第6話 挫折
挫折
「やっぱりボクシングは最高だ。特にこの間のラスベガスでの試合は最高だった。あーまた早くやりたい」試合後1週間がたち顔の腫れも引くと勝美は軽いロードワークを始めた。「試合の疲れも取れたしそろそろ体を動かさないと鈍ってしょうがないわ」20分位走った時だ。「痛っ」突然勝美が頭を抱えてうずくまった。目の奥から後頭部、脳天へ激しい痛みが走った。すぐに家に戻り成田に電話した。「ちょっと頭が痛くてしょうがないから医者に連れてってくれない」「大丈夫か。すぐに行くよ」成田が来た。「どうした」「軽くランニングしてたら突然頭が痛くなって、今は大分いいんだけど」「とりあえず医者に行こう」
医者に行くとCT等色々な検査が行われた。すぐに検査の結果が出た。結果は最悪。「網膜剥離」だ。当時は網膜剥離を起こすと即刻ボクサー引退と言う時代だ。勝美はその場にへたり込んだ。「何で。何で」成田が肩を抱く。
勝美はどちらかと言うとアウトボクサーと言うよりもファイター型のボクサーだ。打ち合いが多い。それが仇となった。又、先日の世界戦でのジェシカとの壮絶な打ち合いがやはり決め手になったのだ。
勝美は全くジムに姿を見せなくなった。電話も繋がらない。昼のパートにも出ていない。
成田とリッキーは「暫くそっとしておこう」「ソウネ。ソレシカナイネ」
勝美は網膜剥離の手術を受けた。結果は良好だが一度網膜剥離にかかったボクサーは二度と復帰できない。退院後勝美は荒れた。元々アルコールは大好きだったがボクシングの為控えていた。「ふん。もうどうせ復帰できないんだから浴びるほど飲んでやる」勝美は毎日昼から酒を飲んだ。そんな生活を続けていたある時夜の酒場で勝美はトラブルに巻き込まれた。「おい。お前パールハーバー勝美か。それにしてもひでーつらだなー」「うるせー」「ドス」思わず手を出してしまった。女とはいえ勝美は世界戦まで戦ったボクサーだその辺の男には負けない。連れの男連中とも揉め3対1の大立ち回りを演じてしまった。当然警察官が現れ勝美はその日はブタ箱泊まりだ。翌朝。引き取り人は成田だ。「勝美。もういい加減いいんじゃないか。何か別の事を考えろよ」「別の事。あんたボクシング以外で私に何があるって言うのよ。適当な事言わないでよ」「でもこのままじゃどうしようもないだろう」「いいからほっといてよ」勝美は一人街へと消えていった。それからというもの勝美はアルコール、ドラッグにまで手をつける始末だ。勝美は身も心もボロボロになった。そんな生活が3ヶ月続いた。
一通の手紙が届いた。母のみちからだ。「勝美。話は成田さんから聞きました。目の具合はどうですか。まずはきちんと治す事を心がけなさい。お母さんにはよくわかりませんが網膜剥離になったボクサーは引退しなければならないそうですね。そういうルールであればこれはもう仕方のない事だから素直に受け止めなさい。そして時間はあるのだから今後の事は色んな人とも相談しこれまでのあなたの生きた人生を振り返ってこれからの生き方を自分の意思でしっかりと決めなさい。あなたらしく他人任せではなく自分でしっかりと決めなさい。決めた事に関しては父さんも母さんも何も言いません。とにかく前を見て歩きなさい。こんな事でダメになるような子に育てた覚えはありませんから。それとあなたは負けたわけじゃないからまだ帰ってこなくてもいいですよ。好きなだけそちらにいなさい。最後に父さんからの伝言です。天皇陛下万歳。母みち」「アッハッハ。さすが母さんだ。あの旦那のキンタマ握ってるだけのことはある。こんな落ち込んでてもしょうがないや。ひとっ走りぶっとばすか」
勝美は愛車のハーレー大和に跨りロスからラスベガスへ続く荒野をぶっ飛ばした。100㎞、120㎞、150㎞、180㎞。どんどん加速して行く。「あー気持ちいい。でもやっぱりボクシングには敵わないな。畜生。もうあの気持ちいい思いはできないのか。次は何やろうか」目の前の大型トラックをぶち抜く。「しっかしこっちのトラックはでっかいな。日本の道じゃ走れないよ。何もかもアメリカはでかいや」MGMの前に着くと「あーもうここで試合できないのか。気持ち良かったなー。グッバイMGM」
勝美はMGMに別れを告げハーレー大和に跨り荒野をぶっ飛ばしてロスに戻った。
翌日1ヶ月ぶりにジムに行くと。「成田さん。私と結婚してくれない」「ぶっ。おまえいきなり何言い出すんだ」コーヒーを吹き出してしまった。「本気で言ってんのか」「本気だよ。5年間成田さんと一緒にいてわかった。あなたとならタッグを組んでやって行ける」「そうか。じゃあ初めからやり直しだ。勝美。俺と結婚してくれ。こう言うのは男から言うもんだ。結婚してくれ」「ありがとう。もちろんOKよ。よろしくお願いします」「ヒュー。コングラチュレーション。オメデトカツミ」「ありがとう。リッキー」
二人の生活が始まった。住まいもジムに近いダウンタウンに引っ越した。勝美は料理がからっきしなので食事は成田が作る。成田の料理はプロ顔負けの腕前だ。特にラーメンは1級品だ。「いやー実はさあ。俺まじでラーメン屋になろうと思ってたんだよね」「まじ。でもなれるよ。めっちゃうまいもん」「でもさ。やっぱりボクシングのプロモーターの方が面白いよ。好きなボクシングからは離れられない。勝美の試合はもう組めないけどこれまでの実績のおかげで何とか食える様になったしね。これも勝美のおかげだよ。感謝してる」「何言ってんのよ。いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのプロモーターのくせに。私の方こそ感謝してる。おかげで勝てなかったけどラスベガスのMGMのリングに立つ事も出きた。あなたのおかげよ」成田と勝美はお互い酒好きだ。勝美はプロを引退したため減量の心配もなくなった。毎晩晩酌は欠かさない。成田はワイン党。勝美はもちろん日本酒だ。楽に一升は呑む。「しかし勝美は日本酒好きだよな」「当たり前でしょう。日本人(にっぽんじん)は日本酒(にっぽんしゅ)に決まってるでしょう。ワインなんて邪道よ」「はいはい。悪うございましたね。でもあんまり呑みすぎるなよ」「大丈夫。これまで体調管理の為にほとんど呑んでなかったからその分取り戻してるだけ。それに翌日に影響が出るほどは呑まないから」「一升呑んで翌日に影響が出ないなんて化け物だな」「化け物って酷くない」「悪い悪い。それだけ心配してるって事だよ。お父さんも呑むのかい」「勿論。あれこそ化け物よ。私と同じで日本酒だけどね」「そうだろうね」
勝美は毎日の様に大好きなハンバーガーを食べた。「あー引退して唯一良かったのはハンバーガーがいつでも食べられる事だ。本当。美味しい」しかし太ることはない。試合は出来ないがトレーニングは相変わらず続けていた。勿論スパーリングも行っていた。「あーやっぱりスパーリングじゃ全然気持ちよくない。何かないかな」
成田はプロモーターとしてアメリカ中を飛び回っていた。勝美は休日になると相変わらず愛車のハーレー大和に跨り荒野をぶっ飛ばしていた。そんな生活が5年続き勝美も30歳になった。
「成田さん。日本に戻ろうと思うんだけど」「いきなりどうした」「うん。日本に戻って女子プロボクサーを育てたい。今度はトレーナーとしてMGMのリングに上がりたい」「そうか。やっぱりボクシングの血が騒ぐか」「あの快感は忘れられない。血が騒いでしょうがないのよ。トレーナーなら又、リングに上がれる」「日本じゃなきゃだめか」「やっぱり日本に女子プロを定着させたいし日本人の世界チャンピオンを育てたいのよ」「わかった。僕はこっちの仕事があるから戻れないけど日本でもプロモーターの仕事が出来る様にするよ。そうすればこっちと日本を行ったり来たりの生活もできる」「第2の人生のスタートだね。世界を股にかけるプロモーターか。かっこいいじゃん」「へへ」「何がへへよ。トレーナーの仕事なんかたかが知れてんだからちゃんと仕事してよ」「アイアイサー」
勝美は身の回りの整理をし1週間後10年間過ごしたアメリカを後にした。ロスの空港ではリッキーが「カツミ。サビシイネ」泣きながら勝美に抱きついてきた。「ちょっとリッキー。でっかい図体してメソメソ泣かないでよ。成田さんは当分残るし私もまた来るから」「オー。カナラズネ。マッテルヨ。レンラクスルネ」「うん。必ず連絡する。成田さんのことよろしくね。グッバーイ。リッキー」「グッバーイ。カツミ」
「色々あったけどこっちに来て正解だった。次来るときはトレーナーとして世界戦にチャレンジする時だ。必ず再びMGMのリングに上がってやる」
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