第11話 シンクロ

  


  シンクロ


 「ねえ成田さん。何かちょっと変なのよ」「変って何が」「千里のデビュー戦の時にも感じたんだけどあの子の試合が始まると私が自分でリングに上がって戦ってる感じになるの」「そりゃーおまえ自分の大切な選手なんだから自分が戦ってるのと同じ気持ちになるのは当然だろう」「そうじゃないのよ。まるっきり戦ってるのよ。まるで千里の中に私がいるみたいな感覚っていうのかな。この間のKO勝利の時なんか現役時代のあの気持ちいい感覚がそのまんま感じた。絶対何か変だよ。大体千里だってこの頃急に激変してるのもちょっと異常だよ。会長だってまるっきり昔の私みたいだって言ってる」「そうか。でもいいじゃん。千里ちゃんが強くなるって事は」「まーいいんだけど」

 試合後1週間が経ち千里が練習を再開した。「会長。次の試合早くお願いします」「おいおい。そんなに焦るなよ。試合終わってまだ1週間だぞ」「わかってますけど早く6回戦にあがりたいんです。6回戦に上がるには4回戦で4勝しなきゃですよね。そうするとあと3勝ですから急がないと年内間に合わないかもしれませんからとにかく試合組んで下さい」「わかったわかった。いつでも試合ができるように準備はしっかりしといてくれ。勝美。頼むな」「えーそれはもちろんですけど千里。休むこともトレーニングのうちだからしっかり体を休める日もきちんと作りなさいよ」「はい。それは言われた通り毎週日曜日は完全なオフにしてますから大丈夫です」「それじゃいつも通りの基本練習から始めなさい」「はい。そうだ勝美さん。いつアメリカの話。聞かせてくれますか」「そうだな。じゃあ6回戦に上がったら話すわ」「よし。じゃあ頑張ろう」「さあみんな練習を始めるぞ。今日も永ちゃんだ。チャイナタウン」

 この頃、矢沢ジムの会員は100名を超えていた。その内女子は千里を含め5名の練習生がいた。プロは男子が10名。女子は千里一人だ。男子プロもフェザー級が1名。バンタム級が3名。残りの6名がフライ級だ。千里はこのフライ級の選手達と積極的にスパーリングを行った。千里のウェイトは通常であれば男子のフライ級よりもあるのでちょうどいい練習相手だ。それにやはり男子の方がスピードもパワーもあるのでその分練習にもなる。千里は毎日誰かしらを捕まえて「スパーリングお願いします」この調子だ。特に良く相手にされるのが成澤だ。あだ名は畳屋。「畳屋。千里の相手してやって」「勝美さん。別にいいですけど。千里ちゃん何ラウンドやる」「6Rお願いします」「6。本当に。勝美さん。俺殺されちゃいますよ」「何情けないこと言ってんのよ男でしょ。だからあんたはいつも勝てないのよ畳屋。畳んじゃうよ」「酷い」「成澤さん。お願いします」「はいはい。わかりました。6Rね。やりゃーいいんでしょう」練習量は男子プロも顔負けだ。

「しかし千里ちゃん強くなったね。負けちゃいそうだよ」「何言ってんのよ畳屋。ろくに練習もしないで。千里。畳屋に負けるようじゃ澤になんて到底勝てないからね。大体腹が出てるプロボクサーなんて見たことないよ。わかった千里」「はい。わかりました」「酷い。二人とも酷い」「言われたくなかったらその腹どうにかしろ。みっともない」「おーい。千里ちゃん。試合決まったぞ。4月10日(木)場所は後楽園ホールだ。相手はサウスポーで戦績は3勝1敗だ」「ありがとうございます。2ヶ月半後ですね。勝美さん。サウスポー対策よろしくお願いします」「了解。任せて。私は現役時代サウスポー大好きだったから。あっそういえば畳屋。サウスポーじゃない。よし。とりあえず千里。畳屋を血祭りに上げてみな」「はい。わかりました」「あのタプタプのだらしない腹にボディー食らわせば一発だよ」「酷い。酷すぎる」

 サウスポー対策のトレーニングが始まった。「基本的には右も左も一緒。ただ右をジャブ代わりに多めに出すのがポイント。後は実践でサウスポーとスパーリングをこなすしかない。会長。男でも女でもサウスポーのスパーリング相手見つけて下さい。もう畳屋じゃ相手になりませんよ」「OK。まかしとけ。チャイナタウン」「何か最近特に永ちゃんが乗り移った感じだ」「勝美さん。会長はあれでみんなをリラックスさせてるんですよ」「まーいいや。千里。シャドーしてる時もサウスポーを常にイメージするように」「わかりました」

 千里は男子問わずサウスポーと徹底的にスパーリングをこなした。

 「勝美さん。サウスポーとやると足が引っ掛かりますよね」「そう。それを嫌がる人もいるけど逆に利用する人もいる。例えばわざと足を踏むとかね」「あっ。それって勝美さんでしょう」「まーね。でもそれも作戦の内だから」

 試合前日計量。今回もリミット丁度の48・99㎏だ。

 「さて、千里。今日はお昼何食べる」「今日はお蕎麦にしましょう」「ふーん何で」「つなぎですよ。試合中勝美さんと繋がるように」「えっ。やっぱりこの子も違和感感じてるのかな」勝美は一人ごちた。

 試合当日。いつものように控室で千里は順番を待っていた。「あー早くリングに上がって試合がしたい。この前もそうだけどうずうずしてしょうがない」会長が来た。「よっしゃ千里ちゃん時間だ。レッツゴー。行くぞ。今日も永ちゃんのラストシーンだ。イメージは今日もKO勝ちだ。(踊ろうよ 摩天楼の)んっ。摩天楼。これラスベガスにぴったりだな。千里ちゃん。頑張ってラスベガスだ」「OK会長。行きましょう」「私も連れてってよ」「もちろんです。勝美さん」

 両者の紹介が終わった。いよいよゴングだ。

 「カーン」ラウンド1。

 千里は練習通り右をジャブ代わりに上手く当てていく。「あの子本当に戦い方が上手くなった」「本当に現役時代のおまえを見てるようだよ」「カーン」第1ラウンド終了。

 「どう。調子は」「バッチリです。次倒してきます」「よっしゃ。その意気だ。行って来い」

 「カーン」ラウンド2。

 ジャブ、ジャブ、ワンツー、フック、アッパー、フック、ボディ、バックステップして止めの右ストレート。ダウン。レフリー手を振った。KOだ。2ラウンド1分10秒。見事なKO勝利だ。「あーもう最高。気持ちいいなあ」「千里。聞こえる」「えっ。勝美さん」「そう。やっぱり試合中は私はあなたの中にいるのね。あー気持ちいい。千里。最高でしょう」「もう。最高です」

 試合終了後。勝美は「千里。私とあなたが試合中繋がっているのは当分二人の秘密にしておこう」「そうですね。それに話しても信じてもらえないですよ」「それもあるけど何だか話したら繋がらなくなりそうな気がする。当分この状態を維持しましょう」「わかりました」「あー又、あの気持ちいいのが味わえるなんて夢みたい。千里ありがとうね」「何言ってるんですかこちらこそ勝美さんがいると思うと百人力ですよ」「一気に世界まで駆け上るよ。千里」「はい。頑張ります」

 その後千里は2勝を上げ6回戦に上がった。4勝全てKO勝利だ。



  

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