4.ハンター2名様VSブランダファミリー 後編

「安心しろ、手荒なマネはしない」勝ち誇ったような顔でラスティーが口にする。

「どういう意味だ」ヴレイズはいざとなった時の為に拳を軽く握り、魔力を集中させた。

「生死を問わず、だからな。俺たちは金が手に入ればそれでいいのよ。大人しく捕まってギルドに引き渡されてくれるなら、丁重に扱い、飯もご馳走し、ガールフレンドの様に可愛がってやるぜ。何せ合計13000ゼル(130万円前後)だからな」

「じゃあここで暴れたらどうなる?」ヴレイズは拳の握る力を強めた。手の中から火花がこぼれ出る。

 ラスティーは余裕な表情を変えず、腕を組んだ。

「情け容赦なく命を奪う。何せウチらはマフィアだぜ? 手段は問わず欲しいものは力ずく、だ。そこいらの盗賊と違うのは紳士的且つ義理堅い点だ。お前らは俺らの手で捕まって幸運に思うべきだぜ。だろ?」ラスティーが言い終わると、回りの構成員達がまばらに相槌をうつ。

「そうかい……それなら!」ヴレイズが脚に力を込め、今にも飛び出しそうになる。

 それをアリシアが静かに止めた。

「ねぇ、あたし達からもいい?」顔に余裕を蓄えながら口にした。

「なんだい? 可愛いお嬢さん」

「こんなのはどう? そちらは2名を代表に選んであたし達と一対一で決闘するの。正々堂々とね。で、あたし達が2人とも勝てたら、お土産付きで逃がしてくれる? どちらか一方が負けたら、仕方ない。お縄に付きましょう」

 ラスティーは大人しく耳を傾け、煙草を手早く巻き、咥える。隣にいた構成員が素早くオイルライターで火を点けるとゆっくり煙を味わい、紫煙を燻らせる。

「ほぉ~う。言っておくが情け容赦の無い俺たちだぜ? ここでおふたりをやっちまってもいいんだぞ?」身を乗り出し、挑発するように眉を上げ下げする。

「こっちもいいんだよ?」アリシアも挑発するように腕を組んだ。

「あたし達が無抵抗で殺されると思う? ここでやり合ったら最後、死ぬまで全力で暴れるよ? このレストランがグッチャグチャになるまでね。で、貴方の大切なファミリーも何人かは道連れにする。かけがえのないない大切な仲間なんでしょ? このお店と大事な仲間。見返りはたったの13000ゼル……割に合うかな?」悪戯っぽく微笑み、胸を張るアリシア。

 ラスティーは煙を吐きながらフフと笑い、指を立てた。

「こちらも条件だ。魔法と武器はナシ、だ。どうだ?」

「いいでしょう。約束は守りなよ?」

「当たり前だ。よし、場所を変えるぞ。ついてきな」腰を上げ、煙草を揉み潰しながら踵を返す。

 ヴレイズは複雑な表情でアリシアに詰め寄った。

「俺はともかく、勝つ自信はあるんですか? アリシアさん!」

「ありますん!」彼女はこの状況を楽しむ様に答えた。

「すんって、ちょっとぉ!!」



 2人はラスティー達に連れられて大きな公園の運動場に連れてこられた。

「綺麗な公園だね」無邪気な声を上げるアリシア。

「だろ~ボスのお気に入りの公園さ」構成員のひとりが頬を緩める。

 ラスティーは咳払いで一括し、仁王立ちした。

「これから決闘を始める。ルールは1人ずつ、一対一、魔法と武器はなしでやる事。どちらかが負けを認めるか、ノックアウトするまで。殺しはナシだ。そちらはどちらかが負けたらそれで終わり、お縄についてもらう。2人とも勝てたら、装備一式と食料を土産に大人しく見送る。これでいいな?」と、2人に顔を向ける。

 ヴレイズ達はそれに答えるように頷いた。

「よし、じゃあ先鋒はウチ一番の剛腕、ボブスタインだ!」ラスティーの声と共に坊主頭の筋肉質な大男がヌッと前に出る。腕に巻き付けたチェーンを外し、拳を唸らせる。

「いきなり勝負を決める気だな? よし、俺が……」ヴレイズが前に出ようとすると、アリシアがそれを阻んで前に出る。「え? なんで?」

「ヴレイズは切り札だから、ね?」笑顔で目配せするアリシア。

「え? 大丈夫なのかよ?! 魔法も武器もなしだぞ!?」

 慌てるヴレイズを見てラスティーが煽るような顔を向ける。

「ウチのボブスタインはここら辺のホーンボアを素手でシメて、丸ごと喰っちまう程なんだぜ? お嬢ちゃんなんか、ひと呑みだぞぉ?」

「呑んでみなよ」アリシアは軽く舌を出し、悪戯っぽい笑顔を作った。

「よぉおし! はじめぇ!」ラスティーの合図と共に決闘が始まる。



 ボブスタインは優しく一発で決めようと脚を踏み出したが、背筋に嫌な冷たさを感じて後退った。自分のふた回りも小さな女からは、まるで血に飢えた獣の様な気配を感じ取り、いつもの様な勢いが出せなかった。

「どうしたボブ! いつものようにいっちまえ!」

「相手は女の子だぞ! 殺さない方が難しい」

「ああ見えてファミリー1番の紳士だからな」

 周りの野次を耳障りに感じ、額からの汗を煩わしく思うボブ。

 一方、アリシアは今朝のホーンボアを仕留めた時の事を思い出し、ボブの巨体とダブらせる。

「図体ばかりの臆病者かな? このゴリラ君は」相手の仕留め方を決め、勝ち誇った笑みを向けて挑発した。

 ボブスタインは彼女の底知れぬ気配に脂汗をかき、ガードを固めてじっと動かずにいた。

「おいおい、バカにされて動かないのかよ?」

「それでうち一番の武闘派のつもりかぁ?」

「ファミリーに泥塗る気かこの野郎!」

 思い思いの野次を飛ばすファミリー。

 ボブスタインはラスティーにチラリと目を向けた。彼は何も言わず、じっとボブとアリシアを見ながら煙草を吸っていた。

 四面楚歌を感じながらも動けないボブスタイン。

 そんな彼を見て、アリシアはトドメの一発を口にしようと舌をペロッと出した。

「こりゃあアレだ。不戦勝でいいかな? いやダメだ。あたしがかっこ悪く見えちゃうな~そうだ! 相手を変えてよ~こんな臆病者のゴリラ君じゃあたしの相手はつとまらないよ!」

「こりゃあ一理あるな」

「そうだ! 相手を変えろぉ!」

「見てて面白くないぞぉ!」

 ボブは歯を食いしばりながらも野次を耐えた。なんとかアリシアの隙を見つけ、掴み潰してやろうと拳を唸らせる。が、自分がどう動いても顔面か腹を抉られる未来しか見えてこなかった。

「張り切って損しちゃった」アリシアは頬を膨らませて踵を返した。

 この隙を合図にボブスタインは猛牛の如くアリシアに向かって突撃した。彼女はニコリと笑い、ひらりと飛び越した。

「いいねぇ~まだまだ頑張れるでしょ? 男の子なんだから」手を叩いて火に油を注ぐ。

「ぬがぁぁぁぁぁぁ!」今迄の野次や挑発でボロボロになっていた堪忍袋の緒は、今の一言で千切れ飛んだ。

 アリシアを一匹の獲物ととらえ、掴みかかろうと何度も突進する。その度に彼女はひらりと飛んでは跳ね、煽る様に挑発する。

 顔を真っ赤に染めたボブスタインは拳を握り、アリシアの身体目掛けて猛牛の如く突撃し、間合いに入った瞬間に固めた拳を振り抜いた。

「ごめんね」アリシアは欲していた速度とタイミングを見切り、小さな拳をボブスタインの鳩尾、筋肉の隙間の向こう側を抉り潰した。

 ボブスタインは白目を剥き、地面へダイブした。爆発したように土埃が舞う。

「うぉぉぉぉ! やっちまった!」

「すげぇぞ、あの娘!」

「流石は8000ゼルだぁ!」

 味方が負けたにもかかわらず構成員達は大いに沸き、アリシアの勝利を讃えた。

「本当にゴメンね。貴方達自慢の彼、臆病じゃないよ。本当に一番かもね」アリシアは拳を掲げながらヴレイズの方へ向き直り、笑って見せた。

「あいつら、どっちの味方なんだ?」呆れた表情で口にし、やれやれと首を振るヴレイズ。

 ラスティーはボブスタインに近づき、構成員に手当するように指示し、一言「よくやった」と口にした。

「次は赤熱拳のヴレイズ、お前だな」ラスティーはヴレイズに一瞥をくれ、煙草の火を消し潰す。

「お、おう。相手は誰だ?」ヴレイズはアリシアに負けじと胸を張りながら前へ出た。

「俺だ。ラスティー・シャークアイズが相手だ」



 構成員の合図と共にヴレイズとラスティーの決闘の火蓋が切って落とされる。

 ヴレイズはいつもの様に構えたが魔法禁止の為、一抹の不安を抱えながらも相手を睨んだ。

 ラスティーは余裕を維持しながらジャケットを脱ぎ捨て、袖を捲った。

「魔法禁止で不利なのはお前だけじゃないぞ。俺も得意の風魔法が使えないからな」

「……あの時の追い風、お前の仕業か」逃走中、裏路地での追い風を思い出す。

「あぁ、良い風だったろ? いいか、戦いってのはな、戦場の風を操った方の勝ちなんだよ」と、手を広げる。

 すると構成員達が大声でラスティーの応援を始めた。彼が手首を回す度に声が大きくなり、拳を作るとラスティーコールが始まる。

「言っておくが、お前らはまだ俺の手中なんだぜ」

「なんだと?」ヴレイズは構えを解かずに耳を傾けた。

「お前らを追い詰めるのは全て作戦通りだし、お前らが何かしらの条件を突き付けてくるのも想定の範囲内だ。決闘を条件にしてきたのも好都合、魔法と武器を封じるのも作戦の内だ。だって、ヴレイズ……お前は火が使えないと何もできないんだろう?」馬鹿にするような口調を浴びせかける。

「そんな事は……」

「ほぉ~本当にそうか? さっきもお前、ご自慢の炎でレストランを俺たち毎、焼き払おうとしたろ? 気付いてたぜ? ま、うちには水使いが3人いてお前をマークしていたがな。それに、お前の絞り出す炎ぐらい、俺の風で事足りるだろうが……」

「んだとこの野郎ぅ!!」歯を食いしばり、地面を蹴り、拳を振り抜いた。

 風の様にひらりと避けたラスティーは背後をとり、尻を蹴飛ばした。

「まさか学習もしないのか? さっきの戦いを見なかったのか? 相手を怒らせ自分のステージに誘い込み優位に立つ。やっぱりお前は火だけの男の様だな」

 ヴレイズは振り向きざまに蹴りを放ったが再び避けられ、勢いを利用され腹部に膝蹴りを喰らった。

「ぐふぉう!」堪らず倒れ、身体を丸める。

「情けないな……所詮は5000ゼルか」



 2人の決闘の最中、アリシアはひっそりと抜け出し、先ほど地に沈めたボブスタインの下へ向かっていた。近場のベンチに横たわり、鳩尾の痛みに顔を歪めるボブ。

 アリシアはバッグから今朝、調合した傷薬を取り出した。構成員が持っていた医療品を借り、水の入ったコップに傷薬を適量注ぐ。

「これ、塗り薬にも飲み薬にもなるんだよ。さっきの手応えから察するに胃を痛めたみたいだからね。飲んだらよくなるよ」

「あ、ありがてぇ……」ボブスタインは渡された薬を飲み、痛みが和らいだのか眠ってしまった。

「ねぇ、今朝採りたてのホーンボアの肉と内臓の塩漬けがあるんだけどさ、誰か巧く調理できる人いる?」アリシアが肉を取り出すと、構成員のひとりが身を乗り出した。

「上手く下処理されているなぁ~よし、俺に任せておけ。酒に合うのを作ってきてやるぜ」

「俺、それに合うワインを持ってくるぞ!」

「じゃあ俺はそれに合うパスタを……」

 構成員達は勇んで立ち上がり、レストランへ向かっていった。



 ヴレイズはピンチに陥っていた。

 持ち前の体力でなんとか立ち上がってはいたが、その度に勢いに乗ったラスティーの刺すような一撃が炸裂し、何度も地面を舐める羽目になっていた。

「降参すればこの地獄から抜け出せるぞ。ギルドに引き渡すだけだ。その後はお前ら、何をしてもいいんだぞ。隙を見て逃げればいい。お前ら程の腕前だ。それぐらい軽いだろ」地面に転がったヴレイズに近づき、胸倉を掴んで引き起こす。

「それとも、まだやるのか? 今のお前にぁ勝ち目はないぞ?」と、ヴレイズの腹を何度も膝蹴りを食らわせた。生木の折れる様な音が響き、血反吐を吐き、膝から崩れる。

「脳筋の元ハンターじゃあ俺には勝てねぇよ」倒れたヴレイズを見下ろし、拳を振り上げる。「もう勝ち名乗りしていいか?」

「ま、ま……だ、まだだ……」何とか立ち上がり、拳を構えてみせたが、容赦なく隙を突かれ、また崩れ落ちる。

「もう立つな」トドメを刺そうと首に腕を回し、ゆっくりと締め上げる。必死で抵抗するヴレイズだったが、もう振りほどく力も残っていなかった。

 すると、遠くから構成員の笑い声が響いてきた。不自然に思い、ヴレイズへのヘッドロックを止め、声の方向へと顔を向けた。



「すご~い! こんな美味く調理できるんだ~! ねぇどうやったの?」アリシアはフォーク片手にうっとりとした顔でホーンボアの肉を頬張っていた。

「摩り下ろしたニンニクに大豆ソース! 味の秘訣は調味料の微妙な分量と、火加減だ」

「ウチの肉担当の腕はピカイチだからな。俺のこのホーンボアの内臓の包み焼きも食ってくれヨ!」

「その料理名、なんとかならんのか……」

 香ばしい匂いが沸き立つ豪華なピクニックが始まり、決闘を見ていた構成員達がひとり、またひとり料理と笑いの方へと吸い込まれていった。

「おい! 店で出している料理より美味いじゃねぇか!」

「あぁあ! 客にも出さない上等な酒を……」

「パスタ大盛りイッチョ! もうすぐ肉団子のスープができるから待っててくれ!」

 いつの間にか決闘よりも盛り上がりを見せ、ラスティーとヴレイズはぽつんと残されてしまっていた。

「おい! 俺たちの立場はどうなるんだよ!」ラスティーは計算外のこの状況に困惑し、声を荒げた。

 そんな彼の背後をヴレイズがとり、肩に手をを置く。


「まだ終わってねぇ、ぞ!!」


 渾身の一撃をラスティーの腹で炸裂させ、彼の腹筋をぶち抜く。間違いない手応えを拳で感じ、満足そうに微笑むヴレイズ。

「あ、が、が……」堪らず膝を折るラスティーだったが、ヴレイズは今までのお返しとばかりに胸倉を掴んで引っぱり上げ、再び腹を殴った。「ぐげぇぇ!」

「俺が火、だけか? あ?」

「……そ、う、だ、よ!」ラスティーは身を反らし、渾身の頭突きを見舞う。

 顔面から鼻血が勢いよく噴き出たが、怯まず拳を振った。ゴツンという物騒な音が響き、ラスティーの額が割れる。

「こんの脳筋!」

「うるせぇ! スカシ野郎!」

 未届け人のいない中、2人の代わりばんこの殴り合いは夕方まで続いた。



「あ~お腹一杯! ねぇ、どっちが勝ったの?」アリシアは、地面に転がったヴレイズだかラスティーだかわからなくなった物体をつんつんと突いた。

「どっちも動かないね? こっちは金髪だから、あっちがヴレイズかな?」と、ピクピクと痙攣している彼の下へ駆け寄る。

「こりゃどっちが勝ったんだ?」

「わからねぇ」

「じゃあ、もう一度やらせるか?」

 構成員達は困り果てた様な顔で立ち尽くした。

「もうどちらでもいいんじゃないか?」構成員達の間を割ってある人物が口にした。

 ブランダファミリーのボス、ドン・ブランダだった。

「ボ、ボス! いつからここに?!」

「お前らがランペリア産の高級ワインを開けた辺りからだ。やっぱ美味いなアレ」満足そうに葉巻を咥え、構成員達が慌ててオイルライターを取り出し、火を点ける。

「わしの見る限りだと、あと2時間は起きん。店まで引き摺って来い」ボスが口にすると、構成員はラスティーを担ぎ、レストランへ向かっていった。

「うんしょ、うんしょ」アリシアもヴレイズを担ごうと腰を屈めて引っ張っていたが、ボスが杖で指示を出す。

「おら、お嬢ちゃんにも手を貸してやれ! 安心しな、ギルドに付き出したりはさせんよ」ボスは逆髭を自慢げにいじりながら口にし、悠然とレストランへ向かった。

 アリシアは満足そうに腕を組んで微笑みながら皆の後を追った。

「本当に、いい街だなぁ~」

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