第103話 無人兵器

 小型の飛行機械がアキラの頭上を通り過ぎていく。攻撃はしてこない。アキラを発見できなかったのか、発見したが攻撃対象ではなかったのか、偵察機で別の機械系モンスターにアキラの位置を送信したのか、そのいずれかだ。

 アルファがアキラを急に止める。

『アキラ。そこで止まって一度そっちのビルに入って。このまま進むと少し危ないかもしれないわ』

『分かった』

 アキラはアルファの指示通りにビルの中に入り、そのまま上階へ進んでいく。

 途中の部屋には不自然なほどに整頓されている机や事務用品などが残っていた。アキラがそれらの備品を不思議そうに見ている。

『備品とかが随分綺麗きれいに残っているんだな。持ち帰ればそれなりの金になるかな?』

 アルファが首を横に振る。

『恐らく現在の技術でも製造可能な物だから残っているだけよ。都市の店舗でも似たようなものが普通に買えると思うわ』

『そこらの店で小銭で購入できる物を、命賭けで警備機械と戦って持ち帰るやつはいないってことか』

『室内を自動で清掃整備点検するシステムなら高い価値があるのでしょうけれど、それを持ち帰るのは難しいわ。ビルに備え付けられている機能なのかもしれないしね。このビルを制圧してしまえば快適な環境を自動で維持する建物が手に入るのかもしれないけれど、大量の機械系モンスターが周囲を徘徊はいかいしている建物をそこまでして手に入れる価値があるかは微妙ね。でもハンターオフィスの派出所の近くにある建物なら立地としても悪くないから、幾つかの建物は制圧済みかもしれないわ』

 アキラがふと思いついたことを話してみる。

『でもハンターが遺跡の中の休憩地点として確保しても良いんじゃないか? ミハゾノ街遺跡はこんなに広いんだ。そういう場所があれば便利だと思うぞ?』

『少数のハンターが室内を短時間だけあさっているのと、多数のハンターが長期間室内を制圧しているのでは、恐らく警備装置の対応も違ってくるのだと思うわ。その場にいる数名の不審者を追い返す戦力と、その場を占拠制圧する部隊を撃退する戦力を同じに考えては駄目よ』

『難しいか。まあ、できるなら、割に合うなら、とっくに誰かがやっているってことだな』

『そういうことよ』

 アキラが改めて室内を見渡す。整理整頓されている室内は一見安全そうだが、ろくな武力もない人間が死ぬ確率はスラム街の路地裏より高い。アルファの助けがなければここから生きて帰れるかも怪しい。アキラは気を引き締めて先に進んだ。

 ビルの14階に到着したアキラが窓から外をのぞき、目的地の高層ビル周辺の様子を確認している。ミハゾノ街遺跡の市街区画のどこからでも見える巨大な高層ビルの周辺には、それなりに広い空間が広がっていた。市街区画にはビルなどの建物が比較的密集して建てられているが、何故なぜかその周辺だけぽっかりといていた。

 銃の照準器越しにその辺りを見ると、ビルの地上部周辺では数体の機械系モンスターが周辺を警備するように巡回していた。他の機械系モンスターとは明確に異なる兵器類だ。大型のミサイルポッドを積んだ車両のような自律兵器や、機関砲を搭載した歩行台座のような機械も見える。それらがビルの周辺を警備するように巡回している。

 アキラがそれらを把握して少し表情を厳しくする。

『あれがアルファがこのまま進むと不味まずいって言った理由か。途中で遭った小型の機械とは別物だ。どう見てもあのビルを防衛しているな』

『アキラがここに来るまでに遭遇したものは、市街区画を対象とした警備機械なんでしょうね。恐らくあのビルの周辺にいる機械系モンスターはあのビルの防衛用で、他のやつとは性能も指示系統も異なるのよ』

『誰かに指示されてあそこをまもっているのか?』

『単純に当時の人間の指示に今でもずっと従い続けているのかもしれないわ。あのビルを管理している人工知能が稼動し続けていて、警備の指示を出している可能性もあるわね。ミハゾノ街遺跡全体の警備と、あのビルの警備が別の指示系統や権限で行われているのかもしれない。いろいろ考えられるわ』

『興味深い話だけど、今の俺にその話がどの程度関係があるかは微妙だな』

 アキラにとっては機械系モンスターの警備権限の違いなど知ったことではない。厄介な相手かどうか。襲いかかってくるかどうか。違いはそれだけだ。

 しかしアルファがそれを否定する。

『アキラにも十分関係ある話よ? 指示系統や権限が異なれば、他の機体との情報共有が異なっているかもしれないわ。それによっていろいろ違いが、アキラ! すぐに離れて!』

 アルファの唐突な指示にアキラがすぐに行動に移る。指示の理由を尋ねる必要はない。銃の照準器越しにその理由を見ていたからだ。ミサイルポッドを搭載していた車両から、無数の小型ミサイルが発射されていた。

 発射されたミサイルがある程度の誘導性で攻撃目標へ飛んでいく。ビルの内部に急いで移動しているアキラへ向けて飛んでいく。先頭のミサイルがビルの外壁を吹き飛ばし、後続のミサイルがビルの中へ飛び込んでいく。続々と続くミサイルが内部の部屋を吹き飛ばし、障害物の壁を破壊して、アキラへ続く通路を強引に作成する。そして長めの通路を走っているアキラの背後に迫った。

『迎撃するわよ!』

『了解!』

 アキラが振り返ってDVTSミニガンを構え、殺到するミサイルの迎撃体勢を取る。無数のミサイルを凝視して、集中して、意識を圧縮させて引き金を引いた。

 DVTSミニガンから発射された大量の銃弾が、アルファのサポートによる精密射撃で殺到するミサイルに直撃する。迎撃されたミサイルが空中で爆発し、脇にそれてビルの内壁に激突し、閃光せんこうと爆煙と爆音と爆風をき散らした。

 ミサイルの直撃こそ避けられたが、アキラは爆風で吹き飛ばされて、後方の壁に強く激突した。激突した壁が大きくくぼみ、無数のひび割れが放射状に広がった。強化服では吸収しきれなかった衝撃が身体に伝わり、崩れ落ちて床に手を付いたアキラが吐血した。

 アキラは激痛を感じていたが、意識ははっきりしていた。すぐに回復薬を取り出そうとする。攻撃の影響で生身側の動作は脳からの指示に比べひどく緩慢だったが、強化服側は正常に動作した。そのおかげで問題なく回復薬を服用できた。

 血の味がする回復薬を無理矢理やり飲み込む。回復薬が負傷した体に高値な値段に見合った効果を与える。体の痛みはすぐに消えた。先に鎮痛作用が効いているだけだろうが、肉体の回復もすぐに追いつくだろう。

 アキラが立ち上がって無理矢理やり笑みを作る。前を見ると煙の隙間に外の景色が少し見えた。発射されたミサイルがアキラを執拗しつように追ってきた証拠だ。

「危なかった!」

『すぐに移動するわ。追加が来るかどうかは分からないけれど、念のためにね』

「了解だ」

 ひどい有様になった部屋の中を見て表情を少し引きつらせながら、アキラは急いでその場から離脱した。

 攻撃の影響がない階まで移動したアキラが休息を取っている。移動中に敵の攻撃の追加もなく、安全に退避することができた。

 回復薬の効果が身体にしっかり行き渡り、万全な体調に戻るまでこの場で休憩を取る。アルファの指示だ。アキラも異存はない。治療用ナノマシンが身体を治療していく感覚を覚えながらゆっくりと休息を取っている。

 アキラが怪訝けげんそうに話す。

『それにしても、遺跡の中を巡回している機械系モンスターがあんな真似まねをするなんて。ミハゾノ街遺跡の警備用の機械なら遺跡の建物を壊すなよ。戦車が近付いてきたわけじゃないんだぞ? たかがハンターを一人殺すためにあそこまでするのか? 絶対採算が合わないだろう』

 アルファがアキラの問いに答える。

『少し前に説明しようとしたけれど、恐らく指示系統の違いの所為ね。さっきアキラを攻撃した機械系モンスター達はあのビルの防衛用で、指示系統がミハゾノ街遺跡全体の警備とは別なのでしょう。だから他のビルの損傷を気にしないのよ』

『もしかして、あのビルの周囲が不自然に開いていたのって、その防衛用の兵器が周囲のビルを破壊し尽くしたからか? いや、でも、そんなに瓦礫がれきはなかったような……』

瓦礫がれきの撤去ぐらいは別の整備機械が行ったのかもしれないわ。流石さすがにビルの再建までは無理なのかもね。あるいは、定期的に再建している途中なのかもしれないわ。そしてハンターが再建中のビルに隠れてまた壊されるのよ。このビルが残っているのは、通常の警戒領域のぎりぎり範囲外だったかもしれないわ』

『まさか、防衛対象のビルに銃を向けている人間を見つけたから、その警戒範囲が少し広がったのか? だから攻撃してきたのか? 追加の攻撃がなかったのは、俺を殺したと判断して、警戒範囲が戻ったからか?』

『可能性はあるわね』

 アキラが大きなめ息を吐いた。先日の窮地から最後だけだがほぼ自力で脱して、自分も少しは成長したかと自信をつけたところに、先ほどの攻撃を受けてその程度の実力では話にならないと痛烈に門前払いを食らった気がしたのだ。

 アルファが少し真面目な表情で尋ねる。

『アキラ。今のうちに聞いておくけれど、これからどうするの? 予定通り目的地を目指して進む? それともここで引き返す?』

 引き返す。そう返事をしようとしたアキラが引っ掛かるものを覚えて少し怪訝けげんそうにアルファを見る。

 アキラの感覚では先ほどの攻撃はかなり危なかった。だからアルファならば撤退を強く勧め、先に進むなど言語道断だと告げても不思議はない。アキラはそう思っていたのだが、アルファはどちらかと言えば先に進んでも良い感じで尋ねていた。

 アキラが真剣な表情でアルファに尋ねる。

『俺が予定通り先に進むって言ったらどうするんだ? 止めないのか?』

『アキラが進みたいのならね。止めないわ。勿論もちろん私がしっかりサポートした上で、ちゃんと準備を整えて、アキラにもそれなりに覚悟をしてもらう必要があるけれどね』

『さっきの攻撃は結構危なかった気がするんだけど』

『あれは奇襲を受けたようなものだからね。それでも私のサポートのおかげで大きな怪我けがもせずに済んだでしょう? 問題ないわ。この前アキラも言っていたでしょう? 即死せずに済んで正直危なかったなんて言える程度なら、まだまだ余裕な状況だって。それに比べれば大して危険な状況ではないわ』

 微笑ほほえんでそう話すアルファに、アキラが少し悩むような表情で話す。

『いや、まあ、確かにそんなことを言ったけどさ。覚悟をしてもらうって、どの程度の覚悟がいるんだ? あの賞金首もどきと交戦した時のような覚悟がいるんだったら、流石さすがに引き返す』

『そこまでは求めないわ。あの時と比べれば、普段より多めに気合いを入れる、という程度で十分よ。さっきも話した通り、あれは奇襲を受けたようなものなの。しっかり作戦を決めて、その準備を整えて、私のサポートを十全に受けさえすれば、問題なく対処出来るわ。勿論、余裕で倒せるとは言わないわ。それなりの弾薬の消費や、回復薬の使用は避けられない。そこは覚悟に含めておいて』

 アキラがアルファの表情を見ながら考える。アルファは微笑ほほえんでいる。即時撤退を指示するような危険はないのだろう。十分な勝率があるのだろう。アキラがアルファの足を引っ張ったりしない限り、予測の範疇はんちゅうの負傷や弾薬の消耗で勝てるのだろう。

 後はアキラの判断次第だ。現実的な勝率を見込める敵から引くことも誤りではない。しかし多少苦戦するが勝てる相手に勝って先に進むことも誤りではない。

 だがアキラは強くならなければならない。いつかアルファの依頼を達成するために、前払い分として受け取っている報酬に応えるために、既に山ほどまっている借りを踏み倒さないために、少なくともその努力をするために。

 そして何よりも、この程度の命賭けを躊躇ちゅうちょするのならば、アキラはハンターになどなっていないのだ。

 アキラが結論を出す。

『進む。十分勝てる相手から逃げ出すようじゃ、この先ハンター稼業を続けられなくなるからな』

 アルファが不敵に微笑ほほえみなら確認を取る。

『良いの? 説明した通り、それなりの覚悟が必要よ?』

『覚悟は俺の担当だ。やってくれ』

 アルファがより一層楽しげに笑う。

『良いわ。やりましょう。この前は最後にアキラをサポートできなかったからね。私のサポートのすごさを今一度実感してもらいましょうか』

 アキラが戦闘前の準備を進める。アルファの指示で一度1階まで戻り、そしてビルの屋上を目指して登っていく。その際に、情報収集機器でビルの構造を調べてから次の階に進む。フロアの全てを調べるのではなく、目的地の高層ビルに面している部分を重点的に調べていく。

 27階建てのビルの屋上に到着したアキラが準備を整える。DVTSミニガンに拡張弾倉を装填そうてんする。CWH対物突撃銃の弾倉を専用弾に変更しておく。事前に回復薬を服用しておき、相手からの攻撃や無理な動作の負荷で筋肉が破損し骨が折れても、回復薬の効果ですぐに治癒するようにしておく。その上で口の中に予備の回復薬を含んでおく。

 右手にCWH対物突撃銃を、左手にDVTSミニガンを持つ。予備の弾倉だけを保持しておき、他の銃とリュックサックを戦闘の邪魔にならないように屋上の床に置いて、攻撃力を落とさずにできるだけ身軽になる。

 アキラはビルの屋上の、目的地のある高層ビルとは反対方向の端に立ち、高層ビルの方向を見て、息を整える。準備は終わった。

 アルファが微笑ほほえみながらアキラに最終確認を取る。

『アキラ。覚悟は良い?』

 アキラが覚悟を決めた表情で答える。

『ああ。大丈夫だ』

 アルファが不敵に笑って戦闘の開始を宣言する。

『それなら、……行きましょうか!』

 戦闘が始まった。

 アキラがビルの屋上を真っぐ勢いよく疾走する。屋上の縁まで走り続け、そのまま屋上から飛び降りた。

 アキラが落下しながらDVTSミニガンを構える。目的地の高層ビルの周辺に存在する無人兵器へ銃口の束を向けて引き金を引く。拡張弾倉から供給され続ける大量の銃弾が、連続する轟音ごうおんを立て続けながら目標の機体へ放たれた。

 銃撃の反動がアキラをビルの側面に押しつける。アキラは両足をビルの壁に付け、連続する発砲の反動を両脚で支え、身体を壁に押し続けることで強引に水平に立ち、そのままビルの側面を勢いよく走り出した。

 更に走りながら、DVTSミニガンを撃ち続けながら、CWH対物突撃銃を構えて引き金を引く。両脚に専用弾の反動が加わり、その圧力が壁に僅かな亀裂を生み出した。アキラはCWH対物突撃銃の引き金を引くたびに壁に足跡を作りながら、かなりの形相で斜め下へ走り続けた。

 無人兵器の一機に大量の銃弾が降り注ぐ。強固な装甲に銃弾の雨が降り注ぎ、機体の表面を着弾の跡で埋め尽くそうとする。距離による威力の減衰と、装甲に施された力場装甲フォースフィールドアーマーの防御力のために、降り注ぐ銃弾が表面を突破して内部の動作機構に損傷を与えることはなかった。だがアキラを敵と認識するには十分すぎた。

 攻撃を受けた無人兵器が搭載している機関砲を高速で回転させてアキラへ照準を合わせる。ビルの壁を走り続けているアキラへ砲口を向ける。そして砲弾を発射するために砲口周辺の力場装甲フォースフィールドアーマーを一時的に弱めた。

 その瞬間、CWH対物突撃銃の専用弾が砲口に飛び込んだ。専用弾が発射直前の砲弾に命中して着弾の衝撃で誘爆を引き起こす。その爆発は機関砲を内部から破壊し大破させた。アルファの指示でアキラが事前に撃っていた弾丸が着弾したのだ。専用弾は発砲時にアキラの方へ向けられてもいなかった砲口の内部へ正確無比に着弾していた。

 機関砲を破壊された無人兵器の制御装置が即座に機体の損傷を確認する。そして敵を攻撃するために、攻撃手段を失わないために、まだ無事な別の機関砲へ力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を振り分ける。そのために車両部の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力が一時的に低下する。

 その瞬間、既に発砲されていたCWH対物突撃銃の専用弾が、一時的に弱まった車体の力場装甲フォースフィールドアーマーへ連続して着弾した。装甲部の金属部位に大穴が開き、2発目の銃弾が制御装置に直撃して大破させた。制御装置を破壊された無人兵器は、ろくに反撃もできないまま機能を停止した。

 同系機が破壊されたことで、他の機体がアキラの脅威度を大幅に変更した。明確な脅威を速やかに排除するために、一斉にアキラの撃破へ動き出す。

 ミサイルポッドから無数の小型ミサイルがアキラに向けて発射される。機関砲がアキラに狙いを定め砲弾を発射する。ミサイルポッドの真上にばらまかれた無数のミサイルが、勢いを溜めるように一度空中にとどまり、可動ノズルから噴射で自身の軌道をアキラに向けて再修正して勢いよく飛んでいく。機関砲から放たれた砲弾が、小型ミサイルを追い越してほぼ一直線にアキラを目指して飛んでいく。

 アキラが銃撃の反動を利用して両脚をビルの側面に押しつけ、壁の僅かな凹凸を利用して時に横に飛び、時に自由落下より早く下側へ走り飛んでかわす。砲弾がビルの側面に直撃し、爆発により壁の一部が破壊され、瓦礫がれきや爆煙をき散らしていく。

 アキラが必死の形相でビルの側面を走りながら、上下左右からの爆風を肌で感じながらアルファに訴える。

『頼むからちゃんと避けてくれよ! これ、爆風で外側に吹き飛ばされても死ぬだろう!?』

 アキラは体を水平に傾けて壁を走る経験など初めてだ。そのため動作の大半はアルファによる強化服の操作で実現させている。拡張された視界に砲撃の着弾予想位置なども表示されているが、それを見て移動ルートを判断する暇や余裕などない。可能な限りアルファの指示通りに動くので限界だ。

 アルファがビルの側面を滑るように横向きになって移動しながら、余裕の微笑で答える。

『確かに足場を失うととても危険よ。だから敵の砲撃箇所を分散させるためにも止まらずに走り続けてね。銃撃も緩めては駄目よ。その反動がなくなると壁を蹴っての素早い移動が難しくなるわ。覚悟を決めて走り続けなさい』

『それなりの覚悟で良かったんじゃないのか!?』

『それはあの時と、アキラが賞金首もどきと戦った時と比べればの話よ。それなりの覚悟はいるって念押ししたでしょう? 少なくともアキラがモンスターの体内から自力で脱出した時の状況と比べれば、覚悟と呼ぶのもおこがましいぐらいだと考えていたのだけれど、違うの? 実は結構余裕で抜け出してきたの?』

 アルファはそう言って楽しげに微笑ほほえんでいる。アキラはアルファの表情を、現在の状況が自分が思うほど危機的なものではないから、と信じながらも必死の形相で答える。

『それは! 絶対に! 比較対象が間違っている!』

『ぼやかないの。ほら、迎撃して』

『分かったよ!』

 アキラがビルの側面を走りながら、迫りくる小型ミサイルの群れにDVTSミニガンを向けて引き金を引く。無数の銃弾が空中を飛ぶ小型ミサイルの軌道上にばらまかれる。その銃弾と衝突したミサイルが次々と空中で爆発し、爆風が他のミサイルの軌道を狂わせていく。

 ミサイルの群れの一部があらぬ方向へ飛んでいき別のビルに直撃する。一部は他のミサイルと衝突して爆発する。一部はアキラから離れた場所に着弾して、ビルの側面に大穴を開けた。

 同時にアキラはCWH対物突撃銃を無人兵器へ向ける。照準合わせはアルファが勝手にやっているので、アキラの仕事は大まかな狙いを付けることと、銃撃の反動に耐えることだけだ。ただし片腕でかなり銃撃しているのでその反動を抑え切れておらず、アキラの身体にかなりの負荷を与えていた。

 事前に服用していた回復薬の鎮痛作用のおかげで、アキラが感じている痛みは僅かだ。しかし強化服の身体能力を振り絞った無理な動作と、近距離に着弾したミサイルの爆発の衝撃などで、アキラの骨がきしみ筋肉が破損し続けていく。それは回復薬の治癒効果によりぐに治療され、更なる負荷で更に破壊され、再び治療される。それは回復薬の効果が切れるか、戦闘が終わるまで繰り返される。

 アキラは細胞単位で破壊と再生が繰り返されている奇妙な感覚を覚えながら、濃密な時間感覚を実感しつつ、ビルの側面を駆け降りながら戦うという人生初の体験を、できれば最初で最後であってほしい経験を続けていた。現在のアキラの位置はビルの18階辺りだ。自由落下ならあっという間のはずの地上までの距離はまだ遠い。

 小型ミサイルを発射していた無人兵器のミサイルポッドが扇状に広がる。小型ミサイルが放射状に発射されていく。無数の小型ミサイルがある程度空中に広がった後、アキラの方へ一斉に殺到していく。ミサイル同士の間隔を広げることにより、迎撃や誘爆の被害を抑えつつアキラの周辺一帯を吹き飛ばそうとしているのだ。

 アキラが一帯に広がっているミサイルの群れを見てアルファに尋ねる。

『アルファ! あれは迎撃できるのか!?』

『迎撃は無理ね。範囲が広すぎるわ。でも大丈夫よ』

『そりゃよかった!』

 アキラは無理矢理やり笑って戦闘を続行し続ける。アルファが大丈夫だと言っている以上、アキラにはそれを信じて戦う以外の道はない。そしてアキラはアルファを信じている。信じていなければ、こんな真似まねはしていない。

 アキラはそのままビルの側面を走り続ける。機関砲の射線から逃れつつ、着弾までの僅かな時間までに回避可能な位置に移動し続けている。同時にCWH対物突撃銃の専用弾を、次々に機械系モンスターの弱点にたたき込み続ける。機関部を、搭載している兵器を、制御装置を破壊された機械系モンスターが、戦闘不能の鉄屑てつくずに変貌していく。まるで敵の方がアキラからの攻撃に合わせているように、強力な無人兵器が最大効率で破壊され続けていく。

 しかし戦闘可能なモンスターが一機でも残っていれば、そこらのハンターを殺すには十分すぎる火力なのだ。無人兵器は逃走などしない。殲滅せんめつしなければ、アキラの勝利にはならないのだ。

 無数の小型ミサイルがアキラごと周囲一帯を吹き飛ばそうと殺到する。アキラはその一つに狙いを定めて、CWH対物突撃銃とDVTSミニガンを向けて引き金を引く。爆発したミサイルの爆風と銃の反動を利用して、アキラは進行方向にあるビルの窓に飛び込んだ。

 少し遅れて無数の小型ミサイルがビルの側面に直撃する。ほぼ同時に着弾したミサイルの派手な爆音が響き渡る。広範囲に攻撃したことで火力を集中した時より威力は低下していた。旧世界の高度な技術で建造されたビルは、側面が多少ひび割れた程度でその攻撃に耐えきった。

 アルファはアキラに指示を出し、事前に1階から最上階までの各階の構造を情報収集機器で調査した。そこから得た情報を基に、アキラを最も安全な場所まで誘導して走らせていたのだ。

 無数のミサイル攻撃から逃げ延びたアキラがビルのフロアを駆け抜けていく。その途中でアルファがアキラに指示を出す。

『アキラ。口の中に含んでいる回復薬を今のうちに飲み込んでおいて』

『了解。もう前に飲んだやつの効果が切れ始めているのか?』

『痛みがないから気付きにくいのかもしれないけれど、既に相当なダメージを受けているわ。戦闘の途中で腕や脚が千切れるのが嫌なら、念のために早めに使っておいて』

 アキラが走りながら追加の回復薬を飲み込む。銃の弾倉も交換しておく。そしてアルファが指定した窓から、再びビルの外へ飛び出した。現在位置はビルの10階。地上まではあと少し、残りのモンスターの数もあと少しだ。

 敵モンスターの位置はアルファがしっかり把握している。アキラは窓から飛び出た直後から残りの敵へ向けて銃撃を開始する。構えたCWH対物突撃銃から放たれた専用弾が、機械系モンスター特有の強固な装甲を貫き、弱点部位を破壊する。ビルの周辺から更に敵が1体消えて、同量の鉄屑てつくずが増えた。

 残り10階分。アキラが攻撃を続けながらビルの側面を駆け下りていく。そしてついに地上まで辿たどり着いた。着地と同時に両脚を地面に着けてCWH対物突撃銃をしっかり構え、最後のモンスターに狙いを定める。

『これで最後よ!』

 アキラはアルファの言葉を聞きながら最後のモンスターを凝視して、引き金を引いた。CWH対物突撃銃の専用弾が直撃し、着弾地点から力場装甲フォースフィールドアーマーの衝撃変換光が放たれた。

 落下中にDVTSミニガンから放っていた大量の弾丸が力場装甲フォースフィールドアーマーの耐久力を削りきっていた。専用弾が外部装甲を突破して機体内部に突入し、機体の制御装置と一緒に重要な部品を粉砕した。

 最後の機体から発せられていた機動音が消えると、ようやく場に静寂が戻った。全てのモンスターが倒されたのだ。

 アキラはその場から動かず、しかし警戒も解かず、静けさを取り戻した地上に立っている。

 アキラのそばに立っているアルファが満面の笑みで勝利を告げる。

『アキラ。終わったわ。アキラの勝ちよ』

 勝利を実感したアキラが最初にしたことは、大きく息を吐くことだった。次に自分が飛び降りてきた場所を、ビルの屋上を見上げて苦笑いを浮かべた。そしてアルファを見た。アルファは少し得意げに微笑ほほえんでいた。

『私のサポートのすごさをたっぷり体感してもらえたかしら?』

 アキラが苦笑して答える。

『ああ。それはもうたっぷりとな。十分体験したから、同じぐらい濃密な体験をもう一度味わう機会は、可能な限り後にしてくれ』

 アルファが揶揄からかうように話す。

『遠慮しなくても良いのよ? 報酬の前払いとしてアキラをサポートする約束で、何より私とアキラの仲でしょう?』

『その自慢のサポートは、できれば俺がこんな経験をしないで済む方向で頼む』

 少し不満げな表情で答えるアキラに、アルファが意味深な表情で答える。

『アキラに死なれたら私も非常に困るから、いろいろと考慮しているつもりよ? 今回の経験も私は安全性を計算して判断した上で、アキラの意志に従って、ちゃんと確認を取った上で実施したわ。ただね? アキラの場合、極めて偶発的な事態を考慮に入れすぎると、そもそもアキラを荒野に出すことすらできなくなるのよね』

 アキラが嫌そうな表情を頑張って苦笑で上書きした。アキラは運が悪いのだ。確かに荒野に出た途端モンスターの群れに襲われることを前提にしてしまえば都市から出られなくなってしまう。アキラに必要なのは、不運を回避する能力ではなく、不運を打ち砕く能力なのだろう。

『……分かったよ。この程度の事態に軽く対処できるように、これからもよろしく』

勿論もちろんよ。任せなさい。では、新たな事態に対処し易くする為に、置いてきた荷物を早めに取りに戻りましょうか』

 アルファがそう答えて微笑ほほえんで上を指差す。予備の弾薬などが入ったリュックサックと、先ほどの戦闘で使用していない他の銃などはビルの屋上に置いたままだ。

 アキラが頭上を見上げる。27階建てのビルは改めて確認すると非常に高い。それをまた階段で登らなければならない。

『……また登るのか』

『そうよ。大丈夫。今度は階段を降りて戻ってこられるわ。それとも、もう一回飛び降りる?』

 アルファが悪戯いたずらっぽく笑ってそう話すと、アキラが間髪容れずに答える。

『嫌だ!』

 少し必死になって答えるアキラの様子を見て、アルファが楽しげに笑っていた。

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