閑話1
第55話 少女の気持ち(宿屋の娘)
私の名前はルノン。
この町、レビストフにある宿屋兼食堂の1人娘よ。
お父さんに似たのか、身長が高く、同世代の中でも頭1つ飛び抜けているのが悩みのタネね。
これで、容姿まで父親似だったらと思うとゾッとするわ。お父さんには悪いと思うけど、母親似に産んでくれたお母さんには感謝しなきゃ。
そんな私が、イズミと出会ったのも、私たちのお店だったわ。
領主であるスルト様が、連れて来てくれたのが最初だったのよ。
いつにも増してお店が騒がしいかったから、ちょっと気になったのは覚えているわ。でも、お父さんやお母さんからまだ夜の食堂に出る事を禁止されているから、確認しに行けなかったのよね。
営業が終わってからお父さんに話しを聞いたけど、笑っているだけで詳しくは教えてくれなかったわ。
翌日、お客さんに朝食を持って行く時にビビッと来たのを覚えている。
綺麗な銀色の髪をしたお人形さんみたいな女の子と、逆立てた髪が特徴のカッコイイお兄さんが同じテーブルに座っているんだもの。一目見て「この人達だ!」って確信したわ。
朝食を届けて少し話しをすると、私の直感が正しかったことが証明されたわ。
でも、正直もうそんな話しなんてどうでもよくなってたの。
朝日に照らされて、キラキラと輝く銀色の髪。見た目だけでわかるそのサラサラ感。
それに整った顔立ちは、その幼さも相まって食べちゃいたい程可愛い。
全てを引っ括めて、神様がお創りになった天使の人形だと言われても納得する程だったわ。
この身長のコンプレックからか、昔から可愛いものに目が無かった私は、無理を承知で髪に触らせて貰えないかと、お願いしてしまったわ。でもこれだけは断言できる。間近にイズミを見たら誰だって絶対に同じお願いをすると思う。
イズミは少し驚いた様子だったけど、直ぐに了承してくれたの。もう嬉しくて嬉しくて、気が付いたらイズミを抱きしめていたわ。
そこでちょっと悲しい事件が起こったのだけれど……それも今ではいい思い出ね。
でもびっくりよね。あんなに可愛らしい容姿なのに、実は男の人だったなんて。
しかも、私よりも歳上って言うじゃない。いったいどんな魔法を使えばあんなに可愛くなるのかしら?
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それからは、ほぼ毎日の様にご飯を食べに来てくれる様になったわ。うちに来ない時は、クエストに行っている時くらいね。
Dランクに昇格した時のお祝いも、うちでやってくれたのよね。
それとびっくりしたは、幼馴染のシルノとも知り合いだった事。けど、よくよく考えたら、あの子はこの町……いいえ、この国でも1位2位を争う腕を持つロック爺の弟子なんだもの。冒険者であるイズミと知り合うのは当然ね。
でも、何故かしら……イズミの隣にシルノが立っていると、チクリと胸が痛んだの。
その胸の痛みは、シルノだけに止まらなかったわ。
ギルドの受付嬢や、常連さんのヒルシュさんと話しをしている姿を見るたびに痛み出したの。
もう怖くなってお母さんに相談までしちゃった。
でもお母さんは、笑いながら「ルノンもそんな年齢になったのね」なんて、言ってくるのよ! 私が真剣に悩んでいるのに……笑うなんて酷いと思わない?
私は、出来るだけイズミの近くに居ようと心掛けたわ。なんだか分からないけど、イズミの側にいると胸の痛みが無いばかりか、こう……ふわふわと言うか、うきうきと言うか……安心感? みたいなものを感じていたの。
それでも結局、何も分からないまま時間だけが流れていったけどね。
でも、この前この胸の痛みの原因を知る事になった、ある事件が起きたの。
イズミがクエストで大怪我を負って、満身創痍で帰って来たの。
夜の営業の準備をしている時だったわ。常連さんが血相を変えてお店に駆け込んで来て、イズミが、血塗れ姿でイノシシと一緒に大八車に乗ってギルドへ運ばれて来たと教えてくれたの。
初めは何を言っているのか分からなかったわ。
いいえ、『分かりたくなかった』と言った方がいいかしら。
冒険者稼業は、常に死と隣り合わせだと話には聞いていたわ。でも、正直心の何処かで別の世界の話しだと思っていた。
実際に身内が当事者になるまでは。
常連さんが詳しく状況を教えてくれるけど、頭に入ってこなかったわ。
断片的に聞こえてくる、骨折とか出血とか言う単語が聞こえてくるたびに目の前が暗くなって行く気がした。
イズミが死んじゃう。
そう思った瞬間、私の頭は限界を迎えて、闇に落ちてしまった。
気が付いたら夜が明けていたわ。
私は、ベッドから飛び起きると、お父さんに会いに厨房へ急いだわ。お父さんなら夜のうちに来店した冒険者から話しを聞いていると思ったから。
朝の挨拶もほどほどに、私はお父さんに詰め寄りイズミがどうなったのか問い出した。
お父さんは苦笑いをしながらも、命に別状は無いと教えてくれたわ。
イズミが生きてる。
その言葉だけで、体から力が抜けてしまったわ。
良かった、本当に良かった。
そこで、ふと私の中で何かが組み合った気がしたの。
何故、イズミの側にいると安心感を覚えたのか。
何故、イズミの側に別の女の子がいると胸がチクチクと痛むのか。
何故、イズミの安否がこれ程まで気になるのか……。
どうやら私は、イズミの事が好きになってしまったみたい。
そっかー私はイズミが好きなんだぁー。
そう自覚すると、頬が燃える様に熱くなったのを今でも覚えている。
しかし、お父さんの次の言葉でその熱がサッと引いてしまったわ。
イズミの怪我は思った以上に悪く、特にほぼ全身の骨折で、まともに生活が出来ない状況だなんて言うじゃない。
まともに生活が出来ないなんて……ここは私の出番よね!
私は、午前中の手伝いもそこそこに、イズミが居る教会へ向かったわ。
イズミと2人きりだと考えただけで頬がニヤけてしまう。怪我人の見舞いに行くのに、こんな顔じゃいけないと思うのだが、沸き起こる気持ちは止められなかったわ。
でも、そんな浮ついた気分も教会へ向かう途中で霧散してしまったの。
何故なら、シルノと鉢合わせしてしまったから。
だってシルノも、私と同じ顔をして居るんだもの。
その表情を見た瞬間に分かっちゃった。シルノもイズミの事が好きなんだと。
それはシルノも同じみたいね。
私の顔を見た瞬間、目を見開いて固まってしまっているもの。
まったく、いくら仲の良い幼馴染だからって、好きになる人まで同じにしなくてもいいじゃない……。
その後、何と無く気まずい雰囲気のまま、イズミのお見舞いをして、シルノとはそのまま別れちゃった。
それから数日。
町はすっかり雨季に突入して、雨の日が続いている。
シルノには、あれから会っていないわ。
どうせ私に遠慮して、身を引こうとか考えているに違いない。あの子は昔からそうなのよ。
だから今日、私はシルノを呼び出してやった。
天気のせいもあるけど、1人でウジウジ悩んでいたっていい考えが浮かぶ訳もないもの。
別に、どちらかが諦めなくちゃいけないって訳じゃない。その気になれば2人一緒に幸せになれる方法だってある事はあるのよ。
……イズミの周りを見ていると、2人だけじゃ済みそうになさそうだけどねぇ。
「お……お邪魔しますっす~」
ちょうどシルノが来た様だ。
さて、それじゃ手始めに、奥手の幼馴染を説得しますか! 私たちの幸せな未来のために!!
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