5.でもやる!

 2人の手当てが終わる頃、アリシアは構成員達とすっかり仲良くなっていた。

「なぁ姐さん、この街に残ってくれよぉ! ギルドから匿うからさぁ」

「おいおい、匿う必要もないくらい強ぇじゃねぇか!」

「いっそこの国を獲っちまうか? 夢じゃねぇぜ」

 久々の宴会なのか、興奮して羽目を外す構成員達。この光景を見ながらラスティーは苦笑しながら煙草を巻いた。

「いつの間にか仲間を獲られちまったな……大した娘だ。いてて」未だ疼く腹を苦そうに押さえ、煙草に火を点ける。「どこで拾ったんだ?」

「……東のオレンシアって国のピピス村出身らしい。あとは本人に聞いてくれ」楽しそうに笑うアリシアを眺めながら複雑そうな表情で見つめるヴレイズ。

「ピピス村って確か……そうか……よくあんな風に笑えるな。俺には無理だった」 事情を知っている様子で、ヴレイズと同じ表情で彼女を見つめる。

「無理だった?」

「こっちの話だ。さて、俺も混ざろうかね」話をはぐらかし、ラスティーは傷を押さえながら宴会の輪の中へグラス片手に入っていった。

「だった、か。あいつも俺たちと一緒なのか?」

「そうだ」いつの間にかヴレイズの隣にドン・ブランダが座っていた。「10年前にボロを纏ってこの街に流れ着いたのを息子が拾ってきてな。10歳にしては礼儀や立ち振る舞いが見事だったもんで、バーテンダーとしてウチに入れたんだ」アリシア達の中へ入り込んで一緒に笑うラスティーを見ながら語る。

「バーテンダー?」

「あいつの作るブラッド・パンサーは舌がとろける美味さだった。おまけに剣、槍、弓に馬術とどれをやらせても一級品で頭もいい。そしてこの業界で重要な目先と鼻が効く。あいつは、マフィアの申し子だ」微笑ましそうに語りながらグラスを傾ける。

 ヴレイズはドンとラスティーの顔を交互に見ながら話しに耳を傾けた。

「あいつがここにくる以前の話をわしに語ってくれたのは2年前だ。それで何故、あいつがガキの頃から一級品のマフィアだったのか合点がいった。そして……とにかく、あいつは俺の自慢の息子のひとりだ。それが言いたかった」ドンはグラスを空にすると腰を上げ、ヨロヨロと隣の部屋へ向かった。

「なぁ! そのあいつの過去っていうのは……?」

「それは本人から直接聞け。聞き出せればの話、だがな。」そう口にすると自分の部屋へと向かっていった。

 ヴレイズは首を傾げながら頭を掻き、納得できないような表情を作る。

「んだよ、ただの自慢話じゃねーか」



「お前ら、バカじゃねぇか!」ラスティーは顔をほんのり赤く染めながら大声で2人を怒鳴り、酒を啜った。

「まぁそう言われてもしょうがないな」ヴレイズも頷きながらビールを呷る。

「なによ! ヴレイズは味方してくれてもいいんじゃない? 仲間でしょう?!」 アリシアは裏切り者を睨み、テーブルをバンっと叩いた。

 それに答えるようにラスティーもテーブルに酒瓶をドンっと置き、立ち上がった。

「魔王に喧嘩を売るだぁ? あいつはなぁ、ただ魔王を自称しているだけのオッサンじゃねぇんだよ! 

 北の大陸ノースマンの3分の2を征服し、世界の中心であるククリスって国で正式に『魔王』の称号を得ているんだ! 

 しかも、その魔王様は独力で一国を破壊する強力な闇魔法を使うんだ! 南のナンブルグ大陸にある闇の瘴気に包まれた地を知っているか? あれは魔王が15年前にやったんだ!

 さらにあの『6賢者』と並ぶか、それ以上の実力者を幹部や右腕、軍団長に抱え込んでやがる程に層が厚い! 14年前に北の3カ国が同盟を組んでも歯が立たなかった! それだけ強力な軍事力まで持っていやがるんだ!

 どうだ? これでわかったか?! 自分たちがどんな自殺行為をやろうとしているか!  相手にだってされるもんか!!」

 息つく間をおかず、ここまで話すとラスティーはグラスに満たされた酒を一気に飲み干し、熱い溜息を吐いた。

「わかった」アリシアは構成員にぶどうジュースをグラスに並々と注がせ、それを一気に飲み干してグラスをガンっと置いた。


「でもやる!」


 ラスティーは絶句し呆れた様に口をポカンと開けた。ヴレイズと構成員達はアリシアに拍手を送った。

「俺は付いていくよ。どうせこの国に居てもなぁんもやることないし、賞金首だし」ヴレイズが立ち上がろうとすると、アリシアが彼の顔面に足の裏を押し付ける。

「もっとやる気をだ~し~な~さ~い!!」

「ふぇいぃ……」

 ラスティーは額に血管を浮き上がらせ眉を吊り上げ、肩をわなわなと震わせた。

「2人とも、明日にはこの街を出て行け! 目障りだ!」怒鳴りつけると、酒瓶とグラスを片手に逃げるようにドンのいる部屋へ消えていった。

「怒らせちゃった」



 ドンはひとり、静かに葉巻の煙を味わいながらグラスで光る琥珀色の液体を啜っていた。構成員と旅人2人の笑い声を聞きながら満足そうな笑みを浮かべる。

 すると慌ただしくラスティーが入室し、ソファーに乱暴に座りながら酒を呷った。

「あの2人は明日中に街を追い出します。ヘボハンターにでも捕まっちまえばいいんだ!」

「お前、羨ましいんだろ?」ドンは全てを見透かしたかのような表情でラスティーを睨んだ。

「はぁ? 俺が自殺志願者にでも見えますか? あいつら、きっと魔王の国バルバロンに着く前にくたばりますよ」頭に溜まったモノを吐き捨てながら巻き煙草を咥える。

「じゃあ、お前が助けてやればいい。そろそろ行きたいんだろう? ラスティー」グラスに酒を注ぎながらも瞳は彼を捉えていた。

 ラスティーは表情を歪め、歯を食いしばり、煙草を床に叩き付けながら腰を上げた。

「……冗談じゃない! 誰があんな2人と! それに、今の時期にリボルの連中に隙を作る様な真似をしたら……このファミリーは、」ラスティーが言い終わる前にドンは彼の鼻先まで近づき、ソファーに押し倒した。

「てめぇが一匹いないぐらいでファミリーに隙が生まれるだと? どの口が叩きやがる、この半人前! 今のセリフはわしを侮辱したことになるぞ? それに今のてめぇには迷いを感じる。そんなハンパ者、ウチにはもういらねぇ! 出て行け! 二度とそのツラぁ見せるなぁ!」ドンは彼を怒鳴りつけ、胸倉を掴み上げながら部屋から引き吊りだし店の裏へと放り出した。

 冷たい風の吹く路地裏で独り寂しく転がるラスティー。

「いってぇ……こっちだって二度と!」負けじと歯を剥きだすが、気が抜けた様に眉をハの字に下げ、ふふと笑った。

「……はぁ、敵わないな。あの笑い声と会話だけで全部、見透かしやがった。さすがはドンの目利きと鼻だ」自嘲気味に笑い、煙草を巻きなおす。

「いい頃合いか……だが、問題を片付けてからだな」何かを企むような表情で煙草を咥え、彼は静かに風を吹かせながら街の外へとひとり歩いていった。



 次の日の昼、2人はブランダの街を改めて散策し、構成員達が薦める武具屋に来ていた。お題は全てファミリーが払うと聞き、アリシアはまるでおもちゃを目の前にした子供の様にズラリと並んだ武器を眺めた。

「俺は、そんなに凝った武器は使わないからなぁ……ナイフと胸当てだけ新調するかぁ……お、良いブーツだなぁこれ」ヴレイズは武器よりも履物に目がいき、サイズを確かめる。

「ねぇ、あたしの手に合うクローはあるかな? 刃は短くて取り回しの効くヤツ」

「それなら新製品のタイガークローがお勧めだよ。刃は短くて鋭く、飛び出し式だ」店主は自分の腕に嵌めてみせ、刃を出したりひっこめたりした。

「それはダメだなぁ~ギミック付きの武器は簡単に壊れるから。これの場合、仕掛けのせいで根元が空洞になるでしょ? これを獣の肉に突き立ててごらん? 横に振られたら一発でお釈迦だよ」

「た、確かに……」店主は殴られたような表情を見せながらクローを仕舞った。

「弓はある? できれば弦が鉄製の合成弓がいいんだけど……」

「そんな弓はありませんよ。ウチにあるのはこのバードシューター2000です。アマチュア用とプロ用の2種類用意してあります」

 アリシアはプロ用の弓を受け取り、弦を引き構えてみせた。

「うん、悪くないね。これを頂きましょう」得意げな表情を覗かせながら瞳を光らせる。

「で、他にどんなものがよろしいですか?」

「ん~とびっきり斬れるナイフはあるかな? 投げるのが勿体なく思えるほどの」 アリシアが鼻息を荒くさせると、店主もにんまりと笑って応え、箱を手に取る。

開けると、そこには銀色に輝き、虎と狼の装飾が施された2本のナイフが入っていた。

「我が武具屋が誇る最高のナイフです。こいつならアーマーベア(鎧熊)の堅甲も問題なく斬り裂けます」自慢げに笑う店主の表情を見てアリシアは悪戯混じりの笑顔を覗かせ、鞄から黒い何かを取り出した。

「これな~んだ? 朝方、街の外で拾ったんだけど、何だかわかる?」

 店長はその黒い甲殻を見ると、冷や汗を垂らした。

「そう、これはアーマーベアから剥がれ落ちた堅甲です。多分脇腹の部分だね。さて、その銀色の美しいナイフでこのゴツイ堅甲を切り裂けますかな?」アリシアは意地悪な顔を向け、店長を困らせた。

「ぬ、ぬぅ……」渋く唸る店主。

「素人はともかく、あたしを試しちゃいけませんよ?」

「……いや、こりゃ私の負けだ。確かにお嬢ちゃんの目を試したよ、悪かった。ただの武器オタクじゃないようだね」と、店主は店の奥へ向かい、埃を被った箱を持ってきてアリシアに見せる。蓋を開けるとそこにはクロガネ色のナイフが2本収まっていた。

「こいつが本物の……」と、1本手に取りアリシアの持つ堅甲を一刀両断してみせた。「ナイフってヤツです」輝くそのクロガネは刃こぼれひとつなかった。

「凄い……触ってもいい?」店主が頷くとアリシアは他の武具よりもそのナイフを丁寧に、舐めるように観察した。「あぁ……刃の色合いに職人の息吹を感じるなぁ……重さも丁度良く、手に馴染みやすいし、バランスも絶妙。下手な装飾もされず、景色に溶け込むような地味な色合い……まさしく狩人のナイフ!」

「まさかこいつを理解できる者が現れるとは……」店主は唸る様に口にし、一筋の涙を零した。「こいつは売り物じゃあないんだがな、遠慮なく持って行ってくれ!」

「いいの?!」

「やっと理解者に巡り合えたんだ! そいつも喜ぶだろうよ!」

 アリシアも感激のあまり涙し、店主と固い握手を交わした。

「あの~このブーツのサイズはいくつですか?」ヴレイズが遠慮しながら問う。だが、アリシアと店主の不思議な空間に彼の声は届かず、2人の笑い声が響く。「なんだよ……」

 そこへラスティーが昨日とは違う姿で現れる。昨日まではスーツを着こなしたマフィアだったが、今日の姿はまるで一端の冒険家の様な逞しい格好だった。

「装備は整えたか?」サングラスを下げて瞳を覗かせる。

「うん! ファミリーがあとで建て替えてくれるって! ありがとう~」

「で、なんでお前はそんな恰好なんだ?」2人が彼をじっと見つめる。

「俺もお前らについていく事にした。よろしく。ラスティー・シャークアイズだ」呆気にとられる2人の目を見ながら握手を交わす。

「な、なんでお前が付いて来るんだよ! 昨日、あんだけ俺たちを馬鹿にしたくせに!」

「いいじゃん、仲間は多い方が」アリシアはノリ気だったが、ヴレイズは膨れ面を作りそっぽを向いた。

「ファミリーを破門にされて寂しくてな。ヨロシク頼む」

「急だなぁ……」ヴレイズは何か言いたげに口をムズムズさせたが、それを割ってラスティーがどこかの建物の図面を取り出す。

「だが、この街を出る前にひとつやらなきゃならない事があるんだ。手伝ってくれ」

「なんでだよ!」ヴレイズが噛みつくと、アリシアがズイっと前に出る。

「いいじゃん、面白そう!」

「ありがとうアリシアちゃん。いいよ、俺たち2人でやるから。ね~♪」

「ね~♪」ラスティーとアリシアは2人仲良く図面に目を落とし、何やら2人で楽し気な作戦会議を始める。

「ぬぬぬ……なんか腑に落ちねぇなぁ!」ヴレイズは頭を掻きながらも彼らの会話に加わった。

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