第104話 判断の根拠

 アキラが目的地の高層ビルの正面入り口に辿たどり着く。目立つ銘板にビルの名前が記されている。

『このビルはセランタルビルっていう名前なのか』

『フロア案内があるわ。57階。リオンズテイル社ミハゾノ支店。ここね』

『行くか。旧世界の遺物がたっぷり有れば良いんだけどな。今のところは大赤字だ』

 アキラはまだ何一つ金目のものを手に入れていない。消費した弾薬類に見合う何かを手に入れなければ、命賭けで大赤字を垂れ流しにきたことになってしまう。

 あれだけ強力な無人兵器を撃破してようや辿たどり着いたのだ。きっと高価な遺物が大量に有るはずだ。アキラはそう思い込んで不安を和らげていた。

 アルファが一応アキラに提案する。

『汎用討伐依頼の撃破記録にさっきの戦闘で倒した機械系モンスターの分を加えれば、そこそこの報酬になるはずよ。やっぱりあれも加えておく?』

 アキラが表情をゆがめる。

『止めてくれ。そのためには戦闘記録も渡す必要があるんだろう? あんな真似まねをした記録をハンターオフィスに渡して、あの戦闘を前提にした依頼を斡旋あっせんされるのは御免だ』

 考えすぎかもしれないが、アキラはクズスハラ街遺跡でヤラタサソリの群れからハンター達を助けた時に少々頑張りすぎたことで、それを評価されたためにヤラタサソリの巣がある地下街に放り込まれる羽目になったのだ。

 あの無人兵器を撃破した実績を評価されたら次はどんな依頼がくるのか分からない。ビルの屋上から飛び降りて側面を走りながら戦うなどという少々常軌を逸した真似まねをもう一度やりたいとは思わない。少なくとも、そうせざるを得ない状況にでもならない限りは。

 アルファが揶揄からかうように笑って話す。

『そう? あのキバヤシとかいう職員に渡せば、大笑いで報酬に色を付けてくれそうだけれど』

『嫌だ!』

 アキラが即答した。キバヤシを爆笑させるためにハンター稼業をしているわけではないのだ。

『とにかく中に入って57階を目指そう。ビルの中にも機械系モンスターがいるかもしれないけど、外にいたようなやつは流石さすがにいないだろう』

 気を切り替えて、アキラはセランタルビルの中に入っていった。


 レイナ達がミハゾノ街遺跡で機械系モンスターを狩っている。シオリの提案でミハゾノ街遺跡の難易度を肌で感じるためにも、遺物収集より狩りを優先させているのだ。

 ハンターオフィスの派出所から余り離れなければ、万一の事態が発生しても緊急依頼を出して救援を得やすい。シオリがレイナを少し過保護気味に扱っていることもあり、一行は遺跡の奥に進まずにハンター稼業に精を出していた。

 厳密には、ハンター稼業に精を出しているのはレイナだけだ。シオリはレイナの付き添いとして、自分の働きをレイナと同程度に抑えていた。つまり意図的にかなり手を抜いていた。これはシオリがあっという間に敵を撃破して、索敵も完璧に実施して、レイナをただの足手まといにしないための配慮でもある。

 カナエは戦闘に参加すらしていない。レイナのそばで暇そうに立っているだけだ。

 レイナが目標に銃を向けて照準を合わせる。目標は球形の胴体から多脚と多腕を生やした機械だ。汎用作業機械で、普段は市街区画の清掃や瓦礫がれきの撤去などを行っているのかもしれないが、ハンターを見掛けると襲ってくるので機械系モンスターとして扱われている。ハンターなどが落とした銃器類を拾って使用することもあり、結構厄介な機械なのだ。

 レイナが引き金を引く。徹甲弾が敵の多脚と多腕を順に破壊し、最後に胴体部に着弾して機能を停止させた。安定した戦い振りだ。シオリが称賛する。

「お見事で御座います」

 レイナが僅かに影のある笑顔で答える。

「……うん。ありがとう」

 シオリの言葉は世辞ではない。それはレイナも理解している。しかしいろいろあって自己評価を低く捉える傾向が出ていたレイナは、明確な実力者であるシオリから褒めの言葉を聞いても、その程度のことを褒められるほどに自分の実力が低いと悪く考えてしまっていた。

 なお本当にレイナの実力が低いのならば、シオリは絶対にレイナをこのミハゾノ街遺跡には連れてこない。主要なモンスターが機械系であるこの遺跡はなかなかの高難度なのだ。レイナの実力は彼女のハンターランクから想定する実力を明確に超えている。既にレイナはそこらの身の程知らずなどとは一線を画する実力者だ。

 しかし身近な比較対象であるシオリとカナエが明確な戦闘訓練を受けた格上で、自分と似たような年頃のアキラがシオリと五分に渡り合っていた光景がレイナの記憶に焼き付いていた。その所為でレイナは自身の実力を無意識に軽んじていた。

 そのレイナをシオリが僅かに痛ましそうに見ている。追加の称賛は逆効果だと判断して、シオリはそれ以上の口を閉ざした。

 レイナは自分が倒した機械系モンスターをシオリと一緒に台車に運んだ。カナエはそれを手伝おうともしない。レイナが少し不服そうに嫌みっぽくカナエに話す。

「本当に、戦う気も手伝う気もないのね」

 レイナからの非難の視線を受けても、カナエは全く気にせずに軽く笑って答える。

「お嬢。何度も言っている通り、私の仕事はお嬢の護衛であって、お嬢のハンター稼業の手伝いではないっすよ。いや、あねさんだって本来はお嬢のハンター稼業を手伝う義務は無いんすよ?」

「……それは、そうだけど」

「私の仕事は、万一の場合にお嬢を担いで逃げ帰ることっす。私を通常の戦力として扱うのは無しっすよ。機械系モンスターを運搬するのも自分でやってくださいっす。私はお嬢の護衛でとても忙しいっすよ。そんなことをしている暇は全く無いっす」

 レイナはカナエの言い分に納得しながらも、どこか釈然としない気持ちと、護衛付きでハンター稼業を続けている自分への苛立いらだちで、少々複雑な表情を浮かべてカナエを見ている。カナエは軽く笑ってレイナを見ている。

 シオリがレイナを擁護したい気持ちを抑えて、今はあえてカナエ側の意見を述べる。

「お嬢様。カナエはこれでもお嬢様の護衛として派遣される程度の実力は持っております。万一の場合の盾や命綱としてお考えください。そしてその盾や命綱が頑丈だからと、お嬢様に無理をさせるわけにはいきません。カナエが遊んでいられるほど、私達に余裕があるとお考えください」

「酷いっすね。ちゃんと給料分は働いているっすよ」

 シオリが真面目な顔でカナエを見ながら話す。

「そうでなければ、たたっ切っているわ」

 シオリの手は腰の刀に伸びていた。シオリは本気で言っていた。

 それでもカナエの笑顔は崩れない。それはシオリがこの状況で刀を抜くことはないと理解しているからであり、同時に抜いたら抜いたで面白そうだと思っているからだ。しかも後者の比率が多かった。

 シオリは軽くめ息を吐き、表情を戻してからレイナの方を向く。

「お嬢様。荷台もそろそろ満杯です。一度ハンターオフィスの出張所まで戻りましょう」

「分かったわ。……ん?」

 レイナが視界の先に立ち上る煙を見つけた。その煙はミハゾノ街遺跡の奥にあるビルの周辺から立ち上っている。

 シオリもレイナの反応で遺跡の奥から立ち上っている煙に気付いた。すぐに情報端末を取り出すと、ミハゾノ街の地図と照らし合わせて大凡おおよその位置を確認する。ただならぬ異変ならば直ちにレイナを避難させなければならない。旧世界の遺跡では何が起こっても不思議ではないのだ。

 シオリが確認を済ませてレイナに説明する。

「セランタルビルの辺りですね。恐らくハンターがセランタルビルを攻略しようとしているのでしょう。近づきさえしなければ問題ありません」

「随分派手に戦っているみたいだけど、この遺跡の奥ってそんなに危険なの?」

「いえ、セランタルビルの周辺だけに、他の場所に比べて強力なモンスターが存在しているという話です。恐らくセランタルビル特有の警備システムが稼働しているのでしょう。警備装置は破壊されてもしばらくすると再配備されるために、セランタルビルに侵入できるハンターは少数で、ビルの内部には高額な遺物が大量に残っているといううわさが流れております」

 シオリの説明を聞いたカナエが楽しそうに笑ってレイナをき付ける。

「面白そうっすね。ハンター側が勝ったのなら警備の機械系モンスターは倒されているし、ハンター側が負けていてもモンスター側の被害も大きいはずっす。どちらにしろしばらくは楽にビルの中に入れるってことっす。お嬢。後で見に行かないっすか?」

 シオリはカナエを軽くにらみ付ける。

「カナエは黙ってなさい。お嬢様。たとえ警備のモンスターが存在していないとしても、セランタルビルに向かうのはお勧めいたしません」

 シオリは真剣な表情でレイナを止めていた。レイナはそこに自分の実力不足以外の理由を感じて少し不思議そうに尋ねる。

「シオリがそう言うなら止めておくけど、どうして? 高価な遺物があって、モンスターもいないのなら、行く価値ぐらいはあると思うけど」

「お嬢様は、旧世界の亡霊、と呼ばれるものを御存じですか?」

「旧世界の遺跡にまつわる怪談のことよね? 名の知れた遺跡に付きもののやつ。遺跡で死んだハンターの幽霊が他のハンターを襲う話。旧世界の幽霊が遺跡のモンスターを操って襲ってくる話。妖精が遺跡で迷ったハンターを出口まで送ってくれる話。いろいろなパターンがあったはずよ。クズスハラ街遺跡にもそんな話があったはず。確か、誘う亡霊……だったっけ? 高価な遺物の隠し場所を教えるとか言って、言葉巧みにハンターを遺跡の危険な場所に連れて行って死なせてしまう存在の話だったような……」

 シオリが話を補足する。

「その類いの話で間違い御座いません。時には騒ぎが大きくなり、旧世界の遺跡に向かうハンターの足を大きく鈍らせることもあり、ハンターオフィスが調査に乗り出すことも御座います。調査結果の一部は公表されております。ハンター同士の遺物の奪い合いで死者が出た話に尾ひれが付いたもの、稼働中の遺跡の設備が原因のものなど、理由が判明してしまえば大したことではなかったものが大半です」

「まあ、よくある話よね。それがどうかしたの?」

「このミハゾノ街遺跡にもその手の怪談があります。そしてその怪談の舞台が、あのセランタルビルなのです。原因が何であれ、その手の話が生まれるほどの死人が出ているのです。そしてその理由も不明で、今も怪談のままなのです。お嬢様をそのような危険な場所に近づけるわけにはいきません」

 レイナは少し怖くなり、同時にその話に興味も湧いた。恐る恐るシオリに尋ねる。

「分かった。行かないわ。それで、その怪談って、どんな話なの?」

 シオリが真剣な表情を崩さずに怪談の内容を説明する。話の内容を聞いたレイナの表情が少し強張こわばった。


 セランタルビル1階のフロアに到着したアキラが周囲を少し驚きながら見ている。ビルの受付でもあるフロアはかなり小奇麗だ。非常に綺麗きれいな状態が保たれていて、光を反射する床には汚れもほこりもない。来客用の設備なのか損傷のない机や椅子が設置されていた。

 大企業の本社ビルの受付。アキラの脳裏に浮かんだ感想だ。クガマヤマ都市の防壁と一体化している高層ビルの中に入った時にも感じた自分は場違いのような感覚。アキラはその感覚からくる緊張を覚えながら、広々とした吹き抜けのフロアを見渡していた。

『随分綺麗きれいだな』

 アキラはビルの外とは全く違う光景に少しだけ気圧けおされていた。アルファが警戒を促す。

『恐らくビルの設備が生きているのよ。自動操縦の清掃ロボットとかが定期的に掃除をしているのでしょうね。警備ロボットもいるかもしれないわ。注意してね』

『分かった』

 次の瞬間、アキラはいつの間にか視界に増えていた女性の姿に気付き、反射的に銃を向けた。即座に発砲する距離ではなかったが、指は引き金に掛けたままだ。

 アキラの表情は険しい。彼女がいる場所が、つい先ほど確認したはずの場所だったからだ。情報収集機器による索敵も怠っていない。そこには誰もいなかったはずだった。

 彼女はアキラに銃を向けられても微塵みじんもたじろがずに微笑ほほえんでいる。服は恐らく受付業務に携わる職業の旧世界製の制服だ。少なくとも戦闘用のものではない。

 もっとも旧世界製の衣服はその外見と性能がかけ離れていることも多く、見た目だけで判断するのは危険だ。少なくともアキラが非武装の彼女への警戒を緩める理由にはならない。

 アルファが警戒を続けるアキラに説明する。

『アキラ。あれは立体映像よ。実在はしていないわ』

 アキラが怪訝けげんそうに聞き返す。

『実在していない? えっと、アルファと同じなのか? いや、ヒガラカ住宅街遺跡の地下室で見たやつと同じなのか?』

『私の姿はアキラの視界に映像情報を加えたもので、拡張現実に近いものだからいろいろ違うわ。あれは空間投影式の立体映像よ。普通の人間の肉眼で認識できるわ。でもそう見えるだけで実体は無いの。情報収集機器の反応でも、光学処理の反応だけが出ているはずよ』

 アキラが情報収集機器の反応を確認する。そこには光学処理と赤外線や振動での処理結果に大幅な差分が存在しているので、該当箇所を注意するように示す表示が出ていた。

『分かった。旧世界の技術でいろいろやっているんだな』

『そういうことよ』

 実在していないなら銃を向けても意味はない。そして急に襲いかかってくることもできないだろう。アキラはそう判断して銃を下ろした。

 彼女は歩いてアキラの近くまで来ると、笑顔で会釈してからアキラに話しかける。

「お客様。当ビルは現在休館中でして、関係者以外立入禁止となっております。お引き取りください」

 アキラは彼女の声をしっかり聞くことができた。少し驚きながらアルファに尋ねる。

『アルファ。しっかり声が聞こえるんだけど、本当はいないんだよな?』

『彼女が近くで話しているように聞こえるだけよ。声の発生源はそこではないわ。擬似的な指向性を計算してどこかから音声を出力しているのよ』

 情報収集機器の表示に、光学処理と音処理での結果の大幅な差異を示す表示が加わった。アキラには彼女が話しているように聞こえるが、実際はいろいろ違うようだ。

 彼女の方から話しかけてくる以上、会話はできるのかもしれない。アキラは試しに話しかけてみる

「えっと、57階のリオンズテイルの支店に行きたいんだけど……」

「お客様。説明を繰り返させていただきます。当ビルは現在休館中で御座います。事前に来訪申請を済ませているお客様のために、1階受付フロアのみ解放しておりますが、基本的に全フロア立入禁止で御座います。お引き取りください」

 彼女と会話ができることは確認できた。そしてこのビルから出て行ってほしいことも確認できた。

「来訪申請って、どうすれば良いんだ?」

「休館中の来訪申請は、各フロアの責任者からの申請のみを受け付けております。1階受付での直接の申請は受け付けておりません。お引き取りください」

 アキラはその後もいろいろ彼女に聞いてみた。しかしアキラの質問に対する彼女の返事を要約すると、駄目だ、帰れ、であり有意義な情報を得ることはできなかった。

 アルファが無益な交渉の中止を勧める。

『アキラ。もう無視して先に進みましょう。彼女はこのビルの受付の機能として応対しているだけよ。話すだけ無駄よ。それとも、彼女の言う通り帰る?』

『そうだな。進むか』

 アキラは彼女を無視して進むことにした。アキラが周囲を軽く見渡して通路に進もうとすると、彼女が最後に強めの口調で声を掛ける。

「警告します。当施設は不法侵入者に対する殺傷権を保持しています。速やかに退去してください」

 アキラが立ち止まる。そして振り返って少し険しい表情で彼女に話す。

「そういうことは、外のやつらが俺を襲う前に言え」

 彼女は何も言い返さずに忽然こつぜんと姿を消した。

 アキラが少しだけ表情をゆがませる。言い分としては彼女の方が正しいのだろう。休館中のビルに武装して押し入ったのは自分の方だ。だがこれもハンター稼業なのだ。そして全ては今更な話なのだ。アキラは気を切り替えて、きびすを返して先へ進んだ。

 アキラがエレベーターの前でうなっている。1階を探索中に見つけたのだが、使用できないからだ。ボタンを押しても全く反応がないのだ。

 エレベーターとは縁遠い生活を送っていたアキラだが、その利便性は理解している。具体的には、以前シオリに誘われて高級レストランに向かった時に理解した。あのレストランはとても眺めの良い上階で営業していたのだ。

 アキラが少し面倒そうな表情でアルファに尋ねる。

『壊れているのか、使わせる気がないのか、どっちだと思う?』

『多分使わせる気がないのよ。使用できたとしても、余り使ってほしくないわ。乗ったら最後、二度と扉が開かなくて中で餓死するのは嫌でしょう? 強化服で扉をこじ開けるのも大変だわ』

『それは嫌だな。仕方ない。素直に階段で上がるか』

 アキラは諦めて1階の捜索中に見つけた階段に向かった。

 アキラは階段がビルの屋上まで続いていることを期待していたのだが、残念ながらそう上手うまくはいかなかった。ある程度登ると上階に進む階段が頑丈な扉で閉じられていたのだ。扉を強化服で蹴飛ばしたり、CWH対物突撃銃の専用弾で撃ったりして破壊することも可能だろう。しかし力尽くで進むと無駄な時間と労力が掛かりそうだ。アキラはその階を捜索して別の階段を探すことにした。

 別の階段を発見したが、ある程度登ると同じように先が封鎖されていた。そのたびに別の階段を探してフロアを探索しながらビルを登っていく。

 フロアの状態は様々だ。ハンターが根こそぎ遺物を持ち帰ったような荒れ果てたフロアもあれば、明日の開店を待つばかりのような綺麗な商店のフロアもある。アキラが大量の商品を残している店舗を見つけて目を輝かせる。その店舗は旧世界の遺物であふれていた。

『やった! 苦労して中に入った甲斐かいがあったな! よし! 持って帰るぞ!』

 アキラが嬉々ききとして作業を開始する。背負っていたリュックサックから小さく折り畳まれている別のリュックサックを取り出す。そして陳列されている旧世界の遺物をその中に詰め込んでいく。

 場所が場所なら店舗に盗みに入った窃盗犯の光景だ。そして旧世界側の立場から見れば、アキラは間違いなく武装した窃盗犯だ。警備の機械系モンスターが殺す気で排除に来るのも当然だろう。

 アキラがいろいろと自覚して苦笑する。

瓦礫がれきや砂まみれの遺跡から遺物を持ち出すのとやっていることは同じなんだろうけど、窃盗犯の一味にでもなった気分だな』

 アルファが苦笑しながら話す。

『無人兵器で防衛されているビルの中に武力で押し入ったのだから、本来はその程度で済まないわ。しっかり経営中の店に押し入るのは止めると誓って、永遠に買い手が来ない貴重な物資を有効利用するとでも誤魔化ごまかしましょう』

すごい言い分だ。そんな言い分で旧世界の遺物を盗んでいくハンター達を追い払うんだ。無人兵器ぐらい必要になるわけだな』

 苦笑しながらそう話していたアキラが急にその苦笑を消す。そして旧世界の遺物を詰め込む手を止めてアルファに尋ねる。

『アルファ。ちょっと聞きたいことがあるんだ。さっきの戦闘で破壊した機械系モンスター達のことなんだけど、アルファのサポートのおかげで倒せたけどさ、あれ、すごい強いよな? 少なくとも、俺はすごい強いモンスターだと思った。初めの攻撃を受けた時に、もう諦めて帰るしかないって思ったんだ。そこらのモンスターとは別格の強さだよな?』

勿論もちろんよ。あれは強力な無人兵器よ。私のサポートがなければ絶対に倒せないわ。すごい苦労して倒したのだから、アキラもそれぐらい分かるでしょう?』

『ああ。分かる。そんなにすごいモンスターを、どうしてアルファは余裕で倒せるって判断したんだ? いや、確かに俺の負担は大きかったし弾薬も費やした。でも、予想通りに戦って、予想通りに勝った。アルファはそういう感じだった。あんな強いモンスターを相手にして、どういう判断で、何を根拠にして、問題なく勝てると判断したんだ?』

『あら、随分疑うのね。私のサポートに何か不満でも感じたの? 言ってくれれば改善するわよ?』

『いや、そうじゃない。不満なんかない。ただ、何というか、アルファは戦闘中も余裕で笑っていたし、100回戦っても100回勝てるって、絶対の判断をしているように思ったんだ。その根拠というか、理由が知りたかったんだ』

 アキラは少し臆するように話ながらも、真剣な表情でアルファに尋ねていた。

 アルファが少し間を置いてから、微笑ほほえんで尋ねる。

『知りたい?』

 いつも通りの微笑ほほえみだ。しかしアキラはそこに何らかの別の意味を覚えて、それでも答える。

『知りたい』

『口答で説明すると非常に長くなるのだけれど……』

『俺の疑問が解決して納得できる程度に、できるだけ簡潔にまとめて話してくれ』

 アルファはアキラの表情と返答を確認した。そして笑って話し始める。

『分かったわ。理由を物すごく要約すると、敵が機械系モンスターだったからよ。同程度の脅威度の生物系モンスターだったら、絶対に戦わせなかったわ』

『生物系と機械系でそんなに違いがあるのか?』

『あるのよ。少なくとも私がアキラをサポートする場合には明確な差が生じるわ。特にあの無人兵器類は純粋な機械系、設計書通りの構造でプログラム通りに動作する機械よ。自己修復と自律更新を繰り返して内部構造や判断ロジックを変質させるような、生物系を模したような変異がないの。そのおかげで敵の行動を読みやすいのよ。敵の行動にランダム性がほぼないから、少ない試行回数で最善手を計算しやすいの。気紛きまぐれで行動することもある生物系モンスターと比べて、偶然やランダム性を排除しやすいから、出力結果を得やすいのよね。だから、アキラには一見ぎりぎりの状況に見えても、私は安全性を十分保った問題なく勝てる戦闘だと判断したのよ』

 アルファが説明を続けていく。アキラのまだまだつたない知識では正確な理解は困難だが、その根拠となるものを何となく理解することはできた。

 敵兵器の構造及び搭載されている制御装置に組み込まれているプログラムを事前に知ってさえいれば、戦闘シミュレーションにそれらを組み込むことで、非常に高精度な出力結果が得られる。アキラ側の動作はアルファによる強化服の操作で補正できる。戦闘を二人零和有限確定完全情報ゲームに可能な限り近づけることで、予知に近い最善手、最適解を取り続けていたのだ。

 アキラが死に物狂いで戦った先ほどの戦闘も、アルファには既に解き終わった詰め将棋と同じだったのだ。

 生物系モンスターではその演算が困難なのだろう。生物特有の変異や気紛きまぐれなどにより、精度に欠ける結果しか得られないからだ。

 アキラが理解の外にある部分を何とか解釈しようと悩みながら尋ねる。

『えっと、つまり敵の弱点や行動パターンとかを知っているから戦いやすい相手だったってことか?』

おおむねその通りよ』

 何かを考え込んでいるアキラに、アルファが再び少し間を置いてから、微笑ほほえんで尋ねる。

『まだ納得できない? もっと詳細に知りたい?』

 アキラが首を横に振って答える。

『いや、十分だ。何だかよく分からない理由で楽勝だって判断したわけじゃないことは分かったからな』

『あら、失礼ね。私はあやふやな理由でアキラの安全をおろそかになんかしないわ』

『悪かった。アルファの授業のおかげで知識も増えて、俺もいろいろ考えるようになったんだ、成長のあかしだとでも思ってくれ。感謝してる』

『そう? 良かったわ。私の指示を疑われると、咄嗟とっさの時に困るからね』

『ああ。分かってる。ちょっと気になっただけだ。まあ、この旧世界の遺物の山に比べればどうでも良い話だ。危険だったが、危険に見合うものは手に入ったわけだしな』

『そうね。たっぷり持ち帰りましょう』

『ああ』

 アキラは遺物運搬用のリュックサックに旧世界の遺物を詰め込む作業に戻った。

 アキラの疑問は解決していない。正確には、元の疑問が解決したことで新たに浮かんだ疑問が未解決のままだ。アルファの判断の根拠はアキラも理解して納得した。しかし、その根拠を成り立たせるものを、何故なぜアルファが知っているのか。それは分からないままだ。

 今では旧世界の遺跡と呼ばれる旧世界の工場で製造された無人兵器。その設計図や搭載されている制御装置に組み込まれているプログラムの詳細など、その手の重要な情報は、普通は秘匿されているはずだ。当時の人々であっても普通は知らないはずだ。その手の情報に精通しているのはごく限られた人間のはずだ。

 アルファはなぜそれを知っているのか。聞けば分かるかもしれないそのことを、アキラは内心に湧いた疑問と好奇心を抑えつけて意図的に尋ねなかった。恐らくアルファはそれを聞かれるのを望まない。そう判断したからだ。

 アルファはアキラに知りたいかと聞き返していた。アキラにはそれが、聞かれたくないことを聞かれないための、何らかの手段に思えてならなかった。

 アルファには何らかの制限が存在している。アキラの許可を取らなければ実行できないこともある。他にもいろいろ制限があるのだろう。その制限の所為で、聞くな、とは言えなかったのではないか。回答を拒絶する返答をするために、知ると後悔する、と制限の範囲内で言い換えたのではないか。アキラにはそう思えてならなかった。

 だからアキラは聞かなかった。尋ねてしまえば、それがアルファと敵対する切っ掛けになってしまいそうで、疑問と好奇心を頭の奥に追いやって蓋をした。

 押し込んだ疑問と好奇心は既に結構まっており、外に出ようと内側から蓋を押しているが、それはまだアキラが十分に押さえつけられる程度の力しかない。あの無人兵器をアキラ一人で撃破させるほどのアルファのサポートの有用性に比べれば微々たるものだ。少なくとも、今は、まだ。

 アルファがアキラを無人兵器と戦わせたのは、今一度アキラに自身のサポートの価値を理解させ、実感させるためだった。そこまではアキラも気付いていなかった。

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