第3話 ピンクのマカロン

 かわいい女の子ってずるいよなあ、だって何でも許せちゃう気がするもの。


 ピンクのマカロンを真四角のカメラフレームに収めることに夢中になる由美を見ながら、目の前に置かれたチョコレートパフェ特盛りの頂点に冗談みたいに乗っけられたさくらんぼをかじる。甘くすっぱい初恋の味が口の中に広がる。

 「本当は甘いものなんて好きじゃないんだ、小さいころから生クリームを食べすぎるとお腹を壊すから」なんて言ったら由美はどんな顔をするのかな。スプーン山盛りにすくった生クリームを口いっぱいに含んで冷たい水で飲み下すとお腹のあたりがぎゅるぎゅると音を立てた。


「ふみ、自撮りしようよ」


 そう言って由美は私を腕の中に捕まえた。同じ制服を着た同じ年齢の女の子ふたりがカメラのフレームに仲良く収まる。頬にくっつけられたマカロンのピンク色に少しだけ感じるあざとさのかけら。店内に連発されるシャッター音、そっと持ち上げられる不自然な口元。

 インスタグラムに載せられていた写真にうつる私の半分は画面から欠けていはみだしていた。私は苦笑しながら「いいね」を押した。由美は何て単純でわかりやすい女の子なのだろう。小さなハートが由美の元へと飛んでいく。スマホ依存症のあの子はすぐに私の愛に気づくんだろう。


「由美ってちょっとナルシストじゃない?」

「由美ってちょっと性格悪くない?」

「由美ってちょっと男受け狙いすぎじゃない?」


 そんなことを挙げへつらって同意を得るクラスメイトの女の子たちを無視して、私は由美の華奢な腕をとった。みんなは全然分かってない。みんなは何も分かってない。

 由美はかわいい。本当はかわいくないのに自分のことをかわいいって信じてるところがかわいい。本当はかわいくないから自分のことをかわいいって信じてるところがかわいい。


「ねえねえみーくん、由美、今日髪型変えてきたんだよ。どう、似合ってる?」


 みーくんは汚いものを見るような目をしながら由美に笑いかける。たちまち有頂天になる由美に、優しくない私はまだ本当のことを教えない。みーくんが由美に告白したのは罰ゲーム。みーくんはきっと近いうちに由美をボロボロに傷つける。

 下手くそなポニーテールが左右に揺れる。さざめくような笑い声が教室の中に響いている。

 甘いものは嫌い。ピンク色は好きじゃない。由美が好きなものを私は全然好きじゃない。私が好きなのは由美だけ。自分のかわいさをアピールするためだけにマカロンを食べる由美だけ。スマホの中の女の子を指でなぞる。いつか自分のものになってくれるように願いながら、私は今日も由美の横を歩いている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る