第17話 恋の鎖
知り合いと出くわすまで、そう時間はかからなかった。クレーンゲーム群から抜け出してすぐに名前を呼ばれたのだ。やけに聞き覚えのある声だったけれど、それが目的の人物のうちの一人のものだとはとうてい思えなかった。
それもそのはずだった。その声の主はここの従業員ではないし、それなのに聞き覚えがあるのは、その声を聞いたのはつい昨夜のことだったからだ。
そう、声の主は、棗の妹・愛ちゃんだった。
「大地さん、こんなところで奇遇ですね」にこにこしながら彼女は言った。身長は美咲よりも低く、あいつとは違ってまだ中学生のあどけなさが残る面立ちをしている。その性格を表すかのような明るい色の服装。髪はサイドテールだ。棗の妹であることを疑いたくなるほど可愛らしい子だった。
もしかしたら、以前に美咲が言っていた可愛い子というのは、愛ちゃんのことなのかもしれない。
「愛ちゃんこそどうしたんだ。一人なのか?」
「いえ、お兄ちゃんと一緒です。ただお兄ちゃんったらいつの間にかいなくなってしまっていて、それで行きそうな場所を辿っているんです」
「なんだ、デートか」
「そうだったんですけどね。まったくお兄ちゃんは仕方ないんだから……」愛ちゃんは頬を膨らませた。
「そういえば、よく俺だってわかったな。今まで会ったことないだろ?」
「美咲ちゃんから画像貰いました。昨日の電話で気になったので、どんな顔をしているか教えて欲しいと言ったら、すぐにくれましたよ」
思い付いたら、気になったらすぐに行動に移せる子であるようだ。なんというか、末恐ろしい。棗が逃げたのも、そういうことなのかもしれない。
しかし、美咲の奴、いつの間に俺の画像なんて撮ったのだろう。あいつが携帯電話を持っている姿を見る頻度はかなり低い。一人でいると触っていることがあるみたいだけれど、俺が部屋に入ったりするとすぐに片付けてしまう。美咲が今までで俺の前で携帯電話を開いていた時間は、きっと一時間にも満たない気がする。
画像のことは帰ったら訊くとして、今は従業員を探さなくては。
「大地さんはなにをしているんです?」
「知り合いを探してるところ」
「私と同じですねっ」
「うーん、まあだいたい」
「もしかして、彼女さんですか?」
「いや、それは待ってもらってる」と俺はクレーンゲームが並ぶ方を指さした。伊澄の姿はここからでは見えない「なんか難易度の高いゲームがあってさ、どうにかしてもらおうと思って」
「優しいんですね……というか、彼女さんいるんですね。ああ、だから昨日の電話なのか。ふうん、なるほど」
一人でどんどん納得していく愛ちゃん。
なにがなるほどなのか。
「美咲ちゃんには話していないですよね?」
「まあ、話す必要ないと思ってるよ。だけどどうなんだろうな。やっぱり兄妹であっても、そういうの報告した方がいいのかな。愛ちゃんなら話す?」
「私は誰かと付き合ったりしません」
「たとえばの話だから」
「そうですねぇ……、もし私がお兄ちゃんと付き合ったら、お姉ちゃんには話さないかもしれません」
たとえ話でも棗と付き合うのか、と思ったけれど、別段驚きはしなかった。なぜなら彼女ならきっとそういうだろうと予想していたからだ。
「でもきっと黙っていても、無駄なんでしょうけどね」
「どうして?」
「隠そうとして隠しても、隠そうとしなくて隠れてしまっても、必ずどこかで気付かれてしまうと思うんですよ。ほら情報って完璧に守ることはできないって言いませんか?」
「聞いたことあるな」
「でしょう? そういうことなんですよ。たぶん知らず知らずのうちに行動とかに出たりするんです。あとはやっぱり目撃者とかですかね」
「ああ、愛ちゃんのことか」
「大地さんの場合はそうですね。私から美咲ちゃんに伝わる可能性もあるわけです。別の誰かから伝わることも同様です」
愛ちゃんと話すのは一向に構わないけれど、しかしそれは場合によるものだ。そして今はその場合ではない。俺は伊澄を待たせているし、愛ちゃんだって棗を捜している最中だ。お互いに話し込むわけにはいかない。
「そろそろ行くわ」俺は切り出した。
「そうですね、彼女さんを待たせているんでしたね」
「昨日の教えからするとこれはNGだよな」
「はい。もし私がお兄ちゃん以外の男にそんなことされたら、ぶん殴りますね」
「それじゃ――」俺は颯爽と別れようとした。
「あっ、ちょっといいですか」
「なに?」
「連絡先交換しませんか? 大地さん、なかなか面白い人かもしれません。私の中での男性ランキングベスト3に入るくらいです」
「別に構わないけど」
携帯電話を取り出して、赤外線通信を起動した。まず愛ちゃんに送信し、それから同じように愛ちゃんから連絡先が送られてきた。
「一位は棗か?」
「もちろんです」
「二位は?」
「お兄ちゃんの友達です。部活の副部長をやっているんですよ、その人」
ああ、あいつか。俺はすぐにその人物の姿を思い浮かべることができた。やることなすことすべてが物語の主人公のようで、それなのに決まった奴としか仲良くしないという類稀な存在だ。
「んじゃ、今度こそ行くわ」俺は携帯電話をしまった。「棗ならそれとなく俺が誘導しておいてやるよ」
「本当ですか、ありがとうございます」
「任せとけ」
用事が済んで伊澄のところへ戻ると、彼女はぬいぐるみから視線を外し、なにを見るでもない表情で天井を眺めていた。
「悪い、かなり待たせたな」
「ううん、大丈夫」伊澄は首を横に振ってから、笑みを浮かべだ。さっきと雰囲気が違うような気がした。待たせすぎたようだ。「それで、どうだった?」
「なんかそれ、取れないのがデフォらしいんだわ」
「クレーンゲームなのに?」
「そういった趣味を持った人向けなんだってさ。普通の人は興味を示して、取れないと悟るだけ。そうじゃない人は挑戦するんだと」
「完成形だね」
「清々しいってレベルじゃないけどな」
店内はさらに賑わいを増していた。正午前後で少し人が減って、それからもっと増えていくことだろう。
少し早いかもしれないけれど、どっかのファミレスに行った方がいいかもしれない。昼飯時においそれと行っても、きっと混雑していて、すぐにはありつけないだろう。並ぶのが嫌で、空いている店を探すのも、この天気では日差しのせいで気が滅入っていく一方だ。あまり得策とは言えない。
「ちょっと早いけど飯食いに行くか」俺は考えたことを伊澄に伝えた。
「そうだね」伊澄は腕時計で時間を確認して、頷いた。「休日だからきっと混んじゃうもんね」
「そういうこと。どっか行きたい店とかあるか? もしくはお勧めの場所とか」
「私は大地くんと一緒ならどこでもいいよ」
「ホントかよ。ラーメン屋とか行っちまうぞ」
「いいよ、全然」
「……なんならダメなんだ」
「ダメなんてないよ……まあ、でも強いて言うなら」
「おう、なんだ」
すげえ興味ある。
「大地くんがいなくなるのはダメかな」
「うん?」
ふと手を握られた俺は思わず、そんな情けない声を出していた。理解が追いついていなかった。伊澄が言ったことが理解できないんじゃない。なぜおもむろに手を握られたのか。もしかしたら手を繋ぎたかったのかもしれない、なんて幻想を一瞬だけ抱いた。平気で不法侵入をする彼女にも乙女なところがあるんだ、と安堵した。
伊澄の笑顔が眩しいとさえ思えた。
しかしそれはひんやりとした感触と、カシャリという日常生活では聞きなれない音によって簡単に崩壊した。
俺の左手首に、手錠がかけられた。
手錠は店の照明の光を反射して、圧倒的な存在感だった。
「なんで?」
「離れないように」と伊澄は自分の右手首に手錠をかけた。
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