第3話 親友とのバカ話
「それで、きみは遅刻したというわけか」凛久(りく)は冷たい視線を向けてきた。
あれから頑張って学校へと向かってみたが、どこでもドアなど持っておらず、ましてや瞬間移動を見に付けているわけでもない俺は、当然のごとく遅刻した。教室に到着してみれば、HRが始まっていて、それは始業式が終わっていることを意味していた。
俺の遅刻はなかったかのように滞りなくHRが終わり、今は放課後。部活動をやってでもいない限り、学校に残る意味はないだろう。ほとんどの生徒が速やかに教室から出ていった。避難訓練では見せない速やかさである。
そんな速やかさを見せるクラスメイトとは異なり、俺は教室に残っていた。俺の少ない友人(妹いわく)である凛久に話しかけられたからだ。
簡単に言えば、事情聴取みたいなものである。机一つを挟み、座っている。ただお互いに向き合ってはいない。椅子を横に座っている。
説明を終えると、凛久は「大地は本当にバカだなあ」と笑った。
「妹さん、えっと……美咲さんだっけ?」凛久は俺が頷くのを確認してから続ける。「彼女のことなんか放っておけばいいのに、きみはなんていうかあれだね、親バカじゃなくて……妹バカでもなくて……」
「シスコンか?」
「いや、介護バカかな」
「なるほどなあ。それは当たりかもしれない」
「かもしれないじゃない。大正解だと思うけど」
「なにもプレゼントはないぞ」
今朝の会話を思い出していたのでそう言ってみたが、凛久にそれが伝わることなく、首を傾げられるだけだった。
「プレゼントは……まあ、あとでもらうとして」
「もらうのかよ。ないって言ってるだろ」
「今はないだけだからね。あとでもらうことにしたのさ」
外の光はカーテンで遮っているはずなのだが、かなり熱を感じた。九月といっても、まだ秋じゃない。ここ最近は平均気温も上がり、当分は夏の気分を嫌でも味わえるだろう。この炎天下の中でも、運動部は熱心に練習をしている。きっと目標のために頑張っているのだ。そうでなければ、すぐにでも退部するだろうし、少し考えていれば入部なんかしていないはずだ。
その反対に文化部は、気温など関係のない場所にいる。さすがは私立といったところだろう。ほぼすべての教室にエアコンが設置され、環境問題のことなどおかまいなしに、フル稼働している。
俺たちが教室に残っているのも、つまりはそういうことだ。半ドン――半日であるために、帰りは日が最も高い時間になってしまっている。その中を帰っていくのは、どうにも気が引けた。
そんなことを考えていると、声をかけてきたのが凛久だった。意見は見事に一致。しばらくはここに残ることになり、そして遅刻の理由を説明させられた。
介護バカであるところの俺は、こうしている間も妹のことを考えていた。昼食をどうするかなんて話し合っていないため、彼女がいったいどういう選択をするのかわからない。運が良ければ友達をどこかへ食べに行っているだろう。しかし、通常どおりならば、帰宅し、昼食係(俺のことだ)を待ち続けるだろう。自分で作るという発想に至らないというのが手に取るようにわかってしまうのが、すごく残念だ。
「ところで、介護バカ」凛久は言った。
「お前、歯ぁ食い縛れ」俺は満面の笑顔を作らず、握り拳を震わせた。
「今日、ボクはとんでもない発見をしたんだよ」
「とんでもない発見?」握り拳を収める。
「この学校は、バカみたいに大きいから生徒数もバカみたいに多い。だからなにか新しい発見があるんじゃないかって、少し散策をしてみたんだ」
「ああ……」俺は思い出す。「そういや、そんな趣味があったな」
凛久は学期の始まりに学校を散策するという、たぶん他に誰も持ち得ないであろう趣味を持っていた。毎日のようにしないのは、変化になれてしまい、驚きが小さくなるからだ、ということらしい。もちろん、その感覚は俺にはわからない。今日と、記念すべき第一回、つまり入学式を除けば、俺はすべての散策に付き合っていた。ちなみに第一回で見つけた面白い発見が、俺のことである。
「実はねえ……」凛久はなかなかその続きを言わなかった。ただ髪を弄るだけである。出会ったばかりの当時はわからなかったが、これは、訊いてこい、という意思表示なのだ。まったくもってわかりづらい。
「早く言えよ」
「ふふん」凛久は満足そうに胸を張った。まだなにも言っていないのに。「実は、すっごく可愛い子を見つけたんだ」
「よかったじゃん」
「……それだけ?」
「うん」俺は頷いた。
「なんで? おかしくない? 大地、男子だろう? だったら女子に、しかも可愛い女子に興味を持つのは当たり前じゃないか。なのに、なんだ、よかったじゃん? おいおい、おいおい、本当にきみは男子? ちゃんと付いてるの?」
「あー、はいはい」俺は呆れ気味に言う。「どんな子なんですか?」
自分で言っていて、感情が籠っていないな、とわかるほど、ひどい言い方だった。
「それがねえ」凛久は身を乗り出して、顔を近づけた。どうやら満足したらしい。「すごく可愛いと言ったけど、どちらかといえば、綺麗系。それはもうどうして今まで知らなかったのか、どうしてこのクラスの話題にならなかったのか、って思っちゃうほど綺麗なんだよ」
「まあ、最果てのクラスだからな、ここ」
この学校には、一学年に二十クラス以上が存在する。俺のクラスはUである。たとえばAクラスで話題に上がったことが、うちのクラスまで到達するまで、何日もかかったりする。さらにいえば、それが正しい情報とは限らないのだ。情報というのは、人伝いでその形を無限に変えていく。尾ひれが付いているのなんて当たり前である。つまりは、近隣のクラスとくらいしか関わることがないのだ。
部活動をやっていれば、いろんな情報が入ってくるだろうが、しかしそれを確認する手間がかなり面倒である。そもそも部活動をやっていれば、そんなことを確認する暇などない――と、思ったが、俺の愉快な友人には、そんなことをやっている奴がいるのだった。凛久のように趣味ではないが、ほぼ同列と考えていいだろう。
「それで、明日、見に行こうと思うんだ」
「へえ」俺はそっけなく答えた。
「大地も行くんだよ」
「なして?」
「友達だからさ」
「どこへ」
「C組」
「明日から、通常授業じゃなかったか」俺は日程を思い出す。「休み時間を利用してまで見に行くほどの価値があるとは思えない」
「それは見てから判断すべきだと思うよ」凛久は鞄を持って立ち上がった。そろそろ帰りたくなったのだろう。俺もそれに続いた。
「まあ、でもお前がそこまで言うんだから、見に行ってやってもいいかな」
「さっすが! 話のわかる人は好きだよ」
「これは折れたんだけどな」
「なにが?」
「心」
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