第2話 アヒルの子
堀に囲まれた茂みのなかで、アヒルがたまごを温めている。
大事そうに、大事そうに温めている。
次々生まれる黄色いふわふわの兄弟たち。産毛が太陽の光で金色に輝く、美しい兄弟たち。
そんな兄弟の中で、
最後に生まれたのが私だ。
霞んだ灰色の身体をした私、太陽の光で真っ黒に染まる私。
兄弟たちと全く似つかない私は、いつも後ろ指を指される。
「似てないね」
「醜いね」と
どんなに足掻いても身体は金色に輝かない。
どんなに足掻いても、同じにはなれない。
きっと大人になっても、真っ白にはなれない。
きっと、ずっと霞んだまま、ずっと
「ふたりと独りだね」と。
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ピピピピッ、ピピピピッ...ピピピピッ、ピッ。
目覚ましを止めた手の力が抜けていく。
スッと息を吸うと、鼻の奥が少し痛んだ。
もう春はやってきたというのにまだまだ気温は低い。
スマートフォンの画面をつけると、メッセージが1件表示されている。恵麻からで、内容は『起こしにきて』だ。
また夜中まで起きていたのだろう、届いた時間は四時間前だ。
返信を返す前に大体の身支度を整え、リビングで母の花代と朝食を取った。
スープを飲み干した花代が口を開く。
「栞里ももう高校3年生なのね、こーんなちっちゃかったのに」
そういうと花代は掌を下に向けてテーブルの下まで下げた。
「そんなちっちゃくないよ、今日お父さん帰ってくるの?」
「うーん、そのはずだったんだけど仕事が何たらかんたらって」
「ふぅん」
栞里も同じようにスープを飲み干す。
木の匙をカランと器のなかに入れ、器ごと流しに下げた。
「ごちそうさまでした、行ってくるね」
鞄を右肩に掛けてリビングを出ようとすると花代に手を掴まれた。
「お弁当!今日はごま塩」
そう言って花代から差し出された、チェックの巾着に入った弁当箱を受け取ると鞄に入れた。
「ありがとう!明日はのりたまにしてね」
「はいはい、いってらっしゃい」
「いってきます」
いつもより綺麗にローファーを磨く。
午前7時、いつもより早く家を出る。
あれから二年、私は高校3年になった。
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「なんで起こしてくれないの!!!」
『神田』の表札がかかった家の前で待つこと30分。
ようやく中から恵麻が出てきた。
えらく慌てた様子で制服のスカーフがクチャクチャである。
「起こしたよ、LIMEしたでしょ」
「電話してって意味だったの!!」
不満そうに口を尖らせた恵麻が門の扉を閉めると、栞里と同時に歩き出した。
駅までの10分、ほぼ毎日こうやって二人で歩くのだ。
「昨日もバイト?」
栞里が尋ねると、恵麻の表情が途端に疲れたものに変わる。
「そー、丸一日縛られてた...お陰で寝不足」
高校生になってからの恵麻はバイト尽くしで、ほぼ毎日働いている。何故そんなに働くのかと聞くと「ただお金が好きだから」としか言わないが。
恵麻とは小学生からの付き合いで、かれこれ10年以上になる。二人は高校生になったが、関係はずっと変わらないままだ。
「...私も今朝は目覚め悪かった」
だから栞里も、恵麻の前では疲れた表情をすることができた。
「目覚め悪いのに迎えにきてもらって悪いね。
またいつもの夢?」
「うん、最近頻繁に見るんだよね」
小さい頃から繰り返し見る夢、今朝も見たあの夢。
同じ母親から生まれた卵からアヒルが孵るが、一羽だけが灰色。
童話の醜いアヒルの子のような夢だ。
そしていつもその灰色のアヒルは栞里なのだ。
物語りでは灰色のアヒルの子は白鳥になって飛び立つが、栞里の夢ではそうでなかった。
いつまでも、灰色のままなのだ。
その夢が何を表しているか、もうとっくの昔に分かっていた。
「高校まで離したのにな」
恵麻が難しい顔でリュックを背負い直す。
「でもさ、他人事に聞こえるかもしれないけどあんま気にしてもよくないって。」
「んー」
アヒルの夢の原因、
それは栞里自身のコンプレックスである。
歩いていると大きな十字路まで出た。
もう少しで駅に着くところで赤信号に引っ掛かる。
「顔さえ似てればなあ」
青信号になった車が数メートル前を横切っていく。
「顔さえって、あんたあの子らと他に似てるとこある?」
ブォオンと音を立てた華やかなオートバイが前を横切る。朝から元気だ。
「ないよ、あんな野蛮なのと性格同じなのは絶対嫌だから顔だけ似せたいって意味」
「そんな言ってやるな」
ようやく信号が点滅し始める。
「「栞里!」」
後ろから二つ重なった声に呼び掛けられた。
こちらの信号が青に変わった。
栞里のコンプレックス
それは自分自身。
と、
この二人、実里(みのり)と紬(つむぎ)の存在なのだ。
「ありゃ、噂をすれば。おはよう実里と紬くん。」
振り返った恵麻が私より先に言葉を発する。
実里と紬は自転車を片足で止めた。
「よーっす恵麻!」
「恵麻っちおはよ!
栞里、お母さんがお箸入れ忘れたから渡してくれってさ」
そういった実里が鞄から箸入れを出して栞里に差し出した。
栞里はばつの悪そうな顔でそれを受け取る。
「...ありがとう」
実里はニカっと笑うとリュックのチャックを勢いよく閉めた。
「じゃあまたね、恵麻っち!」
実里と紬は同時に自転車を蹴ると、二人で同じ方向に走っていった。
二人を見送ると、信号はまた赤に変わっていた。
「...よかったね、お箸」
「全然よくない...」
車がまたたくさん、二人の前を横切りだした。
栞里のコンプレックス、
それは三つ子の姉と兄、実里と紬の存在。
そして一番大きな塊
それは
一人だけ似ていない、栞里という自分自身の存在だ。
Ducks! 上尾 たぎ @_Chiteta_
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