◆ 君に触れたい ◆

「その人は、私の知ってるWF-02だと思うわ」

MO-14(男)の話を聞いて、WD-16(女)は即座そくざにそう答えた。

「WF-02は、女たちの“ 群れ ”で、医療スタッフとして働いているし、時々セミナーで、男たちの“ 群れ ”の病院にも出張にいっているもの」

そして、ひと呼吸して、

「あなたと彼女の顔はそっくりだわ!」

きっぱりと言い切った。


「そうか、自分では分からなかったけど……そんなに似てるんだ?」

「ええ、男と女の顔の違いくらいよ」

「だけど……嬉しいな、僕を産んだ人が君のそばにいるなんて!」

「ほんとね!」

ふたりは目を合わせて、にっこりと微笑ほほえんだ。


何もしないからと男がいうので、WD-16(女)は着衣を身に着けて、ベッドに並んでふたりは腰掛けている。

初めて会った人なのに、警戒心も解けて打ち溶け合っているなんて、不思議な人だわ。

“ 群れ ”では個人の写真を撮る習慣がない。

だから、どんな人物かは言葉による表現しかないから、WD-16(女)はいっぱい彼女の話をしてあげた、WF-02(女)の癖や好きな食べ物のことまで教えてあげた。

うんうんと嬉しそうに相槌を打つ、なんだか――この男が可愛いらしく思えてきた。


「どうして、僕を産んだ人と暮らせないんだろう?」

ぽつりとMO-14(男)が呟いた。

それを聞いて、WD-16(女)はあっと驚いた。

それは赤ちゃんと引き裂かれてから、ずーっとWD-16(女)の胸の中で燻り続けていた疑問だった。

ふいに赤ちゃんのことを思い出して、乳房が痛くなった、もっと赤ちゃんに授乳させたかったのに……。

赤ちゃんのことを思い出すと、WD-16(女)は胸が張り裂けそうだった。


「わたしも自分の産んだ赤ちゃんと暮らしたい……」

そういうと彼女の瞳から大粒の涙がぽろぽろ零れた。

「どうしたの、大丈夫?」

突然の涙にびっくりしたMO-14(男)だが、自分が何気なにげなくいった言葉に、彼女がこんなにすると思わなかったのだ。

「なにかあったの?」

嗚咽おえつを漏らし泣きつづける彼女に、MO-14(男)は優しく訊ねた。


半年前に赤ちゃんを産んで、100日間一緒に暮らして別れたが……。

その時の悲しさ、苦しさ、辛さ、を泣きながら彼女は話してくれた。

そのせいでコミュニティ・プランに参加して、赤ちゃんを産むのが嫌になったことまで、洗いざらいMO-14(男)に泣きながら訴えた。

「そうか……きみも辛かったんだね」

「僕は男だけど、自分の遺伝子で生まれた子どもの顔は見たいと思う」

「…………」

泣きながらWD-16(女)は男の声を聞いていた。

「そんな風に考える僕らは間違っているのかな?」

明らかにそれは“ 群れ ”のイデオロギーから外れている、問題発言である。

「…………」

だが、その言葉にWD-16(女)も心の中で深く同意していた。

自分と同じことを考えている人間が、この“ 群れ ”にもいるなんて……。


「こんな時間……」

赤くなった目を瞬きながらWD-16(女)がいう。

ひとしきり泣いて、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。

「そろそろ退室しないとね」

ふたりは何もしないまま別れていく。

「もう会えないと思うから……」

ひと呼吸おいてから、

「最後に君の身体に触れてもいいかい?」

「えっ?」

その言葉に少し身を固くするWD-16(女)だが、今から何かする気かしら?

「君に触れたい……」

照れ臭そうに笑いながら、WD-16(女)の前に手を差し出してきた、どうやら握手を求めている。

なんだか拍子抜ひょうしぬけするようだったが、ふたつの手はしっかりと握りあって別れの挨拶をした。

MO-14(男)の掌は温かく優しさが伝わってくるようで、この感触をきっと忘れないわ、とWD-16(女)は思っていた。


初めて“ 群れ ”の男と心が触れた瞬間だった。

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