第十一話 壊れた遺体

「遅いっ!」

「うわっ!」


 次の日の土曜日の午後。ちょうどデスクの上で、捜査資料のデータを整理していた俺は突如後ろから聞こえてきたホームズの怒鳴り声に驚いた。


「いつになったら遺体の検死結果が出るんだっ!」

「いきなり耳元で大声を出すなっ、それに検死結果なんてとっくのとうに出てるぞ!」

「は・・・どういうことだ」

「なんだ、お前の方に回ってないのか?」

「でなきゃ君の後ろ大声なんて出さない」


 おそらくだが、上の人間がわざとホームズの方に捜査資料を回さないようにしているのだろう、まったくとんでもない組織図だ。


「ほら、これだ」

「・・・ん?」


 デスクの上に表示されるパネルを操作して、前方の液晶にその資料を表示する、そこには被害者の推定身長や体重、性別、死因であったり損傷箇所などが表示される、そしてご丁寧なことにまったく復元しきれていない人間もどきの写真まで付いてくる。


「・・・あそこにあった血液は全て冷凍保存されてたものなのか」

「あぁ、どうもそうらしい」

「君はどう思う?」

「まぁ普通に考えたら犯人は医療関係者、もしくは面識のある人物だと思うけどな・・・」

「確かに冷凍保存の血液なんて医療関係者でなければ手に入れるのは難しい」


 が


「裏を返せば、これほどの量の血液を購入した人間がいるということは絞り込むのも早いというわけだ」

「確かに・・・」


 現に、使われた血液の量は10リットルを越えるとでている、これほどの量を盗んだり買ったりした人間がいればすぐにわかりそうなものだな。


「そういえばエミリーは高橋 直樹についてはどう思ってるんだ?」

「たしかに被害者に関わっていた人間で一番怪しいが犯人にするには情報が足りない」


 さぁ


「次の資料を見せてくれ」

「いや、もうこれ以上ない」

「・・・は?これだけ?」

「あぁ、これだけだ」


 これ以上に資料はない、あとは左腕が欠損しているという報告のみでそれ以外は通常の情報しか書かれていない。


「行くぞ」

「ちょっ、行くってどこにだっ」


 決まってるだろ、そう言って踵を返したエミリーは俺を睨みつける。


「遺体安置所」


??????????????????????????????????


「えぇ・・・わかりました、はい、場所はメールします・・・はい、それでは向こうで」

「・・・エミリー、このことは上に報告したのか?」


 現在俺たちは無人タクシーを拾い、事件の被害者の遺体が収容されている遺体安置所へと向かっている。


「なぜ、自分に資料提供しないでわざと効率を下げるようなことをする上にわざわざ報告をしなくてはならないんだ」

「要はしてないんだな」


 思わずため息が出る、これでまた上の人間に怒られるのは俺なのに。まったく村上さんに同情する。


「そういえば、さっきは誰と電話してたんだ」

「このような変死体を専門に行う監察医が私の知り合いにいるんだ、もちろん他のことに関しても腕はたしかだ」

「・・・それは他の人間に検死を依頼したのか?」

「あぁ、当然許可は取ってない」


 ・・・もうバディを組むのやめていいか。


 タクシーを走らせ10分、東京23区内にある東京都監察医務院、脚を踏み入れることはほとんどないが、まぁ、いい機会だと思うことにしよう。


「死体を見たことは?」

「新人の頃にさんざん見させられたよ、そしてこれからも見ることのなる」

「なんだ、嫌そうだな」

「好きなやつなんてお前みたい変人だけだ」

「そうか私は変人か、だとしたら希少だな」

「何言ってんだか・・・」


 しばらく歩くと、建物の大きな入り口が迎えてくる、中は無機質な蛍光灯の光で満ちていて全体的に白いはずなのにどうも灰色の雰囲気がする。こういうのを死の雰囲気というのか?


「すみません。私、捜査一課の渡辺 純というです。6月23日に収容された遺体の検死を行いたいのですが」

「はい、こちらの方の用紙に必要事項をご記入の上しばらくお待ちください」

「わかりました」


 受付のナースが受付用タブレットを俺に渡し中に書かれている必要事項を書き込む。そういえばあいつは誰を呼ぶつもりなんだか、それを聞かないと書けない。


「おい、エミリー」

「ん、なんだ純」

「お前の名前とその同伴者の名前をここに書いてくれ」

「あぁ、わかった」


 さらさらと記入用のタブレットに文字を書いていくホームズ・・・だが。


「お前・・・字下手だな」

「・・・うるさい」


 名前は英語の筆記体のサインなのだが他の質問事項に関して書かなくてはならない字はお世辞にも綺麗とは言えない。彼女の字はどうも俗に言う丸字というやつなのだろうが、全体的に尖っている彼女が字だけ丸いというのはなかなか滑稽だ。


「ん、着いたか」


 突如ホームズが入り口を見やる、それに倣って俺も入り口の方を見るとガラスの自動ドアの向こうに背の高い人物が立っている、逆光で見えずらいがおそらく男性で白衣を着ている、その人物がゆっくりと入ってきた。


「どうも姫、待たせてしまったかな?」

「姫はやめてくださいって何度言ったらわかるんです?今日はありがとうございます、秋里教授」


 姫?目の前に現れた初老の男性は見た目は紳士だ。身長は俺より高い、だいたい180以上はあるだろう、何処か落ち着いた印象の顔立ちに白髪混じりの髪からは知的な印象が感じられる。


「おや?姫、隣の男性は?」

「あぁ、こっちの男は私の助手みたいなものです」

「捜査一課の渡辺 純です、あくまでエミリーに補佐をさせています」

「どうもこんにちは、僕は彼女の大学で非常勤講師をしている秋里 茂というものです」

「大学の先生ですか、今回はご協力感謝いたします」

「えぇ、ですが今回は警察の依頼ではなく彼女の依頼なので、そんな固くならなくてもいいですよ」


 警察が大学の教授に捜査依頼をすることは度々ある。例えば地質調査であったり、使用された特殊な薬物の特定であったり、はたまた犯行現場の再現実験の指導であったりと意外と接点が多い。


「ほら、純。早速検死をしてもらうぞ」

「待ってくれ。秋里先生、こちらに記入していただけますか?」

「あぁ、わかった。君も大変だね」

「えぇ、たまったもんじゃありませんよ。そういえばなんで先生は彼女のことを姫って?」

「ハハハッ、だって彼女いかにも態度が姫様って感じでしょ?だからニックネームみたいで呼んでたらそれが定着しちゃってね」


 なるほど、確かに彼女の自由奔放な態度はわがままな姫様と言う感じだ。この大学の先生はなかなかセンスがある。


「さぁ、早く行こう。姫様を怒らせたら後が怖い」

「そうですね」


??????????????????????????????


「秋里先生はエミリーがこの仕事をしてたのを知ってたんですか?」

「まぁ、僕が初めて知ったのは彼女が大学に入って二年目の時だからねぇ」


 俺たちは遺体安置所のある地下へと向かうために二人でエレベーターに乗っているところだ。件の姫様はしびれを切らして先に行ってしまったらしい。


「僕は大学で解剖学を教えているけど、初めて彼女に合ったのはその実習をしている時だった。いつものように生徒に実習の説明をしていただけどその中に見慣れない生徒がいたものでね。元々うちの大学には留学生もいたし、私の授業にも外国人はいたからあまり不思議には思わなかったんだけどね、けど・・・」

「けど?」

「彼女の目がまるで日々の光景、まるで帰り道に咲いている野花を見るかのような目でバラバラにされる人の死体を見ていたからね」

「・・・」

「思わず声をかけちゃったんだ、『どうして、そんなに見慣れたかのようにしているんだい君は?』って、そしたら『仕事で必要なの』って言うもんだからつい問い詰めちゃった、1時間ぐらいね。そしたら探偵課という警察機関でバイトをしてるっていうからびっくりしちゃったよ」


 そんな話をしているうちに地下二階の遺体安置所に到着する。


「それからは大変だったよ、急に殺人事件の監察医として依頼されちゃうし。でもまぁ、非常勤講師で仕事あまりないかね」

「あの・・・非常勤講師をやる前は何をなさってたんですか?」

「ん、まぁ医者をやってたんだけど・・・チョット失敗しちゃってね」

「はぁ・・・」


 とにかく訳ありなんだろう、あまり触れない方がいいのかもしれない。


 霊安室に続く廊下は、上の入り口とあまり変わらず無機質な蛍光灯の光で満ちている。そしてその廊下の奥の方でホームズが腕を組みながら待っていた。


「遅いっ」

「すまないね姫、それじゃ早速始めるかな」

「すみませんよろしくお願いします」


 そう言って、霊安室の扉の向こう側へと秋里先生は消えた、俺とホームズは霊安室の隣にある窓ガラスがあり隣の様子がうかがえる部屋へと移動する。5分ほど待つと秋里先生が手術着を身につけて出てきた。


「それでは、これより6月23日に収容された遺体の検死を行います。まず1号目の遺体から」


 検死には何人か助手がつく、今回はここのスタッフのようだ。


 まずスタッフが取り出したのは、全く復元しきっていない人間もどきの遺体だ、傍目から見ても相当損傷が激しい。


「性別は男性、胸骨の発達状態から成人だな。次に外見でいうと左腕が欠損、皮膚の裂傷した部分を見る限り何か強い力で引き裂いたものと思われる、例えばチェーンソーとか。この傷は死後に付けられたものだな、そして・・・ん?頭頂部に電撃傷有りか・・・」


 ん?電撃傷って・・・


「電撃傷は電気が体内に通った時に生じる火傷のことだ、刑事ならこのくらい覚えておけ」

「知ってたよ。だけどなんで電撃傷なんてつくんだ?」

「いちいち私に聞くな、自分で考えないとIQが下がるぞ」

「うっさい」


 次に、秋里先生は助手からメスを受け取り遺体を割いてゆく、その表情は真剣そのものだ。


「次に内部だが、骨は腕、足、骨盤などが粉砕骨折してるな、これもおそらく死後に付けられたものだろう。次に内蔵だが・・・あれ?すみませんスタッフさん」


 突如、秋里先生が手を挙げスタッフを呼び話をし始める。内容は聞こえないがどうやら質問をしているらしい。そして話が終わりこちらに向き直るとまた遺体の中にメスを走らせる。


「どうしたんだ?」

「トラブルだな、多分だが私の予想が当たる」

「えっ・・・」


 ふと。秋里先生の走らせてメスが止まる、ガラス越しでよくは見えないがその目は見開かれているかのように見えた。


「姫・・・この遺体はおそらく」

「当てよう」


 そう言って前に一歩踏み出ると秋里先生の前にある遺体に指をさしこう告げた。


「内蔵の一部が抜かれて消失している」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 それから約3時間、合計五体の遺体を検死し終えた秋里先生は外の病院なんかによくある椅子にもたれかかっていた。


「ふぅ〜、ひさしぶりにあんなやったなぁ〜」

「今日はありがとうございました。これよろしかったらどうぞ」


 上の売店で買った缶コーヒーを手渡すと「いや、どうもありがとう」と言って缶コーヒーを受け取った、中身はブラックだが大丈夫だろうか?


「中身はブラックか。姫に言われて買ってきたの?」

「いや、俺が選んで買ってきました」

「そうなんだ・・・」


 缶コーヒーを飲んだ秋里先生はどこか遠い目をしていた。しばらくするとホームズが遺体安置所から戻ってきたがその表情はどこか満足しているようにも感じた。


「先生、どこの器官がありませんでしたか?」

「腎臓、肺、肝臓、心臓などなど。器官に繋がってたはずの管が綺麗にメスで切り取られてたからおそらく人為的なものだと思う」

「はぁ〜、こんなことにも気づかないなんてここの監察医は目の代わりにガラス玉が詰まってるんじゃないの?」

「まぁまぁ、普通こんなにグチャグチャになってたらそういったところはおろそかになるよ姫」


 しかし疑問が残る、なぜ犯人は内蔵を持ち去ったかだ。しかしこの質問をする前にホームズは俺の言おうとしたことがわかったようで呆れた表情で話し始める


「そんなの決まってるだろ、臓器売買だ。それも裏のな」

「腎臓とかの類は臓器移植でよく使われるからね。それに遺体の臓器の取り出し方から考えてプロのやり方だ」

「なるほどな・・・だがエミリーはなんでこのことがわかったんだ?」


 あの時、まるで確証していたかのように死体から内臓が消えていたことを予想していた。いったいどの時点で気づいていたんだ。


「まず、死体があんなグチャグチャになって発見されていた時点でおかしいと思ったんだ。人の体をあそこまでにするのは思ったよりも体力がいる、なぜここまでする必要があったのだろうと思った時にただ死体の身元をわかりにくくするだけじゃないともしかしたら何かを隠すためかもしれない。そう考えたらこの仮説に行き着いた」


 死体から内臓が消失している可能性がある。


「もしかして左腕もそうなのか?どう考えても臓器移植に関係ないとは思うが」

「それは僕も同意見だな姫。どうして左腕を持っていく必要があったんだい?」


 臓器移植にどう考えても左腕は関係しそうにない、前にも話しただろうが左腕一本無くしたところで身元の特定が難しくなるわけでもない。DNA鑑定でも行えばいいのだがとても検体を採取することすらままならなかったらしいが。


「電撃傷が遺体にあったことを覚えてるよな?」

「ん?あぁ、どうしてだ?」

「なんで電撃傷があるのだと思う?」


 なんでって・・・


「被害者を気絶させるため?」

「よく考えろ、傷のあった場所は頭頂部。普通、被害者を気絶させるためにそんなところを狙うか?」


 頭頂部・・・電撃傷・・・左腕の欠損・・・


「姫、もしかしてだけど・・・」

「先生はわかりましたか。純は?」

「あぁ・・・たぶんだが」


 言ってみろ


「たぶん死刑囚の遺体なんじゃないのか?」

「その理由は?」

「電撃傷は処刑の痕、左腕が無いのは囚人の識別チップが埋め込まれているから身元が割れ無いようにするためか?」

「ご名答」


 現在日本では電気椅子での処刑が主流となっている、そして囚人には左腕に識別用のICチップが埋め込まれる、まさかとは思うが死刑囚の遺体がこんなところにあるとは・・・


「だったら、岩崎さんはどうなるんだ?彼女は死刑囚じゃないぞ?」

「秋里先生、最後に検死した岩崎さんの遺体はどうでしたか?」

「あぁ、彼女か・・・」


 秋里は、自分の座っている横に置いてあるファイルを手に取りその中にある遺体一つ一つのデータを眺めながら説明をする。


「一番まともな形をしてたけど・・・たぶんこれは身内の仕事なんじゃないかな?」

「身内?」

「うん、身内じゃなきゃ恋人かもしれないけど。皮膚の裂傷の仕方が他の遺体に比べて一番ひどかったんだ、一目見たら雑って思うかもしれないけど僕から見たら、なんかためらっているような感じに思えたんだよね」

「・・・もしかして」

「あぁ、おそらく高橋直樹の仕業だろう」


 となると恋人であるはずの高橋直樹が岩崎薫を殺害して、同時に死刑囚の死体も処理して内臓を抜き取った?


「・・・これは一体どういうことなんだ?」

「さぁ、でもパーツは揃ってきた。あとは組み合わせるだけ」


 もうここに用はない。そんなふうにいいたげな感じで出口のエレベーターに向かうホームズ、彼女の足音と古い蛍光灯の音が妙に大きく聞こえたのは俺の気のせいだろうか?

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