第33話 シジマの評価

 宿に戻ったアキラは部屋を早速風呂付きのものに変えた。少し広くなった部屋に入り荷物を下ろすと、真面目な表情で宣言する。

「アルファ。先に言っておく。今日は休みだよな? いや、今日は休みだ。休むからな」

 アルファが笑って答える。

『安心しなさい。今日は休みよ』

「よし。じゃあ風呂に入るか」

 アキラは機嫌良く風呂場に向かおうとした。だがアルファに止められる。

『ゆっくり入りたいのなら、先にいろいろ用事を済ませた方が良いと思うわ』

「用事? 何かあったっけ?」

『昨日シェリルにバイクを預けた時に、預ける期間とかを特に説明しなかったでしょう? すぐに取りに戻ると勘違いして待っているかもしれないから、一度顔を出して説明した方が良いと思うわ。それにまだシジマに残金の50万オーラムを払っていないわ。支払が遅れると和解を破棄されるかもしれないから、早めに済ませた方が良いと思うわ』

 既に風呂に入る気分になっていたアキラが難色を示す。

「……それ、すぐにやらないと駄目か?」

『強制はしないけれど、放っておいて面倒事に発展しても知らないわよ?』

 アルファは何でもないことのように微笑ほほえんでいた。しかしそれで逆に不安をあおられたアキラは、仕方無く先に用事を済ませることにした。


 アキラがスラム街を少し蹌踉よろめきながら進んでいる。2ちょうのAAH突撃銃とCWH対物突撃銃を装備しているのに加えて、リュックサックに予備の弾薬を多めに詰めている所為せいだ。

 強化服の身体能力のおかげで装備品の重量そのものは苦にならない。しかし重量の分だけ強化服の操作難度は上昇する。勿論もちろんアルファにサポートしてもらえば全く問題ないのだが、今は訓練を兼ねて自力で歩いていた。その所為せいで普通に歩くことすら難しい状態だった。

『歩くだけでも一苦労だ。CWH対物突撃銃ぐらいは置いてくれば良かったか?』

『駄目よ。今後はCWH対物突撃銃を使用しての戦闘も増えていくわ。今の内に慣れておきなさい。またAAH突撃銃で機械系モンスターに挑むのは嫌でしょう?』

 アキラが先日の苦戦を思い出して苦笑する。

『そうだな。折角せっかく買ったんだ。ちゃんと使えるようになるように、頑張って慣れるか』

 そのままスラム街をゆっくりと歩いていく。気合いを入れて新調した装備に振り回されている未熟者。さほど珍しくもないハンターの姿だ。

 それでもスラム街の住人の大半はアキラに道を譲った。強化服を着用して対モンスター用の大型銃を背負う者に喧嘩けんかを売る真似まねなどは、普通の人間には自殺と変わらないからだ。

 誰かに襲われないようにスラム街の路地裏で人目を避けていた少年は、その自覚がないままに避けられるがわになっていた。


 シェリルはアキラが拠点に来ると上機嫌で自室に招いた。そして楽しげにドアを閉めて二人きりになると、荷物を下ろしたアキラに正面から抱き付いた。

 薄々予想していたアキラが軽くめ息を吐く。

「取りえず、離れろ」

「良いじゃないですか。昨日はすぐに帰ってしまいましたし、その分も含めてですよ」

「何の分なのか分からないが、用があってきたんだ。後にしてくれ」

「分かりました。用が済んでからですね?」

 シェリルはアキラから離れると、しっかりとアキラを見詰めながら、言質を取ったと言わんばかりにうれしそうに微笑ほほえんだ。

 アキラはシェリルが別方向に面倒臭い人物になったことを、この妙な態度が恐らく今後も継続することをようやく理解した。

 仕切り直してテーブルに向かい合って座った後、リュックサックから50万オーラムを自然な態度で取り出してテーブルの上に置く。

「シジマとの和解金の後払い分だ。これで払ってくれ」

 シェリルが僅かな動揺を見せる。シェリル達のようなスラム街の子供にとって、それだけの意味と力を持つ大金だ。シジマ達とのめ事を避けるために無理をさせていないだろうか。そう思って少し気遣うように尋ねる。

「あの、大丈夫ですか? 支払の催促などはまだ受けていませんから、もうしばらく待たせても問題ないと思います」

「昨日の仕事でそれなりに稼げた。報酬全体から見ればはした金だから大丈夫だ」

 アキラはあっさりとそう答えながら、少し妙な実感を味わっていた。

 アルファの感覚では報酬全体の1200万オーラムでもはした金であり、この50万オーラムはその更にはした金だ。そしてアキラの金銭感覚でも目の前の金は大金ではなくなっていた。

 アキラは20万オーラムで狼狽ろうばいしていた自分が消え去ったことを自覚して、それが成長なのか、鈍感なのか、麻痺まひなのか、良いことなのか、悪いことなのか、少し判断に迷っていた。

 シェリルが少し驚きながらも微笑ほほえんでうなずく。

「分かりました。私からシジマに支払います」

「あと預けたバイクだけど、宿に駐輪場もないし、そこらにめておく訳にもいかないから、しばらくっていうか、駐輪場代わりって感じで預けたいんだけど、大丈夫か?」

「いつまでも置いてもらって構いません。何日でも何年でも預かります。アキラにちょくちょく立ち寄ってもらった方が、そういう場所だと認識されて拠点の防犯にも役立ちますから」

「そうか。悪いな」

 シェリルは愛想良く何げなくうれしそうに応対しながら、内心では様々な推察を巡らせていた。前にアキラと会った時の安部屋と、50万オーラムをはした金と呼ぶ経済状況の剥離。その経済状況で駐輪場付きの部屋に泊まらずにバイクを自分達に預けた意味。それらをいろいろと深読みしていた。

「俺からの用事はそれぐらいだ。シェリルの方からは何かあるか?」

 そしてアキラからそう言われた途端、シェリルはそれらの思考を一度全て棚上げした。

「ありません。これで用は済みましたね?」

 シェリルは少し妖艶に微笑ほほえむと、それを見たアキラが態度を決めかねている間に、アキラの隣に席を移して撓垂しなだれ掛かるように抱き付いた。そしてうれしそうな表情を僅かに曇らせる。

「……随分固い服ですね」

「強化服だからな。普通の服より固いんだろう」

「固いです。脱ぎませんか?」

「嫌だ」

「良いじゃないですか。減るものでもありません」

「いや、減る。強化服を脱いだ分だけ、俺の身体能力が確実に減る」

「でもこのままだと抱き付く時間が長くなりますよ?」

「何でだ?」

「私の満足度が減るからです」

 少し困っているようにも面倒そうにも思える様子で僅かに顔をしかめるアキラと、そのアキラを見詰めながら楽しげに微笑ほほえむシェリルとの間で、真面目なのか冗談なのか判断に迷う妙な会話が繰り広げられた。そのまましばらく視線を合わせていたが、アキラが先に折れた。

 軽くめ息を吐いて強化服を上半身だけ脱いだアキラに、シェリルがより上機嫌な様子で抱き付いている。その表情には安心や幸福や至福や快楽などが大分偏った比率で混ざっており、類いまれな美貌をいろいろと台無しにしていた。口からはたまにくぐもった妙な声が漏れていた。

 シェリルは自分の中の何かが満たされていくような感覚を味わっていた。

 別に実害もないし、どうでもいいし、しばらく好きにさせておけばその内に離れるだろう。アキラはその程度の感覚で黙ってシェリルに抱き付かれていたのだが、その自分を見て楽しげに揶揄からかうように意味ありげに微笑ほほえんでいるアルファに気付くと、僅かに顔をしかめさせた。

『……何だよ』

『何でもないわ。理由は分からないけれど随分なつかれたようね。やっぱりアキラもそういうのに興味がある方なの?』

『何でそういう話になるんだよ……』

 アキラがめ息を吐く。

「シェリル。そろそろ切り上げてくれ。俺は昨日の疲れが残っていて、今日はゆっくり風呂に入って休むつもりなんだ」

「浴室ならここにもあります。入っていきますか?」

「えっ? ここって風呂があるのか?」

「はい。結構広い浴槽ですので、ゆっくりできると思いますよ?」

「廃屋みたいな建物なのに、風呂はしっかり使えるのか。設備があるにしても、お湯の使用料とかどうなっているんだ? 止まったりしないのか?」

「聞いた話ですけど、スラム街の住人が水を求めて暴動を起こしたり、不衛生が元で病気が蔓延まんえんしたりして、それが下位区画に広がったりしないように、都市が水の供給だけはしているのだとか。知りませんでしたか?」

「それは知ってる。俺も体を拭いたりしていたからな。でもお湯まで供給していたとは知らなかった。ああ、だからコーヒーが出せるのか」

 スラム街の住居の大半は所有者も使用者も不明で、本来有料の水道などの代金も未払の状態だ。それでも都市側はスラム街の管理の一環として供給を続けている。使用量などからスラム街の住民の大まかな人数や活動状態を把握するのにも役立つからだ。

 そして都市側の都合でいつでも供給量を制限も停止も可能だ。スラム街が必要以上に拡大しないように、必要なら住人を必要数まで緩やかに間引くために、無料の供給は都市側の都合、貴重な善意と冷徹な営利によって維持されていた。

「お湯を風呂に入れるほど使える建物はそう多くありませんので、この拠点は結構人気なんです。シベア達が力尽くで拠点にして、私達はそれをそのまま受け継いだだけですので、アキラの後ろ盾がなければすぐに追い出されます。ですから、アキラのおかげですので、いつでもお風呂に入りに来てくださって構いません。入るならすぐに準備をさせます。入りますか?」

「いや、戻って宿の風呂に入るから大丈夫だ」

「私も一緒に入って背中を流したりいろいろ洗ったりしますよ?」

「……風呂付きの宿をわざわざ借りたんだ。そっちで入るよ。宿でゆっくり休みたいしな」

「そうですか。残念です」

 シェリルはアキラが断らなければ本当に一緒に入るつもりでいた。しかしアキラの態度の僅かな変化に、警戒心に気付くと、それ以上勧めるのをすぐにめた。風呂場に強化服や銃は持ち込めない。単純に信用の問題で入浴を断られた。今アキラが強化服を上だけ脱いでいるのも、自分になら襲われても問題なく排除できるから。それを理解して大人しく引き下がった。

(……信用されてないか)

 シェリルはそれを当然と理解しながらも少し悲しく思い、アキラにすがるように抱き付く力を少し強めた。

 部屋のドアがノックされる。シェリルが僅かに不機嫌さを表に出しながら返事をする。

「何の用?」

 ノックをしたエリオが不機嫌なシェリルの声にたじろぎながら答える。

「ボス。シジマ達が来た。話があるってさ」

「……そう。すぐに行くわ」

 アキラから信用を得るためにも徒党のボスとしての仕事を果たさなければならない。シェリルはそう思いながら、名残惜しそうにアキラから離れた。


 応接間と呼ぶには貧相だがテーブルと椅子ぐらいはそろっている部屋で、アキラ達とシジマ達が向かい合っている。アキラ、シェリル、シジマは座っている。シジマの背後には護衛として連れてきた武装した男達が余裕のある真面目な顔で立っている。シェリルの背後にはエリオとアリシアが緊張した表情で立っていた。

 徒党の子供がとても緊張した様子でテーブルの上にコーヒーを置き、自分の仕事は済んだとばかりに素早く部屋を出ていく。取り残されたと感じたエリオ達がその子供を恨めしそうに見ていた。

 シェリルが向かいのシジマに微笑ほほえむ。

「悪いけど、茶菓子は出ないわ。私達も余裕がないの。ごめんなさいね」

「構わんさ」

「それで、御用向きは?」

「なに、ただの御機嫌伺いだ。あの後ろくに話も出来なかったからな」

「そう。見ての通りアキラは無事よ」

「元気そうで何よりだ」

 シェリルが穏やかに、シジマが貫禄かんろくを見せながら、お互いへ向けて微笑ほほえんだ。その笑みがお互いに話の意味を理解していると示していた。

 一方アキラはその意味が分からず、少し怪訝けげんな表情を浮かべていた。

『アルファ。今の会話は何なんだ?』

『恐らくシジマはシェリルに直接会って、アキラの状態を確認しに来たのよ。先日の大襲撃では多くのハンターが死傷したわ。それでアキラが死んでいても不思議はないと思ったのでしょうね。もしシェリルが狼狽ろうばいしていたら、アキラは死傷した可能性が高いわ。後ろ盾を失った訳だからね。だからシェリルは、アキラは無事だと答えたのよ。シジマはそれを確認したって意味で、元気そうで何よりって答えたのだと思うわ』

 アキラはアルファの説明を聞いてようやく理解が追いついた。

『抜け目がないというか、面倒臭いな』

『組織を率いる人間が背負う苦労の一つね』

 シェリルが先ほどアキラに渡された50万オーラムをテーブルの上に置く。

「残金よ」

「確かに。これであの件は穏便に終わった訳だ。これからは仲良く付き合っていきたいね」

「そう願いたいわ」

 シジマは話しながらアキラとシェリルの様子を確認していた。

 シジマがアキラを観察する。うだつが上がらないハンターなどには金銭面の問題で強化服を着用できない者も多い中、アキラは既に強化服を着ている上に、使用に強化服の身体能力を前提とする大型の銃まで装備している。その装備代をざっと試算して、それだけ稼ぐハンターの実力を見直して、アキラへの警戒を深めた。

(……ただのガキじゃねえとは思っていたが、この短期間でこれだけ装備を充実させたのか。あの時こいつと敵対しないことにした俺の選択を褒めるべきか、こいつの装備が充実する前に殺しておく選択をしなかったことを嘆くべきか……。まあ、今更だな)

 シジマがシェリルを観察する。落ち着いて微笑ほほえんでいるシェリルの雰囲気には、以前とは別人のような自信と余裕があふれていた。アキラと一緒に自分の拠点に来た時の、緊張と恐怖で震えていた姿は欠片かけらも残っていない。50万オーラムを出した時も、スラム街の住人なら視界に映っただけで一定の反応を見せてもおかしくない大金だというのに、自然体を保っていた。それは武装した部下達への反応に対しても同じだ。緊張した様子を見せているエリオ達の態度が普通なのだ。しかしシェリルは微笑ほほえみを崩していない。

(……何でこいつはこんなに余裕なんだ? 後ろ盾になっているアキラの実力を理解したからか? 確かに下手に手出しできなくなったのは事実だが、それだけで金に対する動揺までは消えねえはずだ。後ろの2人は俺達にも金にもビビっていた。なぜこいつだけがこれだけ余裕を見せている? 急にそんな度胸は付かねえだろう。一体こいつに何があった?)

 シジマは自分達とシェリル達との徒党の規模、実力、縄張りの範囲などの情報に、目の前にいるアキラとシェリルの新たな情報を加えて、今後の指針を思案する。そして頭の中の算盤そろばんはじき終えると、格下には向けない笑顔をシェリルに向けた。真面目に交渉をする必要がある相手だと認めたのだ。

「では、今後の話をしたい。お互いの徒党にとって利益になる話だ。長い話になりそうだが、そっちの都合は大丈夫か? 急に押し掛けたのはこっちだ。都合が悪いのなら日を改めよう」

 シェリルはシジマの態度の変化に気付いた。軽んじられなくなったとは、潰しに掛かる場合の力も増したことを意味する。それを理解した上で、揺るぎない笑顔で答える。

「大丈夫よ。このまま始めましょう」

「では、前回のめ事の原因にもなった縄張りの話だが……」

 そこにアキラが割り込む。

「あ、ちょっと良いか? 俺はこの話に付き合わないと駄目なのか? 長くなりそうだし、俺は出来れば帰りたいんだけど……」

 アキラの場の空気を読まない発言に、他の人間の視線がアキラに集まった。

 シェリルが驚いたり慌てたりする素振りを一切見せずにアキラに微笑ほほえむ。

「そうですね。アキラをいつ終わるか分からない話に付き合わせて、長時間拘束するのも気が引けます。私のことは気になさらずに。大丈夫です」

 シジマが真面目な表情で続ける。

「規模の差はあれ、徒党のボス同士の話し合いだ。無関係な者には出ていってもらいたいぐらいだ」

 エリオ達が、帰らないでくれ、という視線をアキラに送っていたが、残念ながらアキラの背中側だった所為せいで届かなかった。

「そうか。じゃあ俺は帰る。シェリル。何かあったら連絡してくれ」

「お手数をお掛けしました。またいつでもお越しください」

 アキラが部屋から出ていく。シェリルはそれを笑って見送ったが、エリオ達は自分達を守る抑止力がこの場から消えたことに、途端に緊張を高めて顔色を悪くさせた。

 シェリルがエリオ達の様子に気付いて振り返らずに伝える。

「アキラがいなくなっても何も起こらないから安心しなさい。前のやつのような馬鹿が来た訳じゃないのよ」

 シジマも部下に余計なことをするなとくぎを刺す意味で続ける。

「不必要に敵対する気はない。100万オーラムも払わせて示談にしたんだ。交渉が不調に終わってもこの場でめ事は起こさねえよ」

 シェリル達の言葉で、エリオ達の緊張は少しだけ和らいだ。だが同時に、その程度の効果しか与えなかった。

 早く終わってほしい。エリオとアリシアのその願いは聞き届けられず、シェリルとシジマの交渉はかなり長時間続けられた。


 アキラが宿の風呂に入っている。浴槽にたっぷり入った温かなお湯に首までかり、表情を緩ませて入浴の快楽に身を任せていた。全身から疲労が溶け出ていくのを実感していた。

 アキラの意識が湯船に飲み込まれ、簡単な受け答えすら出来なくなるのは時間の問題だ。その前にアルファが声を掛ける。

『アキラ。英気を養っている最中に悪いけれど、今後の話をしてもいい?』

 アキラがぼんやりと宙に漂わせていた視線をアルファに合わせる。

 アルファは前と同じように一緒に風呂に入っている。つややかな肌は湯の温かさで上気してほんのりと赤みがさしている。均整の取れた魅力的な肢体がお湯の屈折と緩やかな波で揺れていて、光の反射をまとっていろいろと見え隠れさせている。豊満な胸の谷間に湯と汗の滴が滑り落ちて吸い込まれていく。高度な演算を費やした美しくもあでやかな女体美がそこにあった。

 しかしそのアルファの姿に対するアキラの反応はひどく鈍い。日頃のいろいろな慣れに加えて、入浴中という状況が類いまれな裸体への興味を非常に薄めていた。

 この状況で面倒なことは聞きたくない。アキラの感覚はその程度だった。

「……明日以降の依頼の話か?」

『そうよ。正確には依頼を受ける際の心構えの話になるわ』

「心構えって言われてもな。今まで通り警戒しながら慎重にってこと以外に何かあるのか?」

 アルファが真剣な顔で忠告する。

『あるわ。これからは怪我けがをしたら終わりだと思うぐらい慎重にやる必要があるの。遺跡で手に入れた回復薬を大分消費したわ。もう残り僅かよ。これからは回復薬に頼ったごり押しは難しくなるわ。本当に注意してね』

 アキラはアルファの態度から事の深刻さを理解した上で、一応尋ねてみる。

「シズカさんのところで買った回復薬じゃ駄目なのか?」

『性能が全く違うわ。昨日脚を折ったでしょう? 今まで使っていた物なら5分もあれば戦闘に支障が出ない程度には治ったけど、昨日買った安物なら完治に2週間は必要になるわ』

 アキラが顔をしかめる。

「……全然違うんだな。それなら似たような回復薬を買えば良いんじゃないか?」

『それも難しいわ。どこかで売っていたとしても、最低1箱100万オーラムはするでしょうね』

 アキラが余りの驚きで吹き出す。

「俺、今までそんな高い物を山ほど飲んでたの!?」

『おかげで死なずに済んでいるとはいえ、高く付いたわね』

 アキラは事態の深刻さを正しく理解した。これからは下手に負傷するとその戦闘だけではなく、その後の生活まで致命的に悪化させ続けることになるのだ。折れた脚を強化服で補いながら生活するにしても限度はある。場合によっては死に兼ねない。

「そうだ。遺跡にまた回復薬を探しに行くってのは駄目か? 探せばまだ残っていると思うんだけど」

 アキラは我ながら良いことを思い付いたと表情を明るくさせたが、あっさりと首を横に振るアルファを見てすぐに戻した。

『恐らく、先日の大襲撃でクズスハラ街遺跡のモンスターの分布が大幅に変化しているわ。本来なら遺跡のもっと奥にいるモンスターが外周部を彷徨うろついているかもしれない。今のアキラが行ったら、私のサポートがあっても多分死ぬわね』

「……無理か。分かった。可能な限り気を付けるよ」

『お願いね。私もサポートするから頑張ってね』

 アキラは気を引き締めようとして、湯船の快楽に負けて失敗した。気の抜けた声がアキラから漏れる。

 アキラとアルファの目が合う。

「……仕方無いじゃないか」

『まあ、迂闊うかつなことをして痛い思いをするのはアキラよ。両脚が折れた状態で無理矢理やり歩かされる。強化服のその手の活用方法を経験する羽目にならないように十分気を付けなさい』

「想像だけで痛そうだ。気を付けるよ」

 アキラは今度こそ気を引き締めた。


 シェリルとの交渉を終えて拠点に戻ったシジマが自室で思考をまとめている。

 交渉の結果、シェリル達の縄張りの半分、現在のシェリル達では管理しきれない部分がシジマ達に譲渡された。その見返りにシェリルは100万オーラムを受け取り、その上で今後は一定の協力関係を築くことになった。

(……交渉内容は悪くなかった。縄張りも増えたしな。だが……)

 シジマが不明確な懸念に顔を曇らせる。

(……やはりシェリルの変わりようが気懸かりだ。むしろアキラより気になる。あの自信と余裕の源は何だ? アキラを完全に手懐てなずけて調子に乗っているだけか? ……いや、それだけだとは思えないんだよな)

 不必要なものを目覚めさせたかもしれない。シジマにはその懸念がどうしても振り払えなかった。

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