◆ WD-16 ◆

彼女は、WD-16

W-Woman(女)、D-December(12月)、16日生まれ。

12月16日生まれの女性である。


まだ17歳の彼女だが、半年前に出産を経験していた。

” 群れ ”では通常1グループ100人ほどでハウスと呼ばれる、建物の中で共同生活をしている。

出産したばかりの女性は、ハウス内に小部屋を与えられて、赤ちゃんと100日間、一緒に生活し授乳と育児に専念できる。


WD-16(女)は、初めて産んだ赤ちゃんが愛おしくてたまらなかった。

無心に乳首を吸って授乳する姿は、いくら見ていても見飽きないほど可愛かった。

これが赤ちゃんを産んだ満足感なんだと喜びに胸が熱くなった。


だが、未来社会では、『母性愛』という言葉すら、死語になっていた――。


やがて育児期間が終り、赤ちゃんと別れる日がきた。

別の施設に赤ちゃんは移されて、そこで仲間たちと一緒に育てられるのだ。

もう二度と自分の産んだ子どもと会うこともないのだ。

それが“ 群れ ”の規則なので仕方ない。

しかし、無理やり赤ちゃんと引き裂かれたWD-16(女)は淋しく、悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうだった。


赤ちゃんと別れて、しばらくは脱力感で“ 群れ ”の仕事も、うわの空で手につかず、夜になると赤ちゃんを思い出して泣いてばかりいた。

心配したハウスの年上の女性が慰めてくれたが、「私の赤ちゃんに会いたい」と言うと……赤ちゃんは“ 群れ ”の仲間で、あなたのではない!

個人的な感情を持つのは悪いことだ!

きびしく叱責しっせきされた、そして彼女は……。

「次の妊娠をしたら、そんなことは忘れるわよ」

と、悲しげに笑った。


“ 群れ ”の女たちは、繁殖種として子どもを生むことが義務づけられている。


だけど、WD-16(女)はどうして自分が産んだ子どもの成長をそばで見守ることができないんだろう?

その疑問を頭からぬぐい去ることができず苦しんだ、こんな苦しい思いをするのなら、もう二度と赤ん坊を産みたくないと思っていた。


コミュニティ・プランに参加しても、連続10回、『NO』サインを出した。

そのことがコミュニティ・プラン管理者に知れて、WD-16は厳重注意を受けたばかりである。

これ以上、拒否権を使った場合は『拒否権停止』処分に課す、と言い渡されていた。


『拒否権停止』それだけは耐えられない!


急遽きゅうきょ、事故で行けなくなった女性の代わりに、WD-16(女)はコミュニティ・プランに参加させられたが、相手がどんな人物であろうとも……。


今日は、観念して『YES』を押して、ガラスの仕切りを開くしかないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る