第102話 メイドとメイドとその主人

 レイナ達も自分達が注目を集めていることなど分かっている。彼女達が浮かべている表情の差は、それを気にしているかどうかの差だ。シオリは他者からの視線よりも己の職務と忠義を優先させ、カナエは気にせず笑っており、レイナは少しげんなりしていた。

 レイナがシオリとカナエを見たハンター達の反応を再確認してめ息を吐く。

「……やっぱり、目立つわね」

 以前都市の下位区画で、カナエだけがメイド服を着ていた時もそれなりに目立っていたのだ。旧世界の遺跡の近くにメイド服を着ている美人が2人もいればさぞ目立つだろう。

 シオリがレイナを気遣う。

「遺跡の中に入れば視線も減るでしょう。それまでの辛抱です」

 シオリは自分達の格好の所為で注目を集めてしまい、不要な気苦労をレイナに与えてしまっていることを理解している。しかしそれを理解した上でこの服を着る理由があるのだ。多少注目を集める程度のことで脱ぐわけにはいかなかった。

 カナエが笑いながらレイナに話す。

「慣れっすよ。慣れ。名の知れたハンターに成れば、どんな格好でも注目は集まるっすよ。今のうちから慣れておけば良いんじゃないっすか? お嬢に一山幾らのハンターで終わる気がなければの話っすけどね」

 シオリがカナエに非難の視線を送る。カナエが軽く目をらす。

「ん?」

 カナエは視線をらした先に、見たことのある顔を見つけた。


 注目を集めているレイナ達と、どちらかと言えばいぶかしむように彼女達を見ている周囲のハンター達。アキラはその様子を見て自分の常識の正しさを確認して、少し機嫌を良くしてアルファに話す。

『アルファ。やっぱりメイド服で荒野に出るのはハンターの常識では不自然なようだぞ』

『そのようね。でも確かに常識は大切だけれど、常識に足をすくわれてはいけないわ。時には常識を疑って、臨機応変に対応しないといけないわよ。旧世界の遺跡では何が起きても不思議はないのだからね』

『分かってるよ。……そんな話だったか?』

 話をらされた気がして、アキラが少し首をかしげた。アルファが気にせず話を続ける。

『彼女達に用があるわけでもないわ。そろそろ遺跡の中に入りましょう』

『そうだな』

 いろいろと誤魔化ごまかされたような気もしたが、アキラも気にせず遺跡に向かおうとする。

 その時、まだレイナ達を見ていたアキラと、偶然アキラの方を見たカナエの目が合った。

 カナエはアキラを見つけると不敵に楽しげに笑った。そして大声でアキラに声を掛ける。

「少年! また会ったっすね!」

 レイナとシオリもアキラに気が付いた。その場を立ち去ろうとしていたアキラの足が止まる。その間にカナエは早歩きでアキラの所まで来てしまう。

「少年も遺物収集っすか? 奇遇っすね! あ、私はカナエっす!」

 やけに元気良く話しかけてくるカナエの態度に、アキラが少し怪訝けげんなものを感じながら答える。

「……俺はアキラだ」

「そうっすか! アキラ少年! よろしくっす!」

 無駄に元気の良いカナエの態度にアキラは若干押され気味だった。

 レイナとシオリもアキラのもとまでやって来た。カナエがアキラの元に行ってしまった以上、無視して別行動を取るわけにも行かない。

 シオリがアキラの様子を確認しながら会釈する。

「……アキラ様、お久しぶりで御座います」

 続いてレイナが少し緊張気味に挨拶する。

「……その、久しぶりね」

 アキラが少し慌てながら、気まずさを覚えながら答える。

「そ、そうだな」

 前回のこともあり、アキラもレイナもシオリも相手への態度や対応を決めかねていた。

 カナエが場の空気を全く読まずに明るい声でアキラに話しかける。

「実は私達は、ここに来るのは初めてっす! 少年はここにはよく来る方っすか?」

「いや、俺もこの遺跡に来るのは初めてだ」

「そうっすか! 奇遇っすね!」

 カナエは一人場違いの明るさでアキラに対応していた。

 アキラはカナエも含めたレイナ達への対応を決めかねていた。しかしカナエの態度に毒気を抜かれて、いろいろとどうでもよくなってきた。

 アキラが軽く息を吐いた後、恐らく一番いろいろと気にしているであろうシオリに話す。

「あの状況で、俺の言い分を信じて俺に協力してもらえるとは思っていない。中立の立場を保ってもらえただけでも十分有り難い。一応、礼は言っておくよ」

「御理解を感謝いたします」

 シオリがアキラへ深々と頭を下げた。少なくともアキラはレイナ達に敵意を抱いていない。そのことを確認して取りあえず安心した。

 シオリは急にアキラに声を掛けるカナエの行動に呆気あっけに取られて、カナエを止める暇がなかったのを後悔していたのだが、結果的には良かったのかもしれないと思い直した。

 シオリがアキラの様子を改めて確認する。アキラの装備が地下街の時より高性能なものに変わっていることにすぐに気付いた。

 シオリは無意識にアキラとの戦闘を想定する。シオリとカナエの2対1ならば、どちらかが犠牲になる可能性はあるが、間違いなくアキラを殺せる。しかしレイナを加えた3対1ならば非常に難しい。その場合はレイナをまもりつつ戦わなければならないからだ。シオリにはアキラがレイナという弱点を見過ごすとは思えなかった。

 やはり不必要にアキラと敵対するべきではない。シオリは改めてそう判断した。

 アキラが弛緩しかんした雰囲気でレイナ達に尋ねる。

「それで、何か用か? 知った顔に挨拶しに来ただけなら俺はもう行くけど」

かしこまりました。お気を付けください」

 シオリは答えてアキラと別れようとした。しかしそこにカナエが口を挟む。

「これも何かの縁っす! 良かったら一緒に行かないっすか?」

 レイナとシオリが驚いてカナエを見る。シオリはカナエを叱咤しったして止めようとするが、その前にアキラがあっさり答える。

「断る」

 レイナが全く躊躇ちゅうちょせずに断ったアキラの態度に少し落ち込む。やはり自分は足手まといなのか。それは3人分の戦力が加わる利点を覆すほどなのか。レイナの思考が自虐的な方向に偏りだす。

 カナエは揶揄からかうように笑いながらアキラに話す。

「つれないっすね。こんな美女美少女との同行の誘いを断るなんて、そのとしでもう枯れ果ててるんすか?」

 アキラがあきれに近い表情で答える。

「そんな格好をしているやつらと一緒に行動して目立ちたくないだけだ。それに行動方針や報酬の分配でめるのも面倒だしな。大体なんでそんな格好なんだ? どう考えても目立つだろう? そういう趣味か?」

「雇い主の趣味っす!」

 カナエはそうはっきり言い切った。そこには無駄な説得力があった。

 アキラがレイナをチラッと見て、微妙な表情を浮かべて答える。

「……そ、そうか」

 気落ちしていたレイナだったが、アキラから明確な誤解を受けていることを理解するとそんな気分は吹き飛んでしまっていた。レイナが慌てて否定する。

「違うわ! 私の趣味じゃないわ!」

「あ、うん、そうか」

 アキラが全く信じていないと思われる返事をした。誤解が解けていないことは明らかだ。

 シオリが苦笑気味の微笑ほほえみを浮かべながら、レイナの誤解を解くためにアキラに説明する。

「正確にはお嬢様の御祖父、私達の正式な雇い主である方の御趣味です。この服は私達の手持ち中では最も高性能な防護服なのです。その、上司に高性能な装備を要求しましたら、武器と一緒にこの服が送られてきまして。私達もこの服が不要に目立つことは理解しているのです。しかしこの防護服の性能と、モンスターとの戦闘時のお嬢様の安全を考慮すると、多少目立ったとしても着用するべきだと判断いたしました」

「ちなみに、薄手の強化服を下に着てるっすよ」

 カナエが左手で自分のスカートを持ち上げて、右手でその下の黒タイツのような強化服を指差した。恐らくシズカやエレナが着用しているような種類の強化服なのだろう。アキラはそう考えて、そのことには疑問を抱かなかった。

「そのような事情でして、我々の服装はお嬢様の趣味によるものでは御座いません。御理解いただけましたでしょうか?」

 シオリはスカートを持ち上げているカナエの手をはたきながら、アキラに誤解であることの理解を求めた。

 アキラは少し思案して、その後に何かに気付いたように表情を変えて話す。

「ああ、そうか。その服は旧世界の遺物か。旧世界製ですごい頑丈だから防護服の代わりにしているんだな? それで下に強化服を着て運用しているんだ。そうだろ?」

 アキラは自分の常識に照らし合わせて、辻褄つじつまの合う答えを見つけ出した。常識的に考えてモンスターとの戦闘に耐えうる防御性能を持つメイド服など有るわけがない。しかし旧世界の遺物ならば、その限りではない。アキラも納得できる答えだった。

 しかしシオリがアキラの答えを否定する。

「いえ、これは旧世界製ではありません。防護服の製造にも携わっている衣類メーカーに発注したものだと聞いております」

 アキラが少しの沈黙の後に尋ねる。

「俺の常識が間違っているなら言ってくれ。……なんでメイド服にモンスターとの戦闘に耐えうる防御性能が必要なんだ? メイドってあれだろ? 家事とかする職業の人のことだろ? そんな機能は要らないだろ? それとも趣味ってのは、ハンターにメイド服を着せる趣味があるってことなのか?」

「いえ、本館のメイドは全員同系統のメイド服を着用していると聞いております。恐らくその余剰品かと」

 アキラが顔をしかめながら辻褄つじつまの合う答えを思案する。

「……それは、警備や護衛の人間の装備としてなんだよな? そういう戦闘訓練を受けた人間を、表向きメイドってことにしているんだろう?」

「いえ、確かに警備や護衛の任に着いている者はおります。しかしそうではない他の通常の家事に割り当てられている者にも支給されております。しかし本家のメイドには全員一定の戦闘技能が必須として、訓練のカリキュラムに含まれていることも確かです」

 根が真面目なシオリは、アキラの質問に適当にうそを吐いて納得させたり、誤魔化ごまかそうとしてけむに巻いたりせずに、機密事項に触れない箇所について誠実に答えていく。しかしそれはアキラの困惑をより深める結果に終わった。

 何故なぜメイドに戦闘技能が必要なのか。恐らく都市の防壁の内側の話なのだろう。今までアキラは、そこは防壁にしっかりとまもられていることもあり、とても治安の良い場所だと考えていた。

 違うのだろうか。戦闘技能がメイドの必須技能となるほど、危険な場所もあるのだろうか。そもそもメイドと呼ばれる存在に対する自分の知識が間違っているのだろうか。アキラには分からなかった。

 自身の常識が大いに揺らぐ話を聞いたアキラが困惑したままつぶやく。

「俺の知識が、俺の常識がおかしいんだろうか……」

 そのアキラにカナエが笑って答える。

「少年。気にするだけ無駄っすよ。世界は広い。それだけっす」

 アキラがカナエを見る。カナエは諭すような笑顔をアキラに向けて深くうなずいた。

 アキラは途端に気が抜けて急にどうでも良くなり、それ以上いろいろ考えるのを止めた。その知識が間違っていたとしても、アキラの生活に大きな影響を与えることはない。今から危険な遺跡の中に入るのだ。どうでも良いことを気にしている場合ではない。

 アキラはめ息を吐いた後、気持ちを切り替えてレイナ達に話す。

「取りあえず、俺にそっちと合流する気はない。そっちの格好や報酬の件を別にしても、3人の中の2人が残りの1人の護衛に付きっきり、なんていうチームに加わるのはちょっとな。追加でもう1人護衛が欲しいって話なら別だが、今はそういう依頼を受ける気もない。別の機会にしてくれ。じゃあな」

 アキラはそう言った後で、軽く手を振ってレイナ達から去っていった。

 レイナ達は遺跡の奥へ向けて歩いていくアキラを見送った。アキラの姿が見えなくなった後、シオリが中断していたカナエへの叱咤しったを開始する。

「カナエ。一体何の真似まね?」

 カナエがとぼけるように答える。

「何の真似まねって、何がっすか?」

「どうして彼に話しかけたりしたの。何かあったらどうする気だったの?」

「何もなかったし、怒ってないって分かって良かったっすね。怒らなくても良いじゃないっすか」

何故なぜそんなことをしたのかを聞いているの。あの時の彼の様子はカナエも覚えているでしょう? 普通に話しかけるなんて迂闊うかつな行動をどうして取ったの」

 シオリの表情は真剣で、軽くすごんでいる雰囲気がある。カナエが無意味にレイナの危険を増やしたのだとしたら自分にも考えがある。そう告げている態度だ。

 カナエは全く動じずに軽く笑って答える。

「それこそっすよ。少年がどの程度怒っているかはいずれにせよ確認しなければいけなかったっす。仮に、少年の怒りは私達が視界に入った瞬間に殺しに来るぐらいひどいものだったとしても、周囲に多くのハンターがいて、しかもすぐそばにハンターオフィスの出張所があるこの場なら、少年も比較的冷静に行動する可能性は高いっす。万一少年が行動に移ったとしても、私達に非常に有利に戦えるっす。私はちょうど良い機会だったと思うっすけどね」

「……そう。なら良いわ」

 シオリがそれ以上の追及を取りやめる。一定の説得力のある内容だったからであり、そして、その全てがただの言い訳であり、カナエはむしめ事を期待してアキラの所へ向かったことに気付いたからだ。

 だからといってシオリにはカナエを排除することはできない。シオリだけではレイナを守り切れなかった以上、それを補うための戦力を失うわけにはいかないからだ。

 シオリの内心を知ってか知らずか、カナエが余裕の表情で話す。

「そっすか? じゃあお嬢、私達も遺跡の中に入るっすか? それとも少し休憩にするっすか? 出張所には食堂もあるみたいっすよ」

 話を振られたレイナが答える。

「……疲れてないわ。行きましょう」

「了解っす」

かしこまりました」

 レイナ達はアキラに少し遅れて遺跡の中へ入っていった。


 アキラがミハゾノ街遺跡の市街区画を進んでいく。アキラの拡張視界に表示されている目的地の矢印は、遠くに見える高層ビルの上層を示していた。目的地であるリオンズテイル社の端末設置場所を示す矢印だ。

『何であんな場所にあるんだろうな』

『どうしてかしらね。見晴らしが良いから?』

『あの高さなら、さぞ見晴らしは良いだろうけどさ。ビルの階段とかが壊れずに残っていないと、あそこまで行くのは無理だぞ。外壁をよじ登るなんて絶対に嫌だからな』

 目的地の高層ビルは目もくらむ高さだ。壁の外に出て誤って落下した場合、確実に死亡するだろう。

『ビルの外観から判断すると、恐らく現在でも整備装置が稼動しているわ。エレベーターが稼動していれば楽に登れるかもしれないわね』

『そういう設備って、今でも動くものなのか? 下手をすると何百年も前のものなんだろう?』

『可能性はあるわ。ヨノズカ駅遺跡の照明も機能していたでしょう? 当時の技術水準にもるけれど、自動修復機能が今も稼動していれば動作的には問題ないでしょうね』

『他に問題があるのか?』

『設備の動作に問題がないことと、私達がそれを使用できるかどうかは別よ。ビルのセキュリティーもあるでしょうしね。そもそも……』

 アルファが少し前を指差す。

『私達はミハゾノ街遺跡に歓迎されていないわ。ビルの設備なんて使えるかしら?』

 前方から機械系モンスターが近付いてくる。明確にアキラを認識しており、四角い機体の下から生えている多脚を動かして近付いていくる。機体の上から生えている多関節の腕を振り回して近付いてくる。

 アキラが軽く笑ってCWH対物突撃銃を構える。

『そうだな』

 そして引き金を引く。モンスターは徹甲弾を胴体部に食らい、内部機構を破壊されて停止した。

 ミハゾノ街遺跡の市街区画を巡回している警備機械は今日も招かれざる客に対処している。機体から機銃を生やして銃撃してこないだけ、紳士的で倫理的な設計思想の機械なのかもしれない。

 アキラは自力で索敵をしながらミハゾノ街遺跡の市街区画を進んでいた。強化服の操作も自力で行っている。現在のアキラの動きはアルファのサポートがない状態と同じだ。

 自分の体と強化服の動きを別々に処理しながら相反しないように動かすことで、生身の身体能力を超える動きを強化服で無理矢理やり実現させた時でも、身体への負荷を抑えることができる。その訓練を実施しながら、索敵をおろそかにしないように注意を払っている。また不意にアルファのサポートを失っても十全に行動できるように訓練をしているのだ。

 市街区画は瓦礫がれきや倒壊したビルが不規則に道を塞いでいて簡単な迷路のようになっている。倒壊したビルの横に真新しいビルが建っていたり、瓦礫がれきの山の横が不自然なまでに綺麗きれいだったりと、クズスハラ街遺跡の外周部とはかなり違う光景が広がっていた。

 アキラがその光景を見て不思議そうに尋ねる。

『アルファ。何で場所によって瓦礫がれきの量やビルの傷み具合の差に違いがあるんだ? なんか、無事な場所とそうでない場所の、すごい境目が見えるんだけど』

『多分警備機械や整備機械の担当区画の差でしょうね。恐らく警備機械や整備機械の性能に差があるのよ。荒れている場所は強力な警備機械が配置されていて、ハンター達と激しい戦闘が行われたのでしょうね』

『小奇麗な場所は比較的安全ってことか?』

『小奇麗な区画でも油断をしては駄目よ。区画の修復装置が高性能なだけで、激しい戦闘の跡をすぐに修復しただけかもしれないわ。荒れている場所も修復装置が壊れていて、経年劣化でボロボロになっているだけかもしれないわ』

『まあ、どちらにしろ旧世界の遺物を探すなら、小奇麗な場所の方が良さそうだな』

『そうね。少し寄っていく?』

 アキラが少し考えてから答える。

『止めておく。目的地の高層ビルの方が高値の遺物が有りそうだからな。寄るとしても帰りにしよう。目的地に大量に遺物があるかもしれない。それを期待して向かっているんだからな』

『それもそうね。油断せずに進んで、何かあって引き返すと決めてから遺物収集を始めましょうか』

 アルファもそれに同意した。場合によっては逃げ帰ることになるかもしれないのだ。余計な荷物を背負っていては足枷あしかせになる可能性もあるだろう。現時点では、一般的な選択としては別に誤りではない。正しい選択だったかどうか分かるのは終わった後になる。

 アキラは目視による周囲の地形の確認や情報収集機器による索敵の結果などから、遮蔽物等を利用した安全な移動ルートを選択して進んでいく。アキラが誤った移動ルートを選択した場合には、アルファがそのたびにより正しい移動ルートを指摘していた。

『アルファ。今のは何がどう違うんだ?』

 アキラは自分が選んだ移動ルートと、アルファが指示した移動ルートの差異が分からず、それをアルファに尋ねた。するとアキラの視界が拡張され、周辺の景色が一時的に着色されて表示される。

『赤く表示されている箇所が危険な場所よ。色が濃い場所はそれだけ危険だということ。アキラが選択した移動ルートは、そこの非常に赤い場所を通っているでしょう? そこは通らない方が良いわ』

『なるほど。で、アルファのサポート無しで俺はそれをどうやって把握すれば良いんだ?』

『それはもう、何となく理解してもらうしかないわ』

 随分と具体性の欠ける説明を聞いたアキラが困惑気味な表情を浮かべてアルファを見る。

『何となくって言われてもな……』

 アルファも少し困ったような表情で答える。

『そうとしか言えないのよ。アキラが周囲の地形を軽く確認して、何となくこの辺りを通るのは危険だと判断できるようになるしかないわ。遮蔽物で遮られていない全てのビル。そのビルのアキラ側にある全ての側面。その側面にある全ての窓や出入口。そこに敵がいる可能性。その敵がアキラを狙う可能性。その敵の有効射程範囲内の命中率。その他諸々もろもろの危険性を全て計算した結果だからね。それを言語で説明するのは困難よ。口答で正確に説明すると、日が暮れても終わらないわ。視覚的に分かりやすく表示するのが、時間的な制約から判断しても、効率的で精一杯よ。それでも危険度やその根拠を正確に伝えるのは難しいわ。勿論もちろん、大まかに説明することはできるけれど、その程度の説明から判断できることは、既にアキラはある程度できるようになっているわ』

 アルファのサポートを受けられる状況ならば危険を教えてもらえば良い。強化服を操作してもらうことで突発的な銃撃なども回避できるだろう。しかしアルファのサポートがない状況では、アキラが自力で何とかしなければならないのだ。自力で危険を察知して、自力で回避しなければならない。

 これはアキラの成長の成果でもある。口頭で簡単に説明してもらえれば対処できる程度の状況ならば、アキラは自力で対処できるようになったのだ。

『後はもう俺が無意識に何となく経験から理解して対処できるようになるしかないってことか』

『そういうことよ。後はもう経験から勘を磨くしかないわ。勿論もちろんその経験を効率的に効果的に得る手助けは惜しまないわ。こうやって危険な場所を視覚的に分かりやすく表示したりしてね』

『勘か。嫌な予感は当たる方だ。そっちの才能に期待するか』

 アキラはもう一度周辺の景色と、表示されている危険地帯の場所を確認する。実感は全くないが、この色づけされた光景を見たことで、僅かでも危険な場所の推測能力が向上したことを期待して、安全と表示されている移動ルートを進んでいく。

 遺跡の中を慎重にゆっくりと進んでいく。アキラの歩みはまだまだ遅い。それでもクズスハラ街遺跡で100メートル進むのに1時間掛かった時に比べれば相当な進歩だ。随時アルファから指摘を受けながら先へ進んでいく。

 アキラが遭遇したモンスターのほとんどは機械系モンスターだ。一見生物系に見えるモンスターでも、破壊すると機械部品をき散らすのだ。一見普通の大型犬のように見えるモンスターが、明らかに普通の犬ではない速度で一直線に襲いかかってきたこともあった。アキラが狙撃すると、その犬は無数の機械部品をき散らして地面に倒れ、破壊された部分から内部の機械部品を露出させた。

 アキラが不思議そうにする。

『犬の義体が徘徊はいかいしているのか? ここのモンスターは機械系ばっかりだな』

『生物系モンスターが繁殖できるだけの食料がこの遺跡にはないのでしょうね。あるいは警備機械に駆除されているのかもしれないわ。ちなみにあの街路樹もどちらかと言えば金属製よ。そういうナノマテリアルで構成されているわ。食料にするには、ちょっと難しいわね』

 アキラが街路樹を見る。青々とした葉が生えているが金属製らしい。しかし本物の植物にしか見えない。だが人や動物の義体が造れるのだ。旧世界の技術ならば植物の義体と呼ぶべきものも造れるのだろう。いつまでも枯れない街路樹として、景観を彩り続けるのだ。

『生物系ならどこかで勝手に増えそうだけど、機械系はどこから補充されているんだ?』

『恐らく工場区画で生産されているのよ。この辺りは市街区画よ。警備機械が破壊されて少なくなったら、配送して再配置しているのかもしれないわ』

『それならその工場区画を制圧すれば、この遺跡は安全になるんじゃないか? 何でそうしないんだ?』

『さあね。防衛機構が強力すぎて対処できないのかもれないし、資源にもなる機械系モンスターを生産し続けてもらうために意図的に放置しているのかもしれないわね。私には分からないわ。ハンターオフィスや統企連の人間なら知っているかもしれないわね』

『まあ、いろいろ事情があるんだろうな』

 可能なら、必要なら実施しているのだろう。実施しない理由は一介のハンターなどには教えられないのだろう。それを知ることができる地位や力を得れば知ることもできるのだろうが、今のアキラには無理であり、余り関係のないことだ。アキラは気を切り替えて先に進んでいった。

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