ゆっくりかぞえて

@etuko

先輩の話


「今の課題を根本から解決したいなら、まずスマホを捨てるんだな」



そうなんですか、と私は適当に相づちをうった。なんでと言いかけた私をさえぎり、同じサークルの先輩である相原はしゃべり出す。


「君、本屋には行くか」

「はい」

「じゃあ分かるだろうけど、最近の本屋には『自己啓発本』が多すぎると思わないか」


急に違う話題をぶっ込んできた。相原はよくこういうことをする。


「あぁ、まあ確かに」

「なんでだろうね」

「売れるからじゃないですか」


また適当に相づちを打つ。そうだな、と相原。


「よく本屋に行くと入ってすぐの所に、その店おすすめのコーナーがあって、そこに『どうすれば人は幸せになれるのか』系の本が山積みになっているわけよ。あと『どうすれば仕事がうまくいく』系。最近はなんか哲学者の考えを取り入れるやつが、流行っているみたいでさ」


頼んでいたビールがきた。無言で乾杯する。


「俺はそれが気にくわない」

「ほう」

「気にくわないというのは、その本に関わる「全て」が気にくわないということだ。本を書く人、読む人、そしてこういう本がおすすめされる世界にな」


なんでですか、と枝豆を食べながら僕は尋ねた。


「なんでって、つまんないからだよ。分かるだろ。他人が考える『どうすればうまくいく』論は、結局その人が歩んだ人生に基づくものだ。人生は選択の連続だから、俺と同じ選択をした人が書いた本に巡り合うなんて、ほとんどねぇ。そもそもその人は俺の親とは違う人から生まれて育ってるわけじゃん。ってことは、本に書いてあることを、すでに生誕してから20年たった自分には、おそらくこれっぽちも適用できないわけよ」


生誕という言葉がおかしくて、思わずにやける。


「なるほど」

「だから、本の値段の元は確実に取れないし、もっと言えば、適用されてたまるかとも思う、我が道を行け。人間ども。みたいな」

「分からなくもないですが」

「が、なんだよ」

「自分とは違う人生を歩んできたからこそ、学ぶものがあるんじゃないですか」

「でも所詮『学ぶ』だろ。参考程度なんだよな。完全に自分に当てはめるのが無理。できないし、したくない」

「したくないとなると、話は別ですね」

「自分の生き方に自信持てって言いたい」

「でも、本って書きたくて書いてるわけじゃないですか」

「そうだな」


唐揚げです、と店員が入る。


「だから、別に本があること自体は問題無いですよね、きっと作者は紹介したいだけなんですよ」

「何を」

「自分の人生を、です。『うまくいったかは知らんけど、多分「良い感じ」にはなった!何かに残そう。そうだ本にして、ついでに見てもらおう!』的な」

「まぁね、でも売れてるのがいけないんだよ。○○万部突破!つって」

「うーん、意外と共感されてるんですかね」

「かもな、うんざりする」

「良いじゃないですか、他人のことなんですし、ほっとけば」

「でも近頃あんなに自己啓発ブームになるのには、何かしらの理由があると思ってる。だってなかったよこんなの、ついさっきまで」


唐揚げに次いで、チャーハンもきた。酒がすすむ。


「共感じゃなくて一体感」

「ん?」

「『共感』じゃなくて『一体感』で動いてるんじゃないですかね。最近の僕らは」

「というと」

「要はブームですよ。波に乗っかってるだけ。音楽のライブと一緒で、とりあえず音がなってるから、別に好きなバンドじゃなくてもみんなと一緒に体揺らして、ライブが終わったら帰る。音楽それ自体に興味はない、でも、みんなとジャンプして手挙げるのがいい。その繰り返し」

「うん」

「本が売れるのも同じ。おすすめのコーナーに自己啓発本を置いておけば、流行にそって業績が上がる。書く人も読む人も見えない『輪』でつながってるんじゃないですか。新しい本が並んだら読者は『今回はこーゆー系ね、了解、読んどくわ』って感じで読む。別に、内容は他のとそんな大差ないじゃないですか。だからルーティーンで読んでるんですよ。少しのむなしさとともに」

「つまり、最近の奴らは何も考えてないってことか」

「考えてないというか、『考える前にとりあえずやってみる』のち『考えながら何歩か歩いて、やっぱやめる』」

「あー分かったぞこれ」

「何がですか」

「自己啓発本のほとんどの内容って、一言で言うと『とりあえずやれ』じゃん」

「あ」

「『一体感』を求める現代人の要求にぴったり合ってる」

「そうだ、だから自己啓発本を読むことで『俺らってつながってるよね』っていう一体感の確認をしているのか」

「なるほどな、慰め合いか。滑稽な人類め」


議論が白熱してきて、少し声が大きくなってしまった。


「まぁ、僕らもその滑稽な人類の一人ですけどね」

「いやーすっきりしたよ、ありがとう」

「別に何にもしてませんよ、間違ってるかもしれないし」


しゃべってばかりで何も食べていなかった。急いで、チャーハンを口へ放り込む。


「それで先輩」

「うん?」

「『今の課題を根本から解決したいなら、まずスマホを捨てるんだな』って結局どういう意味だったんですか」

「あぁ、あれは」

「はい」

「スマホばっか見てると、ずっと下を向いていることになるじゃない」

「はい」

「下を見ていると不幸せになるから、スマホを捨てて、上を向けってこと。あとSNSも見ないですむから、他人と比べることもなくなるし、背筋が伸びるから内蔵にもいい。よって意地でも健康でいられる」

「そうですね」

「でも本当に言いたかったのは、自分の幸せに自己啓発本はいらないということだったんだな。今日の結論は『動く前に考えろ』だ。そろそろ行くか」



テーブルの食事が片づいて、気づいたら夜の9:30を回っていた。手際よくお金を払って、席を後にする先輩を追って、僕も外に出る。2月の夜はぴりっと寒い。


俺はこのまま研究室行くからここで、と先輩は駅と反対方向へ颯爽と歩いていった。私は、歩く先輩の背中を見ながら、新たな疑問について考え始めていた。


「なんで『一体感』なんだろう」



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