第50話 陸上の覇者③

 気がつくと、黒一色に塗り潰された場所にいた。

 確か僕は、乙◯主にやられて……そうか、僕はやっぱり死んでしまったのか……。


 そんな黒一色の世界に、鈴の音の様な声が響き渡った。声のする方を見ると、王冠を頭に乗せ、メイド服を着込んでいるナビちゃんが……。


「おお和泉よ死んでしまうとは何事だ」


「王様!?」


「いいえ私は女性ですので女王の方が相応しいですね」


「いや、女王様て……」


「服装はハイレグのボンテージにハイヒール。装備品は鞭にロウソクでよろしいでしょうか?」


「それは違う業界の女王(様)だからね!?」


「申し訳ありませんがパピオンマスクだけは装着できません」


「ハイレグのボンテージの方が恥ずかしいのに!?」


「でも和泉様がどうしてもと仰るなら」


「いや、どっちかって言うと武さんの趣味だから……」


「……そうですか涼様の……変態でございますね」


 ごめん武さん、またナビちゃんの評価を落としてしまった様だ。でも、僕が変態認定されるのは回避出来たから良しとしよう。


「それは置いとくとして、僕はやっぱり死んじゃったのかな?」


 僕は、話しを変えるために、ナビちゃんに質問をする。


「いいえまだ生きておりますよ。今はちょっとお話しの場を設けさせて頂いただいただけでございます」


 なるほど、生きているのならいいや。

 死ぬほど痛かったけど、いや本当に死ぬほど痛かったけど!


「和泉様ご友人を助ける為に命を賭けるのはご立派です。ですがご自分が傷ついては意味が無いですよ。和泉様はご友人を助けられて満足でしょうがそれで和泉様が死んでしまったら残されたご友人はどうなりますか? 誰かを助けると言うのは相手も自分も無事でなくてはいけません。和泉様はもう少しご自愛ください」


 お、おぅ。

 一気に捲し立てられたが、ナビちゃんが僕の事を思ってくれているというのが伝わって来る。

 それにしても、相手も自分も無事でなくてはいけないか……グッと来る言葉だね。


「そうですか。私も本を読んだ甲斐がありました」


 本の受け売りかい!? あと人の心を読まないで!!


「さて和泉様。冗談はさておき今の体では満足に動くことも出来ません」


「ですよねー」


 まぁアレだけの怪我だったし、しょうがないか。


「私としてはこの場に留まり意識が戻るまでお待ち頂くのが宜しいかと思いますが」


 ナビちゃんが不意に喋るのを辞め、こちらをじっと見つめて来た。


「和泉様のことですのでリベンジすると仰るのでしょう」


 いや、僕だって本当ならここでナビちゃんとお話ししていた方がいいんだけどね。

 でも、やられっぱなしっていうのは気が済まない。


「ポーチの中に痛み止めを2本と肩まで固定できるアームホルダーを追加しておきました。今が16時になりますので明日の16時までは痛みを感じる事なく戦えることでしょう」


「ありがとうナビちゃん!! 痛みを感じないなんて無敵じゃない!」


「いいえ和泉様それは違います。痛みを感じないという事はとても危険な状態なんです」


 ナビちゃんが、真剣な表情で説明をしてくれた。

 痛みをカットするだけで、怪我自体が無くなる訳じゃない。『酷い怪我で出血が止まらなくても、痛みを感じないから悪化に気が付かない』なんて事も起こり得るのだ。

 痛みと言うのは体からの危険信号に他ならない。その信号をカットしてしまうと言う事はそう言う事なのだ。


「和泉様本当にお気をつけ下さい。ではご武運を」


 ナビちゃんのお辞儀と同時に、僕の意識は闇に呑まれていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……ミ? ……える?」


 遠くから、何かが聞こえる様な気がした。

 意識がはっきりとしてくると同時に、痛みまではっきりと伝わって来る。

 上半身全てが痛み、もはや何処に怪我を負っているのかわからない。


「イズミ? 大丈夫? 私のことがわかる?」


 声のした方へなんとか顔を向けると、そこには目を真っ赤にしたレイラが、必死な表情で僕を覗き込んでいる姿が見えた。


「良かった……船に運んだ時は血塗れだし……意識もないし」


 どうやら相当心配をかけてしまった様だ。

 今ならナビちゃんが言っていた事がよくわかる。悲しませる為に助けたんじゃない。次は上手くやらなきゃいけないなぁ。


「――だいじょうぶ……なかないで」


 痛む身体にムチを打ち、何とか右手を伸ばすとレイラの頭へポスンと落とす。

 まさかここまで身体が言うことを聞かないとは。声も自分で出してるとは思えない。


「イズミ……イズミ~~!」


 レイラは僕の右手を両手で掴むと、また泣き出してしまった。

 うーん……ままならない。



 数分後、何とか泣き止んだレイラに簡単に今の状況を教えてもらう。

 無事、キング・フォレストボアを振り切ったレイラ達は、宿営地に辿り着くと、直ぐに僕の治療に取り掛かってくれたそうだ。

 治療と言っても本格的な事は出来ず、回復ポーションを無理矢理流し込んだ様だが。


 使ったのはギルド支給のグリーンポーションだが、回復力は日本の傷薬は比較にならない程優れている。ただし、切り傷などの外傷や内臓のダメージだけだけど。

 骨折には別の薬が必要との事。振り掛けても外傷を癒し、飲んでも骨までは行き届かない様だ。今自分の体で実感してる。


 そうそう、あの乙◯主はキング・フォレストボアと言い、フォレストボアの強化版と言うか特異体との事。

 討伐推奨ランクはCランク以上で、今の僕達には格上の相手と言う事になる。


「今、リョウ達が帰る準備をしているわ。直ぐに出れば、町にはギリギリ暗くなる前に着けると思うの」


 レイラは優しく教えてくれる。なるべく不安にならない様にしてくれているんだろう。

 が、それはまずい。僕はリベンジする為に起きたのだ。ここで帰っちゃ男がすたる。


「あかいポーチ……いたみどめが」


「赤ポーチ? 痛み止めって――これの事ね」


 体が動かず、上手く喋れなかったが、何とかレイラに通じた様だ。彼女はサイドテーブルに置いてあった僕のポーチから黄色い液体が入った瓶を取り出してくれる。

 しかし、すっごく怪しい黄色なのだが……大丈夫なんだろうか?


 疑問に思ってもしょうがない。僕は、レイラに頼み痛み止めと思われる黄色い液体を、口の中へ流し込んでもらった。


「あー炭酸の抜けたフ◯ンタみたいだ」


「イズミ? 普通に喋れるの!?」


 レイラが、僕の感想に驚きの声をあげる。

 炭酸の抜けたファ◯タの事で気付くのが遅れたが、なんと普通に喋れているじゃないか。

 それに、先ほどまでずっと苦しめられていた痛みが、嘘の様に感じられない。

 試しに左腕を掴むが、触っている感触があるだけで全く痛みを感じられない。


「何やっているの!?」


 レイラが、驚きのあまり右手を掴み上げてくるが、それも触感があるだけだ。


「うん、大丈夫。よし! レイラ、反撃の準備だ!」


「何なのよ! もうっ!」


 混乱しているレイラを余所に、僕は勢いよく起き上がると船を出ようとした。


「待ちなさい! その格好で外に出るなんて、何考えているの!?」


 レイラが慌てて外に出るのを阻止してくるが、一体何だと言うのだろうか?

 改めて僕は自分の格好を見ると……。


 パンツ1枚しか穿いていなかった。


 いやん。

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