◆ 愛してはいけない ◆

その事件は起こるべくして起きた事件ともいえよう。


“ 群れ ”社会では恋愛・結婚・家族も禁止している。

完全なる平等をイデオロギーとする“ 群れ ”では、愛は執着であり、独占欲は他人に危害を与え、“ 群れ ”調和を壊す、悪しき考えとされていた。


ちょうど子どもたちとお昼を食べている時間だった。

ポリスロボットが2体突然現れ、部屋に入って来ると、ひとりの女性スタッフを拘束した。

訳も分からず戸惑うスタッフたちと子どもたちに、黒い服を着た屈強なポリスロボットが彼女の罪状を告げた。


〔 “ 群れ”反逆罪第19条で、この女を逮捕、連行する 〕


抑揚のない、冷たい機械音声でポリスロボットは言った。

反逆罪第19条とはコミュニティ・プラン以外での男女の性愛行為のことである。

スタッフたちがどよめく、“ 群れ ”ではコミュニティ・プラン以外での男女の性愛行為は強く禁止している。


そのためにも、男女は別々の“ 群れ ”で暮らしているのだ。


WS-21 W-Woman(女)、S-Sepember(9月)、21日生まれ。

彼女はWD-16(女)より、3歳年上で子どもたちにも人気の優秀な保育士だった。

北欧系の彼女は金髪碧眼きんぱつへきがんでとても美しい容貌を持っている。

“ 群れ ”では、種族保存のため同種族同士でのコミュニティ・プランが通常行われるが、金髪碧眼は劣勢遺伝のため稀少種きしょうしゅである。


金髪のWS-21(女)と黒髪のWD-16(女)はとても仲が良い。

仕事では先輩のWS-21(女)を尊敬していたが、ふたりはプライベートでも、気が合って一緒に買い物や食事をしたりと気のおけない関係で、仮に家族という存在があれば、ふたりはまるで姉妹のようだった。

お互い信頼し合っていたが、今回のことはWD-16(女)でさえ何も知らなかった。


それが、いきなりWS-21(女)が連れていかれる!

彼女に手錠を嵌め、ポリスロボットが連行しようとしている。


ショックのあまり頭の中が混乱しているWD-16(女)だった。

最後に彼女は振り向いて「いやー!」と泣き叫びながら、たぶん相手の男性の生体番号を何度も絶叫していた。

その悲痛な叫び声が何度も耳の中でエコーする。

ふたりはもう二度と会うこともないだろう。


男は、南極の僻地で資源開発の危険な重労働をさせられる。

女は、まだ若いWS-21(女)なら、男“ 群れ ”の一角にある性愛施設で拒否権なしで、男たちの相手をさせられる。

そのために避妊手術までおこなわれる、それが“ 群れ ”の規則を破った男女に科せられる罰なのだ。


「お願い! 彼女を連れて行かないで!」

WD-16(女)は悲しみで胸が張り裂けそうだった。


「なんてバカなの!」

背後から誰かの声がした。

「彼女は男“ 群れ ”の保育士と性愛行為したのよ、恥知らずな、許せないことだわ!」

先輩スタッフの怒気を含んだ言葉が胸に突き刺さる。


どうして? 特定の男性と性愛行為をしてはいけないんだろう?

ふと、WD-16(女)の心に素朴な疑問が生まれた。

きっと、彼女はその男性としか性愛をしたくなかったんだ、女の身体は本当に好意を感じる男としかしたくないものだから……。

セックスは、ただの繁殖行為だけではないはず――ちゃんと心も合わせたい。


赤ちゃんと暮らせない、特定の男性と性愛行為ができない。

自分たちは何のために生きているのだろう?

人類繁殖のため? 地球再生のため? ただの動物なの?


“ 群れ ”の人々は生後100日経って母親と離されて、すぐに首の後ろに微小なチップを埋め込まれる。

それはJP機能でコンピューターから常に居場所を確認出来るのだ。

“ 群れ ”の人々はそんな風に完全管理されている、だから自由な行動が出来ない。

WS-21(女)も、そのシステムで特定の人物と行動していたことがコンピューターに発覚したのだろうか。

今まで疑問さえ感じなかった“ 群れ ”のシステムに不満を感じるようになっている。

ぞんな自分にWD-16(女)は驚いていた。

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