第49話 陸上の覇者②
森の中より現れたモンスターの姿に、僕達は言葉を無くした。
今まで狩ってきたフォレストボアが、子供の様に見える程の巨大な体躯。
僕の腰周り程ある鋭く太い牙。
神々しさまで感じる真白な体毛。
全てを持って、今までの敵とは桁違いな威圧感を放っている。
「うわぁ。リアル乙◯主……」
「バカな事言ってる場合じゃないぞ、いずんちゅ」
そうでした。
某アニメの有名キャラクターが現れたので、ついついトリップしちゃったよ。
僕は気合を入れ直すと、ひなぞーに相談をする。
「今戦って勝てると思う?」
「んー厳しいな。出来れば連戦は避けたい」
ひなぞーは、勝てない訳じゃいと前置きしてから答えてくれる。
まぁそうだよね。とりあえず今は、撤退の方向で動きますか。こっちから姿を確認できたと言うことは向こうからも僕達の姿が目に付いているという事だしね。
いきなり襲われなかっただけでも御の字だ。
「ひなぞーは撤退準備して、僕は、あの惚気て現状が把握出来ていない2人を連れ戻して来るから。
それと、これ試作品だけど危なくなったら使って」
僕は、ポーチの中から黄色と白色の玉を取り出してひなぞーに預ける。
黄色い方が閃光玉で、白色の方が煙幕だ。チヨ婆の店で売られている物の改良版になる。ひなぞーも店で見た事あるので使い方も知っているだろう。
「把握。それにしても、この状況でもイチャラブ出来るって、ストロベリッている奴らは違うな」
ひなぞーの呟きに肩を竦めて答えると、僕は惚気ている武さんとレイラに向かって走り出した。
しかし、物事というものは、望んでいない方へ動き出すものである。
今まで地面の匂いを嗅いでいた乙◯主が、急に辺りを見回し、武さん達を見つけると大きく鳴き出したのだ。
さすがに鳴き声で我に返った2人は、逃げ出す準備をするが、このままじゃ間に合わないだろう。
なら、やれる事は1つだ。
「ひなぞー撤退! 武さん、レイラ走れ!!」
僕は、ハミングバードに魔力をリロードしながら、乙◯主、武さん達、僕が三角形になる位置まで走る。
滑り込む様に位置に着くと、フルオートでハミングバードをブッ放す。
狙いも何もあったものじゃないが、気を引くために撃っているのだから気にしていられない。
標的が大きいので、全弾ヒットするのだが、信じられないことに乙◯主は全くの無傷で立っている。
え? 今何かしました? と言わんばかりの顔で僕を見ている。
そう言えば、ヴェルさんが魔砲が効きにくい個体がいるって言っていたけど、よりによって今その個体と鉢合わせるなんてね……。
まぁ逃げ出す武さん達から注意を引けたので、良しとするか。
僕は相手から目を逸らさずに、マガジンポーチから替えのマガジンを抜き出し、素早く交換をした。
「まったく、交換までさせてくれるとか……余裕って事ですか?」
僕の問いかけに、言葉ではなく態度で返事が来た。フンッと鼻お鳴らし、前足で地面を何度も蹴り始めたのだ。
なんとまぁムカつく行為です事!
「後悔させてやる!」
装填したマガジンは「爆炎」。
骨すら残らず燃やし尽くしてやる。
睨み合いがしばらく続き、緊張感が高まっていく。そして、後ろのフォレストボアが踏んだのかわからないが、小枝の折れる音が合図となり乙◯主が突進して来た。
「チャージショット!」
僕は、魔力を十分に溜めた一撃を放つ。この1ヶ月で会得した新技だ。
レイラの時は、魔力を込めすぎて魔砲自体を壊してしまったが、今はギリギリのラインを見極める事が出来る。
ハミングバードの限界値は10発分の圧縮まで。よって1回のリロードで5発までのチャージショットが撃てる。
銃口から次々と撃ち出される火の玉は、乙◯主に着弾すると同時に爆発をして行く。いくら魔力に耐性がある毛皮と言えど、この爆発には耐えられまい。
「ふぅ~~やり過ぎちゃったかな?」
僕は勝ちを確信し、ハミングバードの銃口を下ろし、爆煙が晴れるのを見つめる。
こんな事なら撤退なんてしなくても良かったかな?
どうやって走って行った仲間を呼び戻そうと考え始めた時だった。
煙が晴れ、僕の目の前に現れたのは、
大きく鋭い牙と、怒りに燃える目だった。
気がつくと、目の前いっぱいに空が見える。
そして、胸と左肩から腕にかけて走る鋭い痛みで、ようやく僕は現状を理解した。
胸にもらった一撃で真上に跳ね飛ばされ、左肩から落ちたのだろう。
この痛みはヤバイ。脂汗が止まらず、頭の中には全力で逃げろと警告が止まらない。
「あ……そうか、逃げなきゃ……」
力の入らない両足に無理やり力を入れて立ち上がる。何だか、自分の体じゃないみたいだ。
「いずんちゅ避けろ!!」
遠くからひなぞーの声が聞こえるけど……何をそんなに焦っているんだろうか? ダメだ、痛くて考えられない。それよりもここから逃げなきゃ。
直後、胸に先ほど以上の強烈な衝撃をくらった。
硬いものが砕ける音が耳に届くと同時に、世界がグルグルと回る。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!?
ゴボッという音と共に口の中いっぱいに鉄臭味と臭いが広がった。
首を傾けると、口から赤黒い液体がこぼれ落ちる。
血? 僕の血? こんなに流れてる……。
死ぬのか? ここで? 異世界で? 家族にも会えずに?
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……死にたくない! まだ死にたくない!!
「しっかりしろ! 和泉!」
急に視界が高くなると、上下に激しく揺さぶられる。視界には壊れた人形のようにグニャグニャに折れ曲がった左腕が……。
そんな状況でもハミングバードをしっかりと握られているのには驚きだ。
近くから力強い息遣いが感じられ、首を動かすと一緒に走る武さんとレイラの姿が目に入る。
どうやら、ひなぞーが抱き抱えて走ってくれているのだろう。
首を元に戻すと、アイツが僕達を狙い走って来るのが見えた。
「ひなっゴボッ……追いつかれる……」
「喋るな!」
一言喋るな毎に、血を吐き出し、コヒューコヒューと壊れた呼吸を繰り返す。
でも、伝えなきゃ、みんなやられてしまう。
「ひなぞ……玉を」
「玉ぁ? 玉ってなんだ!?」
「さっき、渡した、ゴホッゴホッ……玉」
ひなぞーに伝わったようで、僕を片手で抱え直すと、ポーチからさっき渡した閃光玉と煙幕玉を地面に叩きつける様に投げた。
本来とは使い方が違うのだが、効果が出たので良しとしよう。
光が爆発し視界を奪うと、次に臭い付きの煙幕が辺りを白く染め上げる。
これで臭いを辿って来る事も不可能だろう。
みんなの無事が確認出来ると、僕の意識はそのまま闇の中へと落ちて行った。
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