第48話 陸上の覇者

 レイラの襲撃事件? から早いもので、2ヶ月近い時間が流れた。気が付けばスルトへの返済期限も目の前まで迫ってきている。


 しかし、ここで問題が発生した。

 度重なる怪我(主に僕だけど)や、装備の点検などにより、クエストを受注出来なかった時期が予想より増えてしまった。その結果、返済期限迄に全額返済するのが厳しい状況へとなってしまったのだ。


 話し合いの結果、どうしても足りない分は、個人の貯金から出すしかないとなったのだが、その分次の防具を買う時期が伸びる。

 借金をしているのに何を言うか、と言われそうだが、Dランクで初心者用の革鎧を装備しているのは僕達くらいしか居ないのだ。

 まだ冒険者になって3ヶ月になるかならないか位なので、初心者と言えば初心者なのだが……。


 まぁ何にせよ、お金を稼がなければならないのに変わりはないと、本日も残り物クエストの中で1番報酬の高い魚釣りに来ているのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「お、珍しい。他の冒険者の船だ」


「本当だ。誰かと被ったんかね?」


 武さんが、隣に停めてある船を見ながら、呟いた。

 普段、別のパーティと鉢合わせする事自体は、珍しくない。では、なぜ武さんが珍しいと呟いたのか。

 それは、僕達が受けるクエストが、人気の無いものが多いのと、ヴェルさん達に頼んで、人が来ない島を教えてもらっているからだ。

 誰かに気を使いながら狩りや採取なんてしたく無いからね。


「レイラ辺りが来ているんじゃ無いのか? 最近は、ウィルディさん達と随分仲が良いらしいし」


 荷物を下ろしながら、ひなぞーが話しに乗っかって来た。

 なるほどね、その可能性は高い。

 僕が奢ってあげた宿代が尽きた後、レイラはヴェルさん達の家に居候しているそうだ。

 ウィルディさん元Aランクヴェルさん元Bランクが居るので、何かと勉強になると言っていたのを思い出す。


「レイラか……最近頑張っているな」


「おやおや? 武さんは、レイラが気になる感じですか~?」


 隣の船を眺めながら、またもや武さんがポツリと呟いた。目に映っているのは船ではなく、どこか遠くっぽかったけどね。


「ばっ!? ちげーよ! そんなんじゃねーって!!」


 ちょっとからかっただけなのに、予想以上の反応を示す武さん。

 ありゃ? これは本当に『ほ』の字かね?


 暑いこの国に、春の風が吹きそうな予感を感じながら、僕は準備を進めるのであった。



 宿営地から移動する事約20分。僕達はお馴染みの沢で釣りを開始した。


「ここいらで1発、大物が来ればいいのにな」


 水面に揺れる浮きを眺めながら、武さんがぼやく。


「大物って、鱒みたいなのか?」


 同じく、水面を眺めているひなぞーがそれに答える。

 旬を迎えた鱒は、値段が高騰し、普段は人気の無い釣りクエストも今では奪い合いが発生する程だ。


「いや、釣りじゃなくても、フォレストボアとかさ、あるじゃん?」


 どうやら武さんは、ガッツリと戦う狩りがしたいらしい。まぁここ最近の僕達が受けるクエストは、釣りや採取が主だっているのは確かだ。


 そんな武さんと、ひなぞーの会話を聞いていると、【聴覚強化】された僕の耳に、微かだが助けを求める声と、大勢が走っている足音が届いた。

 多分だが、あの船の持ち主がモンスターに追われているのであろう。


「武さん、良かったね。ガッツリ狩りが出来そうだよ?」


「何だって?」


「どうした、いずんちゅ」


 聞き返して来た2人に、今さっき聞こえた事を話した。すると、武さんは持っていた竿を放り出して走り出す。

 しょうがないので、僕とひなぞーも竿などを急いで片付けると、武さんの後を追って走り出した。


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 相手の走る音を頼りに、森の中を疾走する。

 度々前方を走る武さんに、方向を指示するのを忘れない。

 走る事数分、森を抜け視界が一気に開けた時、遂に僕達は音の発生元を捉える事が出来た。

 ある程度予想はしていたが、まさか本当に当たるとは……当たって欲しくない予想ほど当たるものだ。


「おい、あれレイラじゃないか?」


 そう、前方から走って来たのはレイラだった。

 彼女はギルドに初めて現れた時の装備に身を包み、全速力で走っている。

 そんな彼女の後ろからはフォレストボアが3頭。

 今にも追い付いてしまいそうだ。


「クソッたれが!!」


 それを見た瞬間、武さんのスピードが更に早くなる。


「武さん、出過ぎ――ってはやっ!?」


「彼奴あんなに足速かったか?」


 武さんの意外な足の速さに驚いている僕達を置き去りにして、彼はドンドン加速して行く。

 武さんはそのまま、レイラとフォレストボアの間に身を入れると、片手剣を横薙ぎに振るった。


「貴方は……イズミの……」


「涼だ。怪我はないか? レイラ」


 血を流し、倒れるフォレストボアの前でポーズをとる武さん。そんな彼の前で座り込んでしまっているレイラ。多分レイラは熱い眼差しで武さんを見ているんじゃなかろうか? 後ろからだから分からないけど。


 それにしても、未だに戦闘中なのに、自分達の世界に浸れるってある意味大物だよね。


「2人ともさ、見つめ合うのは安全を確保してからの方がいいと思うよ?」


 僕は、武さんが仕留め損なったフォレストボアを仕留め、更に後ろにいたもう1頭に向けて、フルオートで残りの魔力を撃ち尽くす。

 残りの1頭は、ひなぞーが既に仕留めていた。相変わらず仕事が早い。


「イズミ!? 貴方達が来てくれて、本当に良かった……ありがとう!」


「まぁ無事で何より。あと、お礼なら武さんに言ってあげて。1番に駆け付けたのは彼だから」


 まぁ実際には、早く来ただけで、何もやってないんだけどね。

 レイラは、武さんが分からなかった様だが、指をさして教えてあげると、頬を赤らめながら血抜きをしている彼の元へと早足で近づいて行った。


 ふむ、意外と春も近いんじゃないかな?

 僕はそんな事を考えながら2人の背中を眺めていた。



「うへぇ。近くにいる俺の身にもなれってんだ」


 しばらくすると、血抜き作業が終わったひなぞーが2頭のフォレストボアを引きずりながら近づいて来た。


「お疲れ。2人の様子はどうだった?」


「口から砂糖が出そうだったよ」


 僕が出した大八車に、フォレストボアを乗せているひなぞーに質問すると、物凄い顔で答えて来た。

 まぁずっとイチャついてる2人の真横で作業をしていたのだ。僕だったらその場で吐いているね。


 さて、いつまでも見ててもしょうがない。僕は大八車を仕舞いながら、撤退する為の号令をかけようとした時の事だった。

【探知】スキルと【集音】スキルが、何かが近付いて来るの告げた。


 数は3頭。しかし、そのうち1頭の足音がおかしい。


 重いのだ。


 他の2頭より歩数が少なく、一歩一歩の音が大きくて重い。と言うことは、他の2頭よりも大きい個体と言うことになる。


「ひな……」


「おいおい……マジか……」


 ひなぞーに注意をする様言いかけて、僕は言葉を無くした。

 同じく、僕の真横にいたひなぞーも緊張した顔をしている。


 何故なら、僕達の視線の先にまさにモンスターと呼べる生き物が姿を現したのだから。

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