6.立つ鳥、跡を焼き尽くす
「なんでそんな事をやらなきゃいけないんだよ!」街の外で再びヴレイズが不満げに声を荒げた。
3人は旅の準備万端で街を出発し、向かう先は数キロ隣のリボルという街だった。ラスティーが言うには、その街もギャングが取り仕切る街で、ブランダの街とは違い活気がなく、治安が悪く、頻繁に盗賊団が出入りする物騒な街という話だった。
「そんな事は知ってるよ。だから俺たちは評判のいいこの街に来たんだよ」ヴレイズは元ギルドハンターなので国内の情報に関しては少し詳しい。
「それは光栄だ」
「別れの挨拶、しないんだ……」アリシアは寂しそうにブランダの街の門へ目を向けた。アリシアとヴレイズの2人はドン・ブランダと構成員達と別れを済ませてきたが、その場にラスティーはいなかった。
「破門されたからな。さ、先を急ぐぞ」
「だ~か~ら~! なんで俺たちがそのリボルギャング団の壊滅の手伝いをしなきゃならないんですか!」ラスティーの目の前に立ち、再び大声を出す。
「声が大きい」ラスティーは口の前で人差指を立てながらヴレイズの肩に腕を回した。「なぁ、リボルギャング団の評判は聞いているよな?」
「元ニーロウ国の大臣の息子で、権力欲が強く、この国を頭から乗っ取ろうとしたんだろ?」
「そう。で、それを阻んだのがドン・ブランダと現在の街や村のまとめ役達ってわけ。で、この国は王ひとりで支配する王制ではなく、合議制にしようと決めた。この国の15年前の出来事だ。
だが、そのドン・リボルは今、魔王の配下と連絡を取り合って武器を大量に手に入れ、盗賊団を雇ってこの国を乗っ取る準備を進めているって話なんだ」煙草に火を点けながら1枚の図面を取り出し地面に広げる。
「だからってなんで俺たちが? たった3人じゃないか! こういう大規模な抗争ってヤツはブランダファミリーや他の街の……」ヴレイズは更に声を荒げたが、それをラスティーが塞いだ。
「この戦いには魔王が絡んでいる。ほんの少しだけな。で、俺たちの旅の目的はなんだったっけ?」
「魔王討伐!」アリシアが拳を天高く掲げる。
「だろぉ? 俺たちが戦わずして誰がやるっていうんだ? ねー♪」ラスティーはアリシアと顔を合わせて笑い合う。
「で、でも3人だけで戦うのかよ……せめてファミリーの協力もさ……」
「最初はファミリーでやるつもりだったよ。だが、ウチのファミリーは今、元気がなくてね。金は殆ど街と店の為に使って余裕はないし、ドン・ブランダもご高齢だしな」
「だからお金が必要だったんだね」
「……でも、ラスティーの言うとおりにやれば3人でギャング団を壊滅できるんだろ? だったらファミリーの中から3人選んでさ……」まだ納得していないヴレイズが口を濁す。
「失敗すれば犬死。しかも抗争のトリガーを引くことになる。成功したらしたで手柄が3人だけのもの。他の連中から浮いちまう。そうなるとファミリーの輪が崩れちまうんだ。重要な事はファミリー全体でやるってのがウチの決まり事なんだよ。そうなるとファミリーに関係ない破門された俺と、お前ら2人でやるのが一番だ」
「でもよぉ……」
「これに成功すれば俺たちは人知れず国の英雄だぜ?」
「人知れず、だろ?」ヴレイズは不服そうに頬を膨らます。
「賞金首がなに贅沢なこと言っているんだよ。日が落ちるまでに準備を終わらせたいんだ。作戦のおさらいをするぞ」
ラスティーは強引にヴレイズを丸め込み、再び自分の考えた策の説明を始める。アリシアは彼らのやり取りを楽しそうな表情で眺め、ラスティーの話に耳を傾けた。
日が落ちる頃、アリシア達はリボルギャング団が根城にしている旧領主館の外庭で息を潜めていた。ヴレイズは腕に軽く力を込めて火花を炊き、アリシアは弓を片手に目を光らせる。
「頼もしいな。チャンスは一度だ。しくじるなよ」ラスティーは一言だけ残し、闇の中へ姿を消した。
「……結局、こうなったか」不服そうな声を漏らすヴレイズ。
「まだそんな事いうの? 何が不満なの?」アリシアは小声を出しながら彼を軽く睨んだ。
「あいつ、いきなり割って入ってきて、指揮を執り始めやがってさぁ……」
「ヴレイズって、年齢(18歳)の割にガキなんだね」
「ガキって言うなよ!」ヴレイズがつい声を荒げると、遠くからリボルギャングの構成員が警戒の眼差しで2人の隠れる茂みへと近づく。
「やべっ」
「ホーホー」アリシアは見事な夜鳥の声を奏で、小石を遠くへと放った。
「なんだ、鳥か」構成員は肩を鳴らしながら踵を返し、元の位置へ戻る。
「お見事……」ムスッとした表情を作ると、アリシアが彼の後頭部を叩いた。
「集中!」
ラスティーは見張り台に素早く登り、構成員を慣れた手つきで首を絞め気絶させた。双眼鏡でリボルの街の様子を窺い、右手に魔力を込める。
すると、街の外れにある武器弾薬の詰まった倉庫に仕掛けられた発火装置が風に反応して作動し、着火と同時に大爆発を起こした。
「徹夜した甲斐があったな。よぉし、まだ動くなよ、お2人さん」指示を風に乗せて2人の耳に送り、自分の読みが当たるのを待つ。
旧領主館に光が灯り、騒ぎの後に構成員達が8名ほど現れ、外に繋いである馬車に飛び乗って爆発の方角を目指した。
「1人は風使いのビリーだろ? 下見はバッチリだ」ラスティーは再び右腕に魔力を集中させ『風の伝令』が吹いてくるのを待つ。
『ただの爆発事故じゃあありませんぜ! 警戒してください!』という台詞が風で流れてくるのを感じ取って捕まえ、『見張りの寝煙草が原因でさぁ! 消火したらすぐ戻ります』という台詞に巧みに書き換え、館の中のボスへ送り届ける。
しばらく待つと館は静まり返り、光が消える。ラスティーは街の方の騒ぎを風で探ったが、しばらく消火活動が終わる気配はなかった。
「よぉし、今だ」風を送り、2人に合図を送る。
アリシアの耳にラスティーの合図が入った瞬間、彼女は瞬時に弓を番えて構え、指示された方角の窓ガラスへ向けて放った。割れた先へ向けて3発の矢を侵入させ、室内のバーの棚にある酒瓶を次々に割っていく。
その様子を見届け、ヴレイズは両腕にのたうつ炎を巡らせ、割れた窓ガラスへ向けて噴射した。久々の魔法攻撃だった為か勢いが強く、景気よく燃え上がり、あっという間に館一階を火の海に変える。
最初の指示を終えたアリシアはすぐさま館の裏口へ向かい、慌て出てくる構成員を慣れた手つきで次から次へと気絶させた。ナイフの柄で脳天を叩き、手刀で首を一撃した。
ヴレイズも表口へ、なんだかんだ楽しそうに暴れ込み、構成員達を得意の赤熱拳で倒していく。
ラスティーは見張り台から動かず、館の中へ風を送り込み敵の数を勘定しながらボスの居場所を探った。
「2階に逃げるような事はしないはず……どこへいった? あいつを逃がしたら作戦失敗どころじゃないってのに!」苛立ちながら必死で風を巡らせる。
すると、何かに引火したのか館が景気よく大爆発を起こす。作戦外の事で気付かず、アリシアとヴレイズは吹き飛ばされ、ラスティーは想定外の出来事に目を丸くさせた。
「な、なんだ?」
炎の中から大型の熊くらい巨大な鎧を身に付けたドン・リボルが高笑いをしながら姿を現した。
「ブランダファミリーの連中なんだろ? つまらん小細工のせいで折角の館がこのザマだ! だが、魔王軍の最新式カラクリ兵器『ウォー・バスタードMK3』のお披露目には好都合だ! てめぇらタダじゃおかねぇ!」鎧に見える巨体は一種の魔動式パワードスーツであり、リボルは中央に小さく収まっていた。
「なんなんだ……? 昨夜、下見した時はあんなの無かったぞ?」
「スパイしにくるのも計算の内だ、クソガキィ! くたばれぇ!」巨大な左腕を見張り台に向けると、連射式ボウガンのバレルが回転し、無数の矢を放った。殺人突風が見張り台を吹き飛ばす。ラスティーは間一髪で飛び出し、近場の岩陰に急いで隠れる。
「『魔石』何個分で動いているんだよ?! 魔王め、エゲツない物を作りやがって!」
次にドン・リボルは右腕の大砲をラスティーの隠れる岩に狙いを定める。
「お次は魔王軍で研究されている『反属性』という新しい属性を放つ試作型カノン砲のお披露目だぁ~! 覚悟しやがれぇぇぇ! ぬはははは!」と、得意げに話しながらトリガーに指を置く。
「は、はん属性? 聞いたことないぞ、そんなもの……」
「くたばりやがれぇ~!」カノン砲が明るい紫色に眩く光、そして……。
「いてててて……ヴレイズが張り切っているのかな? やりすぎでしょ」強かに打った頭を押さえながら、アリシアはムクリと起き上り土埃を払い、黒くなった頬を擦る。
跡形もなくなった館の炎を見つめながら表玄関の方へ回り込むアリシア。途中で腰を痛めたヴレイズと遭遇し、ツカツカと詰め寄った。
「ちょっと! 燃やす事が仕事だからってこんな阿保みたいにやる事はないでしょ?! 首が吹っ飛びかけたわ!」
「いや、流石に今の爆発は俺じゃねぇ……大量の火薬でもなきゃ、あんな風には爆発しないと思うんだけど……」訝しげな表情を見せながらラスティーのいる見張り台へ目を向ける。
「あれ? 見張り台が、ない?」2人して声を揃えた瞬間、先ほどの爆発とは違った種類の、キーンという金属同士を思い切りぶつけた様な音が鳴り響いた。
「今度は何?」耳を塞ぎながら音の方へ向かうアリシア。
「なんなんだ? 想定外が過ぎるぞ、ラスティー!」
「なんだ? 今の音は?!」ラスティーは耳を塞ぎながら岩陰から頭を出す。
「な、なんだとぉ~」右腕の大砲はまるで切り取られたかのように跡形も無くなっており、破片もパーツも辺りに飛び散ってすらいなかった。ただ放出されたエネルギーの名残のような紫色の光が霞み、やがて消えていく。
「暴発?」ラスティーが首を傾げると、背後から何者かが歩み寄り、肩に手を置いた。
「おめぇの策は悪くない。だが、自分の都合しか考えず、敵の身になって考えていない。それがおめぇの弱点だ」
「ボス……」
「もうお前のボスじゃね~よ」意地悪そうな表情を向けるドン・ブランダ。
「くそ! このポンコツがぁ!」無理やり左腕のボウガンを動かそうとするが、今の爆発の反動で上手く操作できずにいた。
「ポンコツはお前のオツムだ。そんな物騒なモノ、港に運び込まれたときからマークしてたわい! しかも一番ヤバそうな、その右腕の武器にはきっちりと仕掛けを施しておいたぞ!」
「き、気付かなかった……」ラスティーが俯くと、ドンは優しく頭を撫でた。
「お前は街を仕切るんで忙しかったからな。それにあの鎧、パーツをバラバラにして他の荷と混ぜて運び込まれてきたからな。書類上だけ目を通したんじゃ気付かないだろうぜ。それにあの領主館には秘密の地下室があってな……そこで組み立てていたんだろうぜ」
「どうやって気付いたんですか?」
「わしは鼻が効くんだ」得意げに鼻を擦る。
「お前をヤれれば……貴様が死ねばこの国は俺の物も同然だ! くたばれぇ!」機能を回復させた左腕がドン・ブランダを捉え連射式ボウガンのバレルが回転を始める。
「危ねぇ!」慌てたラスティーが必死で身を挺し、前に出た。
次の瞬間、3本の矢がバレルの間に入り込み、回転を麻痺させる。ドン・リボルが異変に気付いた瞬間、ヴレイズがバレルを掴み、銃口を溶かして左腕を炎で包み込んだ。
「くそ! 踏みつぶしてやるぁ!!」右足を大きく上げ、ヴレイズ目掛けてストンプを食らわそうとした瞬間、アリシアがリボルの眼前に掌を向け、閃光を唸らせた。
「ぐぁ! 目がぁ!!」バランスを崩し、仰向けに倒れる巨大な鎧。
ヴレイズは得意の赤熱拳で前面装甲を溶かし、小さな体のドン・ブランダを引き吊り出してラスティー目掛けて投げつける。
「作戦終了、かな?」ヴレイズは得意げな顔を覗かせながらラスティーを見た。
「こんなの見たことないなぁ~やっぱ都会って怖いなぁ~」大破した鎧をまじまじと見つめ、指でつんつんと突くアリシア。
「い~い仲間じゃないか。大事にしろよ」笑顔のまま手首で合図をすると、どこかで待機していた構成員が駆け寄り、リボルの手足に縄をかけ、布袋で頭を覆い隠して持ち去ってしまった。
「街の方は?」ラスティーはまだ安堵の笑みは見せず、未だ煙立ち上るリボルの街へ顔を向けた。
「リボルん所の連中は取り押さえて、ウチの連中が消火活動をしているよ。リボルの手下に任せていたら街全体が火の海になっちまう。そこまで計算に入れておけ、半人前」セリフとは裏腹に穏やかな顔で葉巻を咥えるドン・ブランダ。
「……肝に銘じます」応えるようにライターで火を点ける。
「ラスティーよ。あんまひとりで頑張り過ぎるなよ。頼れる仲間がいるんだからな」
「……はい」
「……で、もう行くのか?」
ラスティーは何かを考えるように少し沈黙した。
「……はい」
彼の答えにドンは煙で答え、ラスティーの手に封筒を握らせた。その中には20000ゼルが収められていた。
「そ、そんな!」
「いいから取っておけ。で、困ったらすぐにわしの所へこい。破門はしたが、お前は大事な仲間だからな」
ラスティーは力強く目を瞑り、歯を食いしばって腹の底から湧き上がる何かを無理やり抑え込んだ。ドン・ブランダの足元に跪き、深々と首を垂れた。
「今までお世話になりました。このご恩は一生忘れません……」
「親不孝だけはするんじゃねぇぞ……達者でな」ブランダはそれだけ言い、街の方へ悠然と歩いて行った。ラスティーは彼の背が見えなくなるまで首を垂れ続けた。
「しっかり……な。王子様よ」ドン・ブランダは小さく呟き、一筋だけ頬を光らせた。
「で? これからどこへ向かうつもりだ、お2人さん?」2人の疲れ果てた顔に向かって口にするラスティー。
「魔王は北の大陸にいるんでしょ?」アリシアは真っ直ぐ北へ渡るつもりだった。
「それが自殺行為だって言っているんだよ。まずは喧嘩の準備をしなきゃな。勝算の無い喧嘩ほど、バカなことはないぞ?」
「バカっていうなよ! バカって!」ヴレイズは彼にまた噛みつこうとしたが、余裕をもって押し返される。
「まぁまぁ。それより、西のカウボーブ大陸へ渡らないか?」この提案にまたヴレイズが表情を歪めた。
「西ってお前! 仲の悪い国同士が爆発寸前ってニュースを読んでないのか?! それこそ自殺行為だろ!!」
「いやいやいや、ピンチをチャンスに。戦争の火種を上手く利用して俺たちの炎に、てね。俺に任せなさい!」胸をドンと叩くラスティー。
「だから、なんでお前が指揮を執るんだよ!」納得いかない表情を彼の鼻先まで近づける。
「どこへ向かおうとしているのか自分でもわかっていないからだ。特にヴレイズ、お前だよ」人差指で彼の胸を小突く。
「お前っていうな!」
「ガキが」
「ガキって言うな!」
「はいはいはい、旅は楽しく!」アリシアは楽しげに2人の吠え合いの間に入り、彼らの首に腕を回した。
「張り切って行きましょ~!」
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