第3話 渡米

  

  

  渡米


 勝美は単身アメリカカリフォルニア州ロサンゼルスに乗り込んだ。

「何なんだこの国は。スケールが日本とは桁違いだ」さすがの勝美も驚きを隠せなかった。

日本も戦後の復興を遂げ前年には東京オリンピックが開かれまさに高度経済成長真っ盛りの時だ。「この国から比べると日本はまだまだだな。こんな国と戦争したんじゃ勝てるわけがない。父さんもやっぱり井の中の蛙だったな。さて、先ずは住むところを決めないと」勝美は矢沢に紹介されたジムのオーナーケリーを頼りジムに行った。ケリーは190㎝を超える大男だ。

 「ハローケリー。マイネームイズカツミ」「おー勝美。矢沢から聞いてるよ。大丈夫僕は日本語しゃべれるから。先ずは今後の君の世話役を紹介するよ。成田だ」「初めまして勝美さん。成田です。どうぞよろしくお願いします」「根本勝美です。こちらこそどうかよろしくお願いします。何しろアメリカは勿論海外に出たのは初めてですから」「大丈夫。まかして下さい。僕はこちらに来て10年になりますから何でも聞いて下さい。とりあえず今後の拠点。住まいに行きましょう。このジムはロスのダウンタウンにありますがあなたの住まいはここから40分程のガーデナと言うところです。ご案内します」「ありがとうございます」成田の車で向かい予定通り40分程で到着した。「今日は疲れたでしょう。ゆっくりお休み下さい。くれぐれも夜間の外出はしないようにそれと門と玄関は必ず両方ともしっかり鍵を掛けてください。日本と違いこちらは物騒ですからね。それじゃ明日は10時にお迎えに上がります」「何から何までありがとうございます」「それじゃ失礼します」

「ふーん。やっぱりアメリカは物騒なんだ」

 この昭和40年。1965年はベトナム戦争が本格化した年でアメリカ社会も混沌とした時代であった。

 翌日成田が10時に迎えに来た。「今日はとりあえずジムに行ってトレーニング風景を見て今後のスケジュールを相談しましょう。それとアパートの周りをご案内します。買物の場所とか日常の生活に必要な最低限の知識は持ってないとね」「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 ジムについて勝美は驚いた。「何だ。この立派な設備は。ウェイトマシーンなんて初めて見た。挙句に冷暖房完備にシャワーまで付いてる。日本のジムは暗くて臭くてシャワーなんて勿論ない。凄い違いだ。でもラッキーだ。家のシャワー使わなくて済む。節約。節約」アメリカは日本と違いジムの会費の中にトレーナー代は含まれていない。別料金でトレーナーを雇わなければならない。何事にも金だ。色々と金が掛かる。早速成田から紹介されたトレーナーのリッキーと契約した。リッキーは日本語がしゃべれないので成田が通訳を兼ねた。勝美は成田がどういう立場になるのか不思議でならなかった。「成田さん。色々お世話をいただいてありがたいんですけど私は成田さんを雇うお金はありませんけど」単刀直入に聞いてみた。すると「あー僕のことは気にしないで。お金は君から取るつもりはないから。但し君のプロモートはさせてもらう。僕はそっちで自分で稼ぐから大丈夫」「プロモートと言うと」「要は君の試合を組んだりスポンサーを見つけたりしてプロボクサーとしての君をコーディネートして行く訳だ。僕は単身アメリカに乗り込んできた日本人女性の挑戦に賭けた訳だよ。絶対に話題性はある。だから君はとにかくボクシングを頑張ってくれ」「そうですか余り難しい事はわかりませんがボクシングはとにかく大好きですからその点は全力で頑張ります」「うん。君はそれだけに集中してくれればいい。その為の環境作りも僕の仕事の一つさ」

 翌日から早速トレーニングが始まった。アメリカは日本の様なプロテストはない。実績を積みプロモーター、トレーナーと契約すれば一応プロとして認められる。先ずは実績を積む為に一ヶ月後からアマチュアの選手と試合を始める事になった。勝美はリッキーが作ってくれたトレーニングメニューに沿って練習した。

◯朝6時半 ランニング5㎞ ラダートレー   

      ニング シャドー

◯夕6時  ジムにて縄跳び2ラウンド 腕 

      立て50回 腹筋背筋50回

      シャドー3ラウンド サンドバ  

      ック5ラウンド ミット3ラウ

      ンド パンチングボール3ラウ

      ンド

 これが基本メニューだが時にスパーリング等が加えられる。まずは朝のランニングだがこれが最高に気持ちがいい。何しろアメリカは日本と違いでかい。雄大なのだ。「あー本当に気持ちいい。都会なのに緑もあって朝のランニングには最適だ」勝美は朝が待ち遠しくなった。昼間は清掃のアルバイトだ。ここには黒人、メキシカンなど色々な人が働いていて面白い。音楽が流れれば黒人もメキシカンもリズムに合わせて体を動かしモップをかけ始める。街を歩いていても彼らはいつもリズムを刻んで歩いている。「やっぱりリズム感がすごいな。でもこれフットワークの練習になる。私もやろう」昼間の清掃作業も楽しみの一つになった。そしてお昼は街のあちこちにあるハンバーガーショップへ出掛け大好きなハンバーガーを食べる。「何なのこの馬鹿でかいハンバーガーは。うわ。何このコーラのカップは。花瓶じゃないんだから。本当。アメリカは何でもでっかい。みんな太るわけだ」アメリカは世界一の肥満国家だ。「買い物も面白いなー。リズム感あふれる黒人やメキシカンが体を揺すりながら買い物してるかと思えば超デブッチョのおばさんがのっそのっそととんでもない量の爆買いをしてたり色んな人間がいて面白いや」全てが真新しい。そして夕方はジムでトレーニングだ。その日その日が楽しくてしょうがなかった。

 勝美は1ヶ月後の試合に向け練習に明け暮れた。特にスパーリングに重点を置いた。相手はもちろん男子だ。黒人とメキシカンがほとんどだ。「スピードとリズム感が半端じゃない」当初勝美は全く歯が立たなかった。「ダメだ。全然スピードについて行けない。リッキー。もっとスピードをつけるトレーニングはない」「ソウネ。カツミ。スピードハカハンシンネ。ダッシュトハシリコミ。ソレトスクワットヲフヤシマショウ」それから勝美は徹底的に下半身を鍛えた。通常のランニングに加え100mダッシュを10本。スクワットもリッキーを肩に担いでのスクワットを試みた。「リッキー。ちょっと私の肩に乗って」「ノー。カツミ。ムリムリ。カラダコワレルヨ」「うん。ちなみに何キロあるの」「130㎏ネ」「太り過ぎだよ。全くアメリカ人はデカけりゃいいってもんじゃないでしょう。全く」仕方なくジムにいる手頃な練習生を担いでスクワットを行った。

 1ヶ月後勝美の下半身は見違えるほどしっかりしスピードもパンチ力も格段にアップした。

 「リッキー。ちょっとミットやろう」「OKカツミ。ヘイジャブ」「バチン」「ジャブ・ワンツー」「パンバチン」「ワンツーー・フック・アッパー・フック・ストレート」「パチン・パチン・パン・パチン・ズドン」「オーカツミ。パンチストロングヨ。ベリーグッド」「どうリッキー。だいぶパンチのスピードと威力ました」「ナイス。ナイスヨカツミ」

 そして初の試合を迎えた。勝美は日本にいた時から男子プロと年がら年中がちんこのスパーリングを行っていたので戦い方は熟知している。初戦は楽にKO勝ちを飾った。その後も連戦連勝。やはり女子のアマチュアレベルでは勝美は群を抜いていた。10戦10勝しいよいよ念願のプロデビューが決まった。


  

  

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