テラバッテラ

並兵凡太

とある商店街の小さな寿司屋にて

「バッテラが食いてぇ」

 午後三時半。

 商店街の中にある小さな寿司屋のカウンターで、金髪の青年はそう告げた。

「開店まで待てばいくらでも出してやるよ」

 カウンターの中にいた角刈りの青年が適当にあしらう。

 まだ店は開店前で、角刈りは仕込みの最中だった。

「邪魔しに来るんだったら宣伝でも書いてくれねぇかな、このフリーライターさんは」

「親友の店に入り浸って何が悪いんだよ。それよりバッテラだよ」

 金髪はバッテラで頭がいっぱいらしかった。

「酢締めのサバと昆布の旨みで、体をいっぱいにしてぇんだよ……!」

「バッテラだけ食われても困るけどな」

 いくらでも出すって言っただろー、と口を尖らせた金髪は、突然「そうだ」とカウンターに身を乗り出した。

「切る前のバッテラくれよ、なぁ」

「はぁ?」

 あまりのバカバカしさに、角刈りが手を止めて呆れる。

「お前なぁ……あぁいうのは適度に食うから旨いんであってな」

 しかし金髪はもう、大量のバッテラを食うことしか考えていない。

「サバ五匹ぶんくらい、な! 金は出すから!」

「五匹って……」

「大丈夫だって、余裕余裕!」

 その勢いとあまりに馬鹿な考えに、角刈りはため息をつくとしぶしぶ折れる。

「じゃあ店閉めた後、な。……絶対残すなよ」

「やったぜー!」



 午前零時半。

 カウンターにはサバ五匹ぶんのバッテラが並んでいた。

「俺の夢にまで見た光景が……!」

 金髪は目を輝かせると、手を合わせ早速食べ始めていく。角刈りはその姿をただ腕組み、冷たい視線で眺めていた。

 午前一時十分。

「ば、バッテラが俺を殺しに来る……うぇっぷ」

 カウンターには苦しそうに呻く金髪の姿があった。その眼前には、まだ一匹半のバッテラが残っている。

「残すなよ」

 カウンターの中で包丁を研ぐ角刈りに、金髪は手を伸ばす。

「じ、慈悲は……?」

「サバに聞け」

 金髪が残ったバッテラに目を落とす。しかしそれらは、己の姿を誇示せんとばかりに光るだけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テラバッテラ 並兵凡太 @namiheibonta0307

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ