第4話 ふゆのうた


 12月の初めだというのに吐く息が白い。ああ早く冬おわんねーかなマジ迷惑、部屋の中で凍死する前に冬、お前を殺してやる殺す殺す…汚い言葉で冬を罵りながらダッフルコートのポケットに手を突っ込んだ。その日あたしはいつになくイライラしていた。朝マンションを出るとき、マーチンブーツ13ホールの底を凍りついたアスファルトでつるりと滑らせてからずっと。


 どいつもこいつも寒そうにしながらマフラーで首もとをあっためているのにイライラして、横を歩くカップルの「寒い冬にはコタツでみかんだよねー」「いやいや寒い冬こそアイスでしょ」みたなクソつまんねーいちゃつきにイライラして、あからさまに見て欲しいみたいな顔をしてるイルミネーションとかホットチョコレートの甘ったるい匂いとかに一々ムカつきながらギターケースを背負って歩いた。イライラするのは身体にも精神にも良くないと分かっているけど止められない。あたしの人生の8割はイライラでできていると思う。


 乱暴にギターをかき鳴らすと道行く奴らが迷惑そうにあたしを振り返った。幸せそうに冬を満喫しているこいつらにとってあたしのごみ溜めみたいな音楽はノイズでしかないらしい。誰も足を止めてくれないと分かっていながらあたしは今日もマイクにがなり立てる。イライラしてしょーがない毎日のことを思いながら叫ぶ。来週払わなきゃいけない水道料金の払い込み票、親指のところに穴のあいたブランド物の靴下、一週間に一度義務のようにかかってくる義理の母からの電話。冷気にかじかむ指にさえムカついて曲の終わりにマイクに思いきり頭をぶつけると、小さなアンプが壊れておまけにギターも壊れた。最悪だった。


「ばっかみたい。いつまでもこんな下らない音楽にしがみついて。」

 まともな方のあたしの声がふと耳をついて、突然悲しくなった。あたしが毎日イライラしているのは、イライラしてなきゃ無駄なことを考えてしまうからだ。

 股を開いて座り込みタバコをふかしていると、かっこ悪いあたしの目の前にピンク色のハンカチが差し出された。趣味の悪いロリータファッションに身を包んだいちごが泣きそうな目をしてあたしを見つめていた。ハンカチをふんだくって額に当てる。

 歌っていたとき木陰から見えていたフリルだらけのスカートに胸が熱くなったことをあたしは決して口にしない。いちごが笑ったり泣いたりするとイライラするあたしは多分最強の天邪鬼だ。


「痛々しくて見てらんない。一緒に帰ろう。もう一回やり直そう」


 何度となく繰り返される「もう一回」に甘えたあたしは、いちごの差した傘の中にぎこちなく身体を寄せた。「ありがとう」の代わりに、いちごの震える指を握ったりさすったりして温めてやると、いちごの目のふちに盛り上がっていた涙がぽとりと地面に落ちていった。

 あたしにテレパシーの才能があればいいのに。そうすればいちごにきちんとした愛の言葉を伝えてやれるのに。あたしがどれだけいちごのことを大好きか、きっといちごはまだ知らない。つもりかけた雪道をふたり並んで踏みしめて、寒くて長い帰路を歩く。あたしの理不尽なイライラはだんだんと陰を潜めて大人しくなっていく。


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なないろのゼリーポンチ ふわり @fuwari

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