第7話 帰国
帰国
勝美は帰国し先ずは実家の蕨に帰った。「ただいま。父さん」「おう帰ったか。長い間ご苦労さん」「しばらくはこっちにいるんだろう」「うん。もうアメリカの暮らしは終わり。なんか凄い久しぶりの実家って感じ。考えてみれば17で家出したから14年ぶりなんだ。早いな」「成田君はどうするんだ」「とりあえず向こうの仕事があるから当分私一人。こっちでのプロモーターの仕事が軌道にのればあっちと行ったり来たりの生活になると思う」「そうか。とりあえずうちのアパートも空いてるからそこで当面暮らせばいい」「ありがとう。そうさせてもらう」「ところでおまえは今後どうするんだ」「うん。やっぱり私にはボクシングしかないからトレーナーとして女子選手を育成しようと思ってる。そしていつかあのMGMで世界戦をやってチャンピオンを育てる」「そうか。俺もまたあの会場でボクシングが見たいな。あんなスゲー会場見た事ねーし、何よりあの外人のねーちゃん達はたまんねーな。俺が生きてるうちに頼むぞ」「何ニヤニヤしてんだか。じゃあ今60だから後40年か」「あほか。幾ら何でもそこまで生きる気ねーよ」「あははは」「どうだ。たまには一杯やらねーか」「いいね。呑もう呑もう」「うまい日本酒があるんだ。鬼畜米英の話でも聞かせろよ」「鬼畜米英はもういいでしょう。それより呑みましょう」「そうだな。今日は浦霞禅で行こう。うまいぞ。おーい。母さん。酒とつまみだ」「いいねー浦霞禅」「じゃあ乾杯だ。勝美の見事な鬼畜米英に乾杯」「なんだかわかんないけど乾杯」「しかしお前がいきなり学校やめて家出した時はさすがの俺も面食らったわ」「あはは。私も今思えば無茶なことしたなと思ってる。でも後悔はしてない」「そりゃそうだろう。こんだけ好きな事して後悔してるなんて言ったら怒るぞ」「そうだね。ごめん」「まーでもお前がアメリカに行かなきゃ俺も一生アメリカなんぞ行かなかったな」「そうだろうね。でっ。行った感想は」「まーとにかくでっかい所だな。我が皇軍が太平洋で負けたのもうなずける」「そうだね。さすがにあそこと戦争したのはまずかったかもね。でも相当鬼畜米英。やっつけたよ」「そうだな。よくやった。とにかく無事に帰って来て何よりだ。今度はお前の弟子のタイトル戦でまたあそこに連れてってくれ」「了解。私ももう一度必ずあのリングに上がりたいから待ってて」「ところで目の方は大丈夫なのか」「全然問題ない。手術すればなんてことないのよ。大体ボクシングコミッションは大げさなんだよ。網膜剥離。即引退なんて頭くる。あれからも試合はしなかったけどスパーリングはバンバンやってた」「あはは。まったくお前は心底殴り合いが好きなんだな」「あんな興奮するものはないよ。スリルとサスペンスじゃないけどあの緊張感というか快感はない。ゾクゾクワクワク痺れて興奮するんだ」「へーそんなもんかね」「特にリングに上がると最高。ライトを浴びて観客がいて。MGMなんて口では言えない位快感だった」「そうか。じゃー頑張れよ。俺も楽しみにしてっから」「了解。任しといて」
その日は親子二人でこの14年間を酒の肴に遅くまで呑んだ。
翌日勝美は矢沢ジムに行った。「会長。ご無沙汰してます」「おー勝美。久しぶりだな。相変わらず元気そうだな。いつ戻った」「昨日です。10年ぶりに戻りました」「そうか。あれから10年か。早いな」「会長もお元気そうで何よりです」「いやーもう65だ。あっちこっちがたきてるよ。歳には勝てねーな。ところでおまえはこれからどうするんだ」「えー。女子選手の育成をやって行こうと思ってます」「そうか。まだまだ日本じゃ女子のボクシングは定着してないから難しいけどおまえが先陣を切って頑張るしかないよな」「はい。ですから明日から早速又、こちらに厄介になりたいんですけど。もちろん今の所女子はいませんから男子の練習生の面倒も見ます。これでも一応世界戦までやった世界ランク5位のボクサーですから」「おう。頼むわ。でもまさか又、住込じゃねーよな」「えっ。何言ってるんですか。もちろん住込ですよ」「おい。嘘だろう」「あはは。冗談ですよ」
翌日から勝美はジムに通った。勝美の指導は女性だが非常に評判が良かった。的確なのだ。ゴルフでも一般の男子は初めは女子プロの真似をしたほうが良いと言われるがボクシングもそうかも知れない。一般男子では男子プロの様な筋力はない。そう考えれば当初は女子の方が体に適しているとも考えられる。
又、矢沢ジムの会員はプロ志望者はもちろんだが小学生や中高年も多数いた。そう言った人達にも勝美の指導は評判が良かった。
勝美はトレーナー仕事の合間を見ながら後楽園の日本ボクシングコミッションに通い海外の女子プロの状況を説明し日本でも女子プロ育成に力を入れるべきだと説いた。又、勝美自ら後楽園ホールにて男子プロとのエキシビジョンマッチを行い話題となった。こうして徐々に女子プロに注目が集まり始めた。矢沢ジムには勝美を頼って女子選手が集まり始めた。又、ボクシングはシェイプアップにも非常に良いと言う評判が後押しし現役のモデルや芸能人でも始めるものが相次ぎ女子ボクシングに火がついた。矢沢ジム以外のジムにも女子が集まりだした。又、ボクシング専門のジム以外。通常のトレーニングジムでもボクシングを行う所が急増した。女子ボクシングは一気に空前のブームとなった。
勝美も矢沢ジムはもちろんの事頼まれれば他のジムへも応援として出向いた。しかしなかなかプロになろうとする子はいない。
「やっぱり本人がやる気にならないと他人がいくら言ってもダメだ。どこかにやる気のある子はいないもんかな」「どうだい勝美。いい選手出てきたかい」「全然だめ。シィプアップの為にジムに来る子がほとんどよ。あっ、この子見込みあるなと思ってもちょっとしごくとすぐ来なくなっちゃうし。全く嫌んなっちゃう」「まーなかなか勝美みたいな女性はいないからな」「それどういう意味」「いやいや。変な意味じゃないよ。意志の強い子って事。だいたい女性であの時代単身一人でアメリカに乗り込む女性はいないよ。ましてやボクシングをやりにだよ。相当変わってるよね」「はいはい。どうせ私は変わりもんですよ。しょうがないでしょう。当時はアメリカでしかできなかったんだから。それだけボクシングが好きって事。でも今は日本でもできるんだから幸せよ」「そうだな。君の努力で段々日本でも女子ボクシングも定着してきたもんな。そのうちいい子が来るよ」「ところでアメリカはどう。何か変わった事ある」「そうだね。女子ボクシングに関して言えば勝美とジェシカの試合から一層火が点いた感じだなぁ。凄いブームになってるよ。ジェシカは勝美の引退を聞いて気が抜けちゃったのか身を引いちゃったけど全体的には凄い人気だよ」「ふーん。いいなぁ。じゃあ成田さんの仕事も大忙しだね」「お陰様でね」
勝美が帰国して既に3年が経っていた。この頃には成田も日本でのプロモーターとしての仕事も定着し日米半々くらいのライフスタイルになっていた。
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