Ducks!

上尾 たぎ

第1話 卒業



(2年前)



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「りっちゃん、引っ越すんだって。」


寂しい沈黙を先に破ったのは、恵麻(えま)だった。

五分咲きとも言えない、まだ芽吹き途中の桜の枝が揺れた。

今は昼の12時50分。卒業式もクラスの集合写真も撮り終って、ぼんやりと教室から二人で外を眺めていた。


「香住市だってさ。」


「香住か、不安じゃないかな。」


「そりゃあ、不安でしょうよ。」


卒業証書が入った黒い筒の蓋をボンボンと鳴らしながら恵麻はあっさりと答えた。


「栞里は不安じゃないの?」


「恵麻ちゃんいるから平気。」


「可愛いこと言うじゃん。まあ、でも私が聞きたいのはそうじゃなくてね。」


筒がまたボンッと音を立てて鳴った。

窓からはそれぞれ帰っていく、最後の制服を着た卒業生たちの姿が見えた。


「あの子らと一緒じゃなくてってこと。」


そう言われた栞里の口が一瞬開いて、閉じた。自分でもどちらか分からなかったから。


「...どうだろうね。」


少し間を要してまで出した返事の曖昧さが、自分のすべてを表しているように思えた。

そのことが一番、自分に不安を与えているようにも感じた。

立ち上がったと同時に古い椅子がギシリと鳴った。

窓とカーテンを閉めて、寄せ書きだらけの黒板の前でチョークを握る。


「えまちゃんだいすきって書いといたよ。」


「嘘つけ。いつもの栞マークでしょ、見えてるよ。」


「ばれたかー」


そう言うと恵麻は仕方がないように笑った。

恵麻の緩んだ口元に栞里もつられる。


「恵麻ちゃん、高校からもよろしくね。」


「おうよ。」



この春、私たちは中学を卒業した。

義務教育という堅い言葉から解放され、高校生になったら自由が待っているんだと勝手に想像した。

ワクワクした、ドキドキした。

同時に、少し怖かった。

家に帰ったら、届いているはずの新しい制服を着てみよう。ワクワクで全て塗りつぶしてしまおう。


これで卒業できる。

中学から、色々なことから。

新しいわたしでスタートラインに立てる。

躓かないように、新しい靴と、新しい制服で。










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