第32話 100億あっても端金

 巡回依頼の集合場所だった広場は、今は緊急依頼などから帰還したハンター達であふれていた。負傷しながらも生還を仲間と喜んでいる者もいれば、重苦しい様子を見せている者もいる。それらの光景が激戦を繰り広げていたのはアキラ達だけではないことを示していた。

 取りえず広場まで戻ってきたアキラも生還を実感してようやく気を緩めていた。

『終わりよければ全て良し。いろいろあったがやっと終わりだ』

 アルファが笑ってアキラをねぎらう。

『お疲れ様。今日はもうゆっくり休みましょう』

『そうだな。久しぶりに風呂に入ってゆっくり休もう』

 アキラは久々の入浴への期待に顔をほころばせた。しかしアルファが苦笑を浮かべてその期待を摘み取る。

『アキラ。残念なお知らせがあるわ』

『……何だ?』

『報酬がまだ振り込まれていないの。だから、風呂付きの部屋に泊まる金はないわ』

 アキラが複雑な狼狽ろうばいを見せる。

『ど、どういうことだ?』

『緊急依頼の参加者が多すぎて、報酬算出計算に遅延が出ているらしいわ。詳細は依頼履歴で確認して』

 アキラが少し慌てながら情報端末を操作して依頼履歴の報酬欄を確認すると、そこには確かにその旨が記載されていた。

『あんなに頑張ったのに……』

 項垂うなだれているアキラを、アルファが笑って励まそうとする。

流石さすがに明日までには振り込まれているでしょう。今日は風呂に入っても、疲労で眠ってしまって危ない。そう考えて、今日は我慢しなさい』

『…………分かった』

 愚痴を言っても仕方が無い。アキラはそう自分を無理矢理やり納得させた。

『アキラ。それはそうと、バイクはどうするの? 駐輪場付きの部屋に泊まる予算はないわよ。そこらにめたら盗まれそうだし、今日はバイクにまたがったまま眠る?』

 アルファのもっともな指摘に、アキラが顔をしかめて思案を始める。非常に疲れているのだ。また路上で眠るのは避けたい。しかしバイクを失うのも嫌だ。バイクを折り畳んで部屋に持ち込むのも怒られそうだ。そう少し悩んだ後に解決策を思い付く。

『……よし。バイクはシェリルのところに預けよう。ちょくちょく顔を出してくれとも頼まれたんだ。あそこを駐輪場代わりにしてバイクを使う時に取りに行けば、顔を出したことにもなる』

 アキラはそのままシェリルの拠点へバイクを走らせた。


 自室で眠ろうとしていたシェリルの耳に激しいノックの音が届く。無視するには慌ただしすぎる様子に仕方無くベッドから降りてドアの前に行く。そして心地い眠りに落ち始めていたところを、無理矢理やり中断させられた不機嫌を声に乗せてノックの主に声を掛ける。

「何? もう寝るところよ」

「ボス! アキラさんが来ています!」

 半分寝ていたシェリルの意識が一気に覚醒する。同時にたたき起こされた理由も理解した。徒党の子供達ではシェリル抜きでアキラの応対など怖くて出来ないのだ。

 シェリルは素早く身支度を済ませてアキラのもとに急いだ。拠点の出入口付近にバイクをめて待っていたアキラのそばまで行くと、軽く息を整えてからうれしそうに笑う。

「お待たせしました。どうぞ中へ」

「ここで良い。こんな時間に悪かったな。ちょっと頼みがあるんだ」

「何でも言ってください。アキラの頼みなら可能な限り引き受けます」

 力強く微笑ほほえむシェリルの態度に、アキラが僅かにたじろぐ。それなりに時間を置いたので前に会った時の妙な態度も直っているだろう。そう思っていたのだが、今の様子を見る限りむしろ悪化しているように思えたのだ。

 あるいはこれが素の状態であり、今後はずっとこれが基本になるのだろうか。アキラはそうも思いながら、疲れもあってそれ以上の推察を打ち切り、元の用事を優先させた。

「このバイクを預かってほしい。必要になったら取りに来る」

「分かりました。しっかりお預かりします。他には何かありませんか? 特になければ寄っていきませんか? コーヒーぐらいなら出せます」

 シェリルはアキラの手を自然に握り、うれしそうに微笑ほほえみながらアキラの目を見詰めた。その微笑ほほえみにも、好意的な視線にも、握った手から伝わる力にも、さり気なく引き寄せようとする動きにも、アキラは妙な力強さを覚えて少し慌てながらシェリルの手を離した。

「いや、今日はもう遅いし宿に帰るよ。いろいろあって疲れてるんだ」

 シェリルがとても残念そうな寂しげな様子を見せる。

「そうですか。久しぶりに会えたのでいろいろ話したかったのですが、残念です」

「またその内に顔を出すよ。じゃあな」

「はい。お待ちしています」

 シェリルは少し寂しそうな様子を見せながらも微笑ほほえんでアキラを見送った。アキラは少し調子を狂わされたことを自覚しながらも、前回の様子よりはましだったとも思い、何よりも疲れていたのでそれ以上気にするのをめて宿に帰っていった。

 シェリルが見張りの少年にアキラのバイクを拠点の中に入れるように指示する。

「言うまでもないけれど、慎重に扱って。皆にも勝手に触ったりしないように伝えて。アキラのバイクだってことも一緒に伝えておいて。無くしたり壊したりしたらどうなるかぐらい分かっていると思うけど、本当に慎重にお願いね。分かった?」

「ああ。分かった」

 少年はその最悪の場合を思い浮かべて緊張した様子でうなずいた。

 シェリルが少年に優しくも魅力的に微笑ほほえむ。

「私はもう寝るわ。頑張ってね。お休みなさい」

 少年はそのシェリルに僅かに見れた。顔に照れが加わり赤みが差している。シェリルはそれを確認した後で自室に戻った。

 自室に戻ったシェリルが自室の鏡に、鏡の自分に向かって微笑ほほえむ。微笑ほほえむ自分の顔を確認した後で、その笑みを消した。

「……ちゃんと効果はある。でもアキラには効果はなかった? 私が気が付かなかっただけ?」

 シェリルは自身の優れた容姿を自覚している。それで相手の好感を格段に引き出せると理解している。微笑ほほえみ、手を握り、目を見詰めれば、更に効果を上乗せできると知っている。

 しかしアキラに対しては思ったほど効果がなかった。そこで見張りの少年に試してみたのだ。意図して浮かべた魅力にあふれた微笑ほほえみは、少年に対しては想定通りの効果を与えていた。

 言動に不手際は無かったはずだった。しかしアキラの気は引けなかった。そのことにシェリルが僅かに気落ちする。

「……いろいろ頑張らないと駄目ね」

 シェリルはそうつぶやいてベッドに横になった。


 翌日。宿の狭く風呂も付いていない安部屋で、疲労の所為せいで死んだように眠っていたアキラがようやく目を覚ました。寝ぼけた意識で視線を彷徨さまよわせると、そばに立って微笑ほほえんでいるアルファと目が合った。

「……アルファ。おはよう」

『おはよう。アキラ。昨日の報酬が振り込まれているわ。気になるなら確認しなさい』

 アキラはまだ眠気が残っていたが、報酬への興味に釣られて身を起こすと、少し緩慢な動作で情報端末を操作した。そして依頼履歴から報酬額の欄へ辿たどって内容を確認した瞬間、残っていた眠気が一気に吹き飛んだ。

「1200万オーラム!?」

 アキラは思わず自分の目を疑い報酬額を再確認した。そして1200万オーラムで正しいと理解すると、半ば呆然ぼうぜんとして少し意識を飛ばしてしまった。

 報酬の詳細には、緊急依頼の基本報酬と、モンスターの群れを2度撃退した分の報酬と、助けたハンター達の人数に応じた増額分と、ハンター達に渡した回復薬の代金を合計した総額から、前払分のバイクの代金が引かれている旨が記載されていたが、アキラにそれを読む余裕はなかった。

『アキラが死にかけた代金としては、ちょっと微妙な額かもしれないわね』

 アルファのその不満げな声でアキラが我に返る。

「……いや、でも、一応命を賭けて、実際死にかけたんだ。他のハンター達も山ほど弾薬を使っていた。でも、だからって……」

 アキラも報酬の妥当性を迷い始める。しかし昨日の激戦の難易度も、受け取った報酬の桁も、どちらもアキラの感覚では高すぎて結論など出なかった。

 その迷いを、アルファの次の発言が吹き飛ばす。

『今日はこのはした金で装備を調えましょうか』

はした金!?」

『アキラ。一々驚かないで』

「お、驚くなって言われても、それは無理だって! 1200万オーラムがはした金なら、一体幾らになればはした金じゃなくなるんだ!?」

『支払通貨がオーラムである限り、100億あってもはした金よ?』

 かなり慌てていたアキラだったが、アルファの発言の意味が分からず、その困惑と疑問で逆に平静さを取り戻した。

「……どういう意味だ?」

『詳しく説明すると長くなるわね。後で弾薬補充と装備更新にシズカの店に行くから、その時にオーラム払いでは買えない装備について聞きなさい。はした金では買えない装備について詳しく教えてくれると思うわ。準備が終わったら行くから、取りえず、朝食にしたら?』

 食事を促された途端、アキラは急に空腹感を覚えた。そして昨日は余りに疲れていたので食事も取らずにすぐに眠ってしまったことも思い出した。

「……そうだな」

 空腹時の食事は大抵の事情より優先する。アキラはいろいろな疑問を棚上げして食事の用意を始めた。


 身支度を終えたアキラがシズカの店を訪れると、シズカがいつものようにカウンターから軽く手を振って出迎えた。

「アキラ。いらっしゃい。強化服の調子はどう? 役に立っているかしら?」

「はい。想像以上の性能で助かっています」

 シズカは元気そうなアキラの様子を見て安心する。報道では都市が防衛隊を出撃させるほどの大規模な襲撃であり、防衛に参加したハンター達にも多数の死傷者が出たと報じていた。何となくアキラも参加しているような気がして身を案じていたのだが、元気そうな様子を見る限り杞憂きゆうだったと思い直した。

「それは良かったわ。私が変なのを選んだ所為せいでアキラが死んだら困るもの。大事な常連候補なんだから、しっかり生きてもらわないとね」

 シズカの軽い冗談に、アキラが少し得意げな様子を見せる。

「今日は常連への道程みちのりを少し歩めそうです。AAH突撃銃をもう1ちょう買いに来ました。やっぱり1ちょうだけだと急に壊れた時に困りますので。あと、機械系モンスターに有効な銃でお勧めはありますか? 強化服がありますから多少重くても大丈夫だと思います」

「AAH突撃銃ね。それと機械系モンスターに有効な銃か。いろいろあるけれど予算との兼ね合いもあるわよ? 幾らぐらいまで大丈夫なの?」

「AAH突撃銃と合わせて1000万オーラムぐらいまでなら大丈夫です」

 笑顔で対応していたシズカが驚きで表情を一瞬だけ固めた。そして少し困ったような顔で続ける。

「……一応聞くけど、支払方法は? 売ってあげたいのはやまやまだけど、私も商売だからそんなに分割払とかには対応できないわよ? それともハンターオフィスのクレジットの限度額? 分割で支払に余裕があるとしても、借金に違いはないからお勧めしないわ」

「一括で支払えますから大丈夫です」

 アキラは深く考えずに普通にそう答えた。だがそれでシズカの表情が変わる。

「……そう。強化服が届いたのは3日前よね。それと強化服が届くまでは、危ないハンター稼業はめておくとも言っていたわね。猶予はたった3日間。アキラ。その代金はどうやって稼いだの?」

 シズカは優しく微笑ほほえんでいる。だがアキラはその微笑ほほえみにかなりの威圧感を覚えていた。そして思い出す。不必要な無理はしない。シズカとそうしっかり約束していたことを。

 アキラが少し慌てながら言い訳するように答える。

「そ、その、代金はですね」

「うん」

「き、昨日の巡回依頼でモンスターの群れと戦いまして、それ自体は想定外のことで、その報酬です。予想外に稼げました。自分でも驚いています」

「つまり、無理をしたのね?」

「それは、必死に生き延びようとした結果でして……」

「無理を、したのね?」

 シズカの声には有無を言わせない迫力があった。

「…………。はい」

 アキラが観念して認めると、シズカが表情を心配そうに少し険しくさせる。

「大丈夫だったの? 怪我けがは? 昨日の防衛戦はかなりの激戦だったって聞いたわよ?」

「見ての通り大丈夫です。強化服も別に怪我けがで自力で動けないから着ている訳ではありません」

 アキラはうそは言っていない。少なくとも今は問題ないのは本当だ。だがシズカにじっと見続けられている内に、耐えきれずに白状するように続ける。

「み、右足を負傷しましたが、回復薬で治った程度の負傷で、既に問題なく治癒済みです」

 アキラはそれでもまだ致命的な何かを隠そうとしている雰囲気を出していた。その様子がシズカを一層心配させる。

「ちょっとこっちに来なさい!」

 シズカは有無を言わせずにアキラをカウンターの裏まで連れて行った。

「強化服を脱いで下を確認させて。その下は包帯だらけとか、そんな状態になっていないでしょうね?」

「大丈夫ですって。もう治ってますから」

「それなら見せても大丈夫よね? 早く脱ぐ!」

 アキラがシズカの勢いに押されて強化服を脱いだ。血まみれの包帯が巻いてあったりもせず、痛々しい生傷が増えているようなこともない。多用した回復薬は折れた足や強化服の無理な操作による打撲傷を問題なく治療していた。

 シズカはようやく安心すると、アキラをしっかり抱き締める。

「無事なら下手に隠そうとしない。余計不安になるでしょう」

「す、すみません」

 アキラは抵抗せずに抱き締められていた。そして、シズカに胸を顔に強く押し当てられて照れながら、受ける必要のない緊急依頼を一人で引き受けた上に走って戦場に向かおうとしていたという、知られたら大変なことになりそうな無理無茶むちゃ無謀をごまかしきったことに安堵あんどしていた。


 アキラ達は店のカウンターまで戻ってきた。シズカが注文の品の1ちょうをアキラの前に置く。

「まずはAAH突撃銃ね。後は機械系モンスターに有効な銃か。昨日の戦いで必要だと思ったのね? どんな戦いだったのか話してもらえる? それを聞いて考えるわ」

「分かりました」

 アキラはキャノンインセクト達との戦闘を、細部をいろいろ省略して説明した。それでもAAH突撃銃でも何とかなりそうな補給機達を倒すために、降り注ぐ砲撃をくぐってかなり近付いたことぐらいは話した。シズカはそれを聞いてかなり驚いていた。

「……なるほど。随分無茶むちゃをしたのね。でも逃げられない以上、他に手はなかった訳か」

「はい。まあそれで、頑丈な機械系モンスターにも通用する何か良い武器はないかと思いまして」

「それならCWH対物突撃銃かDSS狙撃銃を勧めるわ。両方とも汎用徹甲弾が使えるから、頑丈なモンスターに効果が高いわ。射程と威力。どちらを優先させる?」

「遺跡探索をメインにするつもりなので、威力でお願いします。遺跡の中は入り組んだ場所が多いですから、射程はそこまでなくても良いと思います」

「そうすると、CWH対物突撃銃と汎用徹甲弾のセットがお勧めよ。通常弾も使用できるけど、AAH突撃銃と併用するつもりなら、CWH対物突撃銃は汎用徹甲弾だけを使った方が良いわ。かなり高いけど専用弾も保険に買っておけば、汎用徹甲弾では対処が難しいモンスターも楽に倒せるわ。万が一の時の保険として数発確保しておくのも良いかもね」

「じゃあ、いま教えてもらったものと、通常弾の補充と、強化服のエネルギーパックの予備をお願いします。他に何か買っておいた方が良い物ってありますかね?」

「そうね。あれこれ言ってもどれもあれば便利なのは変わらないし、……何なら御守おまもりでも買っておく?」

 シズカとしてはちょっとした冗談のつもりだった。だがアキラは予想以上の食い付きを見せた。

「買います」

 シズカの店はハンター向けの銃火器が主商品だ。他にはハンター向けの消耗品も仕入れている。戦闘服も頼まれれば取り寄せぐらいはする。しかし御守おまもりは置いていなかった。

 だがアキラの態度は、実は冗談だ、などと今更言えるものではなかった。表情は期待の混じった真面目なもので、視線も非常に真剣で、声にも確かな意思が込められていた。

「……ちょっと待っていてね」

 シズカは僅かに固くなった笑顔をアキラに向けた後、そう言い残してカウンターの奥に消えていった。そして少し焦りながら店の倉庫に向かった。

 商品の搬入口を兼ねた倉庫には、売り物の銃火器類や弾薬などの他にも様々なものが保管されている。そこで目的の物を探し始める。

「……どこに置いたっけ。……そもそも本当にあるかどうか。邪魔だからって捨てた記憶はないから、その辺でほこりを被っているはず……、あった!」

 見付けた物は倉庫の隅でほこりを被っていた段ボール箱だ。積もったほこりの量がかなりの長期にわたって放置していたことを示している。軽くほこりを払って箱を開けると様々な小物が出てきた。

 現在の技術では再現不可能な品々など、旧世界の高度な技術力で作られた精密機械や医療品などには高額な値段が付けられる。しかしそうではない品には相応の値しか付かない。たとえ高い芸術性を持つ絵画であっても、原材料がありふれた紙とインクなら、ハンターオフィスの買取所は値を付けない。そこに技術的な貴重性はないからだ。

 普通の買取所ではほとんど値が付かないその手の品を、他所の店などに持ち込むハンターは結構多い。他所なら意外な値が付くことを期待されたり、遺跡探索の土産であったり、値引き交渉のおまけであったり、捨てるよりましだと押し付けられたりと、シズカの店にもその手の品がそれなりにまっていた。

 シズカは興味を持てなかった品をまとめて倉庫に放置していた。それがこの段ボール箱の中身だ。そしてその中に御守おまもりのような物が混ざっていたのを思い出して探しに来たのだ。そしてそれらしい品を幾つか持ってアキラのもとに戻った。

「お待たせ。こんな物しかないけど、要る?」

 アキラがカウンターに並べられた品を真剣な表情で見る。しかし御守おまもりのしなど分からない。

「シズカさんのお勧めとかありますか?」

流石さすが御守おまもりは私の専門外よ。でも一応遺跡で見つかった物らしいわ。再入荷の予定もないし、効能も保証できない。所詮気休めよ。だからアキラが気に入った物を選べば良いと思うわ」

 アキラが悩みながらうなっていると、アルファが品の一つを指差した。

『これが良いと思うわ』

『一応聞くけど、それを選んだ理由は?』

『縁起の良い数字が刻まれているからよ。多分、旧世界の賭け事の御守おまもりだと思うわ。遺物収集なんて賭け事みたいなものでもあるから、ちょうど良いと思うわ』

 アキラがアルファに勧められた御守おまもりを指差す。

「これにします」

「分かったわ。品質保証が出来ないから、これはサービス品にしておくわね。注文の品を持ってくるから待っていてね」

 シズカが注文の品をそろえている間、アキラは手に入れた御守おまもりを興味深い様子で見ていた。

『アルファ。縁起の良い数字って、この数字にどういう意味があるんだ?』

『その数字が現れると大金を得られる。だから金運関連で縁起が良い。そういうことよ』

『なるほど』

 この類いの御守おまもりが求められるほど旧世界でも金は重要だった。アキラはそう考えて、想像を絶する世界だと考えていた旧世界と現在との意外な類似点を少し面白く思った。

 シズカが注文の品を持って戻ってくる。

「お待たせ。時間があるなら商品の説明を聞いておく?」

「お願いします」

「分かったわ。CWH対物突撃銃は主に装甲の厚い機械系モンスターに対して……」

 シズカが楽しそうに商品の説明を始めた。

 CWH対物突撃銃は対モンスター用の銃火器の中でも、機械系モンスターとの戦闘を考慮して製造されている製品だ。

 機械系モンスターはその多くが自律兵器や施設防衛装置などの機械類であり、生物系モンスターに比べて頑丈な個体が多い。強固な装甲や固い金属の体を貫けなければ真面まともに戦えないことも多い。

 CWH対物突撃銃は機械系モンスターの強固な装甲を貫き、比較的もろい内部の部品を破壊できるように、非常に高い貫通性を目指して設計されている。

 徹甲弾で機械系モンスターの装甲を貫通させて内部の制御装置のみを破壊すれば、少ない破損状態で機能を停止させることも出来る。機械系モンスターを内部部品の入手目的で破壊する場合、部品の損傷が少ないほど高値で売れるので擲弾てきだんで吹き飛ばすより効率的だ。

 この銃を愛用するハンターには、荒野を彷徨さまよう野良戦車を狩って生計を立てる者さえいる。強力な専用弾を使用して戦車の制御装置のみを的確に破壊し、工場に運び込んで制御装置を交換して修理して販売するのだ。

 ハンター達が大型機械兵器類のモンスターと戦う際に使用する銃は数あるが、定番の品と言えばこの銃の名前が必ず挙がる。CWH対物突撃銃はそれだけ優れた銃だ。

「CWH対物突撃銃の専用弾は高価だけど、性能は折り紙付きよ。倒す機械系モンスターの内部構造を熟知していて、狙撃にすごく自信があるのなら、大物狙いも十分可能よ。装甲の固い相手に一発逆転も狙えるわ。言うまでもないけど、分かっているとは思うけど、アキラの方からそういうのを狙いに行っては駄目よ?」

勿論もちろんです」

 アキラがしっかりとうなずいて答えると、シズカも満足そうにうなずいた。

「よろしい。それと、使えそうだからって専用弾を他の銃で使おうとしないこと。最悪暴発してアキラの腕ごと吹っ飛ぶわ。絶対にめなさい。他に何か聞きたいことはある? 他の銃の話とかでも良いわよ? それでアキラの購入意欲が上がるなら、たっぷり話しちゃうわ」

 アキラが少し考えてから答える。

「それならAAH愛好家について教えてください」

 シズカが何とも言えない表情を浮かべる。そしてどこか達観した感じの目でアキラに微笑ほほえんだ。

「AAH愛好家か……。アキラ。そのとしでAAH愛好家になるのは早いわよ」

 理由は分からないが、アキラも自分が妙なことを聞いてしまったことは分かった。取り繕うように続ける。

「いえ、昨日の戦闘で同班のハンターがそんな単語を話していたので、聞いてみただけです。俺のAAH突撃銃を見て、俺かシズカさんがAAH愛好家だと考えたみたいで……」

「そうなの? そうすると、偶然だとしてもアキラはよほどの活躍をしたのね」

「活躍すると、AAH愛好家だと勘違いされるんですか?」

「何というか、その辺はいろいろあるのよ」

 困惑しているアキラに、シズカが苦笑しながらAAH愛好家について説明する。

 東部には多種多様な銃が出回っている。長期にわたって出回るものもあれば、一瞬だけ流行はやってすぐに消えていくものもある。AAH突撃銃はその淘汰とうたの中で100年の歴史を持つ名銃だ。手頃な値段で性能も高いおかげで、今も高い人気を保っている。

 そしてAAH愛好家と呼ばれている一部の者達は、異常なほどに、時には手段と目的が逆転するほどにAAH突撃銃を愛用している。

 AAH突撃銃を使用するためにモンスターを倒しに行く。その性能を賛美して広めるために、本来その火力で倒すのは無理があるほどに強力なモンスターを、AAH突撃銃で無理矢理やり倒してしまう。AAH突撃銃に極めて特異な改造を施して、本来の性能から著しく脱した強力な銃火器に変貌させる。などなど、その活動内容は多岐にわたる。

 AAH愛好家にも様々な派閥が有る。改造を一切許さず、素の性能での有効な攻撃方法を模索する者。基本となる設計図から逸脱していなければ良いとする者。基幹部品が使用されていれば良いとする者。拡張部品の使用や開発で機能を高めようとする者。見た目がAAH突撃銃であれば中身が全くの別物でも構わないとする者。彼らは互いにいがみ合ったり、協力し合ったりして、日々AAH突撃銃の愛用者を増やしていた。

 AAH愛好家の共通点として、非常に濃い人物が多いことが挙げられる。有能なハンターも数多くいるのだが、下手に付き合うとAAH愛好家に染められてしまうので、扱いに困る者達でもあった。

「AAH愛好家には企業の従業員も多いのよ。私は違うわよ? 巧みにAAH突撃銃を勧めたり、販売する品に非常に高性能な改造品をこっそり混ぜたりしているとも言われているわ。販売されているAAH突撃銃にはたまに当たりが入っている、なんて言われているのはそのためね」

 アキラが昨日の自分の行動を思い返す。AAH突撃銃を名銃と言ったり、キャノンインセクトのような機械系モンスターにAAH突撃銃だけで突撃したりと、確かにそう勘違いされても不思議ではない行動を取っていた。

「当たりと呼ばれる特に高性能なAAH突撃銃を求めて、同じ銃を大量に購入するハンターもいるわ。その当たりには本来コロン払いでないと購入できない高性能なものもあるって話よ。旧世界の銃火器のような性能のものまで混ざっているってうわさもあるわ。そのうわさも誰が流したのやら」

 店主がAAH愛好家だと勘違いされた店には、たまにAAH突撃銃を大量に購入するハンターが来ることがある。一時はもうけられるが、運が悪いと大量の在庫を抱える羽目になり、経営を圧迫する場合もある。

 シズカの店にもたまにその手のハンターが来るが、全額前金で支払ってもらい、その上で発注を掛けて取り寄せるようにしている。かつてシズカはトラックに山積みされたAAH突撃銃を引き取っていくハンターを見て、少し引いたことがあった。

「シズカさん。その、コロン払いって何ですか? オーラムとは違うんですか?」

 シズカはアキラがコロンについて知らないことに少し驚いた。その後で一瞬だけ不憫ふびんに思う表情を見せたが、すぐにそれを消していつもの笑顔で聞き返す。

「アキラはコロンって知っている?」

「いいえ。単語も今初めて知りました」

「説明するとちょっと長くなるわ。構わない?」

「大丈夫です。お願いします」

 シズカがアキラにコロンについて説明を始める。

 東部には2種類の通貨がある。企業通貨とコロンだ。企業通貨の例を挙げると、オーラムは統企連の5大企業の一つである坂下重工が発行する企業通貨だ。

 企業通貨は主にその企業が管理運営する統治都市内で使用されている。オーラムを含めて5種類存在しており全て5大企業が発行している。企業通貨を媒介に経済活動を行う者は全てその企業の支配下にあると考えて良い。通貨の流通範囲がその企業の支配圏であり、企業活動を支える生命線だ。

 企業通貨の偽造は統企連への宣戦布告だ。偽造を試みた多くの犯罪組織が統企連に殲滅せんめつされている。

 そして企業通貨とは別に東部全体で流通している通貨がコロンだ。旧世界の通貨とも呼ばれており、現在の技術では偽造不可能な電子通貨で、遺跡から遺物として発掘されている。入手方法は様々でコロンカードと呼ばれる電子的な財布の中にその残高として存在していることもある。

 コロンは東部では絶対の価値を持つ通貨だ。統企連を介して全ての企業通貨と高額なレートで両替できる。逆に企業通貨からコロンへの両替は、非常に高い手数料などで防がれる。それが東部でのコロンの価値を更に高めていた。大企業間の決済もコロンで行われることが多い。

 そしてコロンの最も重要な価値は、旧世界の通貨として現在でも使用できることだ。

 旧世界の遺跡の中には今現在も正しく稼動している工場などがある。当然その警備装置なども正しく機能しているので、旧世界の圧倒的な技術で製造された警備装置は、有能なハンター達でも企業の私設軍でも全く太刀打ちできない場合が多く、力尽くで遺物を奪うのは極めて困難だ。

 それらの工場で生産された極めて貴重で極めて入手困難な生産物を、管理用の人工知能と交渉することで安全に購入する。それがコロンの価値だ。その事実はかつては秘匿されていたが、今では東部に広く知れ渡ってしまっている。

 また遺跡に設置されている自動販売機では、四肢の欠損ですら短時間で治療し若返りさえする回復薬が売られていることもある。コロンがあればそのような貴重な遺物を買えるのだ。

 それを力尽くで手に入れようとして、旧世界の警備システムと交戦して死体の山を築いた挙げ句に自動販売機を破壊してしまい、結局手に入らなかったという事例もある。

 また、一部の企業は旧世界の軍事生産拠点からコロンで軍事物資を購入しているとも言われている。それらの性能は時に東部の勢力範囲を書き換えるとすら言われている。

 そのような経緯も有り、統企連はコロンの収集に躍起になっている。その収集方法の一つとして、ハンター達に遺跡からコロンを回収させるために、ハンター向けに販売されている一部の装備品などにはコロン払いでないと買えない製品もある。当然、どれも貴重で高性能な品ばかりだ。

 シズカが説明を締めくくる。

「そういう訳で、そんなコロン払い専用品に改造された異常に高性能なAAH突撃銃が存在するってうわさもあるわ。存在するなら一度見てみたいわね」

 東部には企業通貨では買えない装備があることを知り、アキラはアルファが100億オーラムをはした金と言った理由を理解した。シズカに丁寧に頭を下げて礼を言う。

「教えていただいてありがとう御座いました。面白かったです」

「そう? それは良かったわ」

 強化服を装備するようなハンターならば、それを目指す者ならば、コロンの存在など知っていて当然の知識だ。だがアキラは知らなかった。シズカはそのアキラの境遇を思って少し心を痛めたが、アキラを気遣ってそれを表には出さずに、いつものように微笑ほほえんでいた。

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