでいたが、2人の多才さに圧倒され気落ちしていた。

「炎が強みなら、それをもっとこう……生かせないか? ただ燃やすだけじゃなくてさ」2つだけとはいえ、人生の先輩であるラスティーは彼の悩みをよく理解しているつもりだった。街にいた頃も弟分の相談相手をやっていたので、こういった話は得意だった。

「炎だからなぁ……火力を強くすることしか出来ないな」

「それじゃだめだろ? もっとさ、炎ってのは便利にさ……その……やっぱ燃やすだけだな!」幾ら彼でも炎に関する分野の相談は初めてだった。

「そうなんだよなぁ……」苦しそうに唸るヴレイズ。

「まぁ、魔力の練り方次第で炎も形を変えるだろ? それを上手く利用しろや。俺は初めて会った時、お前をバカにはしたが、アレは本気で言ったわけじゃない。今は頼りにしてるんだぜ」

「囮に使ったくせによ……」クスッと笑いながら深い溜息を吐くヴレイズ。遠くからバチャバチャと水遊びを楽しむアリシアの笑い声が響き、切ないため息を漏らす。

「なぁヴレイズ……俺は音を風に乗せて運ぶのが得意なんだけどさぁ……アリシアが今、どこを洗っているか知りたいか?」

「おぅ?!」



 その真夜中、アリシアは自作の寝袋の中で可愛らしい寝息を立て、ラスティーもリュックを枕にイビキをかいていた。

 ヴレイズはたき火の炎を見つめながら難しそうな表情を作り、手の中で小さな火の玉を作って転がしていた。

 ラスティーに言われたことを自分の中でゆっくりと噛み砕き、整理し、自分の掌で何ができるのかを再び考えながらゆっくりと瞼を閉じる。



 14年前、まだ彼が生まれ故郷の村に住んでいた頃、村長に言われた言葉を思い出した。

「お前は火の一族の子だ。ただの炎使いではないぞ? 我々には他の炎使いにはできない特別な能力が備わっているんだ。それはな、『燃やさずの炎』というやつだ。

 何? 全然すごくない? 確かに、わしもお前くらいの頃に同じ感想を抱いた。だがな、この何も燃やさない、優しい炎こそ我々一族の代々受け継がれてきた立派な力なんだよ。

 この力の正しい使い方は、もっと大きくなったら教えよう。それまでにこの言葉の意味を自分の中で考えなさい。『強くなるだけでは、強くなれん』だ。いいな?」

 この言葉の意味も、力の使い方も教わらぬまま村は『あるひとりの男』によって家族はおろか村人全員を焼き尽くされ、ヴレイズはひとり生き残ったのであった。



「……燃やさずの炎、か……」呟きながら草原に向かって火の玉を飛ばす。

 火球は草原をボールのように転がり、岩にぶつかってバウンドして彼の下へ戻った。草は煙を立てず、岩も燃えることなく焦げもしなかった。

「これの上手い使い方がわからねぇんだよなぁ……」

 ヴレイズは降参したように寝転がり、アリシアの寝息に誘われながら眠りについた。


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