平成28年幕開け


   平成28年幕開け


 平成28年元旦。リョウは宮城県の田舎にいた。「よし。今年こそプロテスト合格するぞ」決意新たに一人でランニングを始めた。私はと言うと地元廻りの為自宅で一人、正月を過ごしていた。遅くなったがここで高杉家の家族を紹介しよう。父親。私は晋作52歳。母親は真里51歳。妹のジュンは17歳。花の高校2年生だ。そしてリョウ19歳。大学1年生の4人家族だ。私と真里は大学時代に付き合い始めそのまま私が27歳。真里26歳の時に結婚。なかなか子宝に恵まれなかったが7年目にしてリョウが生まれ、その2年後に妹のジュンが生まれた。リョウが小学校1年生の時に私は市会議員に立候補し以降3期12年努めたが先の県議選で落選し現在浪人中だ。その為家計は火の車状態が続いている。収入は真里が以前からやっていた塾の講師の収入と不動産業を営んでいる私の手数料収入のみだ。この手数料も毎月決まって入ってくるものではない。まとまって入るときもあれば全く入らない月が続くこともある不安定な状況だ。当然リョウもアルバイトを始めジム代など自分でできるものは自分で賄っている。もちろん奨学金も受けている。妹のジュンは地元でも有数の進学校に通っている。来年はいよいよ大学受験だ。まさに家計的にも今が一番お金の掛かる状況だ。そんな中での私の浪人はとてつもなく辛い状況だ。しかし元来私は自分で言うのも何だが超ポジティブな性格だ。家族が後ろ向きになりそうになってもいつでも「大丈夫。何とかなるさ」これが口癖だ。そんな私に呆れながらも家族皆んなが明るくついて来てくれた。若干妹のジュンは反抗期で難かしい時ではあったが仲の良い家族だ。

 コミュニケーションを取るのが苦手なリョウを心配した私は小学校から私立の学校に通わせた。受験には面接もあったが幼稚園児にする面接だ。「好きな食べ物は何ですか」「ラーメン」こんな調子の面接だから何とか試験もクリアーした。リョウの通った小学校は中学、高校、大学まである学園だ。必然的に妹のジュンも同じ学園に通った。この学園は中学に上がるときに三つの選択肢があった。A、通常の付属中に行く B、進学校の付属中に行く C、学園とは縁のない中学に行く この三つだ。当然リョウはAだ。あまり勉強は得意ではない。ちなみに妹のジュンはBであった。Bの学校は県内でも有数の進学校で毎年東大に数十人が受かっている。

 私が危惧した通り私立でもやはりいじめはあった。もちろんリョウはいじめられる側だ。しかしリョウはこのいじめを克服した。当然面倒見のいい学校だと言うこともある。しかしやはり一番の要因はリョウ本人だろう。彼は常に自分の居場所を持っていた。学校内はもちろん学校外でもだ。自分の居場所があると言うのは精神的に落ち着ける所があると言うことだ。これは大きい。周りの人間を気にせず生活を送るルーティンを持つと言うことだ。学校外での居場所の一つがボクシングジムだった。ボクシングは根本的に個人トレーニングだ。これはリョウにはフィットした。私について中学2年生の頃から通い始め、そうこうしているうちに完璧にいじめはなくなった。その頃は只遊びでやっていただけなのでまさかプロテストを受けるとは誰もが夢にも思っていなかった。しかも誰の目から見てもセンスの欠けらもないのが一目瞭然でもあった。そんなリョウがプロを目指しているのだから彼の過去を知っている人間は驚いただろう。

 正月からのリョウのトレーニングが続いた。次のテストは2月8日だ。既に1ヶ月を切っている。「だいぶ良くなってるんだけどどうしてもスパーリングになると相手との比較になるからか弱さがはっきりしちゃうんだよな」成川が言う。「そうなんですよね。手足が長くて痩せてるから余計にそう見えますよね。最初のイメージで既にか弱さが出てますもんね」「まーこればっかりは体質だからな」「やたら14オンスのグローブがでかく見えますよね」「確かに」

 トレーニングを続けテスト当日を迎えた。

 「どうだ。リョウ。調子は」「うん。普通」「そうか。兎に角自分から先に手を出して行け。テストは手数勝負だからな」「うん。わかった」相変わらず会話が短い。

 体重計量が終わった。今回もリョウは50kg。ナンバーは又、1番。最軽量だ。リョウは体のひ弱さもあるが顔も幼い。とても19歳には見えない。実際未だに中学生と言われるのがほとんどだ。そんな感じだから相手への威圧感が全くない。これも損をしている部分だろう。

 リョウのスパーリングが始まった。何事もなく1Rが終了した。「リョウ。ダメだもっと手を出さなきゃ。特に2R目はスタミナを見られるからな。しっかりやれよ」

 2R目が始まった。「もうちょっと手ー出せよ」私はひとりごちた。

 スパーリング終了。「おう。ご苦労さん。シャワー浴びて着替えてこい。前回よりは良かったぞ」「うん」

 私がシャワー室に行ってみるとリョウが何やら鼻歌を歌っていた。「何だあいつ。今回は自信あるのかな。でも微妙なんだよな。悪くはなかったけどな」

 リョウが着替えて出てきた。「おう。今日はどうだった」「うん。結構できたかなって感じ」「そうか。受かるといいな」「うん」発表は翌日だ。

 翌日。ネットで発表を見た。リョウの名前はない。「ふー参ったな。あいつがっかりするだろうな。そんなに悪くなかったけどな」矢沢会長に電話した。「会長。今回もダメでしたわ」「あーそう。私も見てたけど本当にもうちょっとなんだろうな。やっぱり力強さなんだよ」「もうそれしかないですよね。しょうがない。ありがとうございました」電話を切りリョウに結果を報告しに行った。「リョウ。残念だけどダメだったよ」「えーダメだったの」「会長も言ってたけど本当に惜しかったってさ、俺も見てて思ったけどそんなに悪くなかった。もうちょいだよ。それでリョウ。これからどうする。まだやるか。俺はな、ここでやめたら一生後悔すると思うぞ。せっかくここまでやったんだから受かるまで頑張ろうぜ。なっ。絶対に努力は報われる。努力は嘘つかないよ」リョウの肩を抱きながら言った。「うん。わかった。頑張るよ」「よし。じゃー頑張ろう。まっ。でもとりあえず2、3日休めよ。それから又、スタートだ」

 「あーあ悔しいな。今回は大丈夫だと思ったんだけどな。何が悪いんだろう。自分じゃ力強く打ってるつもりなんだけどなんでかなぁ。よくわかんないや。兎に角受かるまでは頑張ってみよう」

 私はこの頃ある決断をしていた。先の県議選で敗れて以来ずっと思い悩んでいたことだ。「民生党にはもはや俺の居場所はない。今の民生党の体質にもいい加減嫌気がさしているしな。原点に帰るか」元々私は地方分権、地域主権。地方から国を変えねばならないと言う考えだ。今の中央集権国家ではもはやこの国の未来はない。毎年増え続ける国の借金。これはもはや政策の問題ではなく根本的に仕組みを変えなければならない。政権が変わろうが仕組み構造を変えねば絶対に良くならない。そのためには道州制にして税金も国に吸い上げられた後に地方に降りてくるのではなくまずはしっかりと地域でまちづくりの出来る税を徴収しその他の部分で国が国防、外交、教育の3点を行えば良い。但し教育に関しては日本人としての大きな柱を示しその手法に関しては地域に任せる。国の役割はこの3点。後は地域に任せるべきだと考えていた。実はこの時私の考えと全く同じ考えの政党があった。それが新撰党だ。私はダメ元で新撰に公募してみようと思っていた。公募の内容は論文だ。「まっ。ダメ元でとりあえず出してみるか。参議院なんて学者先生みたいな人たちばかりだしな。タイプ的にも場違いだしな。でもいい経験にはなるだろう」自分にそう言い聞かせ論文を提出した。

 1週間後新撰から連絡がきた。書類が通ったので面接に来いと言う返事だ。流石に焦った。まさか通るとは思っていなかったので早速地元の支援者に集まってもらった。

 「実は前々から考えていたんですがもはや民生党に私の居場所はありません。これは皆さんも思っていることだと思います。しかしながら私はこれで政治を止めようとは思っておりません。それで自分の原点はなんだったんだろうと考えました。私はやはり地方分権、地域から国を変えていこう。今の一極集中政治では未来はないと言うのが持論です。これに立ち返ると現在この考えに合致しているのは新撰党だけです。そこで実はダメ元で公募にエントリーして見ました。そうしましたら先日連絡があり書類は通ったので面接に来てくれと言うことです。まさか通るとは本音を言えば思ってませんでした。ですが状況が変わってしまったので皆さんにご相談しようと本日お集まり頂きました」これにはさすがに皆が驚いた。「公募って一体何に応募したの」「参議院の比例区です」「えー」皆が驚くがそんな中「参議院の比例区だと地元で誰かとバッティングしないのか」「はい。誰ともしないと思います」「ふーん。じゃー応援できるな。やって見なよ」「そうだな。いつまでも何もしないでいる訳にも行かないだろう。やんなよ」今回集まった5人全てがそのように答えた。「わかりました。それでは面接に行って来ます。只、その前に民生党には離党届を出します。それはご了解下さい」こうして私は面接地神戸行きを決断した。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る