おかえり

「――――ッ!」

けたたましい音に思わず竦み上がってしまった。

この世のモノではない何かの咆哮を聞いてしまったと、本気で思ったのだ。

夜中の住宅街を騒ぎながら歩く若者の集団が街灯に照らし出された時、普段なら感じる不快感に腹を立てる事はなかった。

「もしこれがチープな怪談小説なら、得体の知れない化け物でも飛び出して来るのだろうか…。」

縁起の悪い空想を振り払うように、家路を急いだ。


――何処かからジーッと見つめられている…ような気がした。


「―――ガサッ!」

毎日通る見慣れた橋だった。

この町に越して来て一年が経とうとしているが、何故か未だにこれを渡る時、少し躊躇ってしまう。

何故だろうか。下に比較的流れの速い川が通っているから?

いや、もっと何か重要な、忘れたくても忘れられないような事だったと思うのだが…。思い出そうとすると、私の記憶は途端に霧に包まれたかのように不鮮明になってしまう。

どんな出来事だったのか、知りたいような、知りたくないような、思い出してしまったら私が私で無くなってしまう気がしてならないのだ。

怖がりの私は、今しがた橋の下で鳴った音と思い出せない記憶に不安を覚え、歩みを早めた。


――耳元で何かがクスクスと笑った…ような気がした。


「――ズド、ズドドドドド!」

頭上でエンジン音が過ぎ去って行った。

私は、バイクのエンジン音というのがどうしても好きになれなかった。あのような煩い音の何処に惹かれるのか。

高速道路を走れる、排気量の大きなバイクのフォルム自体は割と好きではあるのだが…。

冬の空から降り注ぐ雪に震えながら、目前に迫った我が家を目指した。


――温かいモノが肩に触れた…ような気がした。


「ただいま…!」

などと、口にしたところで返事など帰ってくる筈もないのだけれど。

私は独り身だった。恋人もいない。

二十代も半分が過ぎ、金銭的にも自立した生活を送れていた。

そこそこの広さがあるマンションの一室は、一人で生活するには少々広すg――――私の思考を遮るように


「おかえり」


声が聞こえた。









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