第34話 各々の結果

 クガマヤマ都市の下位区画の外れにドランカムの拠点がある。広い敷地内に大型の倉庫や建物が建ち並び、屋内射撃場まで備えているかなり大規模な施設だ。ここにはハンターオフィスの派出所まで存在しており、その巨大徒党の勢力を内外に示していた。

 その屋内射撃場でカツヤが真剣な表情で射撃訓練を続けている。その顔には自身の実力不足を悔やむ心情がにじみ出ていた。

 休憩も入れずにひたすら続けていた。既に心身ともに疲労がまっていた。その所為せいで命中率もかなり落ちていた。

 もう真面まともな訓練になっていないと自分でも分かっていた。だが的から外れた弾丸が不甲斐ふがい無い自分を責めているように感じてしまい、それを振り払うように意地になって続けていた。

 ユミナとアイリはそのカツヤを心配そうに見ていた。そしてろくに的にすら当たらなくなったのに、それでもまだ続けようとするカツヤの悲痛な姿に、たまらずに声を掛ける。

「カツヤ。そろそろ休んだ方が良いわ」

「もう休んだ方が良い。それでは疲れるだけで訓練にならない」

 それでもカツヤは続けようとする。ユミナはカツヤのそばまで行くと、銃に手を添えて、カツヤと目を合わせて首を横に振った。

 それでカツヤもようやく銃を下ろした。項垂うなだれながら悔しそうな声を出す。

「俺が……もっと強ければ……!」

「……カツヤの所為せいじゃないわ」

「最善を尽くした結果だった。カツヤがそうであるように、皆覚悟していた。カツヤは悪くない」

 ユミナ達は先日の出来事よりも、今のカツヤの姿に胸を痛めていた。

 先日の大襲撃にはドランカムも多数のハンターを派遣した。

 シカラベのような実力者達は負傷や地理的な理由がない限りほぼ強制参加だ。しかし大成果を稼ぐ機会だと捉えて嫌がる者はほとんどいなかった。シカラベも嬉々ききとして準備を整えると同僚達と一緒に出撃していった。

 カツヤ達のような若手は任意参加だ。ドランカムとしては都市の防衛隊が出撃するほどの戦場に実力不足の若手を送り込むのは避けたい。だが都市側は戦力の増強を歓迎している。更に統企連を依頼元とする緊急依頼でもある。それらの理由でハンター徒党としては体面上は若手に参加するなとは指示できない。そこで任意参加として体裁を整えた結果だ。

 しかし年齢を理由に軽んじられていると考えている若手達は、自分達の実力を認めさせる良い機会だと捉えてその多くが参加を希望した。カツヤも一番に声を上げ、それに続いた多くの若手達が戦場に向かった。

 若手達は10人1組の部隊構築で、都市の防衛隊が敵の主戦力と戦っている激戦区から大分離れた場所に配置された。

 カツヤ達はそこで一帯に散開しているモンスターの群れを相手に奮闘した。その戦果をもって自分達の実力を知らしめた。そして、カツヤを含む7名の生還者がその奮闘ぶりに見合った報酬、栄光を手に入れて、3名が荒野に呑み込まれて死亡した。

 死者は全てカツヤの友人だ。一緒につらい訓練を乗り越えて、ハンターとして大成する夢を見た者達だ。激しい戦闘の所為せいで、その亡骸なきがらを持ち帰ることすら出来なかった。

 自分がもっと強ければ仲間は助かったかもしれない。カツヤはその自責の念に駆られていた。

 ユミナがカツヤを後ろから優しく抱き締める。

「……もっと強くなりましょう。次は皆を守れるように。私も手伝うわ。だから今は休んで。ね?」

 アイリも端的に自分の意思をカツヤに伝える。

「協力する」

 それでカツヤも空元気を出せるぐらいには立ち直った。そしてユミナ達への感謝を込めて何とか頑張って笑った。

「……そうだな。ごめん。心配かけた。少なくとも俺達3人は一緒に生きて帰ってこれたんだ。俺、これからも2人を守れるように頑張るよ」

「期待しているわ」

「助かる」

 立ち直ったカツヤを見て、ユミナとアイリもようやく笑顔を取り戻した。


 シカラベは友人でもありドランカムの幹部でもあるアラベに呼び出されていた。

態々わざわざ呼び出して何の用だ。あのめ事の借りは前線での貢献で返したはずだ。また説教は御免だぞ」

 モンスターの大襲撃の主力を相手にした都市の防衛隊は、戦車や人型兵器、重装備のサイボーグや装甲強化兵などで構成されている明確な私設軍だ。つまり、それほどの戦力を必要とするほどに、モンスターも強力な個体ばかりだった。

 先日の大襲撃の際、シカラベの部隊はその主戦場の近くに配置された。危険な分、多大な成果を稼げることもあり、シカラベもそれ自体は歓迎していた。しかし配置の理由が気に入らなかった。後で知ったのだが、その危険な場所に配置された理由に、巡回依頼でカツヤとめた騒ぎの懲罰が含まれていたのだ。

 主戦力の戦闘の余波で消し飛びかねない危険な場所で、ドランカムの名声を十分高める戦果を出してきたのだ。これで更に文句を言われるようならば、シカラベにも考えがあった。

 アラベが苦笑しながらシカラベをなだめる。

「あの決定は俺の意思じゃねえよ。だから俺に当たるなって。まあ徒党の方針として、若手の勧誘を優先しているんだ。そういうこともあるさ。びと言っちゃ何だが、お前があのガキの子守をこれ以上しなくて済むようにちゃんと調整しておいた。だから少しは我慢して、機嫌を直せって」

「……ならいい。当たって悪かったな」

「気にするな。子守は俺も嫌いだ」

 友人との気安いり取りにシカラベも機嫌を直した。

「それで、小言じゃないなら何の用だ?」

「ああ。子守の引き継ぎの件でカツヤ達の話を少し聞きたいだけだ。あいつら、そこらの新人では結構厳しい場所に配置されたんだが、そこでかなり活躍したらしいぞ。子守無しの10人班で、死者は3人。稼いできた戦果を考えれば悪くない。死線を潜って帰ってきたんだ。口だけの新人は卒業したんじゃないか?」

 カツヤ達の活躍を認めるような発言をしたアラベに対して、シカラベが手厳しい返事を返す。

「どうだかな。あいつらが生還するために、3人も犠牲が必要だったとも言える。一人前扱いするのは早計だと思うがな。あいつのことだ。どうせ、俺がもっと強ければ、なんて考えているんだろうな。馬鹿が。仮にあいつが今の10倍強くなったとしても、10倍危険な場所に行って、また連れを死なせるだけだ。あいつには身の程を知る能力が欠けてるんだよ」

「じゃあ、あいつらにハンターの才能はなさそうか?」

 その問いに、シカラベがしばらく黙る。その後に真面目な顔で続ける。

「才能だけなら俺やお前より上だ。何万人に一人ってぐらいの、まれに見る才能の持ち主だと言って良い。磨けば光るだろうな。十分訓練した上で数回死線をくぐり抜ければ、確実に大成するだろう」

 アラベが意外そうな様子を見せる。

「随分褒めるじゃないか。お前、あいつが嫌いなんだろう?」

「俺は私情で評価をゆがめるほど無能じゃないんでな。お前だって、あいつらの才能を認めてはいるんだろう? だから贔屓ひいきしている。違うか?」

「まあな。そうでなければシカラベを子守には付けないさ。それでお前に鍛えてもらおうと思っていたんだが、相性が悪かったみたいだな。もう少し我慢できなかったのか? 今の内に恩を売っといて損はない相手だろう?」

 シカラベが嫌そうに表情を険しくする。

「嫌だね。第一、それはあいつらが大成できればの話だ。磨けば光ると言ったが、あいつの才能を磨く研磨剤になるのは御免だ。俺はあいつの輝かしい未来の礎になる気はない。既に3人死んでるだろう? あいつがあおったりしなければ、そいつらは前線になんか行かなかったんじゃないか? 身近な死人が出たことで、あいつらも多少は気を引き締めるようになって少しは成長しただろうさ。だが死んだやつはそれまでだ。俺はあいつらの成長のために死ぬ気はないな」

 再び機嫌を悪くしたシカラベを見て、アラベがめ息を吐く。

「お前がそうやって当たり散らすから次の子守が決まらないんだよ」

「だろうな。誰だって嫌だ。俺だって嫌だ」

 しばらく話をして落ち着かせれば、冷却期間を置いた後にまたカツヤ達の面倒を見てもらえないだろうか。アラベはそう考えていた。しかしシカラベのカツヤに対する予想以上の嫌悪感を見て、その可能性を完全に捨てると、方針を切り替える。

「引き受けてくれそうなやつに心当たりとかないか?」

 私情ははさまないと言っているのだ。シカラベも意図的に相性の悪い人物を推薦したりはしないだろう。そう考えたアラベの判断通り、シカラベは少し真面目に考えた後、該当者の名を答える。

「エレナとサラ。あの2人は駄目か? 何かあいつらがなついていたし、確かドランカムに勧誘中なんだろう?」

「勧誘の交渉はしているが、かんばしくないそうだ」

「訓練の依頼って形で押し付けろよ。今までも同行させたりしてたんだろう?」

「単純に同行させるのと、明確に訓練のために連れていくのでは大分違うからな。報酬も変わってくる。気軽に外部の人間の名を出したが、外部者を雇うのは結構大変なんだぞ?」

 少し顔をしかめたアラベを見て、シカラベが活動をハンター稼業から組織運営に移した友人に少し楽しげな笑みを向ける。

「それはお前ら幹部側の仕事だ。頑張ってくれ」

「分かってるよ。で、その2人、実力の方は大丈夫なのか?」

「教官としての実力は知らないが、ハンターとしての実力ならあいつらには勿体もったいないほど優秀だ。ドランカムにもそうはいない実力者だと思う。大襲撃の時にも少し見掛けたが、迷彩持ちのモンスターをしっかり撃破していた。一時期大変だったみたいだが、もう持ち直したみたいだな」

「そうか。報酬を上乗せして何とかしてみるか。勧誘の布石だとでも言っておけば経理の連中も黙るだろう」

 シカラベが顔をしかめて愚痴を吐く。

「経理の連中か。あいつらには現場の苦労ってのをもっと分かってもらいたいもんだ」

 アラベも苦笑を浮かべる。

「まあ、いないと不便な連中でもある。組織がデカくなった弊害ってやつさ」

「その弊害がこっちにくるのは困るんだよ」

「何ならお前もこっち側に来て、その弊害を食い止める手伝いをしてくれても良いんだぜ?」

 少し挑発的に笑うアラベに、シカラベが軽く笑って返す。

「悪いな。机仕事は性に合わねえんだ」

「人に押し付けやがって」

 シカラベとアラベはその後しばらく組織の不満を笑って言い合っていた。


 シズカの店に弾薬補充に来たエレナとサラが疲弊した様子を見せている。エレナはその疲労を特に表情に強く出していた。

「シズカ。いつもの補給品だけど3倍の量でお願い」

「随分買い込むわね。随分疲れているみたいだし、そんなに大変だったの?」

 シズカの視線がエレナの顔からサラの顔を経由してサラの胸に移る。大襲撃の前、防護服に仕舞しまいきれないほどに豊満だった胸は、今では大分こぢんまりした大きさになっていた。

「……大変だったみたいね」

 火力担当のサラが重量も反動も火力も大きい銃を短期間に多用すれば、その分だけナノマシンの消費量も増える。胸部に保存している予備分まで使い切ってしまえばサラは死ぬ。それを理解しているエレナが、サラに消費を抑えるように指示を出した上での消費量であり、それほどの激戦だった。シズカはサラの胸の大きさからそれを把握した。

 サラが苦笑する。

「胸で判断するのはめてほしいんだけど。まあ、報酬自体は文句の付けようのない額だったわ。生還できたハンターに多めに報酬を出して、余計な文句が出るのを封じようとしている。そんな意図もあるのかもね」

 エレナが愚痴をこぼす。

「モンスターの中に迷彩持ちが混ざっていてね。急遽きゅうきょ全体の索敵役に回されたのよ。主戦場近くにも行く羽目になって、本当に大変だったわ。文句も言いたくなるわ」

 シズカが愛想の良い苦笑を浮かべる。

「その文句を封じられるだけの報酬を受け取ったのなら、私の店の売り上げにも協力してほしいわ。そうね、今のエレナなら……」

 お勧めの商品を思案しようとしたシズカが、エレナの装備を再度見て少し不思議そうにする。

「そういえば、エレナは強化服を着ていないのよね。最近ハンターに成ったばかりのアキラも買ったのに。買わないの?」

「……強化服か。あー、私は、うーん」

 エレナがうなり始める。そしてしばらく悩んだ後に苦笑した。

「……もうしばらくは強化服無しでも大丈夫だと考えていたけど、確かに、潮時かもね」

 東部の住人は基本的に身体能力の上限が意外なほどに高い。個人差や限度はあるものの、誰でも鍛えさえすれば結構な身体能力を身に付けられる。

 だが時折その上限が飛び抜けて異常なほどに高い者がいる。身体強化拡張者でもなく強化服も着用せずに、鍛え続けることでそれらと同等以上の身体能力を得る者がいるのだ。彼らは超人と呼ばれ、時に素手で戦車すら破壊する。

 そのような者が存在する理由は今も正確には分かっていない。西部にいるという素手や剣一本で山のように大きなモンスターに勝つ者が東部に流れ着いた。旧世界の技術で驚異的な身体能力を手に入れた身体拡張者の子孫でそれが先祖返りした。その手の様々な説が流れているだけだ。

 エレナが今まで強化服無しに重量のある情報収集機器を装備できていたのは、その高い身体能力のおかげだ。だが超人ではない。強化服並みの身体能力を持つサラを基準にすれば、エレナは十分貧弱だ。

 身体能力の上限を見極める方法は確立されていない。超人を目指す者は自身がそうであると信じて鍛え続けるしかない。そして強化服を着るようになると、もう身体能力は上がらなくなるとも言われている。鍛えなくなるからだ。

 エレナはそれらの理由と金銭面の問題で今まで強化服に手を出さなかった。だが金銭面の問題、特にサラのナノマシン補充代は今回の報酬でほぼ完全に解消された。装備の充実のためにも、そろそろ自力での身体能力上昇に見切りを付けるべきかもしれない。エレナはそう考えた。

「確かに良い機会かもね。シズカ。良いやつを選んでくれない?」

 シズカが難色を示す。強化服は店の商品としても店員の知識としても専門外だ。

「駄目よ。ちゃんと専門店に行って、専門家に選んでもらって、自分で買いなさい。2人の稼ぎなら十分買えるでしょう?」

「良いじゃない。アキラの強化服はシズカが選んだって聞いたわ。仕入れの伝はあるんでしょう? 装備品の購入店はまとめておきたいのよ。強化服専門店の採寸って何か嫌なのよね。あの細胞レベルで身体データを取ろうとしている感じがどうもね。一時的に身体と融合するような特殊強化服を装備するっていうなら分かるけど、そこまでしないといけないほど特殊で高価な強化服を買う訳でもないしね」

「それなら取り寄せは私がやるから、選ぶのは自分でやって。情報収集と分析処理による各種選択はエレナの本職でしょう?」

「シズカに選んでもらうのは、げん担ぎみたいなものでもあるのよ。それで今まで上手うまくいっているからね。良いじゃない。常連客へのサービスよ。アキラにサービスしたのなら、もっと付き合いの長い私達にもそのサービスがあっても良いんじゃない?」

 シズカが折れて苦笑する。そして冗談交じりに不敵に笑った。

「仕方ないわね。無駄に高いのを買わせてやるから覚悟しなさい」

 シズカがエレナから強化服の要望を聞きながら、ふと思ったことを尋ねる。

「強化服か。ちょっと聞くけど、強化服を着ると結構簡単に強くなれるものなの?」

 その疑問にサラが答える。

「そんなことはないわ。強化服も装備の一つにすぎないし、訓練しないと駄目よ。急激に上昇した身体能力に振り回されて、逆にろくに動けなくなることもあるわ。まあ、旧世界製の強化服なら訓練無しでいきなり強くなっても不思議はないけどね。私はナノマシンで身体を強化しているけど、それでもいろいろ訓練して苦労して強くなったのよ?」

「……そうよね」

 アキラから装備代として提示された予算は、間違いなく先日の大襲撃で稼いだものだ。だが辻褄つじつまが合わない。ろくに訓練もしていない強化服。機械系モンスターには効果が薄いAAH突撃銃。そこにアキラを1000万オーラムも稼げる戦場から生還させる要素などない。

 シズカはそれを少し気にしていて、エレナ達に一応聞いてみたのだ。それは辻褄つじつまが合わない理由を補強する結果に終わった。だがサラを見ていて、以前にアキラのことでサラと話した内容を思い出すと、その辻褄つじつまを強引に合わせる要素を思い付く。

(……恐らくアキラは旧領域接続者。でも旧世界製の強化服とは関係ないし、第一あの強化服は私が選んだものよ。あ、そういえば強化服を選ぶ時にいろいろ注文を付けていたわね。あれは旧領域接続者なら戦力向上に役立つ内容だったのかしら)

 更に推察を進めようとしていたシズカは、そこで思考を意図的に打ち切った。

(まあ、本人に聞く訳にもいかないし、これ以上は気にしない方が良いわね)

 不必要な詮索は害悪だ。アキラとの仲をこじらせる恐れもある。そう結論付けて、シズカはそれ以上考えるのを止めた。

 雑談の途中でエレナが話題を変える。

「話は変わるけど、シズカは今回の襲撃の件をどう思う?」

「どう思うって言われても、報道以上のことは知らないわ。報道内容、何か変わったかしら?」

 シズカの店には大型の壁掛けディスプレイが設置してある。基本的に統企連や都市やハンターオフィスなどが主にハンター向けに流す情報を表示する設定になっている。シズカがそれをけると、ちょうどその襲撃に関する報道が流れており、統企連の報道官の女性が事件に関する内容を話していた。

「先日のモンスターの群れによるクガマヤマ都市の襲撃未遂について、統企連はこれを建国主義者によるテロであると断定しております。既に複数のテロ組織から犯行声明が上がっており、統企連から受けた理不尽な扱いに対する制裁であり、東部を不当に支配する統企連に対しての聖戦であると発表しております。統企連は直ちに報復処置を実施するとともに、東部の平和を乱すテロ組織に対して一層の……」

 サラがニュースを聞いた感想を何となく口にする。

「建国主義者か。依頼の依頼主が統企連になっていたのは、多分その所為せいなんでしょうね。事前に情報をつかんでいたのなら、もう少し何とかしてほしかったわ。まあ、報酬に不満はないけどね」

 東部において統企連が依頼元であることの意味は非常に強く、報酬も相応に高額になることが多い。報酬が安値では統企連の威信にも関わるからだ。そして建国主義者が関係する依頼ならば、統企連はいつも以上に威信を気にしなければならない。

 建国主義者は東部で国家建設を目論もくろむ者達だ。統企連も無視できない人数が存在しており、その一部は中央部統治国家連合の支援を受けて過激化し、都市を武力で占拠して独立宣言を出すこともある。その場合はそのまま統企連との戦争に発展することが多い。多くの都市が戦争の余波で瓦礫がれきの山になり、統企連に甚大な被害を出している。

 エレナは報道内容に納得していなかった。

「私にはここが建国主義者のテロの目標に成るような強い影響力を持つ都市だとは思えないけどね。クズスハラ街遺跡の奥からモンスターを引っ張ってくるなんて、建国主義者側にも相当の犠牲者が出ているはず。他の建国主義者に対する影響も大きいし、どこまで本当なのか疑問だわ。シズカはどう思う?」

 シズカが何となく思ったことを答える。

うそは言っていない。辻褄つじつまもちゃんとあっている。ただ、ちょっと引っかかる部分があってすっきりしない。そんなところね。まあ、私達が気にしても仕方無いんじゃない?」

 仮に裏にどんな事情があろうとも、自分達を害するようなものではない。シズカの勘はそう告げていた。

 エレナもシズカの話で気を切り替える。

「それもそうね。たっぷり報酬をもらった訳だし、一介のハンターが気にすることじゃないか。私達は報酬のより良い使い方を模索するとしましょう。シズカ。そういう訳だから、強化服、頼んだわよ?」

「分かったわ。私に選ばせると決めたのはエレナなんだから、私がどんな強化服を選んでも文句を言わずに着てもらうわ。後悔してももう遅いわよ?」

 シズカはそう言ってエレナを少し脅かすように楽しげに不敵に笑った。

 シズカの勘は今日もえ渡っていた。


 武装した集団がクズスハラ街遺跡の奥部を進んでいる。装備の性能はクガマヤマ都市周辺のハンターの基準から掛け離れており、統一された動きは高度な訓練を思わせる高い練度を示していた。

 部隊はヤナギサワと呼ばれる男の指示に従って、遺跡の更に奥を目指していた。

「ヤナギサワ主任。今更ですけど、本当に良かったんですかね」

 ヤナギサワが機嫌良く笑いながら答える。

「問題ないって。統企連の黙認は取り付けたって説明しただろう?」

「だからといって都市にモンスターの群れをぶつけるなんて。しかも報道だと建国主義者の仕業になっているじゃないですか。下手をすると俺達まで建国主義者にされますよ?」

「モンスターをおびき出すおとりになって死んだやつは実際に建国主義者だよ。アルフォト団の構成員だ。だから建国主義者の仕業であってる。命と引き替えに目的が果たせて、あいつらも満足だろう」

「あいつら、アルフォト団の構成員だったんですか。主任がどっから連れてきたと思えば、建国主義者にまで伝があるんですか」

「まあね。世の中情報だ。伝を見つけるぐらい、ちょっと調べれば簡単だ」

 別の男が尋ねる。

「無事に防衛できたとはいえ、モンスターの群れに都市を襲わせたのは本当に大丈夫なのか? 本来は極刑レベルの重罪だ。主任が何をたくらんでいるかは知らないが、切り捨てられるのは御免だぞ」

「それを含めてしっかり黙認させたって。最近都市の防衛隊が活躍する機会がないからか、防壁の内側の小金持ちが防衛費が高いとうるさいんだとさ。安全な場所で温々ぬくぬくしているからか、あいつらはここが東部だってことをたまに忘れちゃうんだよ。ここはモンスターだらけの東部なんだ。安全は非常に高価なんだ。壁の内側で付け上がるのを防ぐためにも、たまには脅かしておかないとな」

 更に別の部下がヤナギサワに尋ねる。

「しかしそれなら他の遺跡のモンスターでも良いはずです。クズスハラ街遺跡奥部の桁違いに強いモンスターを態々わざわざおびき出した理由にはならないのでは?」

「遺跡の外周部の探索が一通り終わって随分つ。クガマヤマ都市の経営陣もそろそろ本格的に奥部の探索を再開したいんだ。だから奥部のモンスターを減らしておきたいんだよ。そいつらを荒野までおびき出せば、戦車とか強力な兵器で蹂躙じゅうりんできるからな。内部に討伐部隊を送るより安上がりなんだよ。だからといってモンスターのおびき出し役なんか誰もやりたくないだろう? だから俺が手間を掛けたのさ」

「そのためにアルフォト団の構成員を連れてきたのか」

「そういうこと。なんと、有り難いことに、使命のためなら死んでも良いって言ってたからな。俺は死にたくないから、彼らに頑張ってもらった。まあ、説明不足だったと指摘されれば、その通りと言うしかないが、元々敵対しているんだ。聞かれなかったことを説明する義理はないな」

 ヤナギサワの発言を聞いて笑う者、引く者、無関心な者、様々な反応をする者がいるが、ヤナギサワの能力を疑っていないことだけは共通していた。

 また別の者がヤナギサワに尋ねる。

「ハンター達にもそれなりに被害が出ただろう。黒幕が主任だって知ったら、死んだハンターが化けて出てくるんじゃないか?」

 彼はハンターとしての実力を認められて、スカウトされて部隊に加わった者だった。ハンター達に仲間意識があるのか、彼の表情は険しい。

 ヤナギサワが気にせずに答える。

「ハンターだって今回の戦いで大いにもうけたはずだ。一攫千金いっかくせんきんを実現したやつも多いだろうさ。まあ、少々死人も出ただろうが、命の危険を承知の上でハンターをやってるんだ。運と実力が無いやつは、今回のことがなかったとしても、別の理由で死んでたって。ハンター稼業は命賭け。賭に負けて死んだやつの愚痴にまで、一々取り合う気はないな」

「……まあ、ハンター稼業はそういった面もあるけどな」

「中位区画の文句を黙らせたい都市の管理部。活躍して予算と存在感が欲しい都市の防衛隊。都市を攻撃して影響力を強めたいアルフォト団。クズスハラ街遺跡を攻略したい都市の経営陣。金と名誉を求めるハンター達。殺されるモンスター以外は皆幸せな素晴らしい作戦だったと思わないか?」

 わざとらしく自画自賛するヤナギサワに、部隊員の一人が怪訝けげんな顔を向ける。

「その渡りを付けたのは主任だよな? 主任の利益は? 何をたくらんでいるんだ? モンスターが大分減ったクズスハラ街遺跡の奥部に何の用が? 俺達が必要ってことは、単なる遺跡探索じゃないんだろう?」

 ヤナギサワがわざとらしく不敵に笑う。

「内緒だ。強いて言えば、人類の進歩と発展だよ。安心しろって。悪いようにはしないよ。単なる遺跡探索だとしても、十分もうけられるさ。そうでないとそんな装備は借りられない。最前線向きの最新装備だぞ? お前のラグナロックだって俺が手配したんだ。対滅弾頭も用意した。気軽にぶっ放せとは言えない代物だが、威力はすごいぞ? こんな機会でもないと普通は使えない。俺の意気込みを理解してほしいね」

 この部隊の装備品は普段でもかなり高性能だ。更に今回は格段に高性能な装備が支給されていた。その手配をしたのもヤナギサワだ。

 上機嫌な様子で部下と雑談をしていたヤナギサワだったが、ある場所を越えた辺りで気を引き締めて真面目な表情で指示を出す。

「無駄口は終わりだ。行くぞ」

 部隊はそのままクズスハラ街遺跡の奥を目指して進み続けた。

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