◆ 優しい香り ◆

1階のロビーに降りると、“ 群れ ”の女性医療スタッフと思われる一団がいた。

たぶん、彼女たちは医療セミナーかなんかでこっち(男の“ 群れ ”)へ来ているのだろう。

40~50人はいるであろう、女たちは口々に賑やかにしゃべっていて、その騒がしさに、MO-14(男)は面喰めんくらってしまった。


“ 群れ ”社会では男女は別々に暮らしているので、女性を見るのは珍しい。

チャイルド・グループの管理者たちは、女性スタッフが多いのだが……これだけ大勢の女性たちを見るのは久しぶりである。

少し興味を惹かれながらも……。

あまり見ていると不審がられるので、コンピュータールームのある最上階へいこうと、女性たちの横をすり抜けて、MO-14(男)はそそくさと医療用ロボット・ナースを連れ、エレベーターに飛び乗った。

なんとなく安堵して、ため息がでた。

ドアが閉じようとした瞬間に、ひとりの女性が走り込んでくるのが見えた。

MO-14(男)は、慌ててエレベーターの開閉ボタンを『OPEN』に押した。


「ごめんなさい……忘れ物しちゃって……」

ハァハァ息を切らせながら、その女性は謝った。

「何階ですか?」

クスッと笑いながら、MO-14(男)は訪ねた。

「23階、お願い……」

その時、MO-14(男)はその女性と目が合った。


自分と同じアジアン系だろうか?

髪も目も黒い、落ち着いた感じの年上の大人の女性だった。

初めて会ったのに、なんだか親しみを感じて、不思議な気分がする。


彼女はさっきから、自分の生体番号プレートを見つめてる。

生体番号プレートには、個人情報が全てインプットされていて、IDカードのようなものである。

“ 群れ ”では外出時には、自分の生体番号を書いたプレートを必ず首から提げていなければならない。

もし付けていないと、『不携帯』ということで罰則規制になる。

なにをそんなに見てるんだろう?

不審に思うMO-14(男)だったが、知らない顔をしていた。


「あなたはMO-14?」

「はい?」

「エリア038で20XX年10月生まれなのね?」

「そうですが……」

いきなり何を訊くんだろう、いぶかしげなMO-14(男)だが、

「ちょっと、ごめん!」

その女性はMO-14(男)の頬にかかった髪を、かき上げ耳の後ろを見た。

「やっぱり……小さなホクロがあるわ!」

「な、なんですか?」

訳も分からず、相手の無礼に戸惑うMO-14(男)だった。

「まさか会えるなんて! 生体番号とホクロで分かった……」

MO-14(男)を見て、彼女はハッキリした声で言った。

「あなたはわたしが産んだのよ」

そういうと、彼女はMO-14(男)を優しく抱きしめて……。

「わたしの赤ちゃん……」

と小さな声で呟いた。


突然のことに、びっくりして棒立ち状態のMO-14(男)である。

彼女の髪から優しい香りがした。

その香りは懐かしく温かな想いがする、なんだ、この感覚は?

この女性は、僕の……、

MO-14(男)が夢の中で何度も会いたいと願っていた人なのだ。


やがて、23階に着いてエレベーターのドアが開いた。

「さよなら……」

そういうと、何もなかったように彼女はエレベーターから降りて、そのまま振り返らずに歩いていった。

取り残されて、MO-14(男)はひとり呆然としていた。

「あの人が僕を産んだ人なんだ……まさか? 本当に!?」

彼女に何か言えば良かった、いつも思っていることを言えば良かった!


「僕を産んでくれて、ありがとう」


そう言いたかったのに……。

僕を産んでくれた人に、いつか会えたら……いつか会えたら……きっと。

って、そう言いたかったんだ!

MO-14(男)は悔しくてエレベーターの壁をこぶしで叩いた。


もう二度と会えない人の優しい香りだけが心に残った。

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