3.ハンター2名様VSブランダファミリー 前篇

 夜明けから3時間後。

 ヴレイズは香ばしい匂いと肉の焼ける音に気付き、目を覚ました。

「あぁ……かぐわしい夢の匂い……ん?」上体を起こし、目を擦って欠伸をする。

 目の前のたき火で大きな肉の塊が2つ、パチパチと景気のいい音を立てて焼けていた。

「お? 起きた? おはよ~」昨日よりも血色のいいアリシアが元気のいい声を上げながら何か作業をしていた。

「この肉は……? それにアリシア、その服……ん?」

 アリシアは盗賊から奪った汚い服は着ておらず、代わりに毛皮で出来た上着を身に付け、手製のブーツを履いていた。背後には見慣れない毛皮で出来た袋がいくつも置かれており、彼女は薬草を煎じていた。

「寝る前に近場にトラバサミを仕掛けておいたら、今朝、若いホーンボア(角猪)が引っかかっていてさ。その後、そいつを助けに来たもう一頭と格闘してね。もうすぐ焼き上がるよ。一番美味しい角の根元の肉だよ~」と、慣れた手つきで煎じた粉を瓶に入れ水に溶かし、綺麗な布を浸す。

「で? 今は何やってるの?」

「これ? 傷薬だよ。近場にシシクサ、ウシガシラ、ラージュの葉が生えていたから、作っておいたんだ。打撲、切り傷、火傷に効くから遠慮なく使ってね。解毒剤になるロロンの根が無かったのがおしいなぁ~街で買えるかな?」手作業は休めず、今度は骨をナイフで手早く研ぎ始める。

「な、なんか……寝ててゴメン」

「え? あたし毎日こんな事やったから気にしないで。人それぞれの生活リズムがあるからね。さ、肉が焼き上がるよ~ウシガシラを軽く刷り込んでおいたから柔らかく仕上がってるはずだよ!」ずっしりとした肉を大きな葉に乗せ、彼に差し出す。

「薬草茶も作ったから飲んでね」自慢げな顔で自作の水筒を差し出す。

 ヴレイズは彼女の行動力に圧倒させながら肉の前で手を合わせ、そっと齧り付いた。口いっぱいに頬張りゆっくりと咀嚼して味わい、喉を鳴らして飲み込む。

「ホーンボアの肉って臭くなかったっけ? 食堂で出てくる定食とは全っ然違うんだけど?」ヴレイズが不思議そうな表情で問いながらまた一口齧る。

「ちゃんと下処理をしたからね。慣れたもんですよ。さぁて、いただきまぁす!」アリシアも大口を開けて齧りつく。

「残った角は捨てないでね。粉末にすれば薬の素材になるからさ」

「さ、さすが8000ゼル。こりゃ敵わないな」敗北感と肉を味わいながら苦笑し、茶を啜る。

「これまた美味いし……」



 朝食を摂った後、2人は早速ブランダの街にやって来ていた。朝早くから賑わい、大通りは活気で溢れていた。

「いい街だね」アリシアは街の人々の表情を眺めながら笑みをこぼした。

「マフィアが仕切っていると言っても良心的で、ボスは王国が潰れる前は兵士長をやっていたらしい。その時の手腕でファミリーを纏めたとか何とか……って」ふと隣を見るとアリシアは遠くの道具屋の前で、先ほど狩ったホーンボアの素材を広げていた。

「毛皮に骨の投げナイフ。肉と内臓の塩漬け4袋と血液が6瓶。これ全部、幾らで買ってくれます?」自信満々な顔で身を乗り出す。

「どれも見事だけど、ウチじゃあ扱ってないからなぁ~」店主が困り顔を見せているとヴレイズが慌て顔でアリシアを引っ張った。

「アリシア! 俺たち、一応お尋ね者なんだからさ、あまり目立つことするなよ」できる限り小さな声で耳打ちすると、彼女は頬を大きく膨らませた。

「だって、あんたの1500ゼルじゃロクな装備が買えないじゃん」

「か、甲斐性なしっていわれた~! 貯金さえ取ってこられれば!」

 アリシアはホーンボアの素材を纏めて背負い、ヴレイズと肩を並べて街の奥へと進んだ。



「どこなら扱ってくれるかな? これ」

「昼までには街を出たいな。なんかつけられている気がするなぁ」と、きょろきょろ見回すが、アリシアが彼の後頭部を軽く叩いた。

「あまり警戒しないで。余計に周りから怪しまれるよ」

「すいませんね」口元を渋くさせながらも、背後の男に視線を合わせる。

 その若者は果物屋の前で立ち止まり、ソルティーアップルを手に取った。

「3つで幾らかな?」果物を片手に財布を取り出す。

「いやぁラスティーさんからはお金は受け取れませんよ」店主は満面の笑みで艶の良いモノを3つ紙袋に入れて手渡した。

「そんな悪いよ。ボスに怒られちまう」

「いやいや、いつも兄さん達にはお世話になっていますから。どうぞ受け取ってください」店主は心からの笑顔で首を垂れた。

「ありがとう。困ったことがあったら、いつでも相談に来てくれ」

「はい、そうします」

 ラスティーと呼ばれた若者は笑顔で店主と握手を交わし、店を後にした。ヴレイズと目が合うと、ニタリと笑いながら果物を片手に近寄る。

「な、なんだよ」ヴレイズが狼狽えると、ラスティーは彼に果物を手渡した。

「ソルティーアップルだ。うめぇぞ」目配せしながらアリシアにもひとつ手渡す。自分でもひとつ齧って見せ、何も仕掛けてくる動作も見せずに歩き去っていった。

「なんだあいつ? 変なヤツ」ヴレイズは果実を懐に仕舞い、歩き去る男の背を睨んだ。

「これ、すんごく美味しいよ」アリシアはシャクシャクといい音を立てながら齧りつき、あっという間に平らげてしまった。

「なんでいま食うんだよ」あきれ顔を見せると、目の前からまた別の若者が歩み寄ってくる。

「お兄さん方、なんかお困りで? ここの者じゃないでしょう? そのブツを売りに来たんでしょう? 俺が案内しましょうか?」手を揉みながらにっこりと笑う。

 アリシアはその笑顔に答えようとしたが、ヴレイズが彼女の手を引いて踵を返す。

「間に合ってますんで」そっけない声で答え、街の出口へ向かおうと足を速める。

「ねぇ! なんで? まだこの街に来て何も買ってないじゃん」止まろうとするも、ヴレイズは彼女の手を引くのを止めなかった。

「あのラスティーって奴と会ってから嫌な予感がするんだよ! なんか、背筋の辺りがゾワゾワとよ!」

 すると目の前から大男が3人、ヴレイズたちを目指して歩み寄ってきた。

「兄さん方、お困りで?」強面の男が似合わない笑顔を向ける。

 それを合図にヴレイズ達は踵を返して駆け出した。辺りを見回すと、人混みの中から男が数人現れ、大男たちと合流し追跡を始めた。

「くそ! 最初から狙ってやがった!」正面からも目に殺気を宿した男が現れ、拳を振るってくる。ヴレイズは横を、アリシアは股下を潜り抜けた。

 アリシアがお手製の投げナイフを手にして背後の男へ投げようとしたが、ヴレイズが慌てて彼女の手を掴んだ。

「なんでよ!」

「相手は泣く子も黙るマフィアだ。こっちが大人しく街を出れば追い掛けてこないだろうが、ファミリーの誰かを傷つけたり殺したりしてみろ! 世界の裏側まで追いかけ回されて皮剥ぎ塩責め火炙りの刑にされちまうぞ!!」

「そりゃ恐ろしい」アリシアはナイフを大人しく仕舞い、代わりに腕に魔力を込めて眩い光を放った。あとを追ってくる構成員や街の人々は堪らず顔を押さえ、身体を丸めた。

「い、今のは?」

「あたしの身体に宿っている属性は『光』なんだ。ヴレイズが『炎』である様にね」

「頼りない属性だなぁ……」ガッカリした表情で口から漏らすヴレイズ。

「ひどい! たったいま役に立ったじゃん?!」

 これを機にマフィアの追跡を振り切り、路地へと入り木箱の影に隠れ、ヴレイズ達は息を潜め、男たちが諦めるのを待った。

「音からして12名、ナイフ6本にボウガン4丁。それに鎖……? 軽い音だから手錠かな?」アリシアは目を瞑ったまま口にした。

「なんでわかるんだ?」

「狩人の耳ってやつ。試しに顔を出して確かめてみれば?」

「やだよ、危ないよ、怖ぇよ。見つかっちまうって!」

「元ハンターの癖に臆病だなぁ」アリシアが挑発するように口に出すと、彼は顔を顰め、そっと木箱から顔を出した。と、同時に風を切る音とドスッと言う鈍い音が響く。

「いいか。今後二度と、俺を臆病者と、呼ぶんじゃねぇ」ヴレイズは額に矢を刺したまま無表情で口にした。

「頑丈な額ですこと……」

 当然、隠れ場所がバレ、2人は路地の奥へとひた走った。途中、何度か十字路に当たったが待ち伏せが道を阻み、どんどん追い詰められていく。

「くそ、勘のいい奴らだ! だが、いい風だ!」2人の背後から逃走の手助けをする様な強い追い風が吹き、奔る速さがぐんぐん上がる。

「でもさぁ……」アリシアが忠告をしようと口を開くと同時に、袋小路に入ってしまい壁にぶつかる。踵を返すも追い風が向かい風に変わり、目も開けられなくなる。

「くそ! 追い詰められたか?」

「あ! ドアがあるよ! 悪いけど賞金首だし、遠慮なく押し入ります!」アリシアはドアを蹴破り、中へ侵入する。「厨房か……」

 2人は身を屈めながら建物の奥へと向かい、外へ出られそうなドアを探した。

 ホールのドアを開けると、そこには先ほどの若者、ラスティーが椅子に座り、彼らを出迎えた。

「ようこそ、ブランダファミリーへ」

 ニヤリと笑い、指を鳴らすと裏口や隣の部屋から構成員が素早く集まり、各々の手にした武器を2人に向けた。

「わお」

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