第56話 少女の気持ち(鍛冶屋の娘)
ウチはシルノって言うっす。
レビストフで鍛冶屋をやらせてもらっているっす。
両親は……正直分からないっす。聞いた話しによると、ウチは教会の前に捨てられていたそうっす。
そこを師匠が拾ってくれて、弟子として育ててくれたっすよ。
だから師匠は、師匠であると同時に、ウチの親でもあるっす。
そんなウチっすが、今気になる人がいるっす。
それは……冒険者のイズミさんっす。
初めてお会いしたのは、スルト様が連れて来てくださった時っす。
ちょうど専属冒険者になったとかで、イズミさん達の装備を整えるために来てくれたんすよね。
最初、イズミさんを見たときは本当にビックリしたっすよ。
太陽の光でキラキラと光る銀髪に、可愛らしい顔。まるで設計された様に整っている体型まで相まって、精巧に作られた人形かと思ったっす。
師匠からイズミさんの装備を任された時は、天にも昇る気分だったす。
でも、本当にビックリしたのは、ウチの工房に戻った時っすね。
お互いに自己紹介をしたんすが、何とイズミさんは、自分を「男」だと言ったっす。
どう見ても女の子だったし、師匠にも『嬢ちゃん』何て呼ばれていたので、すっかり女の子だとばっかり思っていたので、思わず聞き返してしまったっすよ。
そうしたら、イズミさんはギルドカードを見せてくれたっす。
各ギルドが発行するギルドカードは、1番の身分証になるっす。現に、ウチも鍛冶師ギルドに加入しているっす。
そんなギルドカードっすが、イズミさんのカードにはちゃんと『男性』で『20歳』の『魔砲師』って記載されていたっす。
もう、ウチ目の前が真っ暗になったっす。
ウチよりも歳上、それも男性の魔砲師に向かって、お嬢ちゃん発言っすよ?
ウチの専門は、魔砲関連っす。でも魔砲師の冒険者さんってものすごく少ないんす。
魔力を扱える人って、ものすごく少ないっす。そして、そんな少ない人の中から冒険者を選ぶ人は更に少ないっす。
そんな貴重な人に向かってお嬢ちゃん発言っすよ? もう絶対に怒って、この仕事はキャンセルされるんだって思ったっす。
でも、イズミさんはそんなウチをよそに、防具一式を注文してくれたっす。
まだ駆け出しのウチに、防具一式を注文してくれるお客さん何て居ないっす。
当然っすよね。何て師匠は、あのウトガルデ・ロックっす。
常に自分の命を天秤の片方に乗っけている冒険者さん達にとったら、少しでも信頼できる物を選ぶのは当然っす。
本人の作品と弟子の作品を比べたら、そりゃ師匠の作品を選ぶっすよ。
でも、イズミさんはウチのを選んでくれたっす。
ウチが魔砲専門の鍛冶屋だって知らないはずなのに、「師匠に紹介してもらったし、何より同じ駆け出し同士だから~」何て笑っていたっす。
ウチはその瞬間、イズミさんを好きになっていたっす。
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それから、ウチの頭の中は、イズミさんの事でいっぱいだったっす。
魔砲を作ってもイズミさんは使ってくれるだろうか? とか、新しい防具を考えている時も、イズミさんは気に入ってもらえるだろうか? 何て考えていたっすよ。
工房にも来てくれる回数も増えたっす。
まぁこれは、ウチじゃなくて、魔文字細工師であるシュティーアさん目当てっすけどね。
「魔文字の細工方法を教えて欲しい」ってイズミさんが来た時に、ウチがシュティーアさんを紹介したんっすが、なんか一緒にいる所を見るとムカムカしてくるっす。
そんなウチを見て、「私には旦那が居るから大丈夫だ」ってシュティーアさんが言ってきたっすが、そう言う事じゃないっす。理屈じゃ無いんすよ~~。
そんな日々を過ごして、雨季も間近に迫ったある日。事件が起きたっす。
イズミさんが大怪我を負ったっす。
その日、町の様子が何処と無くおかしかったのを覚えて居るっす。
その原因は、この町の近くの孤島に、キング・フォレストボアが上陸した事と同時に、討伐依頼が冒険者ギルドの本部から通達が来たからだとシュティーアさんが教えてくれたっす。
シュティーアさんの旦那さんは、この町でも腕のいい高ランクの冒険者と言うことで、いち早く情報が回って来たと言う事だったす。
ウチ達は、冒険者さん達がいつメンテナンスをお願いしに来ても良い様に、ずっと準備をしていたっす。
でも駆け込んで来たのは、シュティーアさんの旦那さん1人だけだったっす。
旦那さんは、キング・フォレストボアが討伐されたと言う事と、イズミさんが重症で戻って来たと言う情報を持って来てくれたっす。
もう何が何だか分からなかったっす。
ウチが作った防具に不備があったのか?
もしかしたら、ウチがイズミさんを危険に晒したのではないか?
そんな考えが、グルグルと頭の中を駆け巡っていたっす。
ウチが作った魔砲の試射を、嫌がらずに毎回丁寧にやってくれる。
突拍子の無い事を考えては、実際に形にしてしまう。
思い浮かぶのは、いつも楽しそうに魔砲を弄るイズミさんの笑顔。
そんな笑顔がもう見られないと思ったら……生きてる気がしなかったっす。
こんな気持ちで寝付けれる訳もなく、道具の整備をし続けていたら、いつの間にか夜が明けていたっす。
イズミさんの安否は、あれから連絡が無いっす。でも! 連絡が無いって事は、逆に言えば容体は変わっていないって事っすよね?
大丈夫っす、イズミさんはまだ生きているっすよ。
そう自分に言い聞かせていた時っす。
工房の入り口から、今まで見た事ない形相のシュティーアさんが駆け込んで来たっす。
シュティーアさんは、ウチの両肩を掴むと絞り出す様に喋り出したっす。
イズミさんの意識が戻ったと。
ウチは驚きと嬉しさで、足の力が抜けたっす。
こんな朝早くからどうやって情報を得たのか聞いてみたっすが、どうやら心配をしていたのはウチだけじゃ無かった様っす。
病院にも冒険者ギルドの人が居残り、逐一情報を伝えていたそうっす。
情報を持って来てくれた冒険者さんには感謝っすね。
イズミさんが目覚めたなら、直ぐにでも会いに行きたかったっすけど、いきなり押しかけたんじゃ迷惑かと思って、お昼を食べてから行く事にしたっす。
ウチは、自分でも驚くほど足が軽い事にビックリしながらも、病院を目指したっす。
イズミさんは怪我がひどく、今は1人では生活出来ない状況らしいっす。それならば、ウチが手伝ってあげるのが1番じゃないっすかね?
こう……『あ~ん』とか……?
キャハーーっめがっさ恥ずかしいっすね!
お見舞いに行くのに、こんなウキウキしているのは、不謹慎だと思いつつも、ウチは病院までの道を早足で移動していたっす。
前からルノンが来るまでは。
ルノンの姿が見たときは、一緒に行こうと思ったっす。でも、あの顔を見たらウチの足は止まってしまったっすよ。何故なら、ウチ以上に嬉しそうに歩いていたっすもの。
ルノンはウチを見ると、すっと表情が元に戻ったっすけど、ウチには分かってしまったっす。
ルノンもイズミさんの事が好きなんだって。
それから、何処かぎこちなくイズミさんのお見舞いをしたっす。
イズミさんには悪い事をしてしまったっす。
それから、ウチはルノンと顔を合わせていないっす。別に喧嘩をした訳じゃないっすが、何と無く、顔を合わせづらかったっすよ。
でも、ルノンもイズミさんが好きだとは、嬉しい様な悲しい様な……複雑っすね。
そんなある日、ルノンの方から呼び出しがあったっす。多分、話しの内容はイズミさんの事っす。
もしかしたら、ルノンと喧嘩をするかもしれない、いや、喧嘩では済まず絶交されるかもしれないっすね。
ウチはイズミさんが好きっす。でも、ルノンも同じくらい好きっす。なら、いっそのことウチが身を引けば……。
「お……お邪魔しますっす~」
ウチは、そう決意してファッカスのドアを開けたっす。
幼馴染からとんでもない提案をされるとは、夢にも思わずに。
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