2.旅は乱闘のあとで
ヴレイズはアリシアを連れて街へ戻り、約束通り食堂でご馳走した。彼女はガッツリ肉を食べたそうな顔をしていたが胃の調子も考え、豆かぼちゃのオートミールをゆっくりと啜る事にした。
「誰があたしを助けに寄越したの?」
「依頼人は匿名希望だ。ギルドに着いたら誰かが引き取りに来るんじゃないかな」一仕事終えた満足そうな顔でビールを飲みながら答える。
「ふぅん……誰だろ? おじさんかな?」
「おじさん?」
「うん、あたしに狩りを教えてくれたんだ。もう5年も会ってないけど元気かな?」
「なぁんだ、独りじゃないじゃないか! その、よかったな」安堵の籠った笑顔を向けたが、アリシアは泣きそうな顔を返した。
「よくないよ! 村が、みんなが……あたしがもっと早く帰ってれば……」うつむきながらもオートミールを食べる手は止めない。
「わ、悪かった……」頭を掻きながら火炎鳥の手羽先に齧りつく。
「……じゃあ、お返しに訊くけど、『嫌な事を思い出した』って言っていたよね? 何か遭ったの?」上目遣いで小首を傾げながら問う。
ヴレイズはしばらく黙って手羽先を骨ごと噛み砕き、ビールで流し込んだ。
「……俺も村を焼かれたんだ。5歳の頃。13年前だ」
「そうなの……黒勇隊に?」
「いや、魔王とは関係ない」
「じゃあ盗賊?」
「いや……」表情を曇らせ、俯く。
「じゃあ……」
「もう訊かないでくれ。これでお相子だ。そうだろ?」
「ごめん」目を伏せて最後の一匙を食べ終わる。
しばらく2人の間で沈黙が流れる。夜中だったが食堂はハンター達で賑わい、どんちゃん騒ぎが始まる。
「……じゃあ、行くか?」
「うん、ご馳走様」寂しげな表情を向けながら手を合わせる。
「お別れ、か」ヴレイズも寂しそうに笑いかけた。
「外で待っていてくれ。ここは野蛮なやつが多いからよ」アリシアを外に立たせ、ヴレイズは事務所内へ足を踏み入れた。
真夜中だったが、このギルドは夜更けであるほどハンター達がごった返していた。大抵、賞金首の情報はこの時間に更新され、仕事が多く入ってくるのもこの時間帯だった。
「仕事終わらせてきたぜ。娘は外で待たせてある。報酬を」と、カウンターに歩み寄る。
すると、マネージャーが青ざめた顔を向けた。
「お前、一体、何をやったんだ?」回りのハンターに見えないようにもうすぐ貼られる手配書を2枚見せた。
1枚はヴレイズの似顔絵で賞金は5000ゼル。もう1枚はアリシアで8000ゼルだった。
「ホゥワッツ!!」口をパクパクさせながら手配書を交互に見る。
「事情は知らんが手配されちまったモンは仕方ないよな……10年来の付き合いだ。この手配書は明日貼らせて貰う。この隙に街を出な……」
「何で俺の方が安いんだ? なぁ? なぁ? というか何故? え?」動揺を隠しきれないまま立ち尽くすヴレイズ。
すると背後からまたアックスベルがヌッと姿を見せる。
「お! 新しい手配書じゃねぇか見せてみろ! 5000と8000でアリシアと……」
「俺みたいね……」
「ヴレイズ……」アックスベルの背後から3人のハンターが顔を出す。
「俺ですが何か?」
「ヴレェェェイズゥゥゥゥゥ!!」事務所全員のハンターが一斉に飛びかかる。
「今まで世話になった!!!」掌から炎を噴き出し、事務所の内装を吹き飛ばして壁をぶち破る。
「アリィィシアぁ! どこだぁ!」
「ここだよん」ボウガンを構えたハンターの膝を、奪い取ったナイフで刺しながら答える。「なんか急に危ないモン向けてきてさぁ。この街の挨拶? 変わってるねぇ」
「そうだろ? 変わってるだろ? とにかく走るぞぉ!」彼女の手を取り、全速力で街の東を目指す。
「ちょいちょい! いったいどうしたの! 逃げるにしても街の門は反対側……」
「寝床で旅支度をしてからだ! 詳しくはその後!」追いかけてくるハンターを尻目にアパートへ飛び込み、自室まで真っ直ぐ向かう。
「いやぁ、あたしがハンターだったらさぁ」アリシアが忠告しようと口を開いた瞬間、ヴレイズの部屋からナイフが1ダースほど飛んでくる。「まぁそうだよね」
「昨日のライバルは今日の敵かぁ? どけぇ! 腹ぁ殴られたいかぁ!!」鼻息荒く拳に火を込めるが、背後から矢が飛び交い、手斧が肩を掠める。「ひぇ!」
「今日はヴレイズの奢りだぞ! てめぇら! 遠慮なく首を獲れぇ!!」アックスベルの掛け声とともに町中のハンターたちが一斉にアパートになだれ込む。
「遠慮なく喰らっとけ!」両腕から炎を放出し、ハンター達を廊下ごと黒く焦がす。
アリシアは馴れた様に壁に刺さったナイフを回収し、値踏みし、気に入らないものから順に投げ、脚や肩に命中させていく。
「よ、容赦ないね……キミ」
「要するに喰うか喰われるかでしょ?」倒れたハンターのポーチを剥ぎ取り、中身を自分の鞄に詰めていく。
「なんで君の方が賞金額が高いか、わかった気がする……」複雑な表情を浮かべながらアパートの窓を突き破って大通りを抜け、そのまま街の出口へと駆けた。
「長い間世話になった! 2度と帰ってこないんだからな、こんな街!」ヴレイズは去り際に憎まれ口を叩き、少し楽しげで寂しげな顔で走り去った。
「都会って怖い……」
2人は街から数キロ先の川沿いでたき火をしていた。
「これからどうするか……結局、荷物も貯金も取ってこられなかったし……」ヴレイズは体育座りのまま落ち込み、深い溜息を吐いた。
「嵩張るもの無い方が身軽でよくない?」アリシアはハンター達から剥ぎ取った戦利品や武器を検めながら仕分けしていた。「携帯トラバサミだ! ラッキー!」
「なんで俺たちが賞金首に?」
「……多分、あたしのせいかな……」ヴレイズの問いに彼女が重そうに口を開く。
「え?」
「村の人間は魔王命令で皆殺しだって……で、多分あたしが生きているって盗賊の連中が報告して……助けたあなたは同罪に……全部あたしのせいだね、ゴメン」アリシアは申し訳なさそうに首を垂れる。
「そうかぁ……いいって……俺、あの街はそろそろ出ようと思っていたし、その為に貯金していたし……取ってこられなかったし……うぅ」また深い溜息を吐き、横になる。
しばらく2人の間を冷たい風が通り抜け、ヴレイズがしけたクシャミをする。
「ねぇ、あたしひとつ決めたんだけどさ……聞く?」
「なに?」不貞腐れたような声を出すヴレイズ。
「魔王討伐、しない?」人差指を立て、にやりと笑う。
「まおう、とうばつ??」
「だってさ、世界の5分の1を手中に収める一大勢力とか、世界統一とか言っているらしいけどさ、このままやりたい放題やらせていいのかな?
このまま放っておいたらあたしみたいな目に遭う人がこの先も増えると思うし、そんな奴が世界統一してもロクなことにならないでしょ! じゃあもう誰かがやっつけるしかないよね! そうだよね!」立ち上がりガッツポーズを決めてみせる。
「アリシア……そんな、ははっ……」『冗談をいうな』と、続けようとするが、言葉を飲み込み、再び自分の村が焼かれたことを思い出す。火を込めた掌を見て、あの頃の手とは違うと再確認し、やる気の漲った顔で頷いて見せる。
「やってやろうじゃん! どうせ賞金首だし旅には目標がないとな! 行けるとこまで行って、派手に死んでやろうじゃないか!」
「いやいやヴレイズ。死んじゃだめだよ」アリシアは愛おしそうな目でヴレイズを見て、心一杯の笑顔を作った。
「よし! まずは旅支度だ! いい街が近くにあるからそこで調達してこの国を出よう!」彼女の笑顔に答える様に張り切った声を上げる。
「どこの街?」いつの間にか手に入れていた地図を広げる。
「ここだ! ブランダファミリーっていうマフィアが牛耳る街だ! ちと危険だが、ハンター達はおいそれと近づけないから、俺たちにとっては安全な街だ! 多分……」
「まふぃあ? なんか美味しそうな響きの街だね!」
「言っておくがマフィンじゃねーぞ」
その頃、ブランダではヴレイズとアリシアの手配書を手に入れたマフィアの構成員達がレストランで作戦会議を開いていた。会議の中心には葉巻の似合うボス、ドン・ブランダがむくれ面の表情を変えずに静かに唸っていた。
「わかった……あとはラスティー、お前の好きにしろ」と、席を立ち奥の部屋へと姿を消す。
ラスティーと呼ばれた青年はボスの座っていた席に座り、巻き煙草にオイルライターで火を点けて紫煙を燻らせた。
「この2人はついさっきジャンキーウルフの街を慌ただしく出たばかりだ。装備が整っていない状態で国は出られないだろう。で、連中はきっとこの街に来るはずだ。この街の品はどれもピカイチだからな。
で、いまから俺の練った策を皆に聞かせる。俺の言うとおりに動いてくれれば合計13000ゼルが手に入る。そうすりゃあ俺たちの眼前の問題も解決できるはずだ。
いいか。勝手な行動はせず、慌てず騒がず作戦通りに動いてくれ。頼むぞ」
この言葉に構成員達が大きく返事をした。
「頼もしい連中だ」ラスティーはニヤリと笑い、手の中の吸い終わった煙草を揉み潰した。
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