第63話 孤島の双鋏

 土煙りが晴れてくると、辺りの状況が分かってきた。

 爆心地は大きく抉られ、辺りに粉々になった貝殻が散らばっている。

 うん、上々。


「上々じゃねー! お前はバカか? バカだろう? バカだったな!!」


「あークラクラする」


「耳が痛いわ」


 爆発のダメージから回復したみんなが、ゾロゾロと集まってきた。

 てかひなぞー、後ろから叩かないで欲しい。


「うわー悲惨」


「これは酷いわね」


 みんなで、爆心地の辺りを調べてみるが、目に付くのは砕けた貝殻だけだった。

 しかし、【探知】のスキルは爆心地を指している。


「爆弾ってこんなに威力があるのね」


「普通の爆弾は、ここまでの威力は無いと思うよ」


 何せ僕が丹精込めて、改良した爆弾だ。

 一般販売されている爆弾と一緒だったら、ヘコむわー。

 爆弾が一般販売されているのか知らんけどね。



 さて、気を取り直して辺りを探索することにしよう。

 周りは砂と粉々になった貝殻。カニの反応は真下。

 と言うことは、まだ地中に潜っているのだろう。

 背中を爆発されたのに、未だに出てこないなんて、引きこもりの鑑だね。


 でもどうするか……どれ位地中に潜っているか分からないし。もう1回爆弾を使ってもいいけど、ひなぞー達が怒るだろうなぁ。


 軽く地面を蹴飛ばしていると、突如地面から2本の物体が飛び出して来た。

 先端が黒く尖っている物体は、小さい方でも僕が抱きついてギリギリ手が回る程の大きさだ。


「何だろうね」


「たぶん、カニの一部だと思うんだが……」


 取り敢えず、飛び出した物体を叩いたり蹴ったりして見たが、見た目以上に堅く逆に手足を痛める結果になった。


 しばらく叩き続けていると、周りの地面が揺れ始める。かなり嫌な予感がするのだが……。


「ねぇ……この揺れって……」


「あぁ、ヤバめだな」


 思わずひなぞーと顔を見あってしまった。彼も同じことを考えていた様で、若干顔色が悪い。


「「退避ィーー!!」」


 声を揃えて逃げ出そうとした瞬間、僕は味わいたくも無い3度目の浮遊感を味わった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「うぇはーーーーす!?」


 空へかち上げられた僕は、そのまま重力に従い青い海へ向かって一直線に落ちていく。


「ぶべらっ」


 あぁ母なる海よ……もう少し優しく受け止めてくれると嬉しかったなぁ。


 水面に叩きつけられる様に落下すると、全身に痛みが走り、直後大量の海水が口から入ってくる。


「しょっぱっ!? てか辛っ!? ノドがぁ、ノドがぁぁぁぁ!?」


 異世界でも海は塩っ辛いんだね……。


「ウェハースって何かしら?」


「オレ達の世界のお菓子さ」


 武さん達が、呑気な会話をしている。

 少しは友達の心配をしろよな!


 持っていた水筒の中身をほぼ全部使って口の中を洗うと、海岸に現れたカニのお化けを睨みつける。


 飛び出して来たカニは、口から泡を吹き、威嚇する様に爪を振り上げている。

 背中には、半分以上ボロボロになった貝殻が乗っかっている。カニと言うよりはヤドカリに近いのだろう。


「この野郎、塩茹でにしてやる!」


「いやいや、焼きガニだろう」


「まったくお前らは……常識的に考えて刺身だろう」


「「それだ!!」」


「バカ言ってないで構えなさい! くるわよ!」


 どう料理してやろうかと相談していたら、レイラに怒られてしまった。

 それぞれ武器を構えると同時に、カニがに向かって来た。


「カニが直進して来るだと!?」


「まぁヤドカリならあり得るんじゃないか?」


「見た目がカニだから、シュールだよね」


 回避しながらも無駄口を叩いていると、直前まで僕たちが立っていた場所へ巨大な鋏が振り下ろされた。


 さっきの爆弾ほどではないにしろ、轟音が鳴り響き、地面が大きく陥没する。

 直撃したらイチコロだね。


「なめるな!」


 武さんが、勇敢にも振り下ろした鋏を切りつけるが、その甲殻は傷一つなく武さんの片手剣を跳ね返した。


「堅すぎだろう!?」


「防具に使うくらいだもの。堅くて当然よ」


 そのまま鋏を薙ぎ払ってくるが、2人は難なく回避していく。

 2人とも大きな盾を持っているが、回避する方が賢明なんだろうな。

 っと、いけない、見てるだけじゃなくて僕も参加せねば。


「おらおらくらえ~」


 僕は、ハミングバードを構えると、一斉射した。

 が、何と言うかダメージを負っている気配がない。


「えぇも魔力の抵抗力が強いって事?」


「いや、着弾しているということは、ダメージは通っているんだろう。微々たるものだと思うが」


 思わず漏れた僕の言葉に、ひなぞーが解説してくれる。

 そう言われれば、キングの時は当たる前に霧散していた様な気がするけど……。

 てか、よく見てるよねぇ。


 その後も、チャージショットなども試してみたが、思うようなダメージを与えることは出来なかった。

 今は、氷結の弾を使って足止めを試している所だ。

 しかし、結果は芳しくない。

 一応凍りつくのだが、カニが大きく足を動かすと、簡単に砕けてしまうのだ。

 これでは、足止めなんて無理である。


「もう! 思うとおりに行かないね!!」


「人生なんて、得てしてそんなもんだ」


 空になったマガジンを交換し、違う属性のマガジンを装填する。

 今度は雷、『雷撃』のマガジンだ。


「雷撃行くよ! 目と耳に注意!」


 雷撃弾を撃つために、ハミングバードには専用のサプレッサーが取り付けられている。これにより、マズル付近で爆発することが無く、目標に向かって直進し、尚且つ発射時の音と光を軽減できている。

 しかし、あくまでも軽減である為、発射前は必ず撃つことを宣言しろと言われているのだ。


 目標は、振り上げられた右の鋏。

 トリガーを引くと、多少は軽減された爆音と閃光が走る。


 さすがのカニも雷には勝てなかったようで、振り上げていた鋏が地面へと落ち、ダラリと投げ出される。


「ひなぞー!!」


「応よ!!」


 僕の声に、ジャストのタイミングで合わせたひなぞーが、勢いよく飛び出した。

 手にはいつもの大剣ではなく、ナビちゃんから貰った金槌が握られている。既に魔力を流しているのか、大鎚へと姿を変え、バチバチと帯電している。


「くらえっ!!」


 無防備に晒された頭にひなぞーの大鎚が突き刺さるとお腹の底に響くような轟音が2回。


 1つはひなぞーが大鎚を叩きつけた音だとすると……。

 目の前には、力無く地面に横たわるカニの姿が見えた。


「……やった?」


「倒した……のよね?」


 未だに目の前の光景が信じられないのか、武さんとレイラが剣先でカニを突いている。


「あ〜しんど……」


 僕は、ハミングバードからマガジンを抜き取ると、その場に座り込んだ。

 くちゅっと海水で濡れたパンツが張り付いて気持ち悪いが、今はどうでもいい。

 なんか、それくらい疲れたのだ。


「お疲れ、いずんちゅ」


 どうやらひなぞーが戻って来たようだ。

 指示を出したり、モンスターにとどめを刺したり……もう本当に主人公だよね。


「お疲れ、ひなぞー。先ずは1体目だね」


 疲れた体にムチを打ち、何とか立ち上がると、ひなぞーとハイタッチを交わす。

 それにしても、何か忘れているような……?


「なぁいずんちゅよ」


 忘れていた何かを思い出そうと頭をひねっていると、ひなぞーから声をかけられた。


「何さ、悪いけど今重要な事を思い出そうと頑張っていることろだから、」


「チェシャ猫の試しは良かったのか?」


 ひなぞーに文句を言おうとしていたが、時が止まった気がした。


「チェシャ猫?」


「あー把握。お前、忘れてたな」


 そうだよ、思い出した! 新しく作ったから試そうとしていたんだった!!

 戦闘で1回も使わなかった事を思い出すと、僕は足から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。

 たぶん、この流れだと、今日中にもう1体討伐に行くと言い出すだろう。

 疲れているのに……疲れているのに!!


 打ち拉がれる僕の肩に、ひなぞーがそっと手を置いて来た。


「もう1体行くぞ」


 予想通りの悪魔の宣言に、僕は逃げ出そうとするが、ひなぞーに襟首を掴まれる。そもそも、へたり込んでいた状態で逃げ切れるわけがなかったのだ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 引きずられて行く僕の悲痛な叫び声が、水平線の彼方に消えて行った。

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