第64話 孤島の双鋏(中休み)

 辺りが夕陽に照らされ、赤く色づく頃。

 僕は、宿営地でお手製の竃の上に置かれた鍋をひたすらかき回していた。


 あれから、疲れ切った体にムチを打ちまくり、何とかもう1体のカニを討伐する事に成功した。無事にチェシャ猫の試しも出来たし、多くの改良点を見つける事が出来たので、頑張った甲斐もあるってもんだ。

 そして、無事宿営地へと戻って来た僕達は、夕飯の準備をしているという訳だ。

 と言っても、準備をしているのは僕とレイラだけで、ひなぞーと武さんは、肉を狩りにまた出て行ってしまった。


「今日はカニがあるのに」


「本当に男の子はお肉が好きねー」


 いや、レイラさん。僕も男の子なんですけど? 

 私たちは違うわよね? って……止めて! そんな目で見ないで!!



 その後、何事もなくひなぞー達が戻って来たので、夕食の時間となる。

 ウサギを2羽追加した少し豪華な夕食を食べると、長く退屈な見張りの時間だ。

 順番は、僕→レイラ→武さん→ひなぞーの順番に決まった。


 さて、順番が決まればあとは実行するだけである。

 いそいそと船に戻る仲間達を見送りながら、焚き火の近くを陣取ると、【探知】スキルを発動させながら工具を準備する。

 そして、チェシャ猫のシリンダーからバレットを取り出した所で、人の気配を感じた。


 顔を上げると、焚き火を挟んで反対側にレイラが座りこっちをジッと見ているではないか。

 僕、何かしたかな?


「な、なに?」


「ん? 別に気にしないで」


「そ、そう? でもちゃんと寝ないと、明日辛いよ?」


「大丈夫、ちゃんと寝るわ」


 よくわからないけど、まぁレイラがいいならいいんだけどね。

 僕は再度バレットに視線を落とすと、作業を再開した。レイラとの会話は続けたけどね。



「ねぇイズミ……」


「ん〜な〜に〜」


 ある程度バレットに魔文字を書き終えた時に、レイラが声をかけてきた。

 それまで、会話してきた声のトーンとは異なり、どこか緊張しているような感じの声だ。


「どうしたの? 何か悩み事?」


 きっと大時な事を話すだろうと考えた僕は、手にした工具を一旦仕舞うと、レイラと改めて向き合った。


「悩み事って言うか……ちょっとね」


 何とも歯切れの悪い言葉を使うレイラ。そんなに言いづらい事なのだろうか?

 僕は焚き火で温めていたお湯を使い、お茶を淹れレイラに手渡した。


「ありがとう。あのね、私ね……気になっている人がいるの!!」


 レイラの大声に、思わずお茶を吹き出してしまった僕は悪くないだろう。

 何だって? 気になっている人がいる?

 それって武さんの事なんじゃ……いや待てよ。このパティーンは、


「実は……私イズミの事が気になっているの!」

「何だって! だって君には武さんが」

「リョウ? 確かに助けてくれた事には感謝しているけど、私が好きなのはイズミ、貴方よ!」

「そうだったのか。レイラ、君の気持ちは嬉しいよ」

「あぁイズミ、私貴方と結ばれたいわ」

「ふっ悪い子猫ちゃんだぜ。そんな事言われたんじゃ無視できないじゃないか」

「イズミ」

「レイラ」



 なんちゃって、なーんちゃって!!

 これはワンチャン有りですか!? ごめんね武さん、これからは僕のターンだ!!


「あのね……実はね……」


 キタキタキターー!

 さぁレイラさん、続きを! 続きはよ!!


「リョウの事が好きなの!!」


「……ですよね〜〜」


 分かっていた事だが、僕はがっくしと肩を落とした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「私、出来ればリョウと結婚したい。結婚から逃げてきた私が、なにを言っているんだって感じなんだけど……ってイズミ? 大丈夫?」


 僕は大丈夫だと答え、レイラに話しの続きを促した。するとレイラは、頬を赤らめて恥ずかしがるような素振りの後、嬉々として続きを話し始める。


 要約すると、あのイノシシから守られた事が切っ掛けで、武さんを意識し始めたと言うわけだ。

 んで、一種の吊り橋効果では無いかと考えていたのだが、雨季で会えない時期が続き、気がついたら武さんの事を考えてる時が多かったと。

 結果、武さんの事が好きだと意識してしまったという事なんだとさ。


 うん、爆ぜろ。


「へーほーふーん」


「イ、イズミ? 目が怖いわよ?」


 べぇ〜つぅ〜にぃ〜。

 僕は至って普通だよ? ふ・つ・う。


「そ、そうね、何時ものイズミよね」


 うん、レイラも分かってくれたみたいで良かった。

 と、話しはそこじゃなくて、側から見たってラブラブの2人なのにいったい何が心配なのだろうか?


「何と無くだけど、嫌われていないなぁとは感じているのよ? でも、1度もハッキリと言葉にしてもらっていないのよ」


 何と、あのイケメンが告白もしていないだって?

 武さんって意外と奥手?


「女の子としては、ちゃんと言葉にして気持ちを伝えて欲しいじゃない? ねぇ?」


 いや、『ねぇ?』と言われても……あたい、男の娘だし。


 まぁでも、何と無くわかった。

 要は、あの武さんヘタレから告白させればいい訳だ。

 ナンパした時は、初対面の女性に向かって平然と下ネタをブチ込んだと言うのに……。


 しかし、告白させるとは言え、どうやればいいのやら……。

 後ろから魔砲を突き付けて、股間のゴールデンボールをにとり、「さっさと告白しろやゴラァ」と脅せば良いのだろうか?

 いや、ダメだろうなぁ。

 第1に武さんの……って言うか、他人のゴールデンボールを触りたく無い。


 その後も、2人でウンウン唸りながら頭をひねるが、なかなか良い案と言うものは出てこない。

 そもそも、告白をされた事もした事も無い人間が考えてもいい案が出る訳がないのだ。


「と言う事で、お越し頂きました。陽向先生、よろしくお願いします」


「何がという事だ」


 ちょうど時間だった事もあり、ひなぞーも参加してもらうことにした。

 向こうの世界でもイケメンだったコイツなら、恋愛の1つや2つ経験しているだろう。


 焚き火を囲みながら、現状を簡単に説明していく。


「なるほどな。てか、たけぞーはまだ告白して居なかったのか。……ヘタレだな」


 粗方説明し終わった時のひなぞーの感想だ。

 なかなかに的を得ている。


「そんなヘタレの友人の為に知恵を貸しておくれよ。

 ひなぞーなら経験豊富だろう?」


「知恵を貸すのは吝かでは無いが……」


 ひなぞーは、何故かそこで言葉を止めてしまった。

 友人が困っているのに見返りでも要求するのだろうか? あらやだ、なんて人なんでしょ。


「俺、悪ふざけで告白した事はあるけど、本気のやつは無いぞ」


 文句の1つでも言ってやろうと開いた口が、そのまま塞がらなくなってしまった。


「な、なんやてーーーー!?」


「何故に関西弁みたくなっているか知らんが、俺が告白なんぞするとでも思っていたのか?」


 よくよく考えてみたら、女嫌いのひなぞーが告白なんぞする訳が無い。


 おや、でも待てよ。

 まだ向こうにいた時、週末に遊びに誘うと、度々断られて、電話口のから女の子の声が聞こえていた様な……?


「あーそれな。向こうから告って来たから、付き合っていただけだぞ。それも3ヶ月位で別れるし」


 少し疑問に思ったので、質問してみたらそんな答えが返って来た。

 うん、やっぱりイケメンはキライダ。


 僕は、改良したばかりのチェシャ猫に魔力を込めると、そのままひなぞーに飛びかかった。


「爆死しろ! リア充めが!!」


「黙れ! 聞かれたから答えただけだろうが、このオカマ野郎!」


「もう! いい加減にしなさい!!」


 普段なら静かな孤島の夜も、この日だけは少し騒がしかった様だ。

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