第47話 試合の後

 気がつくと、僕は、ギルドの医務室に寝かされていた。両手には包帯が巻かれているが、不思議と痛みはない。


「イズミちゃん? 気が付いたの?」


 横を見上げると、ヴェルさんが僕を見下ろしていた。

 どうやらあの後、僕は、魔力の使い過ぎで気絶してしまったそうだ。ヴェルさんの説明から推測して、魔力消費に体が慣れていなかったのが原因だと思う。それで、意識を無くした僕は、ギルドの医務室へと運ばれ、治療を受けたという事らしい。

 レイラは隣のベッドで寝ている様だ。


「傷自体は明日には治るけど、しばらくは、重い物とか持っちゃダメよ?」


 僕の両手は、思ったほど悪くはない様で一安心だ。

 壊れた魔砲は、部品も含め全て回収されており、既にロック爺の工房へ持っていかれたそうだ。

 ヴェルさんの話しだと、観戦していたシルノとシュティーアさんが興奮した様子で工房へ走っていったので、今頃魔砲の解析をしているだろうとの事。

 あの2人は根っからの研究者だものね。


 さて、自分のことは分かったので、次はレイラの番だ。

 僕は、動きの悪い手を何とか動かし、隣のベッドのカーテンを開けた。


「レイラ、大丈ぶっ!?」


 そこには、ベッドに腰掛けた半裸のレイラと腹部に包帯を巻いているスクラナさんの姿が……。


「あら、イズミも気が付いたの?」


「こらイズミ! 覗くな!!」


「ごめんなさーーい!!」


 僕は、限界以上のスピードで体を捻ると、使えない手で両目を押さえた。

 しかし、僕の脳裏には先ほどの光景がしっかりと保存されている。

 雪の様に白い肌に、横浜中華街で売られている特大の肉まんが2つ……。レイラさんって意外と着痩せするんですね。


「って違ーーう! 消え去れ煩悩!!」


 僕は、ベッドの淵に頭を何度も何度も打ち付けた。啄木鳥運動は、慌てて止めに入ったヴェルさんに抑え付けられるまで続いた。

 まぁ煩悩は去ってくれず、新たに傷を作っただけなんだけどね。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 頭に新しい包帯を巻き、改めてレイラのベッドのカーテンを開いた。今度はちゃんと確認をしたので、レイラは服を着ている。


「もう……同じ女の子同士なんだから気にする事ないのに」


 レイラが、苦笑いしながらそんな事を言ってくる。

 外野2人から驚きと、説明していない事を責める様な視線が突き刺さる。

 そう言えば、レイラには僕の性別を言ってなかったっけ?


「ごめんレイラ、僕は、男なんだ」


 僕の告白に、レイラの時が止まった。


「え? 嘘でしょう……だって、そんなに可愛いのに? え? 嘘よね?」


 混乱状態のレイラの肩に、優しく両手を置き、ゆっくりと首を振る。

 そして、ポーチからギルドカードを取り出すと、そっと差し出した。


 レイラは震える手でカードを受け取ると、何度も僕とカードを見比べた。

 すると、顔色が段々と赤く染まっていく。


「本物のギルドカード……って事はイズミは男の子……なら、私は胸を男の子に!?」


 これ以上ないほど顔を真っ赤にしたレイラが右手を振り上げる。

 うん、まぁ当然のことだよね。


「イズミのバカァ!!」


 僕は甘んじて左の頬への衝撃を受けた。



「……ごめんなさい」


 落ち着いたレイラが、深々と頭を下げてくる。

 彼女自体は全くもって悪くないのに、謝罪をしてくるとは……律儀というか何というか。


「レイラが謝ることじゃないよー」


 むしろ、完全に女の子だと勘違い出来るほど、この姿が完璧なのだという証拠じゃ無いか。

 僕だって最初は戸惑ったけど、1ヶ月もこの姿で生活しているんだ。女の子扱いをされる事に慣れてしまったし、姿を褒められるのは嬉しくすら思う。


「いや、イズミそれはダメだと思う……」


 そんな事を言って、レイラを慰めていたのだが、スクラナさんからツッコミが入った。



「でも、イズミが男の子だなんて……姿を見た限りじゃ信じられないわね」


「男の子っていうか、もう20歳の男なんだけどね……」


 日本人は、外国に行くと若く見られると言うが、20歳の男性が男の子って言うにはちょっとね……。



「20歳……? 嘘でしょう? その見た目で私と同じなんて……」


 なんかレイラさんが、さっき以上にダメージを負っているんですけどー。

 そんなに同い年って事が嫌だったのかな?


「あ、レイラって私とも同い年なんだー」


 スクラナさんが笑ってレイラの手をとっている。

 ってちょっと待ってよ、


「スクラナさんも20歳なの?」


「そうだよ?」


「え? 聞いてないよ?」


「言ってないもの」


 いやいや、そりゃ聞かなかったけれども! ギルドカードに載っているんだからさ、その時言ってくれればいいのに。


「まあまあ、今日から私も、呼び捨てのタメ口でいいからさ」


 スクラナさんは、そう言いながら僕の背中はバシバシ叩いてくる。

 いや、良いんだよ? 良いんだけど、なんか釈然としないよ。


 その後、ウィルディさんが迎えに来るまで4人での会話が続いた。

 ちなみに、ヴェルさんは1個上で、ウィルディさんは3個上だった。2人とも歳上だと思っていたけど、意外と歳が近くてビックリした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ウィルディさんに案内して貰ったのは、何とマスターの執務室だった。この部屋に入るのも、最初に連れてこられて以来だね。

 部屋には、マスターとスルト、僕達3人にレイラとウィルディさん達3姉妹が集まっている。

 マスターとスルトが正面のソファーに座っており、僕達3人とレイラが反対側、3姉妹は入り口付近に立っている。



「さて、レイラとやら。戦ってみてどうだった?」


 席に着いたらいきなりマスターがレイラに質問をしてくる。

 レイラは少し考えるとポツリポツリと答え始めた。


「そうですね……なんて言うか、不思議な体験でした。今まで出会った冒険者とは違う強さを感じました」


 これはどうだろう? 褒められているのだろうか?

 マスターまで「ふむ」なんて言って考え始めちゃうし……。


「そうか……それでだ。この後のことはどう考えているのだろうか?」


「この後ですか? しばらくはこの町に滞在したいと思っていますが?」


 レイラがスルトの質問に答えた瞬間。一瞬だが、大人達が何とも言えない黒い笑みを浮かべた。これは絶対に変な事を考えているだろう。


「そうか、それは好都合だ! 君さえ良かったら、しばらくの間イズミ達を観察してみるのはどうだろう?」


「イズミ達をですか?」


 僕達を観察した所で、何にも得るものはないと思うんだけどなぁ。


「同じDランクだが、こいつらは、ちとおかしな所があるからな。

 もしかしたら一皮剥けるかもしれんぞ?」


 マスターまで……そんなに変ですかね?


 結局、レイラはマスター達に押し切られる形で滞在期間を伸ばし事にした。

 観察はするけど、一緒のパーティに入る訳じゃ無いそうだ。まぁそこまで束縛されたく無いよね。


 こうして、一連の挑戦者騒動は一応の決着となった。

 大人達が何か企んでいそうだけど……絶対に巻き込まれるんだろうなぁ。

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