第16話 いざプリクラ
どこへ行くのか迷った末に、俺たちはゲームセンターに入った。デートの選択肢として正しいのかは当然わからないが(おそらく間違っている)、店内は涼しいし、遊ぶものはたくさんあるため、次の目的地を決めるまでの時間つぶしになるだろう。
店内は雑多な音が混じり合い、脳内がぐらぐらと揺れるようだった。休日のため幅広い層が、それぞれ画面に向かっていたり、クレーンゲームなどの商品と戦っていたりしていた。
「凄い音だね」少し大きめの声だった。
「ゲーセンだからな」
「私、ゲームセンターって久しぶり」
「まあ、女子が来る場所ではない感じではあるよな。かなりの偏見だけど。前回はプリクラとか撮りに来たのか?」
「どうだろう、子供のころだったから、あんまり憶えてない。大地くんは?」
「最後に来たのは夏休みかなぁ。たしか暇つぶしに来た気がする」
「夏休みだったんだし、誰かと来ればよかったじゃない」
「みんな、忙しかったんだよ。部活とか家のこととかバイトとか」
「じゃあ、大地くんは忙しくなかったんだね」
「ほとんど家にいたわ」
「不健康だよ、そんなの」
「とはいっても、暑い日に外出るとか自殺行為だろ。熱中症になったらどうする」
「ならないようにするんだよ」
「とりあえず、なにするかな」
自動販売機の横にあるベンチに腰掛けながら、いつもはどうしていたか考える。棗たちとは格闘ゲームで対戦をしたりしているけれど、伊澄ができるとは思えないし、やらせたとして楽しいと思うはずがない気がしていた。
妹以外の女の子とゲームセンターに来たことがないため、なにをしたら楽しんでもらえるのかさっぱりわからない。男子と女子の感覚が合致することなんて滅多にないだろう。妹ならまだしも、伊澄のことはよく知らない。そう、俺は伊澄のことをまったく知らないのだ。俺のことを小学生のときから好きだということくらいだ。なにが好きで、なにが嫌いなのか。
とにかく、俺が黙って考えても仕方ないことだ。
「なにしたい?」
「大地くんがしたいことがしたい」
わかっていた、この返答が来ることが。
「そうじゃなくて、なんか興味のあるものないか? 久しぶりに来たんだろ? だったら見たことのないものとかあるんじゃないか?」
「じゃあ、プリクラ撮ろう」
プリクラが並んだ周辺には、女子高生やカップルが多くいた。女子には人気なんだな、と思ったが、それだけではないらしい。男だけでは撮影ができないと注意書きが表記されていた。盗撮防止のためのようだ。女が仕掛けるかもしれないのに、と言うのはご法度なのだろう。
いくつか種類があったが、一番空いていて、おとなしめの機種を選んだ。
「へえ、初めて入ったけど、結構狭いんだな」俺は天井を見たりした。伊澄との距離はほとんどなかった。
「これだけ密着すると変な気分になるね」上目遣いで伊澄が言った。
「そうだな。だけど変なことするなよ? プリクラってたしか監視してるから、店員が裏で見てるんだぞ」
「そうなんだ」伊澄は感嘆した。「どこにカメラがあるのかな」
「どっちの?」
「監視用の」
「同じカメラなんじゃないのか?」
「そうなの?」
「知らんがな」
「まっ、いいか」
伊澄がお金を投入して、ディスプレイが明るくなった。それとほぼ同時に、操作説明をする音声が始まった。やけに馴れ馴れしい奴だった。
「フレームを選ぶんだって」
「なにがあるんだ?」と訊きつつ、俺はディスプレイに顔を近づけた。ディスプレイは小さいため、伊澄の顔がすぐ傍になった。
「ハートとか星とか」
「ハートでいいんじゃないか? それっぽいし」
「じゃあ決定っと」
伊澄が操作すると触れると、また次の画面に切り替わり、音声が始まる。どうやら文字を書き込めるらしい。また、わざわざ書きこまなくても、サンプルをそのまま使えるようだ。
「なんか書く?」
「普通はなんて書くんだろうな」
「名前……とか?」
「名前か」俺はイメージした。うん、ないな。「やめておこう」
「じゃあ、このままで」
「というか、思ったんだけど」
「なに?」
「こういうのって撮ってから書くんじゃねえのかな。撮る前だと文字が邪魔になったりするだろ」
「そうなんだ」
「ま、なんでもいいけど」
音声に従い、カメラに顔を向けた。しかしこのハートのフレーム、かなり窓を小さくしている。かなりの密着を要求されていた。メーカーの策略なのかもしれない。なかなか粋なことをしてくれる。
一回目の撮影は、なんだかぎこちないものになった。二人とも慣れていないせいか表情が硬く、伊澄は笑顔が引き攣っているように見えるし、俺はほぼ無表情だった。これが現代のカップルの姿である。
「もう一回っ。もう一回やろっ」伊澄が指を立てて言った。
「何回でもいいぞ。なんかここだけ誰も並んでないし」
さっきと同じ設定で、撮影の準備が整った。
「なにがいけないんだろう」
「緊張し過ぎというか、撮られ慣れてないんだな、お互いに」
「いつもどおりを心掛けないと」
「俺たちのいつもどおりって、基本的にベッドの上だな」
「その言い方は……」
「はい、撮りますよー」
「からかってる? からかってるよね!?」
二回目の撮影はそんな調子のまま終えた。ちょっと顔を赤らめて俺に迫ってくる伊澄の姿が素晴らしかった。俺としてはこの上ない一品を作り上げたシェフの気分だ。
一方の伊澄は少しふてくされていた。どうやら不意打ちと言わんばかりの撮影に納得がいかなようだ。
「さて、次が本番だからな」俺は硬貨を入れて、操作を始めた。設定は変えないためすぐに準備が整った。
「ちゃんとやってよ?」
「え、俺がいつふざけた?」
「もう……」
俺が撮影のパネルに触れると同時に、身体が引き寄せられた。咄嗟のことに抵抗もできず、そのまま頬に柔らかな感触。なるほど、復讐をされているわけか、と理解したのはフラッシュに包まれてからだった。
出来上がったプリクラには、呆気にとられている俺と、俺の頬にキスをしている伊澄の姿が鮮明に写し出されていた。ハートのフレームのせいで、凄く真っ当なカップルに見える。そんなプリクラを見て、伊澄は満足そうにしていた。してやったりの顔を見せたりと、今日は表情が賑やかだ。
「大地くん、間抜け面だね」伊澄はくすくすと笑った。
「誰のせいだ、誰の」
「大地くんのせいじゃない? 自業自得」
「しかし、あれだな」俺は三つのプリクラを眺めた。「あれだけ密着しても、あんまりドキドキしないよな」
「私は今でもしてるけど?」
「やっぱり夜這いのインパクトのせいかなあ。あれのおかげで、いろんな段階を一気に飛び越したようだ」
「私のおかげだね」
「うん、まあ感謝はしてないけど」
「なんでっ」
プリクラ地帯から離れ、次に向かったのはクレーンゲームだった。機体からの強い光が多いせいか、ここだけ周りよりも数倍以上明るく、目に悪そうである。子供連れの親子の姿ばかりで、俺たちのようなのは比較的少ない。
特になにが欲しいということもなく、ただ景品を眺めていると、見憶えのあるものが目の端に映った。シャンデリアを逆さまにしたようなその白い物体は、以前に凛久と映画を見に行ったときに誰かが背負っていたものだ。
「これ……」その台の前で立ち止まった。
「うわっ、可愛い」
「え?」
「これってコンドロクラディア・リラだよね。可愛いなぁ。よくぬいぐるみにしようとしたよ。一般人からの知名度なんてないも同然なのに」
いやいや、そんなことはないぞ。
というかお前は一般人じゃないのか?
「でもこれ、どうやって穴に入れるんだろう」
たしかに伊澄の言うとおり、その十字型に伸びた触手のような部位はクレーンゲームの穴を通るとは思えなかった。そもそも台に入っているぬいぐるみは、二つしかない。二つまでしか入れることができないのだ。それ以上設置すると、クレーンが動けなくなる。ゲームにならないゲームが始まらない。
これまでにいったい何人の挑戦者がいたのだろうか、と思った。しかしこのゲームに勝った人間はたしかに存在する。俺はこの目で、このぬいぐるみを背負った人物を見ているのだから。
「挑戦してみるか?」
「うーん」伊澄はぬいぐるみから目を離さないでいた。「どうしようかな」
「勝てる見込みは?」
「ないよ。どうやって取るのよ」
「この前、それを背負ってる奴見たぞ」
「えっ、じゃあこれ取れるの? どうやって?」
「それは知らない」俺は言った。「ここの従業員に知ってる奴いるから、どうしてもそれが欲しいなら聞いてこようか? まあ、只で貰えるわけじゃないんだけど」
「お願いしてもいい?」
「ちょっと待ってな」
台から動かない伊澄を置いて、俺は知り合いを探しに行った。
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