第2話 決意

  

  

  決意


 無事に地元の有名高校に入学した勝美だが何か物足りなさを感じてしょうがなかった。高校に進学するとあの勝男が「おまえももう高校生か。ちょっと前ならもう嫁に行く年頃だな。そろそろおとなしくならんとな」こんな事を言う始末だ。勝美は血が騒いでしょうがない。気持ちの持ってき場所がない。高校には柔道部もない。「あーなんか気持ち良いもんないかな」折しもこの頃日本では空前のボクシングブームとなりつつあった。

 勝美が高校に入学する前年の昭和35年には新人王戦のフライ級には原田雅彦(後のファイティング原田)、海老原博幸、青木勝利の3人が登場し「フライ級三羽烏」と呼ばれた。

そして勝美が高校2年生。昭和37年10月10日にはファイティング原田が7年10ヶ月ぶりに日本に世界王座をもたらし巨人のON、大相撲の大鵬らと並ぶヒーローになった。

ファイティング原田が世界チャンピオンに輝いた10月10日にちなんでこの2年後に行われた東京オリンピックの開会式の日を決めたと言う話まである。勝美はテレビでこのファイティング原田の世界戦を観戦した。「なにこれ。めちゃくちゃ面白そうじゃない」勝美の心に火が点いた。「これだ。ボクシングしかない」勝美は決意した。「父さん。私ボクシングやる」「おまえは何を言ってるんだ。柔道ならいざ知らず。ボクシングなんぞは米英のもんだろう。絶対に許さん」「なんと言われようと私はやるからね」「駄目だと言ったら駄目だ」それから1ヶ月押し問答が続いた。全く二人とも引く気配すらない。「母さん。お前からも勝美にボクシングは絶対ダメだって言ってくれ。だいたい女のくせに殴り合いだなんてとんでもない話だ。絶対に許さん」「お父さん。私が言って聞くような子じゃありませんよ。だいたいお父さんそっくりの性格なんだからわかるでしょう」勝美は勝美で「ちょっと母さんからも父さんに言ってよ」「無理無理。あんたお父さんの性格わかってるでしょう。あんたそっくり。私を巻き込まないで」こんな調子だ。

 「もう面倒臭いな。このままじゃ埒があかないな。どうしよう。そうだ。学校やめて家出しちゃおう」なんと勝美は本当に学校に退学届けを提出し家出してしまった。これにはさすがの勝男も驚いた。「なんて奴だ」

 勝美は隣町の川口市の矢沢ジムの門を叩いた。

「入門したいんですが」「はっ。ボクシングは女のやるスポーツじゃないよ」「掃除洗濯なんでもやりますから住込で練習生にしてください」「あんたまだ若いだろう。幾つ」「はい。17です」「悪い事言わないから帰んな。親御さんは何て言ってんの」「家出しました。行くところがありません。ですから何とかお願いします」「随分とっぽい子だな。でもダメなものはダメだ。帰んな」それから一週間。勝美は毎日矢沢ジムの門を叩いた。「会長。私は入門させてくれるまで毎日来ますよ」「毎日来るってジムの前で寝てるくせによく言うよ」勝美は家出し寝るところがないので何と毎晩ジムの前で寝ていたのだ。「まったくしょうがねーな。まー練習くらいならいいか。その代わりしっかり雑用はやってもらうよ」「はい。ありがとうございます」「それと部屋だけど3畳一間で便所も洗面所も共同。もちろん風呂なんてないよ」「全然構いません」「なんて女の子だ」とうとう矢沢は根負けしたがどうせ3日も持たないだろうとタカをくくっていた。

 翌日から勝美の新たな人生が始まった。朝6時起床。7時に下宿を出て8時から17時まで清掃の仕事。18時から20時までジムでトレーニングだ。

 勝美はボクシングに没頭した。「何これ。柔道なんかより全然面白いじゃん。やっぱり取っ組み合いより殴り合いだね」勿論相手は男だ。ボクシングは階級別の競技なので勝美の相手も男とはいえ体重は同じ程度だ。中学時代柔道をやっていた事もあり勝美の筋力は男並だ。サンドバッグ、ミット打ち、スパーリング何でもこなす。特に勝美はスパーリングが大好きだ。入門し1年が経つ頃にはプロの4回戦と平気でスパーリングをした。これが決して負けていない。「あー気持ちいい。スパーリングは最高だ。ぎりぎりでパンチをかわして相手の懐に飛び込みボディを食らわす。常に緊張感を保っていないとやられる。この緊張感がたまんないんだよね。でも試合はもっと気持ちいいんだろうな」

 そんな生活が3年続き又、勝美は物足りなさを感じてしょうがなかった。この頃にはジムの4回戦クラスでは誰も勝美に歯が立たず6回戦の選手とスパーリングをしていたがこれも全く引けを取らなかった。「会長。私試合したいんですけど何とかなりませんか」「日本には女子のプロはないからな。アメリカしか女子プロはないからどうしようもねーよ」「そうですか。アメリカですか。会長。私アメリカ行きます」「はーまたおまえ何言ってんだ」「だって試合するにはアメリカに行くしかないんですよね。それじゃーアメリカ行くしかないじゃないですか」「そうは言ってもおまえそんな簡単に言うな」「いや。もう決めましたから何処かアメリカのジム紹介して下さい」「おいおい本当かよ。アメリカだぞ。熱海にでも行くみたいに簡単にいうな」「熱海でもアメリカでも一緒ですよ。要は試合ができればどこにでも行きます」「お前は恐ろしい女だね。まったく呆れるよ」勝美は一度決めたら頑として譲らない。さすがに今度はアメリカ。海外だ。一応親には言っておこうと思い実家に行った。この頃には流石の勝男も勝美のボクシングを認めていた。「父さん。私アメリカに行ってプロになる」「はーおまえは又、何を言ってんだ」「日本には女子プロはないの。アメリカに行くしかないの。だから行く。そしてアメリカの選手をぶっとばしてくる。父さん昔よく言ってたじゃない。いつかアメリカを倒す。鬼畜米英だって。それを父さんの代わりに私がやってくる」「くー。おまえ思い出させるなー。あれから20年。そうだな米国をぶっ倒してこい。絶対に負けんじゃねーぞ」「うん。まかしといて」親が親なら子も子だ。

 こうして勝美は親の承諾も得て単身アメリカに渡った。丁度二十歳だ。


  

 

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